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リアクション
タコ後半戦
時間は遡る。
巨大タコとの戦闘が開始されて、すぐの頃だ。
仁達とも銀狼隊とも違う位置からタコに迫っていた男が居た。
白神 綜司(しらかみ・そうじ)の放った水中銃の銛が、無防備に海面を漂っていたタコの足に突き刺さった。
「チッ……後一押し足りないか」
痛みに打ち震えたタコが、表の戦闘そっちのけでこちらの方へと視線を巡らせた。
「悪いな。こっちは『おまえ』が目当てじゃないんだ」
まともに相手をする気なんざ無い。
水中銃からアサルトカービンへと持ち替えて、彼はこちらを向いてきたタコの目を狙って銃弾を撃ち出していく。
存外にタコの動きは素早く、弾丸はタコ足に阻まれてしまう。
綜司は舌を打って、こちらに向かって伸ばされたタコ足の狙いから逃れようと水を蹴った。
が、水中銃が枷となってタコ足が己に絡み付くのを許してしまう。
軟体の足が締め付けてくる圧迫感に身体が軋む。
それを歯を鳴らして堪えながら、筋力増強スーツを起動させる。
蠢く足を押し返しながら、ナイフを取り出し、綜司がその足に刃を突き立てようとした刹那。
タコ足に強い衝撃が一つ走り。
ややあってから、ブツンッッ、と大きな音が響いて、綜司に絡み付いていたタコ足が綜司の身体ごと海面へと落下していった。
綜司は状況がいまいち分からないまま着水して、とにかく、己に張り付くタコの吸盤を引き剥がしながらタコ足を引っ掴んで海上へと出た。
「……思ってたより重いな」
とボヤいた綜司の声に、
「……あン?」
という声が重なる。
綜司が巡らせた視線の先、ネイト・フェザー(ねいと・ふぇざー)が僅かに片眉を上げながら剣を仕舞う。
そして。
「それァ、俺達ンだぜ?」
ネイトは冷えた視線を綜司に向けながら、綜司の方へと近づいて、タコ足へと手を伸ばした。
ずぃいい、と綜司はその手からタコ足を遠ざけるように動き、己の持つタコ足の切れた根元の方へと視線を滑らせた。
水中銃で付けた傷に、斬撃の跡が重なっている。
ネイトも筋力増強スーツを着用している。おそらく、スーツを起動して放った斬撃で足にトドメを刺したのだろう。
綜司は、つらりと彼へ視線を返し。
「いや、これは俺のだ」
と、キッパリ言い切った。
そして、タコ足の傷口の方へと親指を向けながら続ける。
「見ろよ。先に目を付けて、銛を打ち込んでたのは俺だ」
綜司の言葉にネイトが僅かに双眸を細め。
「悪ィが……斬ったのは俺だ。それに良く見やがれ。撃ち込まれたのはおまえの銛だけじゃねぇ」
言って、タコ足の傷口の方と親指を向けた。
確かに、もう一本の銛が刺さっている。
「二対一だ。当然、権利は俺達にある」
ネイトが至極冷静に言い切る。
が。
「いや、俺だ」
綜司は退かなかった。
「俺達だ」
「俺だ」
「おーい、貴公らよぉ」
両者一歩も退かない言い合いへと、好々とした声が差す。
綜司が怪訝に振り返ると、銛を失った水中銃を持った長尾 坊ノ丸(ながお・ぼうのまる)が、よいよいっと二人の間のその奥を指差していた。
綜司とネイトが、その指差す方へと顔を巡らせる。
「悠長にしてる場合ではないと思うがのぅ」
タコが、超怒った視線を二人へと向けていた。
――そして、現在。
タコ足を担いだままタコの攻撃範囲から無事に逃れられたのは、あっち側で銀狼隊が気を引いてくれていたおかげだった。
後方では、何やらタコが足を一斉に振り上げて生徒達を蹴散らしていたりもしたが、そんな事は彼らには関係無かった。
坊ノ丸の放ったドラゴンアーツが近寄ってきたサメの鼻先を叩き飛ばし。
そこへ綜司のアサルトカービンが重なる。
「半々だ」
綜司が言う。
動きの鈍ったサメを筋力増強スーツを使ったネイトが剣で止めを刺す。
「人数割りだ」
ネイトが静かに言って、剣を振り、サメの血を払った。
こんな問答が、ずっと続いていた。
「まあまあ、その辺りにしておけ」
坊ノ丸が屈託の無い笑み声で割り込む。
「なあ、ネイトよ。取れた足は大きい。そんなに多くを仕入れた所で、捌き切れずに余らすのが関の山じゃよ。勿体無い勿体無い」
彼は笑いながら、綜司の持つタコ足に、トントンと指を走らせ、左右を目算し――
「この辺りじゃな。半々で手を打とう?」
坊ノ丸の笑顔がネイトへと向けられる。
暫しの沈黙の後、ネイトの刃が坊ノ丸の指差した所を切断し、タコ足を半分に分割した。
そうして、綜司とネイトの小さく鼻を鳴らす声が重なる。
◇
「タコの足が……泳いでル」
サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が巨大タコから離れていく『それ』を見つめながら、ぽつと零す。
「……ん?」
ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)がイリーナの横で、目の上に手をかざしながらそちらを見やる。
サミュエルの言う通り、確かに、二つに分割されたタコの足が海をつらつらと進んでいる。
「……誰かが引っ張ってるんですね。――ああ、駄目だ。中年のオッサン三人組です。三十は超えてますよ」
自身も三十路を超えている身分だというのを棚上げしつつ、ルースは溜め息を零し。
「そんなのより、美女。美女を探してくださいよ、サミュエル」
ねぇ? とサミュエルの方へと軽く笑んだ視線を向けた。
「……マスター……」
ルースの隣でパートナーのソフィア・クロケット(そふぃあ・くろけっと)が溜め息を零す。
「さて――そろそろ、頃合いですよ」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)のパートナーのシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が、緩やかな笑みをたたえた口元で言う。
彼の視線の先。
護衛艇とボートの方へとサメ達が離れていくのが見えた。
現在、タコ周辺にサメは居ない。
しかも手負いの獲物を求めて、しばらくは護衛艇やボート周辺に留まっている気配もある。
その時を。
獅子小隊は待っていた。
「機は熟した……あいつらにはすまんと思うがな」
眼鏡を指で押し上げて、レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)が、静かに言う。
水中銃を担いだクリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)の銃撃音の中を、レオンハルト、サミュエル、、ソフィア、前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)、レーゼマンのパートナーであるイライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)らが巨大タコ周囲へと展開していく。
そして。
水中銃を携えたレーゼマン、ルース、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)、佐野 亮司(さの・りょうじ)がタコ足との距離を測りながら慎重に進んでいく。
護衛艇の方へ向かおうとしていたタコがクリスフォーリルの銃撃に誘われて、レオンハルト達の方へと表を向けた。
先行して伸ばされた足へとレオンハルトが一閃を描く一方で、サミュエルが別の足の先へと槍先を突き込み、跳ね飛ばした。
一方で風次郎、ソフィア、イライザは余るタコ足へとそれぞれ向かっていた。
「違いますね」
ザンッ、と傍の海面を叩いた飛沫に目を細めながら、筋力増強スーツで身体能力の強化されているソフィアは呟いた。
待っているのは、『それ』では無いのだ。
海を盛り上がらせて海上へと返るタコ足。
海水を振り撒きながら、それが風を殴り割ってソフィアへと振り下ろされていく。
ソフィアは、あえて挑発するようにそれをギリギリで避けてみせた。
そばで起こる大きな波に視界が揺れる。
そして。
彼女の望んだ通り。
タコ足がソフィアの身体へと吸い付いて巻き付き始めた。
「やっとですか……マスターなら、もっと早かったでしょうに」
グゥと締め付けられていく圧力を、強化された四肢で押し返しながら、ソフィアは小さく息を付く。
「あまり喜ばしい事では無いですけど」
風次郎とイライザもソフィアと同様に、自ら望んでタコ足に締め上げられていた。
それでタコの前面が無防備に開く。
視界を遮る事無く真っ直ぐの所にタコの重たげな瞳が見える。
それが彼らの狙いだった。
「時間はかけられん……早々に沈めさせてもらう!」
言って、水を蹴ったレーゼマンとイリーナ、ルース、亮司が水中銃を携えながら、射程距離へと一気になだれ込んでいく。
中でも、亮司は筋力増強スーツを使って、かなりの至近距離まで到達していた。
その後方を、わざとワンテンポ遅れたクリスフォーリルが後を追っていた。
クリスフォーリルの分を除いた四本の銛が狙ったのはタコの目玉。
「これで女性陣はオレに釘付けですね――今回はもらいました!」
ルースが、ザァと寄せた波を抜けて、口に入った海水を吐き捨てながら言う。
と同時に発射された四本の銛が、波立つ海面を貫きながらタコへと飛んだ――しかし。
少し前から、タコはこの感じに対して強い不安を覚えていた。
誘われて、同時に足を開かされる、この感じ。見覚えのあるモノを持って近づいてくる人間達。
そうだ。
これは先程、とんでもない痛みを受けた時の感じに似ている。
引き金を引くと、ほぼ同時にイリーナの目に映ったのはタコが海へと身を沈める姿だった。
「しまッ――」
嘆くイリーナを大きな波が飲み込む。
己の呼吸が海水に溢れて白く泡立つ向こう。
亮司の銛がタコの目玉付近を、そして、イリーナ、レーゼマン、ルースの銛がタコの胴体部分を貫いているのが見えた。
「ッハァ!!」
塩ッ辛い水を大量に飲み込んでしまいながら、イリーナは海面へと顔を突き出して、後方に控えていたクリスフォーリルの方へと視線を走らせる。
「クリスッ! 後は頼ん――」
イリーナの言葉は再び海水の中へと引き摺り込まれた。
海中で体を転回させたタコの足に捉えられたのだ。
「――ッ!」
すぐさま水中銃を投げ捨てたルースは、海中を伸びてきたタコ足から逃れつつ、イリーナとレーゼマンが海中へザンッと消えていくのを目撃していた。
そして――
「ソフィアッ!?」
タコの締め上げから自力で脱出したソフィアが荒立つ波に揉まれながら浮かんでいるのを見つける。
ソフィアの元へと急ぎ泳いで、ルースは彼女の腕を取って引き寄せた。
「大丈夫ですか!?」
ソフィアの体に腕を回して、彼女を抱き支える。
「ええ」
割とあっさり元気な返事が返ってきて、ルースは「へ?」と瞬いた。
「どうやらスーツの使用限界のようです」
タコとの戦闘が始まってからはそれほど時間が経っていない事から鑑みるに……どうやら彼女は今までずっとスーツの起動をオンにしたままだったらしい。
ルースは、深く安堵の溜め息を付く。
「すみません、マスター……」
「いえ、いいんですよ。無事なら……あ、いえ、状況の方は余り良いとは言えませんが」
言って、ルースは表情に厳しさを滲ませながらタコと仲間達の消えた海を見やった。
その横を、
「ふん、獅子が軟体動物に敗れる物かよ」
レオンハルトが二人を追い抜きがてらに、光条兵器でソフィアを一つ、二つ、薙いで行く。
光は、ソフィアの体を擦り抜けてスーツだけを切り裂いていた。
◇
光義の放った魔法によって動きを制されたサメに。
シルヴァの放った水中銃が突き刺さる。
「――さて、後は決着を付くのを待つだけですかね」
シルヴァがサメの死を確認しながら呟く。
「貴殿は加勢しなくて良いのかな?」
周囲に他のサメが居ないかを確認しながら光義が問い掛けてくる。
シルヴァはそちらの方へと、笑顔を上げ肩をすくめてみせた。
「今から向かった所で間に合わないでしょうね」
そして、タコを追っていくレオンハルトの方へと視線を向けた。
「まあ、あっちにはアレが居ますし。それに――」
言いながら、シルヴァの視線が護衛艇へと巡る。
◇
海中。
大量の泡が流れ弾けて行く轟音の中で、イライザは必死にタコ足を逃れようとしていた。
しかし、彼女の力はタコ足の持つ力に対して微小過ぎた。
タコ足がズルリと尚も体へと這いずる。こちらを捻り潰そうと掛かる圧力は、止め処なく確実に加えられていく。
(……このような場で……)
ギ、と軋んで、イライザの形がタコ足の力によって捩れて行く。
(沈むわけには……行きません)
イライザは、ギィと僅かに首をもたげて海面と思われる方を見上げた。
巨大な吸盤の端と軟体の隙間から見えた、海面に揺らめく陽の光。
(レーゼのためにも……)
そして、イライザは己に掛かる力へと再び抗って。
軋んだ。
(クッ――)
風次郎は、タコ足に締め付けられながら筋力増強スーツを起動させた。
そして、力任せに己を拘束するものを解いて、複雑な海流が絡み合う海へと抜け出す。
仲間達を掴みうねり重なる軟体足の向こうに海底へと向かうタコの本体が見えた。
風次郎は、タコの眼を目指して抵抗の激しい海水の中を突き進み――
構えを取って、
(オラオラオラオラオラオラオラオラ――)
ドラゴンアーツをタコの目と目の間へと叩き込んでいく。
(オラァァッ!)
風次郎の猛攻に阻まれて、タコは再び海面を目指し始めた。
海を大きく盛り上げて、タコが再び海上へと姿を現す。
追って、アッパーの形で海上へ飛び出した風次郎が、タコに背を向け。
「盛者必衰!」
ザン、と腕で水を切った。
海中から海上へと振り出されたレーゼマンは、タコ足によって強く圧迫されている肺を震わせて、なんとか浅く呼吸した。
自力でなんとか抜け出そうと身を捩るが、タコ足が更に体へと喰い込んでくるばかりで、どうにも叶いそうに無い。
ギィ、と噛み締めた奥歯が嫌な音を頭蓋に響かせた。
(状況は、芳しくないな……)
この締め付けを自力で抜け出すには、やはり筋力増強スーツの力が必要なようだ。
現在、レーゼマンが知る限り、タコの足に捉えられており、スーツを着ていないのはレーゼマン自身とイリーナとイライザ。
自分とイリーナは、まだどうにか耐えられるだろうが、イライザは締め上げられてからもう随分と経つ。
再び、奥歯を噛み擦る。
頭蓋に響く音で最悪の想像を掻き消すために。
と――。
「あーあ、折角の触手が男って――なんだかなあ!」
「この期に及んであなた と い う 人 は……」
獅子小隊の誰かのものでは無い男女の声が聞こえた。
「うん、冗談だ」
ふざけていた男の声がスゥと真剣味を帯びる。
そして、ズゥ、とレーゼマンを捉えていたタコ足が退かされて、急に呼吸が楽になる。
「回収に参りましたわ」
退かされたタコ足の間に、筋力増強スーツを着たミラの姿があった。
下方。
仁が、寄るタコ足へとランスを振り上げていく。
ツークの援護射撃を受けた焔がタコ足を切断して、イリーナに絡んだタコの足先を海中へと落とす。
その向こうでボートに乗った祥子の放った水中銃が、イライザを捉えるタコ足へと突き刺さり――
そこへ輝の剣と唯の剣が、タコ足を引き千切るように振るわれた。
そして、イリーナを雅人が、イライザを凛が、それぞれタコ足から引き剥がして、鈴とケイの待つボートの方へと運んでいく。
「……絶対に撃ち抜くであります」
クリスフォーリルは水中銃を構えながら、タコを仕留められる位置を目指して懸命に水を掻いていた。
隣には同じく水中銃を構えたソフィアが並ぶ。
前方では小隊の面々を助ける生徒達の姿、それとタコを逃すまいと戦うレオンハルト、風次郎、サミュエル、遥遠、クルード、鉄平の姿があった。
そこへ、水中銃をボートに投げ込んで身軽になった亮司がフィルドと共にナイフを片手に参戦していく。
レオンハルトの振るった剣がダメージを蓄積していたタコ足へと斬り込み、彼の剣はそのままタコの足を切断した。
水柱を吹き上げて海中に落ちていったタコの足。
これでタコはほとんど丸坊主になったようなものだった。
クリスフォーリルとソフィアが水中銃の狙いを定める傍で、ルースがタコの方へとアサルトカービンを撃ち鳴らしていく。
そして。
タコは、目と目の間に深く銛を埋め込んで。
一度、二度、丸い胴を揺らし、ォォオオオオンという風鳴りを起こしながら、その巨体を海へ傾き倒して、大きく海面を揺らしたのだった。
「さて」
と、誰が一番最初に言ったかは定かではない。
ともあれ、その場に居た大半の生徒が、タコを倒した喜びを分かち合うのも早々に、巨大タコの解体作業へと速やかに移行していく。
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