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リアクション
「ヴラド!」
洞窟の最奥の開けた空間に、焦燥を孕んだ声が響き渡る。
声を発したシェディは、巨大なタコの脚に捕らわれ力無く四肢を投げ出したヴラドを真っ直ぐに見上げた。一歩遅れて辿り着いた同行の生徒達は、同じようにタコに捕らわれた生徒達の姿に素早く武器を抜く。
「いっけー!」
すっかり纏う衣服を溶かされ切ったファルの火術がタコの脚を焼き、生徒を捕らえている為に動きの鈍っているタコは、奇声を発して残る脚を差し向ける。真っ直ぐにクリスティーへ向かった赤タコの脚をクリストファーが切り落とし、壮太のスプレーショットが迫る足を牽制すると、その隙を突いたエメの刃が自由な脚の無い白タコの胴体を貫いた。
「今助けるぞ! ……よし、結んだぞー引っ張れー!」
ひょいひょいと身軽にタコを駆け上った変熊仮面がヴラドへロープを結び付け、引っ張るようにとシェディへ指示を送る。しかし戸惑うシェディを代弁するように、ユニコルノが声を発した。
「変熊様。首はまずいのではないでしょうか」
「なら亀甲縛りでもする?」
ロープを手に迷うように言葉を返す変熊仮面の足場が、不意にぐらりと揺らいだ。何事かと見下ろす視線の先で、同じく洞窟へと辿り着いたサトゥルヌスの、タコの口を狙ったシャープショットが炸裂する。
「なあ、あれイカじゃ……いや何でもない」
白タコを見上げたアルカナが氷術で迫る足を食い止めつつ、ぼそりと呟く。そんな彼の後頭部へ、鋭い拳の一撃が送られた。
「そんなこと言っちゃ駄目よ、情報をくれた方に失礼でしょう」
「さあ、皆さん働いて下さいね〜」
ぱんぱんと手を払う彼女の傍らでは、捕らわれた生徒達へと白陰がヒールを飛ばしていた。傾いたタコへとドラゴンアーツを乗せた呼雪のバニッシュが直撃し、堪らずタコは捕らえていた生徒達を手放す。
「ありがとうございます、……いきますよ、レイディスさん!」
「おう! しょうがねぇ、賭けはお預けだな。終わったら一緒にミスド食いに行こうぜ!」
綺麗に着地したクライスとレイディスが声を掛け合い、繰り出された刃が同時にそれぞれのタコを捉えると、一本ずつの脚を絡め合う二体のタコは同時に仰向けに倒れ込んだ。怒涛の猛攻に再生の追い付かないタコたちが残る脚を繰り出すものの、佐之助が薙刀で受け止めたそれをミルディアの槍が貫き、珂慧のランスが断ち切った。落ちたカガチを真が支え、真奈が慌ててヒールを掛ける。
「シェディ殿、ヴラド殿を!」
右往左往するシェディへ迫る脚を黎の刃が受け止め、轟雷閃で切り返すと、黎は背後に庇ったシェディへ声を投げた。はっと我に返ったシェディは頷き、地面に伏せったまま動かないヴラドの元へと矢も楯もなく駆け出していく。
「援護するよ!」
同じく駆け出したクリスティーがシェディの隣へ並び、その一歩後ろをクリストファーが追う。鞭のようにしなり迫る脚を二人がかりで受け止めると、二人は合図を交わすこともなく、阿吽の呼吸でそれを弾き返した。そこへ、黎明のスナイパーライフルによる正確な射撃が脚を撃ち抜き、弾き切る。
「……すまない、クリスティー」
クリスティーを庇った際に溶かされた服から覗く自身の肢体を眺め、クリストファーは傍らのクリスティーへ謝った。傍から見れば何が起こっているのかいまいち分かり難い状況ながら、クリスティーは笑顔で首を振る。
「男の裸は、見られたからって減るものじゃないよ。……行こう、クリストファー」
己の名を彼のものとして紡ぎ、クリスティーは武器を握る手に力を込め直した。
「コユキ〜!」
警戒にぴんと尻尾を立てたファルが、声と共に氷術を放つ。迫る足に気付いた呼雪は、小さく顎を引いて頷くと振り向きざまにバニッシュを放った。タイミング良くファルの術で凍り付いた脚が、呼雪の一撃によりばらばらに砕かれる。
「おっと、危ないぜ」
粘液に濡れた脚が回復に必死な真奈へ赤タコの脚が迫ると、余裕めいた笑みを湛えた壮太が庇うように飛び出す。交差させた腕で受け止めると、途端に純白の着衣がじわりと溶けだした。構わず押し返そうと力を込める壮太の背後から、ミミが光術により呼び出した光がタコの脚を怯ませる。一拍後に繰り出されたエメのソニックブレードが、弱った足を断ち切った。
生徒達の連撃により丸裸に近くなったタコたちが顔を合わせ、逃げ出そうと背を向ける。早くも再生を始める脚を見咎めた黎明の銃弾が、ミルディアの槍がそれを制し、動きを止めたタコの本体へ、パワーブレスを乗せて飛び出したクライスとレイディスの刃が深々と突き刺さった。
「くらえ!」
揃って上げられた声と同時に放たれた轟雷閃とアルティマ・トゥーレがタコの本体深くを襲い、絡めていた最後の脚をそれぞれ最後の気力を振り絞るように伸ばした二匹のタコは、重々しい音を立ててその場へ崩れ落ちた。ぴくりとも動く様子の無いそれを、ユニコルノの指先がつんつんとつつく。
「活動停止と粘液の消滅を確認しました」
事務的に述べられたその言葉に、わっと一同から歓声が上がった。やいやいと互いの健闘を讃え合う中で、ようやくヴラドの元へ辿り着いたシェディは壊れものを扱うように彼の上体を抱え上げる。
「……ヴラド」
ぴくり、声に反応したヴラドの瞼が微かに開かれた。何も言わずに首元を寛げるシェディへ、吸いこまれるようにヴラドは唇を寄せる。音を立てて血を吸い始める彼の頭部を撫でつけながら、シェディは安心したように吐息を零した。
「すまない、……助かった。感謝する」
タコの血液を採取し始めたり、タコの欠片を拾い始めた生徒達へ、シェディは躊躇いがちに声を掛けた。そんな彼の元へ、呼雪は静かに歩み寄る。
「惚れ薬なんて、こんな怪し物げなに手を出したくなるような事……心当たりはないのか?」
落ち着いた声音で為された問いに、シェディは答えられずに目を伏せた。罪悪感としてのしかかる心当たりを、言葉にするだけの勇気が無い。困ったようにヴラドの頭を撫でつづける彼の首元へ顔を埋め、幸せそうに血液を飲み下すヴラドの様子に苦笑を漏らすと、呼雪はそれ以上何も言わずに振り向いた。
そこに、激しく尻尾を揺らしたファルの姿が映る。
「……ファル?」
「コユキ〜」
マタタビにあてられた猫のような猫なで声を発し、ファルはおもむろに呼雪へと抱き付いた。疑問気に目を瞬かせる呼雪へ甘えるように鼻先を擦り寄せ、ファルはぶんぶんと尻尾を振り続ける。
「コユキ〜、ボク、コユキと一緒にタコ焼き食べたいな〜」
「? あ、ああ……」
いつも以上に甘えたファルの様子に、怪訝と首を傾げながらも呼雪は頷いた。彼らの背後で、黎明がしまったとばかり顔を歪めている。作ったばかりの惚れ薬を興味津々なファルで試した黎明は、いまいち効果のはっきりとしないファルの様子に対象の選択を間違えたことを遅まきながらに悟ったのだった。
その隣では、いそいそと毛糸のパンツを身に付け始めた変熊仮面を微笑ましげにユニコルノが見守っている。見せ付けるように胸ではなく腰を張る変熊仮面に、おかしなものを見るように向けられていた周囲の生徒達の視線が一斉に逸らされた。
「髪、意外と無事だったね」
やや遠巻きにヴラドの頭部を見遣り、サトゥルヌスは満足げに頷いた。
「そう言えばその確認が目的だっけな……」
タコとの戦い、イカへの疑問にすっかり意識を奪われていたアルカナは、思い出したようにげっそりと肩を落とす。
彼らの視線の先では、わざとらしく「手を滑らせた」壮太によって惚れ薬を服用したエメが、熱っぽい視線をヴラドへ送っていた。敏感にそれを察知したシェディがエメの視界からヴラドを隠すように彼を抱き込むが、ほんの僅かに覗くヴラドの髪を見ているだけでも幸せだとばかりに、エメはぼんやりと薄く頬を染める。しかしそれ以上は一歩たりとも踏み出す様子の無いエメに、壮太はつまらないとばかりに後頭部を掻いた。
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