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死したる龍との遭遇

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死したる龍との遭遇

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第5章 錯綜する思惑

「こんのタコがぁーっ! 死ぬってのはな、負けなんだ! 負けたやつがグダグダいつまでもこの世にしがみついてんじゃねーぞ、コラァ! たかがヘビの親玉みたいな骨っころの分際で、てめークソ生意気すぎんだよ!」
 理沙やクコ・赤嶺(くこ・あかみね)の治療を受けて、なんとか血を止めたもののいまだ目を覚まさない真人と、その傍らで今にも泣き崩れてしまいそうに震えている白を見て、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)がプチっとキレた。綾刀を手に、叫びながら死龍に向かって一直線に走り出す。
「だめっ!」
 彼に一番近かったマリアが、横からタックルをかけて一緒に転がった。一瞬遅れて、白津のいた場所に水槍が打ち込まれ、地をえぐる。人の体など紙のように貫く力を持つ水槍は、マリアがいなければ白津をその場に串刺しにしていたに違いない。
「駄目です、白津さん! お気持ちは分かりますが、無茶ですっ! お願いだから自重して、もうこれ以上傷ついたりしないでください。誰にも、無為に傷ついてほしくないんです…!」
「――あ、ああ…」
 自分の顔にぽたぽたと熱い涙を滴らせるマリアを仰ぎ見て、毒気を抜かれた思いで白津が応える。その頬に触れようとした時、
「さあ、マリア。いつまでもそうしていては危険ですよ」
 ノインが、べりっと音がしそうな手荒さで白津からマリアを引き剥がし、さっさと連れ去ってしまった。
 行き場を失った手をじっと見て、よっこらしょ、と身を起こす。
 後ろの茂みから出現した足が、いきなり白津の背を踏みつけた。
「あーら失礼。気づかなくって」
 とても本心とは思えない、ニヤニヤ笑いを浮かべてリネン・エルフト(りねん・えるふと)が足を引っ込める。
「……きさまっ…」
「みんなーっ! 待たせたわね! 準備OKよ!」
 その横で、キリキリとヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がクロスボウを引き絞る。
「いい? 誰も攻撃しちゃ駄目よ!」
 叫び、ヘイリーはクロスボウを連射した。
 狙いはどこでもいい。目だろうが、龍珠だろうが。
 これまで仲間達と死龍の戦いを見てきて、1つ分かったことがある。それは、死龍は「やられたらやり返す」ということだ。
 ごうと音がして、滞留していた水が壁となって矢を飲み込む。その水が、次の瞬間複数の槍となってヘイリー、リネンに打ち出された。
「かかった!」
 返された攻撃を避け、さらに何発か矢を打ち込む。
 リネンもまた、星輝銃を撃つ。
 そして2人は攻撃をしながら後ろの森の中へ走り込んだ。
 死龍の水槍が後を追い、視覚から消えた2人を追って胴体部が蠕動を始める。
「そうか!」
 それを見た全員が、2人の行動の意味を理解した。死龍の行く手に回り込み、攻撃をしかけながら2人と同じ方向に走り出す。
 死龍の体が半分程森の上空にかかった時。
「今よ!」
 リネンの合図で、枝にくくりつけてあったロープが切られる。元に戻ろうとする枝の反動を利用して、前方・左右の3方向から一斉に網が宙を舞った。
 網には水の守りの効果もなく、二重三重と骨に絡みついて死龍の自由を奪う。
「みんな! 狙いはあの龍珠を持つ鉤爪だからねっ!」
 ヘイリーの言葉に、全員がそれぞれの武器や魔法の照準を定めた時。何者かが空飛ぶ箒で飛来した。網を寸断し、鉤爪の上に着地する。
「じゃっじゃーん! 竜騎士マスク・ド・レイナ、只今参上!」
 光学迷彩を解除し、声高らかにそう宣言したのは如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。腰に手をあて胸を張り、下であっけにとられている人々を見下ろしている。
「死龍は貰ったわ! 今から私と死龍は一心同体、キミ達なんかに負けはしない!」
 ピョンピョン骨を飛び上がり、うなじに到達するやいなや素早くロープで自分と死龍をくくりつける。
「あ……の、おばかっ」
「いやぁ、あれは思いつかなかったなぁ」
 感心したように煙が頷く。それを聞きつけたリネンが、ギロリと視線で射殺さんばかりに煙を睨んだ。
「あなたもばか言ってないで、箒乗ってるならあれをなんとかしなさいよっ。私とヘイリーの作戦が台無しじゃないのっ」
「あ、えーと…」
「あーっはっはっはっは! 行け! 死龍。やっちゃえーっ」
 ロープで手綱をこしらえたぐらいで死龍を操れるわけがなく、そもそも死龍が背中の玲奈の存在に気づいているのかすら怪しかったが、玲奈にとってそんな細かいことはどうでもいいらしい。ライダー気分を満喫して、鼻高々といった様子だ。
「ちッ。あの女、どうするよ」
「引きずりおろしてボコってやりてぇな、おい…」
 ぶっ飛んだ行動が理解し難いとはいえ、彼女が乗っていては攻撃が仕掛けられない。何しろ死龍は骨なので、鉤爪を狙って外れた攻撃が対角上にいる彼女に当たらないとも限らないのだ。
 死龍は自由を取り戻し、攻撃がやんだことで、向きをかえて洞窟へ戻ろうとしていた。
「やっ、駄目よ。なんで戻るの? あいつらを攻撃するんでしょー?」
 頭上高く掲げた手元に雷術の光を見て、全員が身構える。
「ヨウエンもこういうの、嫌いじゃないんですけどね。さすがにそれは行きすぎだと思いますよ、玲奈さん」
 いつの間に間合いへ入られていたのか。漆黒の翼を大きく広げた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が、玲奈の耳元で囁く。
「なっ、何? キミ…!」
 とん。
 軽く肩を突かれただけで、動転していた玲奈はバランスを崩した。足を滑らせ、骨の間を真っ逆さまに落下する。ロープは遙遠によって切られており、何も彼女の落下を止める物はない。真上の遙遠は小悪魔の笑顔で落ちていく彼女を見ていて――
「いやああああーっ」
 パニックを起こした玲奈は、雷術を発動させた。
 目標とする対象のない雷術は、今の玲奈の心のままに、四方へ細かな雷を幾つも打ち出す。一番大きな雷は遙遠へ。もちろん遙遠は楽々避ける。しかし、死龍への注意を完全に失っていた。
「ぅわっ」
 腹腔内――というのか――で発動した雷術を自分への攻撃ととった死龍は、大きく身をうねらせ、一番近くにいた遙遠に水を打ちつけた。
 その威力はすさまじく、岩壁に全力でぶつかったのと同じ衝撃を遙遠に与える。意識を失った遙遠の体から翼が消え失せ、彼もまた、玲奈を追うように落下した。
「玲奈、遙遠っ!」
 その声に反応するように鎌首を巡らせた死龍は、無数の氷弾を瞬時に作り出す。攻撃目標となったのは、2人の身を案じて駆けつけようとした理沙だった。
「理沙ァッ!!」
 リュースがバーストダッシュで理沙を抱き込み、転がることで氷弾の雨を回避する。しかし距離があまりになさすぎた。何をもってしても、あの攻撃を完全に避けることは不可能だった。
「理沙、ああ理沙…!」
 彼女を庇って木に激突したリュースは、理沙の右肩と足に刺さっていた氷弾を引き抜きヒールを始める。
「リュー……あなた、無事…?」
 気絶していてくれたらよかったのに。リュースは痛みに蒼白した理沙を見て、そう思わずにいられなかった。
「どいて、リュース」
 クコが駆け寄り、リュースの手をはがそうとする。
「あなたも怪我を負ってるじゃないの。理沙はセラに任せて、傷を――」
「――あの野郎。よくもオレの理沙に…」
 ついに意識を失った理沙をそっと横たえて、ゆらりと立ち上がる。腕の傷に伸ばされたクコの手を振り払い、リュースは戦場に駆け戻った。