天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

THE Boiled Void Heart

リアクション公開中!

THE Boiled Void Heart

リアクション



1.学生達、集まる


 その日、空気はひどく乾いていた。
 呼吸をするそのたびに、身体から水分が奪われていくような錯覚を起こす。
「風のない日の旗っていうのは、なんだか寂しいモンだな」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)はアサルトカービンのストックをなでながら眼を細めて頭上の旗を見上げる。
「でも、何のためにこんなたくさんの旗を立てたのでしょうね」
 武尊のパートナーであるシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が、荒野に打ち立てられた無数の金属柱を見て首を傾げる。
「そうだな……柱が立てられたのは最近のようだが。アンテナでもないようだが」
 不規則な間隔で立てられたポールは、ランダムに配置されているようにしか見えない。通信アンテナであればこれほどの数を乱立させる必要はない。
「あの、目印、とかではないでしょうか」
 影野 陽太(かげの・ようた)がおずおずと武尊に話しかける。どちらかといえば気の小さいタイプである陽太は、パラ実生である武尊に話しかけるだけで小刻みに震えている。まるでハムスターである。
「ん? 何の?」
「遺跡の入り口とか……あるいは風の強弱を見るとか」
「ふむ……」
 武尊はもう一度旗を見上げ首を傾げるのだった。
「荷馬車の隠蔽はこれでいいかな」
 天城 一輝(あまぎ・いっき)は手の甲で額の汗を拭いながら頷く。
 一輝は、ジョシュアの研究施設となっている遺跡の中にいるオークの子供達を救出するつもりだ。今隠した荷馬車はその際に足として利用するために手配したいものだ。
 本当なら、バスが借りられればよかったのだが、大型の機械類が非常に希少なパラミタにおいては学生のみではとても借りることが出来なかったのだ。次善策として、大型の荷馬車を借りてきたのだった。
 今回の件では、不快感を表しながらも一歩引いていた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)はともかく、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)もこの場にいない。緊急のトラブルの対応に追われているそうだ。
「さあ。いい子で待っていてくださいませ」
 ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)は荷馬車を引くためのがっしりとした足を持つ馬の鼻をなでてやる。馬がちょっと首を伸ばせば届くところに水を入れた桶と、飼い葉を入れた桶を置いておく。
 馬は大きな目でローザを見つめる。十秒ほどもそうしたあと、馬は小さくいなないた。
「地点登録も問題ないし、ローザのバイクの方は」
 一輝は銃型HCに現在地点の座標を登録する。
「問題ありませんわ」
 ローザは乾燥地用偽装シートの下の軍用バイクを叩いてみせる。
「みんなでがんばって子供達を助けようね!」
 コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は紅茶セットの入ったリュックサックを揺らす。
「あたしチョコ持ってきたんだ! 子供達に上げるんだよ」
「それでは、わたしは子供を守ることに全力を注ぐと誓おう」
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)はハルバードを掲げてみせる。遺跡の中で戦いとなった場合、長柄の武器はかなり不利になる。それでもこの武器を選んだのは、英霊としての彼の矜恃に他ならない。
「ユリウスさん、この地点をHCに登録し終えたんですの?」
「む……問題なくできているぞ」
 ユリウスはローザの言葉に不服そうな様子で応じる。英霊イコールコンピューターに弱いというような感じで見られたのが不満だったのだろう。
 湯島 茜(ゆしま・あかね)は、遺跡の入り口付近で異様なテンションでストレッチをしている一団を見つめている。そのグリーンの瞳が一団を見る目は、凍てつくように冷たい。
「クレア、彼らはパラ実改造科の出身だよ。目を離さないようにね」
「わかっております」
 クレア・ベンフォード(くれあ・べんふぉーど)はドラゴニュートだ。彼女はドラゴンやドラゴニュート以外の種族のことは『言葉を喋る動物』程度の認識しかない。故に、ジョシュア クロールの暴挙に対する義憤と言うより、パラ実改造科の施設を破壊するという目的で今回の作戦に参加している。
「……最悪の場合は?」
 クレアの言っているのは、改造科の学生たちが最初からこちらを裏切るつもりでいた場合のことだ。
「そういうこともあるかも知れない、と警戒しておくのは悪くないだろう」
「それでは、今すぐにでも……?」
「いや、ここで和を乱すわけにはいかない。とにかく、あやしい動きをしないか注意するんだ」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、三人仲良く準備体操をしていた。
「うぉぃい! ちにぃ! さぁぁん!? しぃぃ!!」
 ごくありきたりなラジオ体操だが、気合いが入りすぎていて、蛮族のあやしい儀式のようにも見える。
(ナガンのプランは完全だぜ!)
 ピエロ然としたメイクのナガンは『腕を上下に伸ばす』運動をしながら仲間達に頷く。
(なんだかちょっと恥ずかしいな)
 胴間声を張り上げながらも、ラルクは内心赤面する。豪快かつ陽気な彼でも、大声を張り上げながらラジオ体操をするというのは、ほんの少しだけ照れてしまう。
(おお、身体がほぐれるっス!)
 サレンはサイズが小さすぎるチューブトップを気にも留めずに、身体をほぐしていく。
 彼ら三人の目的のためには、スタートダッシュが重要だ。
 そのためにも、入念な準備運動は必要不可欠なのだ。
「みんな、そろそろ準備はいいかな」
 ストローハットに、日本刀を背負うという不思議なファッションの少女、彩祢 ひびき(あやね・ひびき)が一同を見回す。暑さのせいか、中学生にしか見えない小さな身体に秘めた激情のせいか、顔が真っ赤になっている。
「いこう! あいつを止めてやるんだ!」
 ひびきは遺跡に向かって駆け出した。ほかの学生達も慌てて続く。誰がどう見ても冷静さを欠いている。
「あ、あの。国頭さん」
「あ?」
 影野 陽太に声を掛けられた国頭 武尊はたたらを踏んで立ち止まる。
「ひびきさんのことを、気に掛けてあげてください」
 陽太はやはり武尊のことが怖いのか、小刻みに震えながら、やっと言葉を絞り出す。
「……オークの子供達の次には、気にしておこう」
 陽太の腰の引けぶりに少しだけ傷つきながらも、武尊は強く頷くのだった。