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聖夜は戦いの果てに

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 第6章 李梅琳 of spring


「ちょっと、相手してくれない?」
 軽い声をかけられ、李 梅琳(り・めいりん)は振り返った。視線の先には橘 カオル(たちばな・かおる)が立っている。
 更衣室での出来事を思い出して、一瞬『何のお相手?』という言葉が脳裏を過ぎったが、世はスケベな男ばかりではない。普通に対戦をしたいようだ。その証拠に、彼は木刀を2本持っていた。
 投げ渡された1本を受け取って、構える。正直、剣は銃の扱いに比べて不得手だったが、申し込まれた試合を断る理由はない。というか、それが梅琳の仕事でもある。
 カオルも木刀を構え、しばらく、両者は動く気配を見せなかった。
「…………」
 どん、と何処かで発砲音が聞こえる。それを合図に、2人は同時に床を蹴った。
 木刀が組み合わさる。押し合いになり、梅琳は自分が力負けしていることを自覚した。蹴りで牽制して一旦離れ、木刀を構えなおす。
 カオルは、飄々とした顔で攻撃を待ちかまえている。
「はっ!」
 梅琳が再び動き、激しい打ち合いが始まった。子供の頃から剣道をしていただけあって、なかなか強い。彼女は、刀を振るう速度を上げて対抗した。木刀と体術を組み合わせた総合格闘を繰り広げること数分――
「やっぱりかわいいな。ねえ、オレの彼女にならない?」
「!?」
 突然の申し出に、梅琳の動きが鈍る。
 その瞬間。
 刀が飛ばされ、組み伏せられる。
 そのままの体勢で固まっていると、カオルはプレゼントのオルゴールと連絡先の書かれたメモを寄越してくる。
「すぐに返事がないってことは、脈ありって考えていーのかなー」
 カオルは立ち上がると、それ以上は攻めることなく去っていった。
 これで罰ゲームはマラソンなわけだが、そういうことは結構どうでもいいらしい。
 梅琳は放心して、しばらく起き上がることができなかった。
 
 ――――それから20分後。
「騒がないで頂けますか。すいませんがおとなしくそれ、渡してくれませんか? これの引き金、軽くて軽くて」
 背中にハンドガンを押し付けられ、冷たく笑う声音で脅されて暫し。梅琳にどうしてもプレゼントを渡したかったゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は、宮坂 尤(みやさか・ゆう)を渾身の力で振り切り、梅琳を探していた。最悪、撃たれてもいい覚悟だったが、幸い銃弾は追ってこなかった。尤をまいたと思い込んだゴットリープは、施設内を上へ下へと走る。
 隠れ身を使った尤がぴったりと追尾していることも知らずに。

 そして、梅琳は。
李 梅琳(り・めいりん)さん! 手合わせよろしくお願いします!」
 との要望に答え、再び男性との手合わせを行っていた。一ツ橋 森次(ひとつばし・もりつぐ)だ。
 冷静に彼を観察して、的確な攻撃を出しているつもりが、先程の混乱がまだ残っていて、ついつい攻撃が荒っぽくなる。その度に、森次は何故か焦った顔をした。
(……何?)
 エペとディフェンスシフトを駆使して梅琳の撃つ銃弾をさばいていた森次は、突然シャープシューターを見舞われ、急いで物陰に身を隠した。
「うーん、さすがに容赦ないなあ。それにしても、たまに本気で殺りにきてるような感じがするのは気のせいかな?」
 ポケットに入れた、レジーヌのクッキーを確認する。優先して守っているから当然なのだが、クッキーは無事だった。そして、持ってきたプレゼントも。
 森次は、梅琳に手作りのストラップを作ってきていた。守護天使の羽を模した、可愛らしいストラップだ。彼の指に巻かれた絆創膏は、その努力の結果である。
この2つが壊れたらやはり悲しい。森次は、次の攻撃を最後にすることにした。
物陰から出て、銃弾が発射される前に懐に飛び込んで打撃を与えれば勝機はある。しかし実を言えば、近距離が有利なのは梅琳も同じである。サーベル型のエペを使えない間合いまで詰めれば、あとは体術勝負に持ち込める。
森次が物陰から飛び出した時には、梅琳が眼前まで迫っていた。そのまま足払いをかけられる。仰向けに倒れつつ、彼は慌てて降参の言葉を口にした。
「わ、待って、参りました!」
 追撃をしようとした梅琳はきょとんとする。見ると、彼は上着を抱えて何かを守っているようだった。
「それ……何?」
 戦闘体勢を解除した梅琳に、森次はほっとした顔で説明する。隠していたものの正体を知って、梅琳は混乱を忘れて微笑んだ。
「そうだったの」
「で、プレゼント……受け取ってくれる?」
「もちろん!」
 梅琳はストラップを受け取ると、早速、自分の携帯電話に取り付けた。幸せな気持ちに包まれ、彼女は言う。
「それなら、これでゲームセットってことで良いわよね?」
「え?」
「ごほうびよ」
 梅琳は笑って、キスをした。

 長い髪が青髪の少年の顔にかかり、どこにキスをしているかまでは見えない。それでも角を曲がった瞬間、ゴッドリープはその光景を目にして衝撃を受けた。踵を返して、走り去ろうとする。
 しかし彼は、少し進んだだけで障害物に当たり、足を止めた。追ってきていた尤が、前に立ち塞がっている。
「どうしました? 対戦相手さん」
尤はゴッドリープの泣き顔を見て、どういう態度を取ろうかと決めかねていた。徹底的に悪になりきるつもりだったのに――
 とりあえず冷徹非情な態度を作り、言う。
「残念でしたね。梅琳さんには既に良い人がいるようです。ならば……もう、それは要りませんね」
 抱えている紙袋を指差すと、ゴッドリープはその腕に力を込めた。紙袋と同じように、彼の表情がくしゃっと歪む。涙を落とし始めたゴッドリープに、尤は内心で非常に慌てた。
(まずいですね、言い過ぎましたか……)
「私……前、李教官にすごく迷惑をかけてしまって……お詫びにと思って、贈り物を持ってきたんですけど……」
(ん? もしかして彼、自覚症状なしですか?)
「どうして、こんなに涙が……? あの……」
 ゴッドリープは目を上げて、尤に物問いたげな顔を向ける。
「あ、私ですか。宮坂 尤(みやさか・ゆう)です」
「宮坂さん。これ……あげます。私には、必要ないものですから……」
 紙袋を尤に渡し、ゴッドリープは去っていった。自分の持ってきたプレゼントと受け取ったプレゼントを見比べる。
「仕方ないですね。少し探りを入れてみますか」
 良い雰囲気であったことも確かだが――先程のキスが、尤にはただのごほうびだとわかっていたのだ。