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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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白砂の砂漠のお祭り騒ぎ

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■第五章 スリと迷子とカツアゲとクリスマス
 ステージ裏、控え室。
「お若いからナチュラルにですわねー。でも、舞台なので、少し目元が見えるように」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が作り声で言いながら、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)のメイクをほどこしていた。
 イリーナのマスカラが顔を離れるタイミングでエレーナは、くすりと笑った。
「楽しそうね、イリーナ」
「まあな。しかし――エレーナがギターを弾けるとは思わなかったぞ」
 そのイリーナの言葉に、エレーナは少し寂しそうに笑った。
「忘れてしまったのかしら、イリーナは?」
 と――。
 控え室の扉が開く。
「お疲れさまー!」
 入ってきたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「コンサートおめでとう、エレーナ」
 ダリルが大きな花束を持って、エレーナの方へと向かってくる。
 エレーナが立ち上がり、その花束を受け取る。
「まあ、素敵――」
 ピンクと白のガーベラを中心とした花束には、『Дорогая Елена』(『親愛なるエレーナ』)とロシア語の綴られたカードが添えられていた。
「お花をもらうなんてどれくらいぶりかしら……大事にしますね」
「ステージの君を楽しみにしている」
 言って、ダリルが白を一本、エレーナの髪に差す。
 エレーナが片手でそれに触れながら嬉しそうに微笑する。
「今度お礼に何か作らせてください。甘いものはお好きじゃないかもなので、何か他のものを作りますわ」
 ダリルが鮮やかな笑みを零し。
「それはありがた――」
 ルカルカがその頬をむにっと掴んだ。
「…………何だ?」
「あ……なんていうか、面白い顔してたから、つい」
 ルカルカが慌てたようにダリルの頬を離して、パタパタと手を振る。
(ダリルがあんな笑顔を見せるなんて――びっくりして、思わず手が出ちゃった)
 内心でうーんと唸りながら、ルカルカは「あははは」と誤魔化し笑った。
 コンコン、と扉がノックされる。
 入ってきたのは鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)だった。
 ルカルカとダリルが控え室のメンバーに挨拶して、会場警備を行うために真一郎と外へ出て行く。
 その一方で。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)がカメラ片手にメンバーを順々に撮って回っていた。
「へぇ、メイクもしてもらったか」
「あ、はい。イリーナさんに」
 カメラを向けられ、衣装に着替えた向山 綾乃(むこうやま・あやの)が微笑む。
「なかなか様になってるじゃねぇか」
 言われて、綾乃が嬉しそうにはにかむ。
 そして、亮司はカメラを月島 悠(つきしま・ゆう)へ向けた。
「こっちもメイク完了。はは、本当にアイドルみてぇだ」
「……はっ!? 撮らないでぇ〜」
「いつか月島さんがどなたか好きな方とデートするときが来たら、より気合を入れて、メイクさせていただきますわー」
 横からイリーナが悠をからかう。
 あわあわと慌てる悠の姿に笑ってしまいながら、亮司が続ける。
「もしかしたら、もう『いつか』じゃないのかもな」
「すでにクリスマスの相手がいたりするのかしらー?」
「ひぃ〜ん、二人がいじめるぅ〜!」
 泣きの入った悠が控え室の端へと逃げていく。

 一方。
 控え室の外を歩きながら、ルカルカは割と思い切った。
「ダリルって、エレーナに恋してるの?」
「いや、恋だのといったものではない、と思う。ただ、同族だからか、気にはなる。……もっと彼女を知りたいとも……」
 半ば独白めきながら、ダリルは気難しげな表情を浮かべていた。


 ゴキンッ、と鈍い音がテントの裏に響く。
「あたしの財布を奪おうなんて、いい度胸よね」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、にっこりと笑みを浮かべて、腕を抑えて地面に倒れている男を見下ろした。
 爪先でそれをつんつんと小突いてから、しゃがみ込んで嬉々として鼻歌なんぞを歌いながら、その男の身包みを剥ぎにかかる。
「さいきん収入減ってるからね。ほんっと助かるわ」
 ヴェルチェはスリからカツアゲをして回っていた。
 いかにも大人しそうな服装で見物客を装ってうろついておき、ワイヤー付きの財布を盗らせる。
 それで察知したら物陰に引きずり込んで、いてこましたらば身包みを剥いで放置、という行為を繰り返していた。これが結構儲かっている。
「ひぃふぅみぃ……やーだー結構持ってるじゃなーい」
 スリの財布を胸元に持って嬉しがる。語尾に音符やらハートやらが舞う。
 と――。
 ヴェルチェはスリがもう一つの財布を持っている事に気づいた。
 中を確認してみれば、あったのは学生証だった。
「ふぅん。あたしの前に一仕事やってきてたってわけ?」
 蒼空学園の学生証だ。名前は『今井 卓也(いまい・たくや)』。顔写真もある。
 ともあれ、今回の稼ぎとそれを手にテントの裏から人通りの方へと出る。
「まあ、返してあげても良いけど……こんなに人が多くちゃ――」
「ヌイー! ヌイー!」
「………………」
 人混みの中で、誰かを探しながらオロオロとしている卓也の姿があっさり見つかる。
「……あの人、運が良いんだか悪いんだか」
 ヴェルチェは呆れ半分で小さく笑って、今井の方へと歩み出した。


 緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、フランクフルトを受け取り、気前の良い笑みを浮かべながら店主に代金を渡した。
「釣りはいらないぜ」
「――おいおい、お嬢ちゃん。にしたって、こいつはちょっと多過ぎるぜ?」
「俺は男だっ!!」
 とりあえず、そこは力いっぱい訂正しておく。
 それからケイは、小さく喉を鳴らし、周りに聞こえるように、わざと大きな声で続けた。
「あー……気にすんなよ。最近、一山当ててさ。金が余って余って仕方ないんだ」
 店主が、一瞬ばかりケトリとしてから、ふむふむ頷き。
「そりゃあ羨ましいこった。まあ、スリが出るって話だから気をつけろよ、おじょ……ぼうず」
「ふぅん? ありがと」
 なるべく呑気を装って店主に礼を言って、手を振りながら露店を離れる。
 香辛料の効いたフランクフルトを齧りつつ、しばらくブラブラと歩いてから、ケイは適当な人混みへと潜り込み、軽く空を見上げた。
 空飛ぶ箒にまたがった宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がふらふらと飛んでいるのが見える。
 黒と白と朱色に改造した制服を着ているから、魔女が祭りを楽しんでいるか、イベントの一種で飛び回っているかのように見える。
 送られてくる合図。
「……三人、か」
 ケイは口の中で呟いた。
 立ち回れそうな場所を確認して、そちらの方へ近付いておく。
 と――。
 ふいに男三人に囲まれ、手に持った鞄を少し引っ張られるような気配。。
 ケイは、魔術を組み上げながら身を翻した。
「――見つけたぜ!」
「なっ!?」
 一人の男の足元に氷術を放って、その動きを固める。
 足元を固められた男が、懐から銃を取り出そうとするのを視界の端に掠めながら、ケイは小人の小鞄を使った。
 鞄から出てきた小人に男の動きが阻害される。
「く、くそ、なんだこいつら!?」
 その頃には、周りの人たちも状況に気づいていて、ケイと男の周りには人の退けた空間が出来上がっていた。
 残りの二人が人々を押しのけて人混みの中へと逃げていく。
「待てッ!」
 ケイは、ようやく銃を構えた男へ雷術を叩きつけ、それを昏倒させてから、逃げた男たちを追った。
 が、すぐに見失ってしまう。

 片方のスリが人混みを抜ける。
「大人しく縛につきなさい」
 そこに立っていたのは、仁王立ちした祥子だった。
「魔法少女えむぴぃサッチー! 私は実力行使を躊躇わないわよ!」
 口上と共に祥子のポーズが決まり、ぱちぱち、と周りから拍手が漏れた。
 周囲の人たちは、『なにかイベントの一種なのかなぁ』と勘違いしたのか、祥子とスリとの間から退けて、それを囲んで見物する形になっていた。
 スリがナイフを抜き、それを構えながら危なげな視線で祥子を睨み付ける。
 祥子は、魔術を組み上げながら視線を強めた。
「いざ南無三!」
 スリが吼えながら距離を詰めてくるのを見据えつつ、祥子は軽やかに一つ二つポーズを交えてから、手を突き出した。
「須弥山の黎明!」
 放った光術がスリの目を眩ませる。
 スリが目を抑えて悶えている内に祥子は跳躍した。
 そして、空中で必殺技的な動作を取った後――
「雷様の一喝!」
 華麗なるポーズと共に雷術をスリへと放つ。
「ギャァアアアアアアッッ!!」
 男がやや大仰な叫びを上げながらカクカク痙攣しているのを背に、祥子はスタリと着地した。
 ぷすぷすと煙の上がるスリが昏倒し、祥子へと惜しみない拍手が送られる。
 祥子はそれらに一礼してから。
 昏倒したスリの首根っこを掴み上げて、ずるずると引き摺りつつ、その場を退場していった。


「匂い――」
「……ん?」
「卓也の匂いデス!」
 ヌイ・トスプ(ぬい・とすぷ)鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)の手を離れて、人混みの中から出てきた今井 卓也(いまい・たくや)に飛びついた。
「っわ、と……ヌイっ! 良かった!」
「あなたが保護者か……見つかって良かった」
 ぎゅう、とヌイを抱く卓也の姿を見て、真一郎は肩を揺らしながら息を吐いた。
 会場のトラブル窓口を買って出て、長老に警備担当の腕章まで借り、落し物や迷子などに対応していたものの子供の相手は苦手だった。
「あの――ご迷惑お掛けしました」
 卓也が頭を下げる。
「この子がヌイちゃん? 良かったじゃない」
 卓也の隣に立ったヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)がヌイを眺めながら笑う。
 と――ヴェルチェの視線が真一郎の腕章のところに行く。
「ええとぉ……じゃ、あたしはこの辺で」
 なにやら、そそくさと人混みの中に帰ろうとする。
「あ――財布! ありがとうございました!」
 ヌイを抱いた卓也の声に、ヴェルチェが後ろ手をひらひらさせながら人混みの中に紛れ込んでいく。
「じゃあ、僕たちも行きましょうか? もう離れないでくださいね。ヌイ」
 卓也の手がヌイの手をしっかりと握られる。
 そうして、卓也はそれから数回ほど真一郎にお礼を言いながら、ヌイと共に人混みの中に消えていった。
 と、真一郎の背中がぽんぽんっと叩かれる。
 振り向けば、別件で場を離れていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が立っていた。
「お待たせ。ついでに飲み物も買ってきちゃった。お昼にしましょう?」
 
 休憩所として設けられた簡易な屋根の下には、いくつものベンチとテーブルが置かれていた。
 ルカルカはおにぎりを作ってきてくれていた。
 真一郎はそれを見つめながら、小さく息をついた。
 先ほどの巡回は、半分デートのようなものだった。
 それが『半分仕事』の出来ぬ性分だから、結局、大した会話をすることなく時を過ごしてしまった。
 ダリルがわざわざ二人の少し後ろを歩くといった配慮をしてくれたにも関わらず、だ。
 それでも露店でアクセサリーを買ってプレゼント出来たのは、自分にしては上々だったのかもしれない。
(いや、しかしそれで満足していてはいけない、はず……)
 などと軽く反省に入っている真一郎の前で、ダリルがルカルカお手製のおにぎりを取って、それを食す前に割って中身を確かめていた。
「…………これは」
「苺ジャムと山葵緑だよ。甘味は疲れが取れるし、山葵は殺菌作用があるでしょ? そして、緑と赤でクリスマース」
 最終兵器おにぎりを広げておいて、語尾に星マークが飛んでいそうなこの無邪気さ。
 その会話を聞いてるのか聞いていないのか、真一郎がおにぎりを取った。
「待て鷹村!」
 というダリルの制止もむなしく、真一郎がおにぎりを齧る。
 そして。
「うん?」
 真一郎は何事も無いかのようにもりもりと食べ、飲み込み、ダリルの方へと眉を傾げた。
 真一郎を留めようとした格好のまま色々と整理しているダリルを横に、ルカルカが「こっちもクリスマース」っと、白いマフラーを取り出す。
 手編みのマフラーだ。
 真一郎がそれを身に付けて「似合うかな?」と少し照れくさそうに問いかけ、ルカルカが満足そうに笑む。
「俺なんかには勿体無い物を、ありがとう。ルカ」
 真一郎は彼女の笑顔と白いマフラーの暖かさとを、胸に噛み締めながら微笑んだ。