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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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【蒼空に架ける橋】第3話 忘れられない約束

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 一方、アルクラントたちと分かれたあとのアキラ朝斗佳奈子たちは、そのころ島の中心部へ向かって歩いていた。
 機晶石の加工工場へ行き、そこの代表者の男と話をしたのだが、男は彼らの目的を聞いたあと
『そういうことならまずギルドを通してほしい』
 と言ったのだ。
 それで男から聞いた、参ノ島での機晶石の流通を取り仕切っている通商ギルドを訪ねて行き、そこにいた窓口の女性に事情を話すと、女性は最初、弐ノ島から機晶石が採掘されたということににわかには信じがたいという顔をしながらも、今度は「行政府へ行け」と言った。
『弐ノ島産の機晶石をこちらへ卸したいということでしたら、まず太守の許可を得ていただかなくては、こちらとしては取り扱うことはできません』
「まあ、考えてみれば当然のことじゃな」
 話を終え、退室したあと、ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が理解を示した。
わしらがもちかけとるのは企業間取引で収まることではない。現場レベルでどうこう判断できるというものでもなかろう」
「ソウネー」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がアキラの頭の上でほおづえをつきながらウンウンとうなずく。
 ルシェイメアでなくアキラの頭の上にいるというところを見ると、魔物のエサにされかかったことは許したようだ。
「ワタシたち、弐ノ島太守の代理ダモノ。やっぱり相手は参ノ島太守クラスでないとネ」
 一方で、参ノ島太守の許可が必要と言われたことに、思っていたよりずっと事が大きくなってきているような気がして、少し気後れを感じ始めているのが佳奈子だった。
「まさかこんな大事になるなんて思わなかったよ。私たちが弐ノ島の代表としてここの太守に会うなんて、ほんとに大丈夫かなぁ……」
「何怖気づいてるのよ」
 うつむき加減になっていた佳奈子を、となりを歩くエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が身をかがめ、下から覗き込む。
「だって……」
 佳奈子としては、これはバイトの延長のお手伝いみたいな感覚で引き受けたのだ。
 サク・ヤから工夫としてのバイト代の支払いを数日待ってほしいと聞いたときはあせったが、事情を聞いて、なるほどと納得した。次の南カナン行きの船が出るまでほんの数日だし、カディルは東カナンの貴族の息子だけあって、今回の旅行に際して持ってきていたお金は高額で――カナンにはクレジットカードはまだ根付いてないらしい――全額には満たないまでもある程度補償はできたし。当座動く分には困らない程度に佳奈子の懐は満たされたから、待つのも苦じゃなくなった。
 そうして気持ちに余裕ができたからか、機晶石は大量に出たが肝心の販売ルートがまだ確立しておらず、それを開拓にほかの島へ行こうにも、意識を取り戻して回復の兆しを見せているとはいえまだベッドから長時間起きていられない父エン・ヤが心配で島を離れられないと言うサク・ヤの代わりができればと考えたのだった。
(弍ノ島の大変な事情を聞いたことも、工夫の仕事をお手伝いしたことも何かの縁だと思うし、お二人の力になれればいいなーって思っただけなんだけどな)
 どうも「だけ」とか「お手伝い」で済む状況ではなくなってきているようだ。
「しっかりしなさいよ。何暗くなってるの」
 励ますように、ばんとエレノアが背中をたたいた。
「太守の証の神器とやらを買い戻す手助けをしてあげたいんでしょ? ほらほら、元気出しなさいよ」
「……うん! そうだね、がんばるよ、エレノア!」
「その意気よ。佳奈子は前向きなのが取り柄なんだから」
 いつも一生懸命。それが佳奈子の持ち味であり一番の長所だ。そういう佳奈子がそばにいると、こちらまで背中がしゃきっとして気持ちが前向きになる。
「機晶石はほんとに出てるんだし! この機晶石ビジネスが当たったら、浮遊島のなかでの弍ノ島の存在価値がアピールできるようになるし、発掘する鉱山が観光地になるかもしれないし! そうしたらカナヤ・コさんとか、弐ノ島の人たち、みんなが潤うんだよね! それを思ったら怖気づいてなんかいられないよ!」
 うん! と自らを鼓舞する佳奈子を、エレノアは好ましい目て見つめる。
「だいじょーぶ!」
 アキラが自信たっぷりに胸を張った。
「そのへん抜かりなし! ちゃーんとサク・ヤさんから交渉に必要な書類一式預かってきたからさ。俺たち、立派な弐ノ島太守代理なのよん」
 ニシシと笑ってアキラは書類の入った肩掛け鞄のかぶせをぱんっとたたいて見せた。
 底抜けの根明人間、いつもお気楽ご気楽能天気に見えて、アキラもこれまで数々のシリアスな場面をくぐり抜けてきた冒険者である。その豊富な経験からこういった事に関して抜かりはなく、先日自分たちが採掘した機晶石の山に始まり、採掘現場の写真、現場監督であるカナヤ・コとの写真、さらに弐ノ島太守エン・ヤ、その代理サク・ヤと一緒に写った写真に、サク・ヤ直筆のアキラの身分を保証する書類まであった。
「すっごーい! アキラくん、これ全部アキラくんが用意したの?」
 感心した様子の佳奈子に、アキラは少々得意げに鼻の下をこする。
「そうさ。なっ? ルーシェ」
 同意を求められ、ルシェイメアは半分沈うつな気持ちで今朝方の騒動を思い出した。
「…………わしら、二度と弐ノ島へは戻れんかもしれんな……」
 ふうーーう。
 遠くを見る目をして、さながら深刻な罪を背負った罪人のように重いため息をつくルシェイメアに、アキラはガビーーンとショックを受ける。
「ええっ!? なんでっ!?」
「アキラくん、あなた何をしたの?」
「いや、俺、何も――」

 ルシェイメアぱーーーーんち。

「きさま、わずか数時間前に自分がどんな狼藉を働いたかも忘れたというのか? なんならもういっぺんこぶしで思い出させてやってもええんじゃぞ?」
 ルシェイメアぱんちが炸裂する直前、ちゃっかりルシェイメアの方へ移動したアリスを頭に乗せ、ぁあん? と胸倉掴んでこぶしを振るわせるルシェイメアに、アキラは「待って! もう殴ってるから! これ以上はやめて!」と必死に訴える。
「ルシェイメアさんがこんなに怒るなんて……。
 アキラくん、ほんとにきみ、一体何したの?」
 聞きたくないような、わざわざ聞かなくても分かるような気がしながらも朝斗が後ろから訊いた。が、それはまだマシな方で、ルシェンアイビスなどは、もうそれ以外ないという表情で冷たい視線を送っている。
 そしてその想像は大体当たっていた。
 たしかにこういった物を準備する必要がある、と言い出したのはアキラである。
『俺たち、これから参ノ島に行こうかと思うんだけど、せっかくなんで弍ノ島のことを宣伝してこようと思う。けど、今までが今までなんで、いきなり弐ノ島で機晶石がどっさり出たと言ったって、たぶんまともに取り合ってくれないんじゃないかな。俺たち、よそ者だし。いきなり訪ねて行ったところで信用して、会ってもらえないかもしれない。
 だからさ、発掘された機晶石やサク・ヤさんたちが一緒に写ってる写真と、採れた機晶石の塊を一緒に見せてやれば、話に信頼性が生まれてすんなり信用されると思うんだ』
 アキラの申し出に、サク・ヤは素直に喜んだ。
『じゃあ悪いけれど、お願いしようかしら』
 委託書と紹介状を書こうと紙とペンを取り出したサク・ヤにニヤリと笑ってアキラはさらに言葉を継ぐ。
『それでサク・ヤさん。サク・ヤさんにしかできないことで、ちょっとお願いがあるんだけど――』

「この大たわけはな、サク・ヤどのにヌード写真を撮らせてくれと頼みこんだのじゃ!」

「えっ、ええええーーーーーーーっ!!」
「とんだ痴れ者じゃ。思い出しても腹が立つ」
 ゲシゲシ、ゲシゲシ。
「ああっ。
 あのときも殴られたのに、なんで俺、今もルーシェに踏まれてるの……?」
「あのとき殴ったのはカディルどので、わしは殴れんかったからじゃ!」
 ルシェイメアの言うとおり、サク・ヤにヌード写真をと迫るアキラの暴走を、後ろから頭をぼかりとやって止めたのはカディルだった。ルシェイメアは一歩出遅れて、残念ながら殴りつけることができなかった。その分、今蹴っている。
「ううっ。……カディルもさぁ、あのたいちょーの息子のわりに、冗談が通じないっつーか。たいちょーならきっと笑って許してくれるのに」
「……恋人のヌード写真を撮るのを?」
 それはさすがにどうかなぁ? と朝斗が疑問を呈する。
「息子と言っても養子じゃろう」
「え?」
「歳を考えてみよ。カディルはいくつのときの子どもになる?」
 オズトゥルクは今年40、カディルは28だ。12のときに生まれた子どもとは考えにくい。
「あ、そーか」
「2人、全然似てないものネー。
 デモ、アキラ、戻ったらちゃんと謝らないと、カディルまだ怒ってたワヨ?」
 ぴょんっとアキラの頭の上に戻ったアリスが上から顔を覗き込む。
「ぬーう。でももう壱ノ島行っちゃっただろ? 東カナンから戻ってくるころにはきっと忘れちゃってるよ」
「それはそうカモ」
 とかなんとか話しているうちに、彼らは参ノ島の中央、行政府へと到着した。
 窓口で趣旨説明をし、待合室へと通される。そこで小一時間ほど待たされて、現れた担当職員の女性は、恐縮そうに太守は不在だと彼らに告げた。
「え? じゃあ無理なんですか?」
 朝斗の問いに、女性は「いいえ」と首を振った。
「あなた方は太守に面会を求められましたが、太守は本日お会いすることはできないというだけです。
 機晶石取引についてですが、弐ノ島太守代理のサク・ヤさんとも先ほど確認がとれましたので、あなたたちを交渉権のある弐ノ島代表と認めて手続きに入っても問題はないでしょう。ただし、今すぐどうこうというのは無理です。必要書類とサンプルの機晶石をお持ちいただきましたから、それをこちらで一度お預かりし、グレード等の精査分析をさせていただきます。そして後日、通商ギルドの代表者たちを交えて正式な会合の場を設けることになります。そのころには太守もお戻りになっていますでしょう」
「分かりました。
 それまでにこちらで用意しておいた方がいい書類などはありますか?」
「そうですね……。月々の安定した供給量数値と搬送ルート、契約候補の運送業社――もちろんこれは参ノ島側でご用意することもできますが、弐ノ島の業者をご利用いただく方が弐ノ島のためではないでしょうか。そういった諸々の費用の試算がありますと、交渉はスムーズに進むかと思います」
「ではそれらを用意しておきます。あと、これが僕たちの宿泊しているホテルの連絡先です。会合の日時が決まりましたら連絡をください」
 朝斗がホテルの名前を書いた紙を女性に手渡すと、全員で礼を言って退室した。
 自動ドアを抜けて外に出ると、もう夕方だった。日は沈んでいないが、大分西の地平に近い位置にある。
「やっぱり今日明日ってことにはなりませんでしたね」
 緊張を解いたアイビスが少しがっかりした声で言う。
「それはしかたないよ。断られなかっただけでも良しとしないと」
「そうですね」
「それで、これからどうするの?」
 夕方の風に髪を押さえながらルシェンが振り返った。
「連絡を待つにしても、あの様子では明日以降って感じよね」
「そうだなぁ。せっかく参ノ島に来たんだし、まっすぐホテルへ行くっていうのももったいないかな――っと、そうだ、高柳さんにメール送っとかないといけないんだった」
 銃型HCを取り出して『秋津洲伝承』を転送しながら訊く。
「ルシェン、アイビス、どこか行きたい所とかしたいことでもある?」
 その問いかけに、2人は互いに視線を合わせると、口をそろえて「買い物がしたい」と答えた。
「私たち、お土産にアクセサリーがほしいの。いいでしょ? 朝斗」
「いいけど……先に言っとくけど、あまり無駄遣いはできないよ?」
「大丈夫よ。さっきのギルドへ戻って、これを換金すればいいわ」
 ルシェンが取り出したのは、機晶石の塊だった。
「ちょっと! あなたそれ、採掘見本として提出用に受け取ってきた分じゃないの!? 全部提出したんじゃなかったの?」
 それまで適当に会話を聞き流していたエレノアだったが、これは聞き捨てられないと詰め寄った。
「私たちのお給金分よ」ルシェンはさらりと言ってのける。「現物支給としてもらったの」
 その言い分が正しいかどうか、確認する方法はなかった。現金で支払いができない場合、相応の現物支給というのはままある話だ。
 それでもうさんくさく思えてじっと見つめるエレノアに、「まあまあ」と朝斗が間に入って、エレノアの後ろの佳奈子たちに話題を振った。
「僕たち、これから買い物に行くけど、きみたちはどうする?」
「……私も、行こうかなぁ」
 アクセサリーと聞いて、お財布の中身を思い出しているのか、少し考えながら佳奈子が答える。壱ノ島でのたががはずれたようなショッピングがまだ記憶に新しいエレノアは、「自分がとなりにいて、また前のようになりそうになったら注意してあげるわね」と請け負った。
「俺は――」
 アキラが答えるのにかぶさって
「トトリで飛ぶノ!」
 アリスが期待に声をはずませて言った。
「ネ? いいでショ? アキラ」
「うーーん……ま、いーか! ここの夜景、空から見るのも面白そうだしな!」
「ワーーーイっ」
 トトリを取り出し、まとめてあったくくり紐をほどこうとしたところで、手を止めた。
「ルーシェ?」
 問いかけに、ルシェイメアはそっけなく肩をすくめて見せた。
「わしは先にホテルで休んでおるよ。今日は歩き通しで疲れたからのう」
「――うん、分かった。なるべく早く帰るようにする!」
 そう約束すると「ハヤク、ハヤク!」とアリスに急き立てられるようにアキラはくくり紐を解き、バンッ! と翼の開いたトトリを頭上に掲げて坂道を走った。
 乗り方のコツは浮遊島へ来る船で教わっている。風を受けた翼に体が浮き上がりそうになったところで地面を蹴って、逆上がりの要領で飛び乗った。金属の輪に足を引っ掛けると同時に手綱をめいっぱい引くと機首が上を向いて風をはらむ。
「じゃーな! あとでまた会おうぜ!!」
 アキラとアリスを乗せたトトリはまるでツバメのようにまっすぐ、ほかのトトリたちが舞っている街の上空へ向かって飛んでいった。
 あっという間の、それでいてすがすがしい去り方だった。アキラらしいとも言える。
 見送ったのち、ルシェンがあらためて声をかけた。
「さて。じゃあ私たちも行きましょうか」
「……うん。そうだね」
 軽くうなずくと、朝斗は空から目を戻して、そこにいる全員と目を合わせる。
「さあ行こう」
 そして彼らは連れ立って、街なかへと続く坂道を下って行ったのだった。