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リアクション

 
タコ前半戦



 魔天堂 光義(まてんどう・みつよし)の放った魔法の挑発に応じたサメは少なかった。
 それでも、海面近くを泳いでいた数匹を誘い出す事には成功し、光義は、とりあえずその数匹を魔法で挑発しながら誘導していた。
 その視界の端に、光義の挑発に応じなかったサメ達の前を全力で泳いでいく男の姿が掠める。その男は既に一群れのサメ達に追われていたようだった。
 その黒いブーメランパンツ姿の男を追うサメの群れに、光義が誘い出しきれなかったサメの群れが加わる。
「あれは……」
 どうやら、そのブーメランパンツは望んでサメ達を陽動している様子では無い。
「ふむ」
 光義は、少しの間の後、彼を追うサメ達の前へと魔法を放った。
 光義の魔法に戸惑ったサメ達と、その事に気付かぬまま必死に水を掻いていく男との間の距離が少し広がる。
 そうして、男とサメの一団は、そのまま巨大クラゲの漂う方へと、消えていった。
「……夏は、色々とありますな。まあ、色々と」
 光義は一人呟いて、再び、自分が陽動しているサメ達の方へと向き直った。


 ◇


 光義とブーメランパンツ男によってサメが、ひとまず去った海域で。


「夏! 海! タコ! 触手! 北斎!」
 テンションの上がり切った一色 仁(いっしき・じん)の声が青空に響く。
 彼らの目の前には巨大な巨大なタコが、まさに触手のように足をうねらせて海上に姿を現していた。
「そんな美少女ゲームな連想は要りませんわ!」
 ザンザンと海水を掻いていく仁の後ろ姿へと、後方に待機したパートナーのミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)の呆れと若干の怒りとを含んだ声が飛ぶ。

 伏見 鉄平(ふしみ・てっぺい)が、海上にうねるタコ足へと槍を付き込む端を抜けて――
「敵発見、状況を開始する」
 士道 輝(しどう・ひかる)が鉄平の槍が突き飛ばしたタコ足へと剣を抜き様に、一閃を滑らせる。
 一方、別のタコ足にシエンシアの剣とツークの銃撃が重なる。
 牽制されたタコ足の横を抜けて、仁がチェインスマイトで二本のタコ足を同時に捌き弾いた。その彼の表情には先程までの浮かれた様子など欠片も無い。
 そうして開かれた道へと、フィルド・アルディア(ふぃるど・あるでぃあ)と唯が、タコ本体へ向かって身を滑らせて行く。
「ッシ!」
 短息を切って、フィルドが捻った体ごとタコの頭へとナイフを刻み込む。
 同時に。
 唯の剣がタコ本体の表面を横一線に撫で斬った。
 迸った青い鮮血。
 そして、唯が、そのまま返す刃で二撃目を振り出そうとして――ふいに、海中へと姿を消した。
「――え?」
 それが余りにも唐突だったので、後方で待機していたメリッサは呆けたような声を洩らしながら大きく目を瞬いた。

 唯はタコ足に足を取られ、海中を引き摺り回されていた。
(――ッッ)
 縦横無尽に掛かる水圧に負け、口元から呼気が泡となって抜けていく。
 息を失い掛けて頭がクラついてきた頃、ザァと海上へと引っ張り上げられる。
「――ッッは!」
 唯は口の中の水を吐き出して、そこに溢れていた空気を取り込んだ。
 と、足元を捉えていたタコ足が、急速に唯の身体を這いずり巡って締め上げ始める。
 逆さに吊り下げられ、両腕を頭上に纏められた格好で、唯の海水に濡れた肢体が艶やかに震えた。
「ク――ゥ……ンッ」
 肺に入れたばかりの空気が苦しげな吐息となって零れる。
「唯ッッ!!」
 メリッサの悲鳴に似た叫び声が聞こえる。
 それと。
「ほらほら! 北斎! 触手! タコ! これぞ夏!」
 仁が唯の方を示しながら、ミラへと訴え掛けるようにテンション高く叫ぶ声。
 それを聞いたミラが真っ赤な顔で声を荒げた。
「ば――馬鹿ですわ! こんな時まで何を言ってますのっ!! ばかーー!!」
「うん、冗談だ」
 仁は一寸だけ笑み、すぐさま表情に真剣さを浮かべ、視線を周囲に走らせた。
 後方からはメリッサが、仁の傍からは輝と鉄平が、それぞれ唯の救出に向かい出している。
 そして、仁が滑らせた視線の先に、輝達を狙うタコ足。
 仁は水を蹴って距離を詰め、そのタコ足の側面へと槍を突き込む。
 仁の攻撃によって怯んだタコ足の下を抜けて、
「輝さんッ!」
 鉄平が唯の周辺に漂うタコ足の方をランスで牽制していく。
「応ッ!」
 輝が唯を捕らえるタコ足へと距離を詰めて刃を振り下ろす。
 一方で。
 唯の方へと急ぐメリッサを付け狙うように、海面の下をひっそりとうねったタコ足。
「案外にセコいタコですな」
「ちょっとした可愛さを覚えてしまいますねぇ」
 ツークの銃撃がそのタコ足を撃ち叩き怯ませ、更に、筋力増強スーツを起動したシエンシアの斬撃が強烈に斬り弾く。

「放せッ、このタコ!!」
 フィルドがタコ足に突き刺したナイフを捻り――
 締め上げから開放されて海面へと落下してきた唯を輝が受け止めた。
 そして、輝がそこへ辿り着いたメリッサへと唯を渡す。
 メリッサが、すぐにヒールで唯の傷を治療する。
「唯……良かった」
「……メリッサ……皆、ありがとう」
 唯が、再び強く剣を握り直しながら言った言葉に、輝が「問題なし」と言い切る。
 そして、輝は軽く仲間達の方を振り返り見やってから。
「お前が倒れぬ事のほうが、敵に一撃二撃加えるより――」
 唯に視線を返し。
「よほど勝利の為になる、という事だ」
 強く笑んだ。


 一方、仁達とは少し別の角度からタコを臨む位置にて。
「……皆……行くぞ……独立傭兵部隊、銀狼隊……作戦開始!」
 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)が、パートナーのユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)村雨 焔(むらさめ・ほむら)、焔のパートナーのアリシア・ノース(ありしあ・のーす)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)、遙遠のパートナーの紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)ら銀狼隊へと合図を送る。
「作戦通り、俺たち前衛がタコの足を引き付ける……頼んだぞ……」
 クルードは剣を抜きつつ、焔と遥遠と共にそれぞれ別々のタコ足へと展開して行った。

 迫るタコ足の先が、己に到達する前にクルードは、その足先を剣で跳ね上げた。
 その向こうでは焔と遙遠が同じようにタコ足を引き付けていた。
 そうして出来た隙を付いて、水中銃を担いだユニ、アリシア、遙遠が、のたくるタコ足の根元の方へと泳いでいく。
「この辺りですね」
 ユニ、アリシアが射程位置で留まり、水中銃を構える。狙いは、タコの頭部分。
 そして、遙遠もまた水中銃を構え――
 と、後方で重く水を爆ぜる音が聞こえた。
 振り返る。
 タコの足を引き付けていた筈の遥遠の姿が無い。
 代わりに見えたのは、タコ足の叩き付けによって上がった高い水飛沫がザラザラと降り注ぐ海面だった。
「遥遠ッ!?」
 
 遙遠の声が渡る向こう。
 タコ足を引き付けていた焔が、自身に伸びたタコ足へと剣の切っ先を突き出す。
 が。
「クッ――」
 ザァッと、タコ足が振り上がり、焔の剣が海水だけを裂く。
 次の瞬間。
 焔は重い風切り音が頭上で鳴るのを聞いていた。
 太陽の光が遮られ、己の周囲に落ちた大きな影。
 視線と共にそちらの方へと、剣を振り出そうとしたが、間に合わなかった。
 焔は、振り下ろされたタコ足に海中へと叩き込められた。

 アリシアの悲鳴が鳴る。
 ほんの一間を置いて、少し離れた海面にザブリと焔の顔が覗く。
 そして、彼はアリシア達の方へと
「俺達に構うな! 作戦を!!」
 叫んだ。
 遥遠の方もなんとか気絶は免れたらしく、海面に顔を出し、水を掻いているのが見えた。
「――ッ! う、うん!」
 焔の声に弾かれて、アリシアは水中銃を改めてタコの方へと向け直した。
 ユニが同じように水中銃をタコへと向ける。
 遙遠が己を落ち付かせるように、細く息を吸い込む音。
 そして。
「やろう」
 静かな声で遙遠は言って、水中銃を携え、バーストダッシュで跳んだ。
 それと同時にアリシアとユニが水中銃をタコの頭に向かって撃ち出していく。
 放たれた銛は僅かに狙いをずれながら、それでもタコの本体に突き刺さった。
 そして、空へと跳んでタコ本体へと近づいた遙遠が、狙い通りの場所へと水中銃を叩き込む。
 タコの巨体が大きく震える。


「あら?」
 シエンシアは首を傾げた。
 タコ全体が一度大きく震えた後に、全てのタコ足達がぐったりと海中へ返って行ったのだ。
「もう終わりでしょうか?」
 彼女がのんびりと小首を傾げながら、ツークの方へと振り返る。
 と、同時に。
 シエンシアの後方で、ズバァアアッと勢い良く水柱――では無くタコ足が海上に伸び上がった。
「そうでは無いようですな。いやはや、世の中は甘くない」
 楽しげに顔を傾けるツークが、シエンシアの後ろに伸びたタコ足へと弾丸を撃ち放つ。
 シエンシアは、空へ向かって伸び上がった何本ものタコ足の方へと視線を向けて、また首を傾げた。
「……一本足りませんねぇ?」
 そして。
 海上へと伸び上がっていたタコ足が、一斉に生徒達へと振り下ろされる。


 ◇

 
 海面を叩く幾つもの音が聞こえたのは、少し前の事だ。
「困りましたな……」
 光義は目を細めながら呟いた。
 先程まで光義の魔法によって翻弄されていたサメ達が、こちらの挑発を無視して、巨大タコと生徒達が闘っている方へと向かい始めていた。