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死したる龍との遭遇

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死したる龍との遭遇

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第2章 彼女に何が起きたのか?

「おーい、みんないるか?」
 大小穴だらけの岩壁のあちこちから漏れ入ってくる陽の光のおかげでほんのり薄明るい洞窟内部。先頭きって入った武尊が、入り口に向かって声を張り上げた。
「大丈夫。いるよ」
 神和 瀬織(かんなぎ・せお)を気づかいながら最後尾を走った神和 綺人(かんなぎ・あやと)が返す。
「リーレンさん? リーレンさーん?」
 ローゼ・ローランド(ろーぜ・ろーらんど)がきょろきょろ周囲を見回しながら、救出しに来た女生徒の名前を呼ぶが、返事も、足音もなかった。
「てっきり入り口の近くにいると思ったんですが…」
 それは、ここに入った大多数の意見でもあった。死龍に追われて逃げ込んだ彼女は、きっとここで恐怖に震えているに違いないと。
 そんな彼女を守りつつ洞窟を出て、早々に撤退するはずだったのだが。
「ちッ。いつまでもここにいたって拉致はあかないからな。とにかく先に進むしかないか」
 仕方ないフリを装いながらも、武尊としては、してやったりだった。
(死龍がここに居座ってるのにはきっと訳がある。胃袋もないやつが人を食うためにわざわざ森から出てきたりするかよってんだ。この洞窟には、やつの求める何かがある!)
 お宝、お宝。クククク。
 それを探索する時間が稼げて、してやったりだとほくそ笑む。
 しかし、実のところ、そう考えていたのは彼だけではなかったのだが。
「国頭さん、なんだか喜んでいませんか?」
 自分の考えに没頭していて、つい表情に出してしまっていたのか、気づくと桜華 水都(おうか・みなと)が不審の眼差しで見上げていた。
「ああ、いや、べつに。なんだ。
 で、ここで1つ問題がある」
 こほ、とごまかしの咳をする。
「上りと下り、2つあるんだな、道が」
 と、前方の薄暗がりを指差した。
 緩やかな上り斜面になった右の方は明るめの光が差し込んでおり、対照的に下りの左の方はだんだんと暗闇になっている。
「それなら右だな。女の子は暗い道を選んだりはしないよ。怯えてる時なんか特にね」
 藤原 雅人(ふじわら・まさと)はそう言って、右の方に一歩踏み出した。
「そうか。おまえは右だな。じゃあ俺は左を行ってみるよ。もしかしてということもあるからな」
(何かあるとすれば下に決まってる。宝は洞窟の奥深くっていうのがセオリーってもんだぜ)
 武尊は何気ない風を装って、左の道に手を沿えた。
「ふーん。じゃあ私も左にしようかなぁ」
 きみの考えていることはお見通しだよ、とばかりに抜け目ない視線を武尊に向けて、師王 アスカ(しおう・あすか)が腕のアーチをくぐる。
「俺は右。待ってろよぉ〜リーレンちゃんっ」
 とは周。
「私左にするわ。なんとなく、ピンとくるものがあるの」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)はスキップするようにアスカの隣に並ぶ。
 そうして救出チームはそれぞれの思惑によって二手に分かれ、進んで行った。


「リーレンさーん、聞こえていますかぁ? 聞こえてたら出てきてくださーい」
 右の明るい道を選んだ救出チームは、自然と声がけをするローゼを先頭に進んでいた。
 明るいといってもそれは左の道と比較した場合であって、夕暮れがかなり進んだ今となってはかなり暗さを増している。どこからともなく差し込む光は赤く染まり、完全に陽の届かない岩陰は濃く、路の殆どの場所が明かりを必要とする暗さになっていた。
 光術を使える者はあかりを生み出し、光条兵器を持つ者は出力を絞りつつ、生徒たちはそれぞれの方法で光源を生み出して周囲を照らしながら進んでいく。
 洞窟の通路は2人の人間が横になって歩ける広さはあったが、天井は2メートルあるかないかの低さだった。もっとも、このチーム内で一番背の高い雅人で176センチだから、動きが制限されるというわけでもなかったが。
「なんか、獣臭くないかぁ?」
 くんくん。
 鼻をきかせた雅人が、ローゼの隣でひとりごちる。
 周囲のひんやりとした空気は鉄分を含んだ土の臭いが圧倒的に強かったが、それでも消せない濃厚な生臭さがあった。
 腐った肉の放つ、甘ったるい臭い。いるとすれば、間違いなく肉食系だ。
「洞窟ですからね。何がいてもおかしくはないでしょう」
 すぐ後ろを歩いていた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が応じて、顔の横の高さで張り出した根に手をあてた。
 爪か何かで引っかいたような痕が光精の指輪のあかりにぼんやりと白く浮かび上がる。これがつけられて、そう古くはない。
 だが、腑に落ちないものもあった。1本1本の太さからして子どもの指のように見えるが、子どもにこの高さで傷がつけられるだろうか? しかも、下から上に引っかいたように見える傷だ。
「もしこれが僕の想像通りであれば、そう気にする必要もないかとは思いますが」
「リーレンさん、どうしてこんな奥まで入って行っちゃったんでしょう?」
 不確かな足元のせいでつまずいたりしないよう、涼介の袖口をつまんで歩きながらクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が疑問を口にした。涼介にだけ聞こえればいいと思った呟きは洞窟の中で思いのほか反響し、全員の耳に届く。
 答えたのは雅人だった。
「さあなぁ。ま、俺だったらじっとしてなんかいられないから、洞窟探検に乗り出すだろうな」
「その場から動かないのが鉄則です。そうしなければ救助者は効率よく救出できません」
「でも、救助されると思ってなかったら?」
「それは…」
「入り口には怖い龍がいて、洞窟から出られそうにない。もうじき陽も暮れる。誰だってこんな状況になったら、真っ暗になる前に出口を探そうとするものじゃないかな」
「そうだよ、クレア。彼女は現在の状況でできることを考えて、最善を尽くそうと動いてるんだから、責めちゃいけないよ」
 涼介は言い、その言葉の与えるショックをフォローするように、ぽんぽんと握り合わせた手を上から叩く。
「責めてなんかいないよ! ただ不思議に思っただけで――」
「あっ、いた!」
 角を曲がったローゼが、嬉々として声を上げた。
 彼女の指差した先、通路の角に女生徒がうずくまっている。
「リー……うわっ」
「えっ?」
「リーレンちゅわわわわわ〜〜〜んっ」
 雅人と涼介を壁に突き飛ばし、周が率先して駆け寄る。
「大丈夫かい? 怪我してない?」
 周囲に集まる人の気配にも気づかないように、うなだれたまま、彼女は全く反応を見せなかった。
 泥にまみれた鉤裂きだらけの制服。人形のようにだらりと両手足を弛緩させ、壁に額をついている。
 顔を近づけるとぶつぶつと何かを呟いている声が聞こえてきて、周はホッと息をついた。
「リーレンちゃん?」
 もつれて重そうな髪のカーテンで隠れた顔を上げさせようと、肩に手を乗せる。
 その手に、泥で黒く汚れたリーレンの指が重ねられる。
「リーレ……いってーーーーっ!」
 周は慌てて手を引き戻し、ばっと身を起こした。
 手の甲に、赤い引っかき傷がついている。否、それは引っかき傷というレベルのものではなかった。まるで獣にやられたように、肉ごとえぐられている。
「周くん!?」
 驚き、あたふたと前に出てきたレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)が、血の噴出した傷口にヒールをかけた。レミにされるがまま、周はまだ信じられないとリーレンを凝視している。
 リーレンは、爪の折れた自分の指を、そこについた周の血と肉を、ぼんやりと見ていた。
 泥まみれの口元についているのは、あれはもしや血ではないか。
「リー、レン……さん?」
 違う?
 彼女に向かってローゼがそっと手を伸ばす。
「危ない!」
 その腕に向かって口が大きく開けられたの見た雅人が、間一髪でローゼの手を引き戻した。
 ガチリ。噛みつきそこねた歯が大きな音を立てて閉じあわされる。
    ウウーッ
 威嚇のような声を出し、四つんばいになって彼らを見上げるリーレンの姿は野生の獣のようだ。
「なんだなんだ? どうして?」
 軽くパニックを起こす周達。在籐 九久(ざいとう・くひさ)は、そっと、刺激しないように動いたつもりだったのだが。
 退路を絶たれることを敏感に察知したリーレンは、次の瞬間自分と通路の間に立った九久に飛びかかった。
「ぬわあ!」
 とっさにリターニングダガーでガードしたおかげで喉笛を噛み千切られずにすんだものの、リーレンにのしかかられ、仰向けに倒れた九久はそこにあった岩に頭をぶつけて気を失ってしまう。くるりと一回転して、リーレンは通路の闇に向かって駆け出した。
 一瞬の出来事に全員があっけにとられ、動くことができない。
「待って、リーレンさん!」
 いち早く立ち直り、追ったのは綺人だった。一歩遅れてクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)、そのすぐ後ろを涼介が走る。
 仲間たちの放つ光源のなくなった通路は、完全に暗闇だった。
「アヤ! どこなの!?」
(2人共こんな暗い中、速く走れるはずないのに)
 光術で周りを照らしながら、クリスはきょろきょろと前方に目を配った。綺人の気配はどこにもない。
(もしかして、曲がり角を見逃しちゃった?)
 速度を徒歩まで落として、戻るべきか思案していた時。
「駄目です!」
 殺気看破によって敵の接近に気づいた涼介が、彼女の肩を強く引き戻した。
 クリスの足先をかすめて、地面から伸びた手が宙を掻く。
「えっ? 何っ?」
 驚く彼女の前、通路の至る箇所からわらわらと、身の丈100センチにも満たない子供が姿を現した。
 青白い肌、泥だらけの手足。服は身に着けていないが、濃い体毛に覆われている。だが体毛も白いため、薄暗い通路ではぼんやりと人型の白い影が浮かんでいるように見える。つぶれた大きめの鼻、釣り上がった目尻。顔立ちは、どこか狛犬と呼ばれる石像に似ていた。
 光術を強めたクリスは、自分達がすっかり囲まれていることに気づいた。
「これって…」
「イーヴル(小鬼)です」
 ボコッ、ボコッ
 土壁、地面、天井……あらゆる所から子供の上半身が出てくる異様さに驚愕し、クリスは涼介に身を寄せる。どちらが言い出すでもなく、自然と2人は背中合わせに身構えていた。
「こんな生き物がいたなんて」
「太陽光に含まれる紫外線を嫌って夜にしか活動しません。人目につかないだけで、あらゆる所にいますよ。
 それよりクリスさんは素手による格闘でしたね。気をつけてください。毒はありませんが、あの不浄な爪や牙にやられるとあとあとが面倒です」
「分かりました」
 そう応えるクリスの声にかぶさるように、右のイーヴルが飛びかかってきた。反射的に蹴りを入れるが、イーヴルはそれを読んでいたようにクリスの足を踏み台にし、反動で飛び上がる。狙いは彼女の目だった。
 目をやられたらどんな強敵でも終わりだと知る生き物は、まずそこを狙ってくる。
「はッ」
 裏拳でガードし、殴り倒す。イーヴルは叩きつけられた地面をボテボテと転がったと思った次の瞬間、土の中へもぐってしまった。
「どうやらばかというわけでもないみたいね…」
 ばかだったらよかったのに。
 様子見は終わりだと、じりじりと迫ってくるイーヴル達に、内心あせりを感じながらクリスは呟く。
 その胸は、いまだ姿を消したままの綺人を案じる思いにじりじりと焼き焦がされていた。


「おにいちゃーん!」
 涼介を呼びながらクレアが現れた時、彼は逃げ送れた最後の1匹に火術を放っているところだった。
 火はイーヴルの腕を燃やしたが、イーヴルは土にもぐることでこれを消火し、逃げていく。
 急速に遠ざかる複数の気配にほっと息をついて、涼介は振り返った。
「おにいちゃん、あれってイーヴル?」
 抱きつくように腕に飛び込んで、クレアが言う。
「だね」
「でも、イーヴルって怖がりで、人を襲ったりしないのに」
 ぺちぺち。涼介が怪我を負っていないか確認する。極力触れられることを避けて杖と火術で戦った涼介に怪我はなかったが、クリスは軽い引っかき傷を数箇所負っていた。
「クリス、クリス、綺人はっ?」
「……ごめん、瀬織」
 駆け寄った瀬織の癒しを受けながら、クリスは彼女の耳元に囁いた。感情の分かち合いを求めるように、こつんと肩に額を乗せる。
「綺人を捜さないと。ねぇ、クリス」
「うん。行きましょう」
「駄目よ」
 走り出そうした2人を制したのは水都だった。
「あんなやつらが襲ってくる以上、バラバラに動くのは危険だわ。それに、身を守る術を持つ神和くんより一般人であるリーレンさんの救出を第一にするべきよ。彼女も傷を負っていたのを見たでしょう? イーヴルに襲われたのだとしたら、大変だわ」
「感染症は怖い病気だからね。治療が遅ければ後遺症に苦しむし、死に至る可能性だってある」
 水都とクーリッジ・メイデンシュトルム(くーりっじ・めいでんしゅとるむ)に説得され、クリスと瀬織を除く全員が、まずはリーレン捜索を優先すべきだと同意した。
「少し戻りましょう。さっき通りすぎた左の路の奥で、チラッと動く物を見たの。あれは、制服のスカートだったと思うから」
 水都の言葉に、全員が元来た道を帰り始める。
「さあ、瀬織ちゃん。行こう」
「……はい」
 クーリッジに促され、差し出された手をしぶしぶ取る瀬織。
 彼らに気づかれないよう、光術を解いて1歩2歩と後退したクリスは、さっと闇に紛れ込んだ。
(ごめんなさい、瀬織。私の責任だから。アヤは必ず見つけてくるからね)