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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

リアクション

 操舵室でコントラクターとヤタガラスの戦いが始まったころ。
 船倉へと向かうコントラクターたちも船員たちとの遭遇を避けきれずに戦闘状態へ突入していた。
 人が横になってすれ違う程度の幅しかない上、さらにはほぼ直線、直角で交わる単純な通路ばかりということが災いし、身を隠せるところはせいぜいが曲がり角だけである。相手の船員は銃装備で、少しでも身を乗り出そうものなら銃弾が飛んでくる。向こうも無尽蔵に銃弾があるわけではないようで滅茶苦茶に連射してはこないが、こちらも全員で対処できる幅もなく、角から撃ち返せるのは2人だけである。ツク・ヨ・ミがどこに閉じ込められているのかも分からないままうかつなことをして船を破壊するわけにもいかず、すっかり硬直状態に陥っていた。
 これを打開するため、ナ・ムチは攻撃のタイミングを見計らって、鉄心が魔銃ケルベロスで撃ち返している隙に反対側の角へ移動する。うまく転がり込んで、立ち上がろうとしたナ・ムチは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)がすぐあとを追ってきていたことに気付いて驚いた。
「なにをあなたまでついて来てるんですか」
「べつにおまえについて来てやってなんかいねーよ。俺もたまたまこっちへ行こうとしただけだ」
 さらに何か言おうとして息を吸い込んだ直後、かつみはナ・ムチの後ろの十字路をこちらへ向かって走ってくる複数の足音に気づく。彼らと同じく業を煮やした船員が回り込みをかけてきたのだ。
 ナ・ムチも聞きつけてそちらに銃を向けたが振り返らなければいけない分かつみの方が早く、一手先んじて洗礼の光を飛ばした。船員たちは光と同時にその場に踏み込むことになり、身構える猶予もなくまともに強烈な光を浴びてしまう。「うわ!」と驚愕の声を発した直後、ナ・ムチの銃弾が船員たちの銃を手から弾いた。
 銃弾に手の肉をえぐられて、痛みに身を前傾させ、傷口を押さえたところへかつみが走り込み、みぞおちを狙ってこぶしを次々に打ち込む。船員たちはうっと息を詰まらせ、壁に寄り掛かるとそのままずるずるその場に倒れた。
 自分を見つめているナ・ムチの視線に気づいたかつみは、フイと視線をそらし、ナオとエドゥアルトに「こっちだ」と手を振る。それからもう一度ナ・ムチを見て、動かない彼と視線を合わせた。
「こっち側から回り込んで挟み撃ちにするんだろ? 違うのかよ?」
「――違いません」
「じゃあさっさと行こう」
 その通路にはだれもいなかった。向こうこそ回り込み作戦をとって、別働隊からの合図を待っているのだろう。別働隊がかつみたちに倒されたことにも気づかず、撃ち合っている通路の先に意識を集中している。
「ナオ」
「はい」
 かつみからの合図でナオは背後から船員たちへ真空波を放つ。最初の一撃が到達したことで彼らの存在に気づいた船員たちはあわてて振り返ったが、射撃体勢をとる前に、続く二撃目が彼らを翻弄した。
 通路の向こう、敵の攻撃が乱れたことに気づいた鉄心が、これ以上ないタイミングでヒプノシスを放つ。船員たちがいずれも昏倒し、攻撃がやんだことから通路を進み、ナ・ムチやかつみたちと合流した鉄心は、ナ・ムチに告げた。
「もしまた同じようなことが起きたら、私たちが注意を引いている隙にかまわず進んでください。全員が足止めされる必要も時間もありません。私たちは大丈夫ですから」
「分かりました」
 応じて、通路を進もうと背中を向けたあと。少しためらうような間をあけて、ナ・ムチは「すみません」とつぶやいた。
 背中を向けられているので鉄心にはナ・ムチが今どんな顔をしてそれを口にしたかは分からない。けれど、分かる気がした。
「いいえ」
 歩き出したナ・ムチの背中に鉄心は応える。こみ上げてきた笑みをすっすらと口に刷いて。


 ナ・ムチと鉄心、2人のやりとりを少し後ろから見ていたイコナは、少し考え込む。
「あっ、イコナちゃん見てください。ミニいこにゃたちが戻ってきましたよ! みんな元気そうです!」
 2人の気配を感じ取ったのか。口の周りや手に食べ物のカケラをつけたミニいこにゃとミニうさティーたちが、向かおうとした反対側の通路からコロコロと転がる勢いで走ってくるのを見つけて、ティーはしゃがみ込んだ。差し出した両手を伝ってわらわらと登ってきたミニいこにゃたちを両肩に乗せ、パッと笑顔になってイコナを振り返る。そしてイコナが何か考え込んで、妙に上の空になっていることに気づいた。
「どうしたんです? イコナちゃん」
「ティー。わたくし、少し分かったような気がしますの。そう、彼は照れ屋さんだったのですわ」
 全く意味が分からず、「え?」とティーが見つめる前で、イコナは1人分かった顔でうんうんうなずいていた。



 そうして下へ下へと下りて行くなかで、ふとヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が小さな声で前を行く十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)を呼んだ。
「宵一、そろそろ行きますわ」
「……分かった。気をつけて行ってくれ。もしヤタガラスに出会ったら――」
「洗礼の光をぶつけてひるんでいる隙に壁抜けで逃げます。
 もう何度も聞きましたわ」
 心配性ですね、と言いたげに、ヨルディアが含み笑う気配がする。
「……くれぐれも無茶はしないように」
「分かっています。あなたも、宵一」
「ああ」
 そして壁抜けの術を使って彼らから離れようとしたヨルディアは、ふと何か思いついたように振り向く。
「貸し1つ、ですよ? 高くついた、なんて、あとで言っても聞きませんからね」
 語尾に笑いを含んだその声は、すでに何かたくらんでいるようにも思えて。
「おい、ヨルディア……」
 振り返ったときには遅く、彼女の姿はどこにもなく。隠形の術を用いているため気配も追えず。初めて彼女は実は不機嫌だったのではないかという可能性に思い至り、ちょっと早まったかな、などと宵一は思ったのだった。




 もともとは影から生まれたものとはいえ、人を傷つけるにはそれなりの密度と質量でできている。
 部屋じゅうに高く剣げきの音が響くたび、光が弾けるように散っていた。
 切と真司、そして巽が、それぞれ3方向から灰色のヤタガラスを囲み、それぞれ光る剣を手に灰色のヤタガラスと戦っている。相手は変幻自在の影らしく、無数の手を生やし、彼ら1人ひとりに対応して剣をふるっていた。
 その様子に戦意を喪失したか、あるいは様子をうかがっているのか。船長を含むほかの傭兵たちは巻き込まれるのを恐れるように身をかがめ、操船用の機械と機械の隙間に入ったり、座席の下にもぐり込むなどして、戦いを見守っている。
「武器の形状をコピーするとは聞いていたけどさぁ、まさかワイらの動きまでコピーしてないよね? これ」
 振り下ろされた己の刀のコピー、大太刀の刃をすり流しながら切がぼやく。
「まさか」
 軽く切れた息を整えながら、巽はライトブリンガーの光をまとわらせたパワードアームで正面から来たヤタガラスの腕を砕き、影を散らす。しかし影はすぐに集束し、腕は再生して、また巽に攻撃をしかけてくるのだった。
「まったく、攻撃しがいがないというか、戦う甲斐のない敵だ。少しは痛がる素振りでも見せれば、まだかわいげもあるのに……!」
「え? こんな外見のやつにかわいげを求めるの? 巽さん」
 想像してみよう。影が口を開いてにっこり笑っても、ホラーにしか見えないではないか。
「言葉のあやですよ! 冗談のひとつも言わないと、こんなこと、到底やってられません!」
「うん、まあ、それは分かるかな」
 ヤタガラスの防御は気まぐれだった。切たちの刀をコピーした刀で素早く防ぐときもあれば、そのまま体を素通りさせることもしばしばで、散らされようと気にしている様子はない。すぐに再生できるからというのは分かるが、何の手応えもなくすり抜ける攻撃は思っていた以上に体力を消耗させられた。
 今もまた、受け止めるかに思われた真司の斬撃はヤタガラスをすり抜け、大振りとなったところを狙ってヤタガラスの刀が伸びる。
「……っ!」
 強引に腕を引き戻そうとする真司の無防備な横腹をヤタガラスの刃が切り裂こうとした刹那、
「真司!」
 ヴェルリアがホワイトアウトを放った。
 ヴェルリアの体を中心として、猛吹雪が部屋じゅうに吹き荒れる。氷雪の暴風はヤタガラスの影でできた体を散り散りに吹き飛ばす。ヴェルリアの攻撃はそれだけにとどまらなかった。目に捉えるのも不可能なほど散り散りになった闇の体を、さらに光術の光が追い打ちのようにダメージを加算する。
「駄目元です!」
 すでに猛吹雪のなか、光術の光が乱反射して右も左も分からない状態で、ヴェルリアはさらにインフィニティ印の信号弾も撃った。強烈な白光が他を圧するほどに部屋に満ちて、次の刹那、厚い防風ガラスを破砕しながら飛んで行く。
 ホワイトアウト、光術、インフィニティ印の信号弾。それらの光の爆発、洪水はヤタガラスを押しとどめただけではない。それはヴェルリアにとって意図していなかった、いわば副次的な効果だったが、部屋にいる人間全員の目をくらませ、その場にひざをつかせて行動不能へと陥らせる。
 それは外法使いすら、論外ではなかった。
「いまだよ、悲哀!」
 吹き荒れる吹雪にかき消されまいと、酸塊が大声で悲哀に合図を送り、自分は悲哀の邪魔にならないよう、ぴょんと腕のなかから飛び出す。
 隠れ身を用いてだれにも気づかれないよう室内に身を潜めていた悲哀もまた、ホワイトアウトに翻弄されていたが、外法使いが床にひざをついているのを見るや、今しかないと心を決めた。
 疾風迅雷で吹雪を蹴散らし、一気に距離を詰めるや奉神の宝刀を振りかぶる。
「やあっ!!」
 外法使いが気づいたとき、悲哀はもう振り下ろしに入っていた。術を用いて止める暇などなく、とっさに外法使いは顔の前に手を上げて、刃先から逃れられないまでも致命傷となるのを食い止めようとする。しかし次の瞬間、悲哀の刀は外法使いの横を間合いぎりぎりに抜けて、足元に転がった茶色の頭がい骨へと突き立っていた。
 はじめから悲哀の目標は外法使いでなく、憑代である頭がい骨にあった。
「なんてことをーッ!!」
 突き立った刀を見て、外法使いは悲鳴とも怒声ともつかない声を上げる。
 悲哀は荒い息を吐きながら、勢い込むあまり力が強すぎて、頭がい骨を貫いて床に突き刺さっていた刃を引っ張って抜くと、さらには脇に転がっていた衣嚢を逆さにして、5つの頭がい骨を出すと、順番に砕いていった。
「なんてこと……なんて……」
 最後の頭がい骨を砕いた悲哀は、わなわなと震えている外法使いのあごの下に、スッと刀身を入れる。
「さあこれで、もうあなたには使役できるヤタガラスはいません……。話していただきますよ、ツク・ヨ・ミさんを誘拐して何をたくらんでいるのか、クク・ノ・チという人の目的を……」
 クク・ノ・チ、との名前を聞いた瞬間、外法使いの体の震えが止まった。そして目にも止まらぬ早さで袖に仕込んであった小刀で自分ののどを切り裂く。
 その動きに迷いはなく、彼を囲っていただれも、止めるどころか反応することもできなかった。
「そんな……! どうして……っ」
 悲哀は驚き、刀を投げ出してその上に覆いかぶさる。吹き出す血にごぽごぽとあえぐ外法使いの唇の動きからわずかに読み取れたのは「クク・ノ・チさま」という単語だった。
 瞳孔が開き、乳白の膜がかかったように瞳が濁る。
「悲哀……落ち込まないで……。悲哀のせいじゃないよ」
 慰めるように、酸塊が床についた悲哀の腕に身をすり寄せた。
 その秘密は死ぬほどのことなのか、それとも己の命を捨ててまで守りたいと思うほど忠誠を捧げた相手だということなのか。それとも何かほかに理由があるのか。悲哀には分からなかった。