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ヴァイシャリーの夜の華

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ヴァイシャリーの夜の華

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「イルミンスール魔法学校のトップとして、他校のトップにご挨拶するのは当然の義務ではないでしょうか」
「校長同士なのだから挨拶くらいはしておきませんとね」
 ミストラルメニエスは、校長のエリザベートを蒼空学園の校長である環菜の方へと促した。
 環菜は蒼空の生徒と共に、屋上に姿を現したところだ。辺りを見回した後、すたすたと蒼空学園のスペースの方に歩いていく。
「向こうから挨拶してくるべきですぅ〜。してきても、返事はしませんですぅ」
 ぷっくり膨れながらも、エリザベードはメニエスに手をぐいぐい引っ張られ、環菜の前に偶然を装い連れて行かれる。
「こんなところで理事長兼校長兼生徒会長サマが油売ってるなんてぇ〜、蒼空学園は相当ヒマなんですねぇ〜」
 ぷいっと顔を背けたまま、エリザベードはそう言葉を発した。
「飼ってる魚類が一匹こっちの方に逃げたから、捕獲に来ただけよ」
 そっけなくそう言って、環菜はエリザベードの隣を通過し蒼空学園のスペースへ向かって行く。
「……挨拶もしてこないとは、なんて礼儀しらずな女ですぅ〜!!」
 エリザベードは自分のことは全て棚上げして、顔を赤らめていく。
こうなったら、事故を装って魔法で隕石を落として校舎ごと破壊するですぅ!
 大声を上げても、環菜は振り向かない。
「やめて下さいよ、校長。流石に隕石を落とすことなんて無理だろうけどっ」
「全ての学校を敵に回す気ですか!」
 イルミンスール席から、慌ててミレイユシェイドが駆けつけた。
「ぐ〜〜〜〜っ」
「私達、花火の設置を手伝ったんです。ヴァイシャリーの花火はとても素敵らしいですよ。さ、お菓子やジュースも沢山ありますから」
 そう言って、シェイドが唸り声を上げているエリザベードに手を差し伸べる。
「一緒に踊りませんか? 音に溶け込めば、きっと心も落ち着きますから」
 白百合団のヴァーナーも、近付いてそっと手を差し伸べた。変わらず、辺りには穏やかな音楽が流れていた。
「うーっ、オレンジジュース飲むですぅ〜!」
 エリザベードはシェイドの手を掴んで、イルミンスール席の方へと歩く。
 オレンジジュースが思い浮かんだのは、ヴァーナーから香ったオレンジスイートの影響かもしれない。
 シェイドとミレイユはヴァーナーに会釈をする。
 ヴァーナーも笑顔と会釈で返した。
 ミストラルとメニエスも顔を合わせてくすりと笑い合い、イルミンスールの席に向かっていった。

「ったく、うちの校長ってば……」
 少し離れたカキ氷屋の屋台で、浴衣を纏ったイルミンスールのカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が苦笑する。会話までは良く聞こえなかったが、エリザベードが何か駄々をこねたらしいということは理解できた。
「おおー」
 周囲から歓声が上がる。
「氷は目に沿って出来るだけ手早く、細かく切る……これが美味しいカキ氷の秘訣なのだ」
 パートナーのジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が派手な包丁さばきで氷術で作った氷柱を細かく切っていた。
 水は、イルミンスールの森で汲んで来た湧き水。
 シロップは、イルミンスールの森で取れる甘みのある草から作った。
「おいしい物を食べれば、争い事なんて馬鹿らしくてやってられなくなるからさ」
 カレンは静香の言葉に感銘を受け『LOVE OUR パラミタ』を合言葉にその文言を記したのぼりを掲げて、ジュレールと共にカキ氷屋を行なっている。
「お礼と労いと……さっきの一触即発のお詫びも兼ねて、桜井校長にカキ氷届けてくるね!」
 カレンは出来上がったばかりのカキ氷を2つ持って、百合園女学院の方へと向かっていった。

 ピンポンパンポーン
「ヴァイシャリーからお越しのファルス・フレスリンさん、妹のマユさんが迷子センターでお待ちです。イルミンスール魔法学校の周藤 鈴花(すどう・れいか)さん、蒼空学園の五明 漆(ごみょう・うるし)さん、屋上の迷子センターまでお戻り下さい」
 百合園女学院の放送室から、迷子のお知らせと、迷子センターに向かったまま行方知れずになっている2人の呼び出しが流れた。
「すくにいらっしゃると思いますので、座ってお待ち下さい。紅茶と緑茶どちがお好きですか?」
 カインは、百合園女学院のマユという可愛らしい容姿の少女に訊ねた。
「紅茶をお願いします」
 紅茶のティーパックを紙コップに入れて、ポットで湯を注ぎ「どうぞ」と、砂糖、ミルク、菓子を乗せた紙皿と一緒に、マユに差し出す。
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げて受け取って、マユは落ち着いた様子で紅茶を飲み、お菓子を摘まんでいく。
「マユ! こんなところにいたのか!!」
 彼女を迎えに現れたのは彼女よりずっと年上の青年であった。
「お兄ちゃん、もおっ。女の子達に見とれてばかりいるから、迷子になるんだよっ!」
 ……どうやら、逸れたのは青年の方らしい。
「ごめんごめん、お兄ちゃんはマユが一番だからな〜」
 青年は膨れる妹の頭を撫でた後、カインに頭を下げた。
「世話になりました。自分はヴァイシャリーでいくつか店を経営しています。店にいらした時にはサービスしますので」
「ありがとうございました」
 マユもまたぺこりと頭を下げて、兄と共に迷子センターを後にする。
 カインも頭を下げて2人を見送る。
「20代の男性の迷子1人……」
 そして統計をとるためにノートに記録をしておく。
「お疲れ様です」
 放送を頼みに放送室に行っていたクロスが迷子センターに戻る。
「た、ただいま!」
 照れくさそうに、クロスの後から、鈴花が顔を出した。
「お帰りなさい。どうなされたのですか?」
「あははっ。必要なものの準備してたら、ここの場所わかんなくなっちゃって〜」
「迷子になってたようです」
 くすりとクロスが笑った。
 カインは軽く息をついて、菓子の載った皿を鈴花に差し出した。
「迷子用の菓子です。如何ですか?」
「喜んで戴くわっ。奪って食べちゃわないためにも、先にもらっておかないと」
 鈴花は皿を受け取って、迷子センターの中の席に腰かけた。
 お菓子の甘さに、鈴花は顔を綻ばせる。
「そろそろ、だね」
「ええ」
「そのようですね」
 クロスとカインもそっと空に目を向けた。
 花火開始まで、あと少しだ……。

「よくお似合いです」
 百合園女学院用のスペースでイルミンスールのオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が校長の桜井静香を迎え入れる。
 静香はオレグに勧められ、花柄の白い浴衣姿だった。
「そう? 浴衣も可愛くて好きっ。オレグさんも、お似合いです」
 少し照れくさそうに微笑む様子を、オレグは見て学んでいく。
 今日はオレグも、白い浴衣を纏っている。
「ありがとうございます。写真を撮られている方がいますので、後で一緒に撮っていただきましょう。自然な女性の写り方というのも教えていただきたいですし」
「う、うん。そうだね、写真撮りたい! 花火をバックに……あ、ヴァイシャリーの夜景をバックでもいいなー。綺麗に撮れるかな」
「楽しそうですね。過去にもこうしてどなたかと花火を楽しまれたことがあるのですか?」
「家族で、ね。皆、元気にしてるかな……」
 懐かしげな静香の表情に、オレグはミステリアスな微笑みを浮かべる。
「地球の皆も、こうして花火を楽しんでいるのでしょうね」
「うん、そうだね。きっと……楽しんでる」
 静香はしみじみと答えて、オレグに微笑んだ。
「花火、もうすぐですね」
 控え目に、だけどオレグと反対側の隣にしっかりと、百合園女学院の真口 悠希(まぐち・ゆき)が座る。
 ラズィーヤは後方の席で、生徒達と紅茶を飲みながら談笑をしている。
「うん」
 静香は悠希にも笑みを見せた。
 悠希は僅かに赤くなる。明りで照らされているとはいえ、日が落ちた屋上はとても暗くて、その時は悠希の顔色までは静香にはわからなかった。
「桜井校長、始めまして!」
「本日はお招きくださり、ありがとうございます」
 蒼空学園の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)とパートナーのテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が静香に頭を下げる。
「こちらこそ、来てくださりありがとうございます」
 静香も立ち上がって、微笑みながら頭を下げた。
「お口に合うかどうかわかりませんが、百合園の皆さんと食べて下さい」
 優斗は老舗の菓子屋で購入した包装された菓子を静香に差し出した。
「わー、ご丁寧にありがとうございます! ……って」
 2人の後に見えた姿に静香が驚きの表情を浮かべ、次の瞬間嬉しそうな笑みを浮かべた。
「別件で急用が出来て来たんだけど、折角だから楽しませてもらうわね」
 そう言葉を発したのは蒼空学園の校長、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)だった。
「はい! ……ラズィーヤさん、ラズィーヤさん!」
 静香が声を上げると、ラズィーヤは女性徒達の中から立ち上がり、優雅に歩み寄り軽く会釈を交わす。
「……ところで、百合園の生徒の中にうちの生徒が紛れていたように見えたけど?」
「ええ、色々と学園の楽しいお話を聞かせていただきましたわ」
 ラズィーヤはにっこり微笑んだ。
「これ百合園の生徒からの差し入れなんですが、ヴァイシャリーでよく食べられているものなんです。よろしければどうぞ」
 静香は、会場には顔を出していない生徒からの差し入れであるビスコッティの詰め合わせと赤いジュースを蒼空学園の若者達に差し出した。
「ありがとうございます」
 環菜の隣に控えていた隼人が受け取り、頭を下げた後そのまま後にひっこむ。
「はあ……」
 そして、やるせなさそうな溜息を漏らした。
 隼人が本当に誘いたかったのは、ルミーナだ。デートとはいかずとも、環菜に同行はするだろうと思っていた。
 だがしかし、先約があるとかで、隼人達が一緒なら自分は付き添わなくても大丈夫だろうと、他の友達と一緒に出かけてしまったのだ。
 せめてもの救いは、ルミーナが一緒に出かけた相手が女性だということだろうか。
「あっ……」
 隼人は人込みの中に、そのルミーナの姿を見つけた。
 声をかけようとした彼の前に、すっとパートナーのアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が立ちふさがる。
「花火を見に来たんでしょ!?」
 アイナはじっと隼人を見つめる。
「隼人は……私を差し置いて、幸せになろうとしてる」
 パートナーである自分を放っておいて、意中の人のことばかり考えてる彼に腹が立っていた。
 自分は傍にいたい存在である優斗と『2人きりで幸せ』になれていないのに。
「これ以上、私をムカつかせたら……殴るからね!」
 アイナがぐっと拳を握り締める。
「うっ……」
 そうこうしている間にルミーナらしき人物の姿は見えなくなっていた。
「それじゃ、蒼空学園の席に向かいましょうか」
 静香との会話を終えて、優斗がメンバーにそう言った。
「……一応、イルミンスールの校長とは挨拶を済ませたということにしましょうか」
 テレサは少し困ったような顔を見せる。
 環菜を除いた一同は強く頷いた。刺激しない方がいいだろう……。

「ちょ、ちょっとごめんなさーいっ」
 百合園のスペースで談笑をしていた荒巻 さけ(あらまき・さけ)は、浴衣姿でとおおおおくへと逃げていた。
 百合園生やラズィーヤと楽しく会話をしていたのだけれど、突如殺気ともいえる冷たい空気を感じたのだ。
 ……とはいえ、屋上を一周したら、また百合園席で百合園生に混じって楽しく花火を観賞するつもりだった。