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リアクション
1.お気に召すまま
「やっぱり、いましたね」
ミスドの片隅に、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は大神御嶽(おおがみ うたき)の姿を見つけて近寄っていった。
「空京で情報を探すとしたら、まずここですものね」
遠慮なく御嶽の対面の椅子に座ると、ナナ・ノルデンはニッコリと微笑んだ。
「まあ、そうですね。目的をもてば、ここへ辿り着くでしょう。それで、あなたの目的は?」
ちょっと疲れ気味に見える御嶽が、静かな声で目の前の小柄な少女に話しかけた。
「それは、あなたと同じだと思います。昨日の今日ですもの、季節外れの魔女の大祭に、興味はありませんか?」
「それは、もうもちろん。地球人として、参加できないのは凄く遺憾ですね。おかげで、興味が湧いて、どんなお祭りなのかいろいろと調べてしまいましたよ」
「ええ、私もです」
「そうですか。いろいろと面白かったでしょう。私なんか、パーティーに出る料理のメニューまで調べてしまいました。実に美味しそうで、みんな食べ過ぎてしまうかもしれませんね。そうだ、よかったら、これをさしあげましょう。食べ過ぎで動けなくなった人には効くと思いますので」
そう言って、御嶽は、解呪符の束をナナ・ノルデンの前においた。これだけの物をこんな数作っていたのであれば、疲れ切っていても当然だろう。
「必要なものは、紗理華たちが集めてくれているはずです。あなたもそれを聞いたのかもしれませんが。私は疲れたのでちょっと休ませてもらいますよ。後はお任せします」
「はい。承りました」
ナナ・ノルデンは解呪符の束を受け取ると、小走りにミスドを出ていった。
「人の絆は、見えないからこそ強い物なんですよ。それすら、見ようとしないから見えないだけにすぎないのでしょうけれど……」
澄んだ歌声の響くミスドの店内で、御嶽はいつの間にか小さな寝息をたてていた。
2.真夏の夜の夢
「へえ、思ってたより、盛大なお祭りじゃないの」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は、まだお祭りが始まる前の会場をぶらぶらと散歩しながらつぶやいた。
ナナ・ノルデンからは充分注意するように言われたが、今のところはまだ怪しいところはない。もっとも、お祭り自体が魔女の秘祭であるから、神秘的な妖しさはそこかしこに満ち満ちてはいるのだが。
芝生に覆われた気持ちのいい丘は、一〇〇人近くの参加者がいても充分すぎるほどの広さがあった。学生の参加者は五〇数名というところだが、それに近いホステスの姿があわただしく祭りの準備に追われていた。彼らはゆる族のバニーガールたちだ。ラピト族とは違って案外と細身で、レオタードタイツに兎のかぶり物という感じに近い。とはいえ、やっぱりゆる族なので、着ぐるみはゆるゆるで色っぽさには激しく欠けてはいるのだが。
丘の中央には薪を組み合わせた大きな篝火が準備されており、祭りが始まれば点火されたそれを囲んでいろいろと出し物があるのだろう。すでに夜の帳がおりて周囲は真っ暗なのだが、そこかしこに設置された照明が、充分な明るさを会場にもたらしていた。その照明は、いろいろな動物形の張り子のボンボリで、見ているだけでもちょっと楽しい。
また、蒸し暑いからだろうか、涼を楽しむための趣向としてか、巨大な氷の彫像もあちこちにおかれていた。こちらも、熊やライオンなど、様々な獣の形をしている。中央の篝火に火が点れば、その光を映してかなり美しく夜に映えるだろう。
一画にはちゃんとステージが設けられ、何人かの学生たちはコンサートの準備をしている。そこを含めて篝火を中央として環状にならんだ屋台では、様々な料理や飲み物が提供されていた。そこで好きな物を取り分けて、屋台の輪の中に点在するテーブルで食事などを楽しむという趣向らしい。
「皆様、本日は、忙しき中、我らが宴においでいただき、誠に恐悦至極にございます」
時間になったのか、派手なジェスター姿のフールがステージに現れた。片足を後ろに引き、片手を胸の前にあてて、深々と大仰なお辞儀をする。
「では、まずはお飲み物をお配りしましょう。皆様の乾杯を合図に篝火を点し、祭りの始まりを宣言したいと思います」
フールの指示で、ゆるバニーたちが列席者たちに飲み物を配って回った。
「いや、わらわは結構」
悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、勧められたグラスを断ってみせた。どうにもフールという人物が胡散臭い。素直に祭りを楽しむよりは、大局を把握していたいのだ。それにはアルコールは邪魔であろう。
「それではお祭りが始まりません。ここは、パラミタへの礼節ということで、乾杯だけでもお願いいたします。そうですね、お客様にはこちらのお酒ではどうでしょうか」
そう言って、ゆるバニーは小さな朱杯をさしだした。酒杯の中からは、芳醇な香気がたちのぼってくる。
「これは?」
「幻の純米大吟醸と呼ばれる逸品でございます」
「そ、それは……」
ゆるバニーの返答に、ちょっと悠久ノカナタの心がゆれた。ここパラミタでは、レアな日本酒は激レアになる。ここは彼女たちの故郷であると同時に、多くの者が彷徨っていた地球とは、まったく別の土地でもあるのだから。
「それでは、この一瞬だけでも、どうかパラミタの同士としておつきあい願いたいと思います。美しき、我らがパラミタの夜に。乾杯!」
「乾杯!!」
フールの音頭に唱和して、一同は杯に入った飲み物を飲んだ。
「ささ、どうぞ」
ゆるバニーに勧められるままに、悠久ノカナタは形ばかりに酒杯に口をつけた。薄桜色の唇に、芳しい酒が染み渡る。
「うまい!」
そのまま、悠久ノカナタは酒を喉に流し込んだ。
「さあ、我ら、今宵祝杯を交わした者同士。種族の壁を取り払い、心を裸にして宴を楽しもうではありませんか。それでは、夜祭りの篝火に、パラミタの命を捧げ、夜祭りの始まりを告げましょう」
そう言うなり、フールは丘の中央に積みあげられた薪にむかって走りだした。
持っていた赤ワインの入ったグラスを投げつけると、ボンという音ともに真っ赤な篝火が燃えあがった。
人々から歓声があがる。
「ん? フールの奴はどこに行った」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が、目の上に手をかざしながら言った。篝火のセレモニーに目を奪われた瞬間に、フールの姿が消えていたのだ。
「胡散臭い道化よの。ベアよ、おぬし、わらわを乗せてはくれぬか」
「よっしゃ」
悠久ノカナタに言われて、雪国ベアがひょいと小柄な彼女を持ちあげて肩に乗せた。真っ白な雪国ベアの身体に、悠久ノカナタの深紅の着物が鮮やかに映える。
「ああ、いたいた。ボクも乗せてよー」
周囲よりも頭一つ抜きん出た二人を見つけて、ズィーベン・ズューデンが駆けよってきた。
「ちょ、何言ってんだ、おまえ」
雪国ベアは、大柄なズィーベン・ズューデンを見て顔を引きつらせた。小柄な悠久ノカナタやソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)ならいざ知らず、ズィーベン・ズューデンは彼女たちよりも頭一つ以上大きい。
「肩車でいいからさあ」
「残念だが、ここはすでにわらわの特等席じゃ」
なおもねだるズィーベン・ズューデンに、悠久ノカナタが素っ気なく言った。
「そういうことだってよ」
「ちぇっ、せっかく、高い所からフールを見張れると思ったのにぃ」
雪国ベアの言葉に、ズィーベン・ズューデンがちょっぴり頬をふくらませた。
「それは、わらわたちがやるから、おぬしはよいぞ」
「ずるいよ。ボクも混ぜておくれよ。ナナにもいろいろ言われているんだからあ。夜の女王とかにも挨拶してみたいし」
「あら、それは私も興味がありますわ」
悠久ノカナタとズィーベン・ズューデンが軽く言い合っているところへ、白髪痩身のヴァルキリーが割って入ってきた。百合園女学院のセラ・スアレス(せら・すあれす)だ。
「モンスターがいるかもしれないと聞いていたのに、何も出ないじゃないの。つまらないったらありゃしない。ここは、夜の女王に文句の一つでも言ってやりたいのよ」
剣の柄に手をおきながら、セラ・スアレスが言う。
「物騒な姉ちゃんだなあ」
雪国ベアが、苦笑いした。
「まあ、ちょっとパートナーと喧嘩しちゃってね。せっかく、モンスターで憂さ晴らししようと思っていたのに」
「それは、モンスターも災難じゃ」
悠久ノカナタが袂で口許を隠しながら、忍び笑いをもらした。
「昔から、喧嘩するほど仲がいいと言ってのう。わらわたちは、すばらしき喧嘩相手をもっているということじゃの」
「それより、さっさとフールと夜の女王を探しだそうぜ。俺様の大活躍が待っているんだからな」
そう言うと、雪国ベアは悠久ノカナタを乗せたまま歩きだした。
「ああ、待ってよー」
「面白い人たちね。ああ、ケイの……」
ズィーベン・ズューデンとセラ・スアレスは、二人の後を追った。
そのとき、ステージの方から大きな音が聞こえてきた。
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