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風邪ひきカンナ様

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風邪ひきカンナ様

リアクション


chapter5 trick or treat? 

 構内に入ったエリザベートたちが最初に出くわしたのは、ウォームだった。イタズラ対策班を結成した際、他の生徒たちと「校長を守るぞ!」と気合を入れていた彼だったが、内心面倒な気持ちもあった。結成時は周りに合わせてテンションを上げていたが、いざ出番が回ってくると、億劫になってしまうのだった。
「一応、説得だけはしてみるか……」
 廊下の向こうから自分のいる方向に向かってくるエリザベートたちを見やり、廊下の真ん中に立つ。足を止めたエリザベートたちに、ウォームは言う。
「今、校長が風邪らしいんだよ。聞いた話じゃ、なんでも40度近い熱を出したらしいんだ。だから、大人しく引き下がってくれねーか?」
 生徒3人は環菜の様態を改めて知ってエリザベートの方を見るが、彼女に止まる気配はなかった。再び走り出し、ウォームの横を抜けていく。
「ま、闘ってもさすがにこれは勝ち目ねえし、一応説得は試みたっつーことで」
 ウォームはそのまま、エリザベートたちとは逆方向に歩き出した。

 校長室。ルミーナが手を止めて、窓から外を見る。
「なんだか、騒がしいですね……」
 疾風がルミーナに告げる。
「さっき、屋外警備の生徒からメールが来た」
 携帯を開き、メールを読み上げる疾風。
「鳴海士、ロリコン疑惑浮上」
「……?」
 はてなを浮かべるルミーナ。それはメールを読み上げた疾風も同じだった。
「あぁ、こっちか、ええと、イルミンスールが来た、屋上より。だそうだ」
 途端に、ルミーナは不安な顔になる。
「やはり、環菜さんが倒れている隙をついてきたのでしょうか……? すぐにでも保健室に向かわなければ!」
 校長室を出ようとするルミーナを止める疾風。
「大丈夫、俺らで止めてみせる。校長には余計な心労をかけさせない方がいい」
「そ、それはそうですけど……」
 その時、入口で警備をしていた遥が部屋に入ってきた。
「師匠、師匠っ! イルミンスールがこっちに来てるよ!」
「飛んで火に入るってのはこのことだな。よし、行くぞ遥!」
「うん、師匠!」
 部屋を出て行く疾風と遥の背中を見送りながら、ルミーナは襲い来る不安を拭いきれずにいた。そんなルミーナを見て、翔を始めとした手伝いグループ全員が、ルミーナに歩み寄る。
「保健室の近くにも、生徒はたくさんいます。信じましょう、彼らを」
「……そうですね。わたくしたちが今守るのは、この部屋なのでしょう」
 環菜が復帰した時にボロボロの校長室は見せられない。そして、環菜の居場所を守りたい。ルミーナたちの思いは固まった。
 校長室へと続く廊下。そこでは、霜月とアイリスが疾風たちより一足早く、エリザベートたちとエンカウントしていた。エリザベートを捕まえようとする霜月だったが、エリザベートの使う光術で目が眩み、その身体能力を活用できないでいた。それでも一生懸命に動き回る霜月を見て、アイリスは胸に何か得体の知れない重みを感じた。それを振り切るように、霜月と一緒にイルミンスールの相手をしようとアイリスは走り出した。しかしふたりでもエリザベートは捕まえられず、霜月とアイリスの間を通り抜けていくエリザベート。とそこに、疾風と遥が現れた。
「まだ鬼ごっこは終わってないぜ?」
「病気の人にイタズラするのは、いけないことだよ!」
「次から次へと、うっとうしいですぅ!」
 エリザベートが呪文を唱えると、4人の蒼空生徒が同時にがくっと倒れこんだ。
「こ、校長……? まさか……」
「面倒だったから、眠ってもらっただけですぅ」
 ほっとする3人。そのまま校長室へ向かおうとするエリザベートを、ひとりの蒼空生徒が呼び止めた。学内廊下警備担当の、さけだった。
「まったく……どこにいるのかと思ったら、こんなとこにいらしたんですね?」
 大胆に距離を詰めていくさけ。彼女はエリザベートの前まで来ると、1枚の紙を渡した。それは学内の構造が示された見取り図だった。
「カンナ校長がいるのは、校長室じゃなくて保健室なのですよ?」
「……あなた、蒼空の生徒さんではないんですかぁ?」
 さけはエリザベートの問いに、「だからですよ」とワンクッション置いて答えた。
「カンナ校長の場合、イルミンの生徒さんたちがイタズラを仕掛けてきた方がカンフル剤になるのではないかと思いまして。ほら、病は気から、とおっしゃいますでしょ?」
「……蒼空にも、色々な生徒がいるんだな」
 芳樹の呟きには反応せず、さけはその場を後にする。
「あ、そうだ、ひとつだけ言い忘れておりました」
 くるっと振り返ると、「お花を持ってきていただけたら、わたくしとしましても嬉しい限りでございましてよ?」と言い残し、今度こそその場を離れるさけ。
「よく分からないけど、保健室へ行ってみるですぅ」
 受け取った見取り図を手に、エリザベートたちは進んだ。道中、乾が仕掛けたトラップで誠は泥まみれ、芳樹は粉まみれ、アメリアはびしょ濡れになってしまったが、エリザベートだけは無傷のままトラップ地帯を通り抜けた。向かいの建物の窓からその様子をじっと見ていた乾は、満足気な笑みを浮かべた。
「ん、まあこんなもんか」
 退屈しのぎにはなったとでも言いたげな口調で、あくびをしながら乾は立ち去った。
 トラップ地帯を抜けてすぐだった。エリザベートの前に、香が現れた。その手にはエルミルから受け取った大事な色紙を抱えている。
「エリザベート殿、わらわはそこにおる誠のパートナーじゃが、折り入ってお願いがあるんじゃ」
 色紙をエリザベートに差し出しながら、香が頭を下げる。
「どうか、寄せ書きに一筆加えてはもらえぬじゃろうか?」
 横で誠が、「その方が、イタズラというか、からかうことになると思いますよ?」と後押しをする。しかし、ふたりの説得で彼女の意思は変わらなかった。
「なんで私が環菜にメッセージを送らなきゃいけないんですかぁ」
 と寄せ書きを持ったまま、香の横を通っていくエリザベート。エルミルから受け取った色紙を取り戻すこともできず、香はただうろたえるばかりだった。
 保健室近くの廊下では綾乃がエリザベートを待ち構えていたが、メイドの綾乃ひとりで止められるほどエリザベートの勢いは弱くはなかった。
「もっと校長としての自覚をお持ちください〜」
 綾乃のその声だけが、空しく廊下に響いた。

 ついに保健室に到着したエリザベート一行。待ち構えていた大勢のお見舞いグループは、数秒で出番が終わってしまった。エリザベートが唱えた防御壁呪文により、保健室に入れなくなってしまったのだ。悠々と保健室に入室するエリザベート。そこで見た光景に、一瞬エリザベートはたじろいだ。アイリスが美声で子守唄を歌っているその横で、環菜のベッドを枕に泣き伏している、全身段ボールの生物がいたからだ。段ボールには、女性が祈っている絵が描いてある。はたから見たらシュールすぎて、異次元に迷い込んだのではないかと思うような光景である。エリザベートが恐る恐る近付くと、環菜の寝息が聞こえた。この時点で、筐子の作戦は失敗に終わっていた。筐子の作戦。それは、エリザベートにどっきりを仕掛けちゃおう作戦だった。
 待機中アイリスの子守唄を聞かせていたら環菜が眠ったため、「これを利用しない手はない」と筐子は思ったのだ。目を瞑っている環菜のそばで号泣すればエリザベートもびっくりするだろうなと睨んでの作戦だったが、いかんせん自身の風貌の独特さによるインパクトが勝ってしまい、あっさりと作戦は失敗した。しかし、当の本人だけは気付いてなく、むしろ成功したと勘違いをしていた。ゆっくり歩み寄るエリザベートに向かって、急に顔を向け、
「どっきりでしたぁ!」
 と筐子は言った。急に段ボールが振り向いて声を上げたので、そういう意味でエリザベートは驚かされた。目を大きく開けたままのエリザベートを見て、筐子はプランの成功を確信した。
「うんうん、喧嘩するほど仲が良いって言うよね! でも、喧嘩もほどほどにね?」
 めでたしめでたし、みたいな雰囲気で言う筐子。アイリスはアイリスで、「仲直りの印に、こちらをどうぞ」などと見当違いなことを言い、エリザベートにシュークリームを渡す。勝手に話を進められたエリザベートは機嫌が悪くなり、
「言ってることがさっぱり分かりませぇん!」
 と言いながらシュークリームを筐子にぶつけた。どういうわけか辛子入りだったらしいそのシュークリームが段ボールの隙間から口に入ってしまい、筐子は身悶えた。
「まったく、蒼空にはおかしな生徒がいるんですねぇ……んっ!」
 突然、後ろから抱きつかれるエリザベート。背後から声がする。
「お見舞い、に来たんだよね?」
 声の主は路々奈だった。彼女はエリザベートが暴れそうと踏むと、とっさにアルコールを染みこませた布を口元に当てようとする。それを寸前でよけるエリザベート。
「なんなんですかぁ、あなたはぁ!」
 怒りゲージがマックスに近付いたエリザベートを見て、やばいと思った路々奈は奥の手を使うことにした。
「てへっ」
 片目を瞑り、ウィンクをして舌をちょろっと出す仕草をする路々奈。彼女曰くこれが最終兵器らしいのだが、もちろん逆効果もいいところだった。
「路々奈さんいっつもアレやるけど、ほとんど火に油を注いでる気がするなぁ……」
 パートナーのヒメナにまで言われる始末だが、路々奈本人が気に入ってる以上、恐らく止めるつもりはないのだろう。その路々奈はといえば、怒りゲージのマックスを振り切ったエリザベートの魔法でビリビリと痺れさせられていた。
「すっ、すいません路々奈さんは下げますから、どうか怒りをお収め下さい〜」
 そそくさと路々奈を引っ張り、部屋を出るヒメナ。アイリスも悶えている筐子を退場させ、保健室にはエリザベートと環菜のふたりだけになった。環菜のすぐそばまで歩いていくと、じっと環菜を見つめるエリザベート。と、環菜が目を開けた。しかし瞼は重そうで、ぼんやりとした表情はほんのり赤い。環菜が小さく口を開く。
「どうやら、自分で思ってたより重症みたいね……イルミンスールの校長が見えるくらいだもの」
「相変わらずいやぁな人ですねぇ、あなたは」
 エリザベートはそう言うと、懐からペンを取り出した。
「これで、顔に落書きでもしてあげましょうかぁ?」
 不吉な笑いを浮かべながらペンを持ち、環菜に近付く。しかし環菜は目を開けているのがやっとという様子で、抵抗もなにもしない。もっと激しいイタズラじゃないと駄目なのかも、と思ったエリザベートは、ペンを置き、手に魔力を集め始めた。
「分かりましたぁ。ビリビリしたり、メラメラしたりがお望みですねぇ?」
 しかし、やはり環菜に反応はほとんどない。
「あれぇ、いつもみたいに、何か言い返さないんですかぁ?」
 そこに言葉はなく、ただ環菜の息遣いだけが聞こえるのみである。エリザベートは少し黙って、何かを考え込むような仕草をした後、再び手に魔力を集め始めた。集められた魔力はやがて氷を形成し、それはちょうど環菜の額にぴったりのサイズだった。「なんかつまんないですぅ」と言いながら、額に氷を乗せる。そして思い出したように先ほど渡された色紙を取り出すと、魔力の残っている手で色紙に触れた。色紙が一瞬光をまとい、すぐに消えた。
「張り合いがなくてあんまり面白くなかったですぅ。もうイルミンスールに帰りまぁす」
 部屋を出たところにいた香に色紙を返し、イルミンスールの生徒たちを引き連れて飛び去っていくエリザベート。
「エリザベート殿……」
 香は色紙を見た。そこにエリザベートの文字は見えなかったが、彼女が色紙を戻してくれた。そのことが、香は嬉しかった。
 18時00分。エリザベート、蒼空学園を発つ。