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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【冷たい監獄の中で 1】


「しかし、ちいっとばかり数が多すぎねえか?」
「泣き言を言うにはまだ早い。愚痴っておらんで、自分の仕事をせい」

 ドリル・ホール(どりる・ほーる)がため息を吐き出したのに、夏侯 惇(かこう・とん)がたしなめた。
 仲間達の協力によって、入り口を突破してから数分。風の影響がない分幾らかマシ、といった程度の寒さに満ちる監獄だったが、それを感じる暇も無く、手荒な歓迎が待っていたのだ。
 入り口を潜ってすぐ、門番のように立ち塞がったアンデッドの集団に、ドリルが弾幕を張り、惇が飛び込んで無理やりこじ開けたのであるが、問題はそれだけに留まらなかった。
「門を過ぎたら、中庭にもやたらいやがるしよ……」
 まるで待ち構えていたかのように、門から抜けた先にある中庭にいたアンデッドたちの群れは、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)とそのパートナーたちが幾らか引き受けて、別の入り口まで牽引していってくれたおかげで、何とか突破に成功していたが、それにしてもアンデッド達の出現のタイミングは、こちらが団体を突破してもっとも無防備になるだろうタイミングを狙ったようにも感じられて、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は僅かに嫌な顔をした。
「なんだか、意図的に配置されてる、みたいな感じね」
 そんな会話をかわしながら、ドリルやヒルダらと共に先頭を行くのは、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)と青白磁だ。ドリルヒルダが呟いた通り、ただあちこちを徘徊しているというよりは、何らかの意図を持って配置されている、と考えたくなるような場所で、彼らは群れになっているのだ。
「それも……ヒルダたちを待ち受けていたって言うより」
「監獄の守護のため、配備されていた、と考える方がよいでしょう。元々、帝国の勢力が制圧に来るだろうとは想定していたでしょうし」
 ヒルダの言葉を丈二が引き継ぐと「そうですね」とゆかりも応じた。
「侵入される前提があるなら、戦力以外に、罠も警戒する方が良いでしょう」
 その言葉に応じて、青白磁が銃型HC弐式で生存者がいないか確認をとるのと共に、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)のディメンションサイトでアンデッド達との不意の鉢合わせを避けながら進む一行に「次、左です」とランドゥスが指示を送る。
「この辺りは、職員用の細かい通路が多いので気をつけてください」
 その言葉の通り、壁と壁の僅かな隙間が中々に厄介で、先に敵に気付いても、人一人通る程度の通路では、複数のアンデットを一対一で片付けていく形となるため、例え相手が弱くとも確実に時間の方が取られてしまうのだ。
「左方向、側面通路より接近!」
「丈二!」
 マリエッタが言い、その最も近いヒルダがバーストダッシュで通路へ飛び込むようにして前へ出、最前列のアンデッドの槍の一撃を受け止めて一瞬その行軍を止めると、得たりと続いて丈二が飛び込んで銃剣を突き出し、通路に爆炎波を叩き込んだ。ごうっと燃え上がる炎に焼かれてアンデッドが倒れていく。
「殲滅を確認」
「次、前方、右方より二体」
 続けざま、今度は前から襲い掛かってくる二体は、ゆかりの銃が頭を打ち抜いて沈黙させた。だが、そうやって一同が倒してもまた次が、そしてまた次が、どこからか一行の気配を感じてでもいるのか接近してくる。マリエッタが、前方から団体が近づいてくるのを感じて、指示を求めるようにゆかりの方を振り仰いだ、その時だ。
「……カーリー……?」
 思わず、といった様子でマリエッタがその名を呼ぶが、ゆかりからは反応がない。近づいているアンデッドの数を告げてみても「そう」としか答えないで、ゆかりは無言のままにシリンダーボムを投擲し、その爆発で数体が吹き飛ぶのを目視するや、残る数対へと銃口を向けた。
「……死に損ないが……死ね……死ね……」
「ゆかりくん?」
 流石の氏無も、訝しんで眉を寄せた。普段の彼女は、戦闘中も冷静な女性だ。それが、こんな感情むき出しで、呪詛のような言葉を吐き出しているのだから、嫌なものが背筋を這うのも無理もない話だ。そんな周囲の視線にも構わず、その銃口は前方から押し寄せる者たちの頭を次々に打ち抜き、その足はその速度を上げていく。死なない相手に弾を使うのも無駄と判断して、最小限の撃破で突破を狙ったのだ。一応、罠や鉢合わせを気にした様子はあるが、目の前に立ち塞がるや否や「死ね」と呪いのように呟きながら銃口を引くその姿は鬼気迫っていて、共に前衛を走るドリルや青白磁の背筋を冷たくさせる。
「…………カーリー……よね?」
 マリエッタが不安げにその顔を覗き込んだが、まるで別人のように歪んだ笑みを浮かべているゆかりが、見えただけなのだった。

 そんなゆかりのどこか病的な気配を感じさせる猛撃の後を、ヒルダら前衛が側面を警戒しつつ排除しながらという形で追ている間「しかし、なんでアンデッド、なんだ?」 とカル・カルカー(かる・かるかー)は独り言のように口にした。
 そうは言いながらも、ある程度予想はついているのだろう、その表情は険しい。
「思考を読んだり、口を割ったりする事もない、忠実な兵力だから……かな」
「あー、なるほど。「死人に口なし」って昔から言いますからねー」
 ジョン・オーク(じょん・おーく)はそれに同意すると、苦い笑みで次から次から接近してくるアンデッド達を見やった。一見して、彼らと普段遺跡や墓場などのそれらしいところで遭遇するアンデッドとの違いは、統制が取れているかいないかの違いだ。
「こいつらを操ってるものがある、ってことかな」
「それは……どうでしょうか」
 カルの言葉に、微妙な顔をしたのはセルフィーナだ。
「彼らの統制の取れ方は……誰かが操っているそれではありません。もっと自律的な動きですわ」
 勿論、そこから明確な意思を汲み取れるわけではないし、思考している、という風はないが、その動きは複数で組み、狭い通路で敵を迎え撃つのに慣れた者の持つ、自然な動きだ。白竜が自らの特務兵団【天蛇】を動かして、指揮系統を探っているが、アンデッドの中に群れのリーダらしき存在は確認できたものの、生前の記憶が残っている、と考えた方が妥当だと伝令から報告が入っているのだ。だがそんなセルフィーナの言葉に「でも」とカルは考えを纏めるように一瞬言葉を切ってから、再び口を開いた。
「誰かが指揮してる可能性はあるよね。そして……指揮してるのが人間だったら?」
 そう言って、カルは言葉を続ける。
「そいつが操ってるなら……僕らを殺せという殺気を発している筈だ。アンデッド自体は殺気を発しないけど、僕らに殺気を放っているものが誰か、どこにいるのかを見つけて、そいつをボコればアンデッドの脅威もなくなるんじゃないかな」
「……その仮定を実証するために、どうするんだい、離れるのかい?」
 その会話を耳に、訪ねたのは氏無だ。今彼らは貴賓室への最短のルートを取っているのだ。最速で事態を解決するためにはそれを外れられない以上、目的を違えるなら別に動くしかない。一瞬返答に詰まったカルだったが、すぐに頷いた。もしもアンデッドを操っている存在が本当にあるとすれば、また捕らえる事が出来れば、アンデッド達を止め、更にはこの事件を起こした存在や、背景などを知る、重要な手がかりになるはずだ、と説明して、カルはパートナーたちを振り返った。
「殺気を探っている間は、惇とドリルに頑張ってもらうことになるけど、そいつを捕まえて……口を割らせる。自分で喋らないなら、なんとかしないといけないけど……」
 問題は、その手段だ。少し考えたが、可能と考えられる方法はひとつしかない。だが、残念ながら自分たちはその方法を用意できていなかった。
「誰か、サイコメトリで意識を読める人、いる?」
 カルは問いかけたが、残念ながら一名を除いてそのスキルを持ち合わせている者は無く、彼に別行動をしろと頼むわけにもいかない。何より、全員には立ち止まってる時間も、無かった。何故なら――
「――後方、曲がり角より接近!」
 マリエッタが声を上げ、カルとジョンの二人が振り返ったが、遅い。前方が前進に集中しすぎていたために、後方からも接近してくる存在とかち合う可能性を見落としていたのだ。ランドゥスを咄嗟に エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が庇い、佳奈子のバニッシュが前列を怯ませたが、密集し、無防備な背中を見せていたところから振り返るのでは、後方から迫るアンデット数対への対応が間に合わない――と、思った瞬間だ。誰よりも早く飛び込んで、その身体を細切れにしたのは、キリアナだ。どこからか飛来した青のリターニングダガーと、氏無が撒いた符が更に後方の数体を屠ったところで、その視線の先で、アンデッドの群れが追跡しているのが目に入った。
 今のように散発的な相手なら良いがこのまま先へ進めば彼らの数は増えていくだろう。そうなると、いかに手練れの多い一行でも、狭い屋内で混戦となればひと手間かかってしまうのは間違いない。
 一瞬足を止めることになった一同の背中を押すように、キリアナは視線を前へと戻した。

「追いつかれたら面倒や。急ぎましょう」