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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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■第三章 じゃーん
 露店通りの端。
「……?」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は小首を傾げながら人混みへと視線を巡らせた。
「どうしました? メイベル様」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)からの問いかけに、視線を返し。
「今、エメネアの声が聞こえたような気がしたのですぅ」
「あらあら、あの大怪獣の時の? もしかしたら、いらしてるのかもしれませんわね」
 フィリッパが、のんびりとした調子で「会えると良いですわね」と繋げた方へとうなづき、メイベルは露店の店主となにやら話しこんでいるセシリア・ライト(せしりあ・らいと)の方へと視線を向けた。
 露店の奥にはバッファローを毛むくじゃらにして鼻をぐいっと伸ばしたような動物が、のったりと佇んでいる。
「この子のお乳から?」
「ああ、ヨゥマってんだ。ここにあるチーズもニエベも乳酒も、全部こいつの乳から作ったもんさ」
「へぇ……偉いんだねぇ。ん? ニエベってなんだろ?」
「このアイスクリームのこと。良かったら味見してくかい? 連れのお二人も」
「え、いいのっ?」
「あらあら――せっかくですし、いただきましょうか」
「ありがとですぅ」
 店主が大きな鍋の蓋を開ける。何か特殊な構造になっているらしく、そこにまた鍋が収まっている。その蓋が開かれれば、真っ白なアイスクリームが覗いた。それがオタマで三つのカップに盛られる。
 最後に、白いふわふわとした綿のような粉を掛けられて、小さなスプーンと一緒にそれはセシリアたちへと渡された。
「最後のは?」
「パーシって花の実を加工したヤツ。香りが良いんで、俺たちヨマは良く使う。ちなみに肌に良いんで女性におすすめっ」
「なるほどねぇ……むっ、美味しいー!」
「これで美容にも。ありがたいですわ」
「ふふ、白い砂漠で白いアイスってなんだかオツな気がしますぅ」
「美人の上に反応が良いから、オジサン嬉しくなっちゃうな。しかし、冬にアイスで、ちょっと体が冷えてきただろ?」
 店主の悪戯げな顔に、セシリアが小首が傾げる。
「それで?」
「ついでに甘いのを食べた後は、塩っ気が欲しくなるはずだ」
 そこで、セシリアが合点のいったように、ははぁんと笑んだ。
「そっちの焼きチーズを買わそうって魂胆だね」
「ご明察!」
 セシリアが「メイベルちゃんたちも食べる?」と、問いかけ、メイベルがこくこくうなづく。
 フィリッパが、また「あらあら、せっかくですし」となって、セシリアは、「それじゃあ、三つ頂戴っ」と店主に注文した。
 店主が嬉しそうに笑み、
「毎度あり! と――そういや、もうすぐこの先のフリースペースで何かやるとかなんとか……ま、気が向いたら行ってみな」
 言って、トロリと火で炙ったチーズ串を三本、セシリアに渡した。


「卓也、卓也、あれもおいしい匂いデス!」
「ヌイ、ひとつ食べ終わってからにしましょう。これ以上は持てないでしょう?」
 今井 卓也(いまい・たくや)は、手一杯に食べ物を抱えたヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)の口元を拭いてやりながら微笑んだ。
 涼介のダイススタッキングなどのパフォーマンスを見て回った後、フリースペースで行われるというイベントのために露店通りを歩いていた。
 ヌイが、卓也のハンカチからくすぐったそうにして、キャッキャと喜びながら身を捩り、
「卓也もおいしいデス!」
 手に持っていた蜜パンを卓也の口に突っ込んだ。
 そのそばを、お嬢様っぽい白い服の裾をはためかせながら駆けたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、はた、と立ち止まってヌイたちの方へと振り返った。
「かわいいを発見です!」
 ぱたぱたと近寄っていって、二人に頼んで三人で一緒に携帯で写真を撮らせてもらう。
 その向こうから。
「早く早くっ! 始まっちゃいますよっ!」
 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)北条 円(ほうじょう・まどか)を急かして、露店の人波の間を進んで来ていた。
「もう。そんなに慌てなくても大丈夫よ、翡翠。それより、はぐれないように――あ、ほら、気をつけて」
 危うくヴァーナーたちにぶつかりそうになった翡翠の首根っこを、円がひょいっと摘み上げて留める。
 まるで、目の前に餌をぶら下げられた犬みたい。
 円は小さく息をつきながら、そう内心で呟いた。
 でも、翡翠のこんなに楽しそうな顔を見たのは物凄く久しぶりだった。いつもとは違う、年相応の無邪気さ……。
「とにかく、落ち着いてゆっくり楽しみましょう? せっかくのお祭りなんだから」
「でも、ゆっくりしてたら、せっかくのお祭りを全部見られませんよっ!」
「……もう」
 そんな二人の様子が微笑ましくて。
 卓也とヴァーナーはつい笑ってしまった。
 と、ヌイが満面の笑みで翡翠の口にもう一つの蜜パンを突っ込んで、卓也が慌てる。



「これもこれもつめこむですよー!」
「うんうん、つめちゃえー」
「急げ急げー――って、げっ、もうこんな時間かよっ!」
 シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)の三人は、フリースペースで行うイベントの準備に追われていた。
 が、予想以上に時間が掛かってしまったために、現状、予定していた所まで準備が整っていなかった。なのに、告知しておいた時刻はもうすぐそこ。
「やっばいなぁ……とりあえず、あっちは後にして、こっちだけ先に……」
「つめこむですよー!」
「……じゃあ、こっちを先やっちゃって、あっちはまた後で……」
 話を聞かずに楽しげに準備を進めるシルヴィットの頭越しに、ウィルネストとケイラは頷き合った。
 そして――。

「さぁ そこのいい子も悪い子も! お、おぉ、お姉さんの所によっておいで〜」
 フリースペースとして開かれた広場の真ん中で、ケイラはウード(リュート)で楽しげな曲を弾きながら踊っていた。
 事前告知によって集まっていた人々以外にも、興味を持った人たちが広場に集まってくる。
「楽しいパフォーマンスがはーじまーるよ〜」
 そう歌うように言いながら、ケイラはテントの裏にはけた。
 そして、テントの裏に準備しておいた色とりどりの巨大な風船を、
「チェイアチェレンに来た人たちへ、プレゼントだよー」
 広場に集まった人たちの方へとポンポン投げ込んでいく。

「卓也っ、卓也っ、たのしいがたのしいデス!」
 卓也に肩車されたヌイが踊りながら、人々の上を、ぽぉん、ぽぉん、と跳ねる赤や黄色、緑や青の巨大な風船たちの方へと手を伸ばす。
「あのヌイあまり動くと落としますから……」 
 卓也がよろめきながらも、ぐっとこらえる。
 その横では、翡翠に肩車されたヴァーナーが二人はしゃぎながら風船へと手を伸ばしていた。
 大きな風船が太陽の光を遮りながら迫って、伸ばした掌をわずかに飲み込む。
 そして、皆の手に押されて、ぽぉんっと青空へ跳ね上がっていく。
「そんじゃそろそろ、お楽しみタイムだぜ〜!」
 広場の端のやぐらの上に昇ったウィルネストが魔術を組み上げ、
「手加減っと。ちょちょい、ほいフレイムアロー!」
 空を舞う巨大風船へと火術を放った。
 火術の掠めた巨大風船が破裂する。
 と、その中に詰め込まれていた菓子や、菓子入りの小さな風船が、ぱぁっと人々の上に降り注ぐ。
 沸き起こる、歓声と子どもたちの興奮した声。
 その中でウィルネストが次々と巨大風船を破裂させて、キャンディやチョコや金平糖やラムネ、サルミアッキなどを降らせていく。
「ふきゃーい、キャンディのシャワーですよ!」
 客にファンシーなビニール袋を配る役目だったシルヴィットは、ちゃっかり自分も拾って食べたりしていた。
 が、はた、と思いつき。
「折角なのでシルヴィットもやりますよー!」
 雷術で風船破裂を手伝っていく。
「すごい……」
「わぁ〜、ステキです!」
 翡翠が、ふわぁっと感動しているその肩の上で、ヴァーナーが拍手と歓声を送っていた。
「あなた達はお菓子を集めなくていいの?」
 円の一言で、翡翠とヴァーナーが我に返り、翡翠が慌ててヴァーナーを地面に降ろしてあげる。
 その向こうでは。
 興奮気味の子どもたちに揉みくちゃにされていたエメネアと月夜を刀真が引っ張り出して助けていたり。
 メイベルとセシリアがお菓子や風船を追っているのを、フィリッパが広場の外から微笑ましく眺めていたり。
 このドサクサに紛れて美海からギュウギュウに抱きつかれた沙幸が、真っ赤になってあわあわと菓子を取りこぼしていたり。
 ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)が完全に迷子になっていたり、していた。


『……迷走女』
「申し訳ありません」
 携帯の向こうでアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)に言われて、ミラベルはへそりと返した。
 最初は、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)とアレクセイの三人で祭りを楽しんでいた。
 途中、ミラベルは二人から離れ、彼らを囮にスリを捕まえると提案した。
 そして、その提案の二分後には、ミラベルは見事に二人を見失っていたのだった。それから、かれこれ一時間以上経っている。
『ったく……まあ、予想通りだけどな。いいか? 一応、目印になりそうな物をいくつか見つ――』
 と。
 ミラベルの視線の先、一瞬だけ見えたのは、広場でお菓子を拾っていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)のカバンの持ち手をナイフで切る男の姿。
「アレク様。また、後ほどお掛けします」
 口早に言って携帯を仕舞いながら、ミラベルは人混みの間に滑り込んだ。
 そして、人混みに隙間が出来た瞬間、バーストダッシュで跳ぶ。
 人々の間を擦り抜けて、スリの一人に体当たりし、引き倒そうとするが、腕を掴み損ねる。
 遅ればせながらヴァーナーが気付いて、悲鳴をあげる。
 ヴァーナーのカバンを掴んだ男が、人混みの中を逃げていく。
「くっ……」
 追いたいが、人混みに阻まれている内に見失ってしまう。
 と――。
「私が」
 耳と尻尾を生やした浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が冷えた声で短く言い残して、ミラベルの代わりに男を追った。


「覗き部?」
「そうでござる。そんなわけで拙者、いつもいつも覗き活動の毎日…でござろう? そこで、ふと『今日は逆にいこう』と思った次第でござるよ」
「それでアレをかぁ……分かる、よーな、分からんよーな……」
「共感が得られたところで、是非ご一緒に」
「それは断る」
 ぐっと拳を握りながら提案した椿 薫(つばき・かおる)と、ものすっごく良い笑顔で断った望月 鈴子(もちづき・りんこ)のそばを、
「待ちなさいっ!」
「言われて待つかボケぇ!」
 翡翠に追われた男が逃げていく。
 それらは――
「……くっ、また……つまらぬものを……って何個目だ、一体……」
『さあて、今度は何をどんな形に斬って欲しいアルかー?』
 なんだか色々と疲れていそうなクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)と、未だノリノリのアメリア・レーヴァンテイン(あめりあ・れーう゛ぁんていん)の前を突っ切って――。
「じゃあ、次は――ッうわ!?」
 テーブルにダイスを並べていた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)を、逃げる男が後方から突き飛ばし倒した。
 そのまま男はテーブルをひっくり返しながら行き去っていく。
「あああ、なんかすいませんーーっ!」
 それを翡翠が謝りながら通り過ぎて行く。
 地面に倒されたままの涼介がわけもわからず目を顰めながら頭を掻く。その目の前に転がるダイス。
 そのダイス目を見て、涼介は小さく息を零した。
「……ファンブル、か」

 そんなこんなで男が逃亡していった先には、音と雰囲気だけでも楽しもうと祭りにやってきていた鬼灯 歌留多(ほおずき・かるた)が居た。
 ぼーっと立っている歌留多の目元には包帯が巻かれていた。
 それを確認した男の口元に、嫌な笑みが浮かぶ。
 ナイフを抜いた男が歌留多を乱暴に引っ掴む。
 そして、歌留多の体に腕を回し、追ってくる翡翠に見せ付けるようにナイフの切っ先をその首筋へと突きつけた。
「――くっ!」
「あら?」
 緊迫した息を洩らした翡翠とは対照的に、歌留多がのんびりとした声を洩らす。
「今、てめぇの喉元にあんのはナイフだ! 死にたくなかったら大人しくしやがれっ!」
「はぁ」
 未だのんびりとした調子の歌留多の様子に、舌打ちして、男が翡翠の方へと言う。
「いいかっ! 追ってくんじゃねぇぞ! 追ってくればこいつがどうなるか――」
 と。
「一番、鬼灯歌留多」
 唐突に、歌留多が隠し芸の披露宣言のごとく言って――杖のように持っていた刀の柄で、男の顎を打ち上げた。
「――ンゴッ!?」
 それで緩んだ男の腕の中からスルリと抜け出し、歌留多は、目に巻いていた包帯をしゅるっと解きながら、男の背後へと身を滑らせた。
 男がそちらへ振り向く前に鞘に納めたままの刀で男の頭を打ち倒し、周囲が呆気に取られている間に、包帯でさっさか男を拘束してしまう。
 そして。
「じゃーん」
 両手を挙げてみたり。
 一拍、二拍遅れてから――『おおおぉーー』と、感嘆と拍手がちらほらと周囲に起こる。