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家出娘はどこへ消えた?

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家出娘はどこへ消えた?

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第一章

 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)にとって悪とは唾棄すべき存在である。
 ここ最近、空京センター街で小さな揉め事が頻発するという噂を聞いて早速駆けつけたのだ。
「あら、あちらをご覧になって、千歳」
 すらりと身長の高いイルマは人ごみの中にいても一際目立つ。
 あちらを見ろといわれても千歳には人ごみの向こう側がよく見えない。
 しかし、なにやら怒号は聞こえてきた。
「行ってみるわよ」
 千歳とイルマが人ごみを掻き分けて怒号の起こった場所に向かうと、先ほどの怒号の持ち主が小さく悪態をついているところだった。
「あのチンピラどもめ!」
「失礼、どうかしましたか」
「ああ、例の小悪党どもが、また万引きをやらかしてくれてね! 最近じゃ複数で囮りを使って巧妙に物を取っていくものだから、必要以上に注意はしていたんだが…それでもちりちりばらばらに逃げられたんじゃ、こっちは追いかけようもない!」
 悔しそうに前掛けを握り締めながら、彼はため息をついた。
「奴らの居場所はわかるんだがね…多勢に無勢だからどうしようもないのさ」
 それを聞いた千歳はイルマに一瞬目をやってから、店に戻ろうとしている店主を引き止めた。
「居場所を教えてくれませんか」

 センター街の外れの倉庫が連中の根城だと聞いた千歳は、すぐさま倉庫に乗り込もうとしたが、イルマは相手が多勢ということなのでもう少しこちら側の人数を増やすか、相手の情報を手に入れてから行動すべきだと主張した。
 千歳が納得して、またセンター街を往復すると、どうもとある場所に人だかりができていた。
「……張り紙ですわね」
 例のチンピラ犯罪集団の注意を呼びかける張り紙で、今までにどのような被害があったかを簡単に記してあるだけで、具体的に誰が、というような情報までは載っていない。
「家出したお嬢様がチンピラにさらわれて……なんてよくある話だわね」
 ピンクのツインテールが印象的な雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が、張り紙を眺める千歳の背後から呟いた。
 振り向いた千歳が怪訝そうな表情でリナリエッタを見上げると、リナリエッタは大げさに驚いて見せた。
「失礼、同士かと思ったのよぉ」
「同士?」
「そうよ、このあたりにたむろっているのはみんな、バローザ家の家出したお嬢様の捜索に来た人たちなの」
 それを聞いたイルマは、千歳の耳元に囁いた。
「ちょうどいいですわね、千歳。この方たち皆さんで倉庫に行きましょう」
 頷いて、千歳は声を張り上げてチンピラ犯罪集団の居場所を知っていること、皆で襲撃したほうがよいことなどを告げた。
「私、囮りになって中に入り込むわ。ちょっとは役にたつかもしれないわよ」
 リナリエッタは皆に片目をつぶって見せた。

 町外れにある倉庫はそう大きくはなく、薄汚れていた。
 リナリエッタはその周辺をしゃなりしゃなりと腰を大きく振りながらわざとらしく、しかし色気たっぷりに優雅に闊歩した。
 たちまち悪事帰りのチンピラどもの目に留まり、ナンパされて入った。
 リナリエッタがチンピラの一人に尻を触られながら倉庫の奥に進むと、倉庫の奥から小さな悲鳴が聞こえた。
「……もう帰してください!」
「いやいや、もう少しあんたと遊びたいんだよ」
「やめて!」
 ぴしゃりと人の肌を打つ音が響き、少女の密やかなうめき声がする。
 リナリエッタは、やや眉をひそめた。
「あなたたち、何を飼ってるのかしらぁ?」
 チンピラは下卑た笑みを浮かべて、リナリエッタを舐めるように眺めた。
「あんたも飼われたいか?」
 リナリエッタは男につられたように笑みを返し、胸元をつかんで一気に背負い投げた。
 男の体はもんどりうって、近くのドラム缶にぶつかり、派手な音をたてて転がった。
「何事だ!?」
「飼われるより、飼うほうが好きっ……てねぇ」
 少女の声のした木箱の陰から男が出てきたのをあっという間に投げ飛ばしながら、リナリエッタは木箱の陰に目をやった。
 見ると、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)があられもない格好でしゃがみこんでいる。手にかけられた縄を解いてやりながら、リナリエッタは無言で少女を抱きしめると手を引いて倉庫の外に連れ出した。
 二人の姿を認めた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は【ヴォーパルの剣】の力を武器に宿し、軽くひとはきした。
 衝撃波が倉庫の扉を吹き飛ばす。
「さぁっ……」
 勢いよく振り返ってルイスキャロル著 ジャヴァウォックの詩(るいすきゃろるちょ・じゃばうぉっくのうた)に目をやったはいいものの、有栖はやや首を傾げながら自信をなくしたように声を小さくした。
「えっと……いくわよ、じ……『じゃばうおっく』ちゃん!」
 ジャヴァウォックは縦ロールを揺らしながら頷いて答えた。
「それじゃ、ほんのちょっとだけ『力』を出そうかしら」
 禁忌の書から、闇よりも黒い豹のような魔獣が現れ、壊れた扉からものすごい勢いで倉庫に飛び込んだ。
 その魔獣の勢いは、何事かと飛び出してきたチンピラの一人を吹き飛ばすほどだった。
「素敵ですね」
 有栖は魔獣の行方を満足そうに眼で追いながら微笑んだ。
「私だって負けられないわ!」
 金髪を華麗に翻しながら、剣を構えて倉庫に突入する。
「皆さん、いきますよ!」

「きっとアリアさんはとても心細い気持ちでいるはずです」
 銃を構えながらフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)はその優しげな瞳を曇らせた。
 自身の過去の経験を思い出して重ね合わせているのだ。
「そういう経験って確かに本人を強くすることがあります。でも……」
 銃を構える手に力を入れる。
「結局はいらない経験なのです」
 シェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)はそんなフィルの様子を黙って見ていたが、やがてその背に手を置いた。
「あまり考えるでないぞ。これはこれじゃ」
 フィルはちらりとシェリスに目をやった。
「ええ、わかってます。私はただ、アリアさんを助けたいだけ」
「そうじゃ、それだけを頭においておくといい。わしは魔法の今後の発展のための実験の機会ができて嬉しい。それに徹しよう」
「シェリスさん!」
 フィルの表情が再び曇る。
「あなたがそういうことを考えるときはろくなことにならないのですから、やめてくださいね! 今回は私たちだけではないんですから」
「わしはただ、新しく覚えた火術の効果のほどを試したいだけじゃ」
 珍しくシェリスが声を荒げる。
「わかりました。私は昔のことを思い出しません。だから、あなたもそういう実験とか危険なことを考えないでください」
 フィルが切に願いながら頼むと、シェリスは渋々頷いた。
 そのとき威勢のいい掛け声とともに横を走りすぎる者があった。
 カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)である。
 彼はメイスを振り回し、ややひるんだチンピラの一人をぶっ飛ばした。
「魔導の名門仕込みの喧嘩を見せてやんよ!」
「うふふ、カセ……いえ、グレー、ほどほどになさってね。お話ができなくなるようではアリアさんのことを聞けなくなって困るわ」
 美しい黒髪のリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)はそう言いながら、カセイノがぶちのめして倒れているチンピラの一人の頬をつま先で上向かせた。
「さぁ、アリアさんのことをお話なさい」
「う……知らない…・」
 リリィは目にもとまらぬ速さでもう片方の足でチンピラの鳩尾を踏みつけた。
「ぐへぇっ」
「ちゃんとお腹に力を入れて話さないとだめですわ。もう一度おっしゃって」
「そ、その……アリアって女知らな……ぎひぃっ」
「嘘はよろしくなくってよ。極楽にいけませんわよ」
「いやだってその……イヤヤメテェ〜」
「あら、痛みますの? ではヒールをかけてさしあげますわ。でも、アリアさんのことをおっしゃらないようでしたら、また、こうですの」
 聞くに堪えられぬ暴行の気配を背中に感じながらも、カセイノの勢いはとまらない。
「リリ……いや、クロも楽しんでいるんだ、俺も楽しんじゃうぜ!」

 チンピラたちは、その日何かの集会でもあったのだろうか、相当数いた。
 次々と倒しては山を作っていた一人にノートリアス ノウマン(のーとりあす・のうまん)がいた。
 三メートルの巨躯を持つ西洋鎧型の機晶姫であるノウマンは、己の欲望の赴くままチンピラを蹴散らしているように見えたが、よく見るとその肩には、深紅のゴシックドレスに身を包み、ブラッディレッドの日傘を差した少女が座っているのであった。
 彼女、繭住 真由歌(まゆずみ・まゆか)は欠伸をしすぎて切れた唇に気をとられていた。
 やがてノウマンがまったく動かなくなったのに気づいて、真由歌はノウマンの頭をこつんとつついた。
「あ……うんと、次はあいつね。なんかあの黒髪についてるちょんちょりんが気に食わないからさ、あいつ蹴散らしちゃって」
 ノウマンが従順にそれに従い、指定のチンピラに近づいて蹴り上げようとしたが、ふと真由歌はそれをとめた。
「ああ、そういえばちょっと聞いておこうかな」
 ノウマンの大きさに恐れおののいて後ずさりしようとしたチンピラの服のすそをノウマンに踏ませて動きを止める。
「キミさ、なんでボクたちがここに来てちょっと遊んでるかわかる?」
「……」
 チンピラはただ頭を横に振るだけだ。
「アリアって子、知ってる?」
「……」
 やはり頭を横に振る。
 真由歌はつまらなさそうに唇を尖らせた。
「まぁね、キミたちが誘拐なんか高等手段とるとは思えないしね。せいぜいかつあげくらいの悪事しかできなさそうだ」
 日傘をくるくるまわしながら、真由歌はそのチンピラを眺めていたが、一言。
「切り払え、ノウマン」
 ノウマンの右腕に仕込まれたカルスノウトが鈍く光って空を切ったが、その時には真由歌はすでに見ていず、とめられない欠伸と戦っていた。
 すでに切れた唇からは血が滲んでいた。

 鬼崎 朔(きざき・さく)は光条兵器の月光蝶で遠くにいるチンピラもまとめて剣の錆びにしていた。
 彼女はアリアの姿を目の端で探しながら、それと同時にチンピラたちに対する憎悪のようなものを覚えていた。
 朔自身も過去にこのような連中に監禁されていたことがあり、この倉庫がかつて自分が閉じ込められていた場所を彷彿とさせるのだ。
 半ば恐怖のようなものに支配されながら、やがてアリアの存在も忘れて殺戮に余念がなくなる。
 チンピラが抵抗らしい抵抗もできずに倒れていく、それが彼女を機械的に駆り立てていくのだ。
 誰かに止めてもらいたいような気がした。
 しかし、今の彼女を止めるものは何もなかった……。 

 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)蘭堂 一媛(らんどう・いちひめ)は周りの仲間のいわゆる大暴れ状態とは対照的に落ち着き払っていた。
「チンピラだからといって、何もすべての悪の根源というわけではないだろう」
「うむ、そうだな、一媛もそう思う」
 一媛はちらりとトライブを見た。
 おそらく、自分の過去の姿と彼らを重ね合わせているのであろう。
「実際、少し俺は連中の所業に頭がきているんだ」
 連中とは、チンピラではなさそうだ、と一媛は思った。
「まずは事情を聞けというんだ、そのチンピラに」
 彼らの戸惑いのない攻撃に、一媛は一瞬自分も参加したいと血なまぐさい欲望に駆られたが、パートナーの気持ちを考えると、そう簡単に戦闘に参加できるわけではない。
「……出るぞ、ここを」
 見ると、トライブはすでにきびすを返していた。
 一媛は彼を問い詰めることはせず、おとなしくパートナーに続いて倉庫を出て行った。