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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【真相に至る深層】第四話 過去からの終焉

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【襲撃――結末】



――同時刻、神殿。

 空気を奮わせた銃声と同時。
 クローディスを狙った一撃は、飛び込んだ影の翳した盾に弾かれて、神殿の柱を抉ったのみだった。

「やっぱり……十六凪さんは、悪いことを企んでいたんですね……っ」

 苦い声で吐き出したのは、舞踏会の仮面をつけたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)だ。十六凪がハデスを乗っ取るところを全て見ていたアルテミスが、咄嗟にクローディスを狙うその射線へと飛び込んだのだ。強烈な一撃のおかげで、僅かに弾かれた体を、こちらもまたクローディスを庇おうとしていたツライッツの腕が支えている。
「十六凪さんっ!あなたの企みは聞かせてもらいました!」
 ツライッツに一度軽く頭を下げ、体制を整えたアルテミスは、ジャキ、と剣先を向け、怒りに満ちた目で十六凪を睨み据えた。
「この正義の騎士アルテ……じゃなくって、騎士セレーネが、あなたの野望を打ち砕きます!」
 言い直しはしたが、正直な所誰の目にもアルテミスはアルテミスである。そして、剣先を突きつけられた十六凪もこの事態は想定内、と言った様子で口元の薄い笑みは変わらないままだった。
「さて……それが出来ますかね?」
 そう呟かれた、次の瞬間。
「……っ!?」
 アルテミスは弾かれたように盾を掲げて備えたのと同時。斜上から唐突にレーザーの一撃が襲い掛かってきたのだ。咄嗟に展開した常闇の帳で幾らか吸収したおかげで、龍隣化した体で何とか防げたものの、ビリビリと腕に影響が残っている。
「い、今の攻撃は、一体どこから…?!」
 戸惑うアルテミスと一同の前へ飛び込んできたのは、パワードスーツ機晶神ゴッドオリュンピアを装着したペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)だ。十六凪からの指示を受けて、海上で待機していたのだ。
「ハデス先生っ! 遅くなって申し訳ありませんっ!」
 よもやその体が十六凪に乗っ取られているとは知らず、ペルセポネはハデスの前へと出ると、アルテミス、そして前へ出た契約者たちと相対する。
「十六凪様からのご指示通り、ハデス様の邪魔をする敵を排除いたします!」
 言うが否や、再びレーザーを構えたペルセポネに、アルテミスは肉薄してガキンッと剣を振り下ろしてそれを制した。続けざま、振り払われる剣戟と、その合間に「敵だ」と認識したツライッツの銃撃が混ざって手数が押すのに、ペルセポネは僅かに眉を寄せると、いったん距離をとった。
「くっ、何者か知りませんが、なかなかやりますね!」
 どうやら、アルテミスだとは気付いていないようだ。そんな馬鹿な、と残念ながら突っ込みを入れる隙も無く、「ならばっ!」とペルセポネは神殿を出て海中に飛び出した。接近戦では一体多数で不利であるなら、彼らの届かない位置からの射撃で制すればいい。
 その判断は正しかった。今の契約者たちには、海中で満足に闘うすべは無く、空気の層の内側からそれを破る武器は無い。水陸両用のパワードスーツを装着したペルセポネには、一方的な攻撃が可能なはずだった。ただしそれは、本来なら、だ。
「きゃあああっ!?」
 残念ながら、悲鳴があがったのはアルテミス達ではなくペルセポネの方だった。海中は、蠢く邪龍の体を少しでも損なってやろうと狙うディミトリアスの双子の兄、アルケリウス・ディオンの雷がばら撒かれている最中だったのだ。飛び出してきた相手を敵味方区別する気も無いような――実際敵であったのだから幸いだが――雷は容赦なく海中を奔り、ペルセポネはあっけなく敗北を喫したのだった。
「チ……っ、何だ、小魚でも引っ掛けたか?」
 海上でアルケリウスがそんな舌打ちを漏らしていたのはまた別の話だ。
 そしてその隙に―― 
「……ふう、やれやれ……結局僕が手を下すしかないですか」
 呟いた十六凪が、再びその銃口をクローディスに向けた、が。
『ティユトスは、このトリアイナが傷つけさせませんっ!』
 唐突に、頭に響いた声に十六凪は頭を押さえた。誰かを髣髴とさせる少女の姿が、クローディスをその背に庇うようにして立ちはだかっているのが見える。だが、そんな少女は現実には存在しない。幻だ、と判っていてもそれを振り払うことも出来ずに、十六凪は初めて苦しげに眉を寄せた。
「くっ、なんですか、この少女の幻はっ?!」
 それは、ハデスと同調している少女の記憶と魂だ。ハデスと合体した為に、十六凪へも影響しているのである。指をびしりと突きつけるようにして、その幻はもう片方の手でそっとティユトスの手を繋ぐと十六凪を気圧させる程の目線で射た。
「……ッ」
 瞬間。自分を狙って振り下ろされようとした剣を避けて、十六凪ははっと我に返って踵を返した。得体の知れないものからの邪魔、そしてアルテミスと他の契約者たちを同時に相手にするには、今は手数が足りない。勝負のしどころではない、と、ペルセポネを回収すると共に、アルテミスが追いかけてくるのもまた感じながら、十六凪はその場から逃亡したのだった。


「追わなくていいよ」

 嵐の過ぎ去った後のように、咄嗟に動けずにいた契約者たちに、気を取り直すようにそう言ったのは氏無だ。口にするより先に、海上へ指示は終えているのだろう。想定外の出来事だったために、捕らえられるかどうかは判らないようだった、それについては「後のことはこっちでする」と言い置いて、氏無は目を細めた。
「他にかまけてる余裕なんか無いでしょ。今はこっちが最優先だ」
 その言葉に頷いて、歌菜たちの歌が再び響き始める中、かつみはふとその視界に見える姿に、目を細めた。
 先ほどの少女の幻の傍らに、寄り添う影が増える。一人は青年で、一人は少女だ。体は失っているのだから、殆ど幻のようなものだが、こちらを振り返る気配も無く一身に歌うその背中に、かつみは痛みそうになる胸をそっと押さえながら「彼女」の歌に添うようにして自らも歌を歌い始めた。
 その顔が振り返ることが無いのは知っている。「彼女」の思った相手、命を捧げるほどの心を向けた相手は自分ではなく、彼女は自分を知ることも無く終わるだろうということも。
 それでも。いや、だからこそ、だろうか。
(確かに……他にかまける余裕なんか、無いよな)
 かつみは氏無の言葉を反芻して、自分自身の決意を歌へ載せることへと意識を集中させた。
(あいつの願いを……果たすんだ)
 想いを伝えることはできなくても、彼女の果たそうとしたことを継ぐことで、彼女が……そして彼らが精一杯邪龍に抵抗した事には意味があったのだと、そう言えるように。

 思いを乗せたその歌は、再び神殿を満たし、都市を満たしていくのだった。