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リアクション
第三章 ――開演――
・開場時刻直後
十一時になり、一般開場となった。この時間まで待っていた人も多かったためか、すでに列になっている。
受付に顔を出すのは、スタッフやコンサート、料理コンテスト参加者の知人くらいである。また、パーティについての案内もここで行っている。
「会場のホールのあるエリアまで、立ち止まらないで進んでねー」
メインゲートからの誘導を、カロルが行っている。こういう誘導役も警備の仕事の一環である。
「料理コンテスト会場は二階だよな?」
受付、もとい案内所には鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)がやって来ていた。
(鈴倉君知ってる〜、BLの人だ!)
リリィは彼に対し、そのような印象を抱いていた。
「そうですよ。本日はやっぱり、男友達をお探しですか? きゃー!」
「おいおい、別にそんなわけじゃないぜ。何か誤解してないか?」
苦笑する虚雲。彼は決して男のみに興味があるわけではない。
「とりあえず、コンテストの審査員をやろうと思ってな」
「じゃあ、これを」
一枚の紙を渡される。投票用紙らしい。なんでも、二階パーティ会場の入口付近に参加者一覧と投票箱が置かれてるらしい。投票用紙は、この受付か投票箱の所で手に入るとのこと。料理を食べたら投票しなければいけない。とはいえ、厳密にチェックしてるわけではないので任意でも問題はないのかもしれない。
「さ、どんな料理が出るか楽しみだ」
虚雲は用紙を受け取ると二階へと上がっていった。
「あの、すいません」
次に受付に来たのは、十、十一くらいの女の子だった。
「あれ、どうしたのかな?」
「皆さんと同じように、スタッフとして手伝わせてもらえませんか? 当日でも大丈夫だって書いてあったもので……」
とはいえ、責任者であるエミカなしに幼い女の子をいきなり加えるわけにはいかない。
「かーわーいいー、うん、いいよいいよ。何やる?」
「ひゃあっ!!」
少女をいきなり背後から抱きしめる人物がいた。エミカだ。隠れ身でも使っていたかのようにいきなりこの場に現れた。そして「STAFF」と書かれた腕章を彼女に手渡した。
「とりあえず、これつけてねー。こういう子が一人いると、やっぱりいいね! マスコットが欲しいところだったし」
人目を引こうという魂胆があるようだ。
「それじゃあ、ドリンクサービスをやります」
エミカのテンションに多少戸惑ったようだが、自分のやりたい仕事を申し出た。
「うん、コンサート会場まで、上から飲み物持ってくのは大変だからねー。コンサートは一時からだから、それまでに動けるようにね。んじゃ、よろしく!」
「はい。皆さんの為、お仕事頑張ります♪」
少女はエミカに頭を下げると、着替えるからといってその場を後にした。
***
(ふう。とりあえず、出だしは順調、ですね)
人気のない所まで来たところで、少女は一息ついた。すると、彼女の姿は二十歳過ぎくらいの男性に変わろうとしていた。スキルの効果が切れそうになったのである。
(もう一度、地祇のたくらみを、っと。危ないところでした)
少女の正体は、地祇のたくらみで幼児化した上に女装した緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。再びスキルを使い、幼い姿を維持する。
***
「あの、司城先生はいらっしゃいますか?」
次に受付に現れたのは、東間 リリエ(あずま・りりえ)とジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)だ。遺跡の一件で司城の事はしっていたので来たようだ。
「先生ならいないよー。言伝あるなら後で伝えてあげる。あたし、一度聞いた事は忘れるまで忘れないから大丈夫!」
何も大丈夫ではないようだが、リリエもまたこの一風変わった責任者に一瞬戸惑いを覚えた。
「あ、いえリヴァルトさんの事を聞こうと思いまして……」
「あの駄メガネの? なかなか物好きだねー」
「え、知ってるんですか? 彼とはどういう……」
目の前の少女がリヴァルト・ノーツ(りばると・のーつ)をダメ人間呼ばわりしてることから、親しい間柄のように感じた。
「あたしのパートナーだよ。あ、そんな気になるなら呼び出してみる?」
リリエが同意しようとする時には、もう既に携帯を手に取っていた。
「あのリヴァルトのパートナーがこんな子だとはな」
ジェラルドは感心と呆れが入り混じったように嘆息する。なんとなくだが、リヴァルトは普段苦労してるように思えたようだ。
『やほー、今どこほっつき歩いてるの……えー、そうなの。分かったよ』
通話は一分もせずに終わる。
「何か、人形大好きな子供の遊びに付き合わされてるって。その子達も連れてこっち来ればいいのにー」
「そうですか。でも、外に出てるってことは怪我の調子もいいみたいですね。良かった」
一月に大怪我を負った、というよりも彼女はその現場に居合わせていた。そのため気にしていたのだろう。
「ま、一応何時になってもいいから来いとは言っといたから。せっかく来たんだし、パーティ楽しんでってね」
・料理コンテスト、審査開始
二階の会場では、早い人はもう料理を提供していた。
「どれも美味しそうですね」
リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、コンテスト用の料理を眺めつつ、厨房スペースの辺りまで来ていた。
「そこのちんまい娘!」
いきなり声をかけられ、びくっとするリース。厨房の方を見ると、不良っぽい人が彼女に視線を送っていた。
「え、な、何ですか? それにちんまいっていきなり失礼です!」
「いや、そいつはすまん。ちょっと困ってるんだけど手伝ってもらえるかな?」
尖端恐怖症のアクセルが頼み込む。リースもいきなり小さいと言われて不服そうにしていたが、一応話は聞いてあげる。
「……包丁使えないのになんで参加したんですか?」
「いろいろ事情はあるんだよ」
「まぁ、でもそういうことでしたら野菜を切ったりするのはお任せください」
「ありがとう。助かるぜ! よし、こっからが勝負だ。作るのは、春らしく散らし寿司だ」
アクセルは野菜を洗ったり、酢飯を作ったりと、尖端恐怖症でも問題ないものを作っていく。その間にリースが野菜や刺身を切っていく。
***
「この時間から結構沢山の人が参加しとるようやな。こりゃ盛り上がりそうで何よりやで」
日下部 社(くさかべ・やしろ)は、料理コンテスト会場に入って来た。そのままコンテスト用料理のテーブルへと向かっていく。
「ちょうどお昼時やし、腹ごしらえといくか。お、あゆむんはハンバーグで真希ちゃんは揚げ餃子ときたか」
ちょうどそこへ、料理を作った当人達がやってきた。
「やっしーさん、こんにちは。歩ちゃんも、ずっと作ってばかりだったからなかなか話せなかったよね」
テーブルの前で談話モードに入る三人。
「はい、どーぞ」
歩がハンバーグを取り皿に移した。
「んじゃ、頂きまーす! お、めっちゃ美味いやないか。このソースも、コクがあって良い具合に肉の旨みと合っとるな」
最初に食べたのがかなりの上出来だったので、満足気な社。
「ほんとー? 良かった、美味しく出来てて」
最初の感想がいいものだったため、歩も嬉しそうだった。
「真希ちゃんのは、どうかな?」
「あたしのこれはただの揚げ餃子じゃないよ。『おみくじ餃子』、中身は食べからのお楽しみ」
「おー、そいつは楽しみや」
どんな具材が入ってるのか期待しながら、一口さくっとかじる社。すると、いきなりむせ出した。
「な、なんやこれ!? 辛ッ! ……ん、これはハバネロ!?」
なんと、社はいきなり、ある意味での『当たり』を引き当ててしまった。
「え、なんでハバネロなんか? テルちゃん!?」
パートナーを見遣る真希。ケテルは悪戯に微笑んでいる。
「間違っちゃっただけですよ、きっとそれで最後です」
「じゃ、一つ食べてみてよ」
「ケテルはいらないですよぉ。ほら、パーティに参加する皆さんの分ですから」
この言葉で、真希はまともじゃない揚げ餃子が相当な数混入されていると悟った。
「あ、これはチーズだよ。うん、美味しいね」
歩も一つ試食したが、そちらはまともな方だった。やしろはまだ辛さで悶えていた。
「やっしーさん大丈夫? はい、お水だよ」
そっと水を差しだす歩。
「お、おうサンキューな、あゆむん」
受け取るなり一気に彼は飲み干す。そのやり取りを見て真希は、笑みを零した。
(頑張れ、やっしーさん)
「リアさん、お料理コンテストですって。審査員としてちゃんと投票すれば食べ放題みたいですよ、ふふ」
「まともな料理がちゃんと出るか不安だったけど、見た感じはすごく美味しそうじゃないか」
明智 珠輝(あけち・たまき)とパートナーのリア・ヴェリー(りあ・べりー)もまた料理を楽しみにやって来ていた。
「珠輝、あのケーキ美味しそうじゃないか?」
甘いものが好きなリアの目に留まったのは、苺のロールケーキだった。
「ぜひお召し上がり下さい。良かったら紅茶も一緒にどうぞ〜」
明日香が追加分を置きにきながら、薦める。紅茶はストレートティーだった。
「美味しぃ……! この甘さ、癖になりそうだッ!!」
通常よりも甘くなっている事も相まって、リアにとっては絶品となっていた。満面の笑みで満足気である。
「私も何か頂くとしますか」
バリエーション豊かな料理が並んでいく様を見つつ、どれにしようか吟味する珠輝。
「これでよしっと。さぁさぁ! 量もたっぷり作ってあるから満足いくまで食べてってね♪」
来場者に向けて、声を張るミルディア。七番のプレートの所には贅沢なほどの料理が並べられていた。ミルディアが作っていた料理が全て出揃ったのである。
「豪華ですね。ミルディアさん、一つずつ頂きますよ」
サンドウィッチ、チーズリゾット、カルボナーラと順々に口に入れていく珠輝。
「どう?」
「どれも美味しいですよ。やっぱり手作りっていいですね。愛……!」
表情は変わらずとも、彼も料理を堪能しているようだ。
「僕も頂くとしよう。うん、これもなかなか」
リアも三品(リゾットは二種類あるので厳密には四品だが)を全部味見する。どれもいい仕上がりのようだ。
「これは……」
ちょうどこの場の料理に手を伸ばした虚雲は、リゾットを食べた際に衝撃を受けたようだ。
「oh! グレイト! いやー、とっても美味しいですよ」
「ほんとに? ありがとう!」
やはり自分の料理を褒めらると嬉しいもののようだ。
「お、上手く焼き上がってますね」
少しずつ会場が盛り上がってる中、ミレイユらの春野菜のキッシュも完成したようだ。
「ではこれを持っていきましょう。もうコンテストの審査は始まってますからね」
シェイドが来場者用の分を運べるように準備する。
「それと、ラーメンの事、もう気にしてませんよ」
運び出す前に、二人分取り分けたものをミレイユ、デューイに渡した。
「よかった〜」
笑顔を浮かべるミレイユ。デューイも安堵したのか、ほっと溜息をついた。
「うん、美味しい。これなら他の人も満足してくれるよ」
早速味見をして感想を述べる。それから、三人でコンテストのテーブルまで料理を運んだ。
「お、また新しいのが来たぞ」
ミレイユ達は八番のプレートだったため、すぐ隣の七番にいた珠輝とリアがそれに手を伸ばした。
「おや、ミレイユさんも出てたんですね」
顔を合わせる両者。彼らもそうだが、既に顔見知りの人が来ているケースがこのパーティにでは多いようだ。
「出汁はうまく取れたみたいだな。よし、炒めた具材に入れるぞ」
レイディスとナナの肉じゃが組もいよいよ大詰めだった。出汁を入れ、鍋を煮立たせる。基本的にレイディスが指示し、実行するのはナナだ。
「脂身がある薄切り肉を少し多めにっと、ちゃんと入ってるな。煮立ったらあく取りもしっかり忘れずに。じゃが芋は……ほろほろ崩れる程度に煮崩れさせた方がいい感じだよナ」
「はい。あく取りは、これですね」
すぐに煮立ったため、弱火に切り替えてあくを取るナナ。しばらく煮込んだ後、いよいよ味付けだ。
「旨みの秘訣は、肉じゃが特有の甘みにもあるよな。まずは酒、砂糖、しょうゆで調味して、仕上げはみりんだ」
最初は練習のつもりで、四人前くらいの分量で作っている。
「この量だと、分量はどれくらいなのでしょうか?」
「そうだな、大体酒大さじ三杯、砂糖大さじ一杯、醤油三杯半ってところだ」
ナナはすぐさまそれらを用意する。
「砂糖は一杯と」
なぜか砂糖の袋を開け、そのまま袋の中身を全部流しこもうとしている。
「待て待て、なんで砂糖袋一つ全部使おうとしてるんだ?」
「砂糖一杯(大さじ)とのことでしたので、一杯(大量)入れようかと。普段も『醤油1杯(大さじ1杯)』と書かれていたら、ちゃんと『醤油一杯(大量)』入れているのですが、何か間違っているのでしょうか?」
盛大に間違えているのだが、本人にその自覚はない。
「ナナ、一杯の意味が違うぜ! たくさん入れるんじゃなくて、その場合はこれを一回救って入れればいいんだ」
と、レイディスは六本組になってるメジャースプーンを手に取り説明する。
「そうだったのですか。ナナは今まで勘違いしていました」
どうりで味付けに失敗するはずである。もしそのまま砂糖大量投入なんてしたら甘いなんてレベルを軽く通り越してしまう。
ちゃんとしたさじ加減でナナは味付けをしていく。
「いい感じです」
ナナに続いてレイディスも味見をする。そして仕上げだ。
「みりんは大さじ二杯だ。これでひと煮立ちさせていい具合の甘さに仕上がってれば完成だ」
しばらくして、味見をする二人。
「お、美味しく仕上がってるぜ。どうだ、ナナ」
「はい。いつもと違ってとても美味しいです」
「ま、手順は今やった通りだ。じゃあ、今度は全部一人でやってみようか」
今度は確認の意味を込めて、肉じゃがを作らせる。
ちょうどその時、顔見知りの人物が近くを通った。虎鶫 涼である。食材の補充をしていたようだ。
「あれ、もしかして運営の手伝いしてんのか?」
「賑やかなのは苦手なんでな。裏で楽しませてもらってるよ」
補充をし、また会場を出ようとする涼。
「これ、一口どうだ?」
作り立ての肉じゃがを薦める。涼も仕事中とはいえ、試食くらいはしてみる。
「……美味い」
「だってよ、ナナ」
ナナは涼に向かってこくりと頭を下げると、すぐに調理に戻った。
「あ、この会場でルース・メルヴィンを見なかったか? 渋い感じのおっさんだから、いれば分かりやすいんだけど……」
「今日、俺と同じようにスタッフやってるな。多分、コンサートホールの方じゃないか? 向こうは一時スタートだから、今なら時間空いてるはずだ」
「よし、それなら呼ぶしかないな。ただナナを一人にしておくわけにもいかないし……悪いんだけど、ちょっと呼んできて欲しいんだよナ」
「分かった。すぐ呼んでこよう」
涼は二階から一階へと向かっていった。
「まさか料理コンテストに出てるとは思いませんでしたよ」
すぐに涼はルースを連れて戻ってきた。
「おお、これは美味しい」
彼の口にもその味は確かだったようだ。
「あ、ありがとうございます」
表情には出ないものの、ナナは照れくさそうである。
しばらく言葉を交わし、他の料理を試食した後、ルースは仕事のためにコンサートホールに戻っていった。
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