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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――

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イルミンスールの希望――明日に羽ばたく者達――
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リアクション



『きっとこれが、望んだ風景だから』

 月明かりの差し込む部屋、しかしそこは前に感じたただ冷たいだけではなく、女の子らしい家具が置かれ、人の命が感じられるものとなっていた。
「今日はことさらに、綺麗な月。ねえ、あなたもそう思わない?」
 窓辺に腰掛け、鋭く眼光を光らせる少女――ノワール――に話し掛けられた少女、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)はどこか落ち着かなげな様子で、ノワールの質問には答えず『お願い』を投げかける。
「あの……そろそろ名前で呼んでくださいません……?」
「あら。じゃあそろそろ『さん』付で呼ぶの止めてくれない?」
 するとノワールは意図してか、『お願い』で反撃してきた。
「それは……呼び捨てにしろ……という事ですか? ですが――」
「だって、あなたと私は双子の姉妹みたいなものでしょ? 何を気兼ねする必要があるのかしら」
「……え?」
 ノワールの発言は、レイナにとって予想外とも言うべきものだった。確かに天秤世界で二人はこれからも一緒に居る、とは言った。しかし二人が姉妹だとは、考えもしなかった。
「あ、ちなみに私が妹ね? そのほうがいろいろワガママとか融通利くから」
「え、あの……」
 レイナが反論出来ない間に、ノワールがどんどんと話を進めていってしまう。別に姉妹が嫌だというわけではないのだが、このまま為すがままにされていいのだろうかという思いがあった。
「ほら、姉なんだからもっと堂々としなさい。妹に指摘されてるようじゃカッコつかないでしょう? お ね え ちゃん?」
「うぅ……分かりました、もう私が姉でいいので……。
 でも、せめて姉様にしてください……   ……ノワール」
 しかし結局の所は押し切られ、せめてもの抵抗にとお姉ちゃん、ではなく姉様、と呼ばせることにして、レイナはまずノワールを『ノワール』と呼び捨てにした。
「ふふ、物分りがよくて助かるわ。
 それじゃこれからもよろしく、“姉様”?」

「……あっ」
 最後にそう言い残して、ノワールは“眠り”についた。同時にレイナも“目覚め”、ぼんやりとする頭を振って意識を明瞭にする。
「妹……ノワールが、妹……」
 先程、ほぼノワールの独断で決まった内容を呟くレイナ。実感はあまり湧かなかったが、
「……ふふ」
 レイナの顔には、ほんのりと、笑みが浮かんでいた。

「……あぁ」
 テーブルに頬杖をついて、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)は今現在自分が置かれている状況を嘆いていた。
 その原因は、主に3つあった。まず1つ目はレイナ(ノワールの方)。2つ目はリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)。3つ目はガルム アルハ(がるむ・あるは)。……そして今ウルフィオナは、2つ目と3つ目の原因への対処で頭を悩ませていた。そして彼女はなるべく早急に、行動に移さねばならなかった。
「…………」
「…………」
 何故かといえば先程から、リリとアルハがチラチラとウルフィオナへ視線を投げかけていたからであった。リリの視線は鋭く、アルハの視線はどこかすがるような雰囲気を漂わせていた。
(なんだってんだこの空気は……? あたしが何かしたか?)
 叫び散らしたい衝動をこらえ、ウルフィオナは必死に考える。何かあるなら言ってくれと思う面と、自分が気付いてやらなきゃいけないんだろう、という面が真っ向から対立し、その板挟みにあって動けずに居る状態がここ数日続いていたため、ウルフィオナは極度の疲労を覚えていた。
「あ、お嬢様♪」
 と、そこへレイナが降りてきた。リリの注意がウルフィオナからレイナへ向けられたのを契機に、アルハの向けてくる視線がより強いものとなった。
(今しかない! 何すりゃいいか分からねぇが、今動かなかったらあたしが死ぬ!)
 決して大げさとはいえない思いを抱いて、ウルフィオナは立ち上がりアルハへ歩み寄る。突然の行動にアルハがビクッ、と身体を震わせ、手を伸ばしてくるウルフィオナを見上げて今にも泣きそうな目をする。

「……すまん! あたしが悪かった、許してくれ!」

 そんな謝罪の言葉と共に、ウルフィオナの手がアルハの頭に載せられ、左右に動く。
「ぁ……ね、姐さん……」
 アルハの瞳が、だんだんと潤んでいく。それは悲しみからでも怒りからでもなく、やっと自分に構ってくれたという嬉しさから」
「うわあああぁぁぁん姐さあああぁぁぁん!! アタイどこまでもついてくよおおおおぉぉぉ!!!」
 ひしっ、とアルハがウルフィオナの腰の辺りにしがみつく。なんかよく分からない間に機嫌を戻したような気がするアルハに首を傾げつつ、ウルフィオナはアルハが落ち着くまで頭を撫で続けていた。

(……まったく、これだから駄猫は……)
 ウルフィオナとアルハのやり取りを遠巻きに見つめ、リリがはぁ、とため息を吐く。リリがウルフィオナに嫌悪感をむき出しにするのには、色々な理由があった。
 1つ目は、他人の心にどうも鈍い所がある点。リリはウルフィオナよりもずっと前に、レイナとノワールの違いについて気付いていたし(本人曰く『従者の嗜み』とのこと)、気遣いも人一倍(レイナ限定)しているというのに、あの駄猫はそういう所がなってない。リリはそう感じていた。
 2つ目は、優柔不断な所がある点。天秤世界から帰還後、リリはすぐにレイナとウルフィオナの距離が急激に縮まっているのに気付いた。その事で何度かウルフィオナを問い詰めてみたものの、はぐらかされるか逃げるかでまっとうな答えが得られなかった。
 そして3つ目、これがだいたい主な原因なのだが、要はリリはウルフィオナに嫉妬しているのだった。レイナはしばらく会わない間に大きく変わってしまった。自分は取り残されたような感覚を覚え、一方でウルフィオナはずっとレイナの傍に居た。
 果たして天秤世界で何があったのか。リリはレイナに聞くつもりはない(それも『従者の嗜み』とのこと)し、レイナが心から今の関係を望んでいるのだとしたら、多分1ヶ月くらいは涙で枕を濡らすことになるだろうけれど、認めるつもりでいた。
(私に納得のいく説明がありませんもの。それが不愉快なのですわ)
 ……もちろん、これは自分のワガママだということは分かっていた。リリはレイナの母親でもなく、ウルフィオナと同じパートナーなのだ。
 まあ、同じパートナーだからこそ遠慮のない説明が欲しい、と思う面もあったが。

「……ねぇ、ノワール。私達は確かに、色々とありましたけれど。……でもだからこそ、今という幸せがある。……そう、思わないかしら?」
 なんやかんやと言い争いながら、けれどワイワイと賑やかな風景を見つめ、レイナがノワールに語りかける。
『ふーん。ま、姉様がそう思っているなら、そうなんじゃないかしら。
 ……私も、まあ、わざわざこの風景を壊してやろう、とは思わないわね』
 遠回しにレイナの言葉を肯定するノワールの回答に、そして今目の前の風景に、レイナは心からの笑みを浮かべた。
「これがきっと……私が望んでいた風景」


『季節外れに咲く花は』

 街の喧騒を適当に聞き流しながら、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は途方に暮れる思いでマスター、牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)の後ろを歩いていた。
(これは……どうすればいいのだ? アルから何も指示を貰っていない、一応装備は持って来ているが、警備の必要もない……)
 事の発端は、アルコリアの「イナテミスを歩きましょう」発言から始まった。何故そんな事を言い出したのかは今更気にする事もなかったが、イナテミスに着いてからというもの、アルコリアは一言も口にしない。そしてそれは、横を歩くナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)も同じだった。
「ナコト、なぜ黙っている。あとラズンは?」
 シーマが問えば、ナコトは口に人差し指を当て、担いでいたバッグの中身を開いてみせる。
「そこに居たのか……眠っているのか?」
 バッグの中では、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がすやすやと寝息を立てていた。主の身を護る魔鎧であるラズンがこうしているということは、今日は一層、物騒な事は起きないような気がした。
「……分かった。だが見た目が事案なのであまり開くなよ」
 手振りでバッグを閉めるように指示して、シーマはそれ以上言葉を発すること無くアルコリアに続く。
(……暇だ……)
 祭りの賑わいを見せる街の出店に興味はなく、さりとて何かやるべきことがあるわけでもなく、シーマはどうしたものか、と思う。いっそ今先頭を歩いているアルコリアが偽物でした、本物は別の所に居ます、なら納得がいったかもしれないが、それは漂う雰囲気から違う、と気付いていた。
(……どうすればいいのだ?)
 何度目になるか分からない問いを投げかけても、答えはついに返ってこなかった――。

(平和ですね。……平和なのは、穏やかなのは、好きですよ。
 美味しいものと、面白い本と、可愛い子が居ればそれでいいんです)
 特に当てもなくイナテミスの街を散策する傍ら、アルコリアは思慮に耽る。……平和とは縁遠い世界に行ってしまった感のある彼女だが、しかしパラミタで最初に彼女が所属したのは百合園。
 彼女の容姿を考えれば、戦場で武器を振るうよりは窓辺で本と紅茶をお供にゆったりとした時間を過ごしている方が似合っている。

 でも、そうはならなかった。
 何故かという理由を今になって追うのはひどく難しいし、どこまで行っても彼女自身の心が読めない以上憶測でしか無い。

 それでも、その憶測を語るとしたなら。

 人は、いや生物が少なからず持っているであろう、『〜したい』という欲求。
 けれど人は、欲求を完全に満たすことは出来ない。自分が、周りが、欲求に制限をかける。

 それでも自分の欲求を通そうとすれば。
 そして、自分に欲求を通すだけの力があれば。
 欲求は『力づく』で通されることになる。

 『力づく』で『〜したい』のかと問われれば、違う気がする。
 だけど、周りが称賛する、たとえば『〜してほしい』という思いは、自分の『〜したい』とは乖離する。

 だからといって、自分の『〜したい』を投げ捨てることも出来ない。
 周りの『〜してほしい』に従うことも出来ない。

 出来ない、出来ない、出来ない。
 『〜したい』という願いが『出来ない』という思いに塗りつぶされていった結果……。


 ――常々思います、世界は美しいって。
 常々思います、世界は救えないって。

 でも、よく言うじゃないですか。
 世界がくだらないのは自分のせいだと。
 ロクでもないのは自分のせいだと。
 悪いのは自分のせいだと。

 それを肯定できないから恨み怒り憎むんじゃないでしょうか。

 私は楽しそうに見えたかしら?
 幼き日の自分に呪われて、解けない問いを説き続ける姿が。

 楽しく勝手気ままに見えていたなら、私は上手くやれたのでしょう。

 さあ、笑いましょう 微笑みましょう。
 全てが等しく価値の無い世界に、全てに等しく価値をつけるために――



 彼女、アルコリアは今この瞬間も、本当か嘘かわからない言葉を纏う。
 それは長い間に無数に、無限に、積み重ねられていった言葉たち。

「あ。ルピにゃーだ」
 ふと、アルコリアは前方に見知った姿を認め、ぽつりと呟いた。
 相手も気付いたようで振り返り、そして目が合う。小さく手を振って、近付くために歩き出す。

 怯えてくれたら、楽しいなとか。
 『力づく』で来てくれたら、全力で殺ろうとか。

 そんな事をアルコリアは思っていたけれど、そのどちらも起きなくて。
「こんにちは、アルコリアさん」
 ただ、微笑みを浮かべて挨拶をしてきたルピナスへ、返事代わりにそっとキスをして。

 『楽しかったよ』

 声に出さすに口だけ動かして、それだけを伝えたアルコリアは振り返ること無く歩き去っていった。


 ――勇者だから愛だから想いだから、許される力。
 称賛される力は都合のよかった力だけ。

 『誰かのための力になろう』
 自分でも無く、相手でもなく、既知の為でも無い。
 世界中探してもどこにも居ない『誰か』の為に。

 その段階にすら辿り着けていない気がする。
 ただ、誰かを守りたいとか願いを叶えたいという想いに呼応することしかできなかった気がする。

 誰かの『力尽く』の為の『力尽く』――



 並べた言葉に意味はある?
 並べた言葉に意味はない?

 君の言葉に、本物はある?
 ……少なくともひとつは、あった。


 『穏やかに平和なのは好きですよ』