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【学校紹介】妖怪の集う夜―百物語―

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【学校紹介】妖怪の集う夜―百物語―

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0・その前に


 夕暮れを迎えた葦原明倫館。
 朱塗りの校門には、「百物語にようこそ♪」と書かれた横断幕が掛かっている。取り付けているのは、ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)だ。破れ提灯を門に飾っているのはティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)。金髪のツインテールが風邪に揺れている。
「……」
 ゲイルがティファニーを見やる。
 話好きで陽気なティファニーは、「ゲイル、ねえゲイル、聞いている?ミーはネ…」と一緒にいる時間は、ゲイルの都合などお構いなしに話続けるのが常だが、今日は妙に大人しい。大人しいといっても無言というわけではない。離しかけてこないだけだ。ブツブツと口の中で何かを呟いている。
 幕を固定したゲイルは、門より離れて、ティファニーの側に寄った。
「My mother has killed me,
  My father is eating me,
  My brothers and sisters sit under the table,
  Picking up bury them under the cold marble stones.」
 口ずさんでいる。
「何を歌っているんだ?」
 大八車を押した丹羽 匡壱(にわ・きょういち)がティファニーの横を通り過ぎる。
 車の中には、古典的な肝試しの品々が入っているが、ティファニーには見えないよう覆いが掛かっている。
「ママがミーを殺して
 パパがミーを食べたの
 ブラザーとシスターはテーブルの下で
 ミーの骨を拾って床下に埋めるの」
 声は空から降ってきた。
 何もない空間にスッと姿を現したのは、真田 佐保(さなだ・さほ)だ。
「マザーグースの歌でござる」
「さすが、佐保は何でもよく知ってるネ」
 ティファニーが佐保の姿を認めて、愛らしい笑みを浮かべる。
「100のストーリーを集めるのは大変ヨ、マザーグースみたいなショートストーリーをたくさん用意しないとネ」
「ティファニー、百物語は、怪談話を100話語り終えると、本物の怪が現れる禍々しい行ないでござるぞ」
 佐保は、幽霊の真似をして、手を前にたらす。
「物の怪に取り殺されることもあるのでござる、それでもよいのでござるか」
 ティファニーと佐保が妖怪談義をしている間、男たち二人は、大八車の中を見ていた。中には、ゴム製の一つ目小僧やのっぺらぼうのお面が入っている。
「子供だましですな」
「ああ、趣向の変わった肝試しと思ってくるやつもいるだろ、俺らは脅かし役に徹するぜ」
「ティファニーは、妖怪が来ると信じてるようだが」
 ゲイルは、一本足傘お化けの被り物を手にした。
「お前にやるよ」
「……」
 ティファニーのもとまで、ゲイルの大きな溜息が聞こえた。



1・はじまりはじまり

 ここ数日の暑さは異常である。日中、天守閣から見る町並みは陽炎のように揺れている。
 日が暮れても、暑さは和らがない。
 日本文化が好きな葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)は、最初、風鈴や扇子、打ち水といった日本的な方法で暑さを戦っていたが、ここ数日は、冷房の効いた校長室に一日中篭っている。風通しがよく明倫館でも涼しいはずの天守閣に登ってきたのも久しぶりだった。
 天守閣には、既に葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)がいて、海より来る風を受けていた。
「夕焼けが綺麗です」
 儚げで華奢な房姫は、絽の振袖を涼しげに着ている。
 半ば裸のように見えるハイナの着物も夏バージョンだ。紗で作られ涼しいはずだが、その胸元には汗がにじんている。
「冷房はないでありんすねぇ、はぁ」
 ハイナは、風除け付のろうそくが部屋中に点されていることに気がつき、溜息をついた。
「不思議です。皆が望んだ催しですのに、今日はあちこちで溜息が聞かれます」
 房姫は、はるか下の校門をみやる。
 そのころ校門では。葦原明倫館らしく黒子に徹した忍者が、様々な学校より百物語を愉しみに集まってきた生徒たちに天守閣への道筋を書いた地図を渡していた。
 破れた灯篭には灯がともり、教室の明かりは消えている。葦原明倫館は、おどろおどろしく飾られている。

 最初に天守閣に駆け上がってきたのは、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)だ。
「ハイナさん、ですか?」
 アリスロリータを着た睡蓮は、ハイナの胸元をじっと見ている。
「総奉行と呼んであげてください」
 横から房姫が笑みを浮かべて、睡蓮に話しかける。
「総奉行?あ、校長先生の事なんですね」
 葦原明倫館では、校長を総奉行と呼ぶ。
「私、紫月睡蓮と言います。よろしくお願いします」
 睡蓮はペコッと頭を下げた。
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ずっとハイナを探していた。いつのまにか姿の消えた睡蓮は天守閣にいるようだ。
 追いかけた唯斗は、ハイナと睡蓮を見つけて歩み寄る。
「「ハイナ、ちょっと良いですか」
 唯斗は睡蓮の背中を押す。
「この前蒼空学園で一騒動あったんですけど…」
 唯斗は少し前にあった事件の成り行きをざっと報告して
「…で、この子連れて来ちゃいました」
 睡蓮は今日始めて葦原明倫館に来る。
 ハイナは話を聞き終わると、睡蓮の手をとった。
「葦原明倫館にようこそ」
 満面の笑みを浮かべる。
 共に来たエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)はちらっちらっとハイナの胸を盗み見ている。同じ年頃の女性として、なぜハイナだけがあのように成長したのか、不思議でならない。
「それでですね、この子用に制服支給して頂けません?」
 唯斗の申し出をハイナは快く受ける。
「制服を貰いがてら、学校内を見回ってくるか」
 エクスは、唯斗の視線がだんだん下がってきて目元があらぬ形に変わっているのを見て、その腕を引っ張った。


「わぁ、綺麗!」
 いつのまにか、天守閣には人が集まってきた。見事な夕焼けや天守閣よりの雄大な眺めに皆が歓声を上げている。
 日が落ち、闇が訪れる。
 いつのまにか、用意された百本のろうそくに火が灯っていた。姿を消したニンジャの離れ業である。
 集まった生徒たちは思い思いの場所に腰を下ろす。
「妖怪の集う夜にようこそ。これより百物語を始めるでありんす」
 ハイナはじっと目を閉じると、右手を大きく広げて、一人を指差した。
「では、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)さんからお願いします」
 房姫が、その指が指したぼさぼさの髪をした男性を見る。
 準備を終えたティファニーが天守閣にやってきて、涼介の側に座る。その青い目が好奇心でランランと輝いている。
「私からですか」
 イルミンスール魔法学校から来た涼介は、手にした扇をさっと広げた。呼応するかのようにろうそくの炎がふわっと大きくなる。
 いよいよ、百物語が始まる。

「これは、私が友人とキャンプに行ったときの話です。その友人、仮にAとしておきましょう。そのAとは家族ぐるみで付き合いがあり、毎年夏にキャンプに出かけます。キャンプ場に行く道中少し長いトンネルがあり、毎年通る度に何か出そうだねと冗談めかしていたのですがその年、見てしまったのです。トンネルの出口に立つ白い和服を着た女性の姿を」
 涼介は、ここで息をつく。低出力の氷術をかける。冷たい空気が涼介の周りを包み、蒸気が立ち上った。
「最初は気のせいと思ったのですが隣にいたAがあの女性に影があったかと聞いてきたのです。」
 カランカラン。
 音が響く。
 ティファニーがズルっと後ろに下がった。
「影どころか…」
 再び、カランカランと音が響く。
 ティファニーが、小さく声を挙げる。
「ちなみにAに霊感の類は一切ありませんのであしからず」
 涼介は、話し終わると手に持っていたさいころをティファニーに渡した。
 音の謎解きだ。
 ティファニーはニコッと笑い、涼介の手を取った。
「コワ楽しいネ」
 涼介は、ティファニーに導かれてろうそくの場所まで歩き、その一本を吹き消した。

・・・残りは99話


2・迷う(陰陽科)

 陰陽科では制服はない。生徒たちは陰陽師や巫女、白拍子などの衣装で授業に出ている。よって、そのままでも夜の闇では足元を隠すだけで物の怪に見えないこともない。
 陰陽科では、式神を使う。
 式神とは陰陽師に使役する鬼神で、この世のものでないということでは、妖怪と同じかもしれない。
 陰陽科の新入生たちは、この日のために、習いたての式神を使い、陰陽科教室のあちこちに彼らを配置しておいた。

 天守閣に向かう道を間違えたらしい。
 エステル・ブラッドリー(えすてる・ぶらっどりー)は、それまで道案内として燈されていた提灯がなくなっていることに気がついた。月明かりが足元を照らしているので、教室内にいることは分かる。
「ど、どこの教室かな?」
 自分の、銀色のツインテールが月明かりに光っている。エステルは青い瞳で、出来るだけ闇を見ないようにして、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)に寄り添い右腕を絡ませる。
「陰陽科ですね」
 人型の小さな和紙が和机のうえに置いてある。
「天守閣は反対側です。きっとこの地図が間違っていたんです」
 アンドリューは最初に地図を見た時の違和感を思い出した。きっとこの地図は、わざとあちこちを歩かせるよう仕掛けがあるに違いない。
「さすが、忍術の学校です」
 アンドリューは落ち着いて周囲を見る。
 急に地図が落ちた。フィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)が、腕を引っ張ったからだ。
「アンドリューさん、私、怖いです」
 ぎゅっと腕を掴むフィオナ。
「なんだか動きにくいです」
 アンドリューは苦笑しながら天守閣を目指す。
 突然、机の上に置かれた人型の和紙が、ふわっと空に浮かんだ。
 月明かりが消える。
 和紙は巨大な一つ目に変じて、三人に迫る。
「キャー」
 エステルがアンドリューに抱きついた。二人が同時に転ぶ。
 瞬間、一つ目は消え、再び、廊下に提灯が現れ明かりが灯る。
 フィオナはたったまま、じっと転んだ二人を見ている。アンドリューの手がエステルの胸元にある。
「なんで私だけ立ってるのよぉ」
 フィオナは、エステルの胸元で固まっているアンドリューの手を掴むと、ぎゅっとひっぱった。
「はは、お化けはあまり怖くないですね」
 歩き出したアンドリューは、先ほどよりもぎゅっと両腕ににしがみつく女性二人の顔を見て、少し苦笑している。

 薔薇の学舎から来た仁王 サヤト(じんおう・さやと)は、最初から迷う気でいた。この際、葦原明倫館を見学していく心積もりだ。天守閣へ向かう一団からわざと遅れて、灯かりを消して暗闇を歩く。
 急に女性の悲鳴が聞こえた。エステルの声だ。声を頼りに歩いてきたとき、大きな一つ目小僧が空に消えるのを見た。
「さすが、葦原明倫館だねぇ」
 サヤトはゆったりとした口調で、驚きもせず、妖怪を見送る。
 少し先で、かさかさ音がする。サヤトは音のほうへ向かっていった。

 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は学校入り口で貰った天守閣に向かう地図に、地図にはない道を付け加えた。
 共に歩くのは、同じ薔薇の学舎の黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
 それに、百合園女学院の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だ。
 ヨルは、笹の葉模様の浴衣を着ている。
「夜の学校って昼と全然違う顔で、それだけでドキドキするよね」
 道案内役を買って出た尋人に話しかける。
 ヨルの声は普段より少しだけ、可愛らしい。
 少し後ろを天音も夏らしく白地に藍の蜻蛉柄に濃紺帯の浴衣姿だ。
 時折心配そうに振り返るヨルの頭を優しくなぜる。
「ふむ……今日はまた引率という気分が抜けぬな」
 ドラゴニュートのブルースは少しはなれて、濃灰地浴衣に臙脂の帯を締めた装いで、みなの傍らを歩いている。
 夜の学校だが、気のおけぬ友人と共にいるせいか、心が浮き立つ。
「「それにしても、こう賑やかに出掛けるのは珍しいな」
 学校の廊下には提灯が掲げられ、薔薇の学舎とも百合園とも異なる和風情緒がある。
 天音が答える。
「そうだね。鬼院とヨルが顔を合わせるのは、ハロウィンパーティー以来なのかな?」
「二人ともお前に付き合うだけあって、一筋縄ではいかぬ人物のようだが…二人とも何かを企んでいるようだぞ」
「ふふ、見ていて飽きないし良いよね」
「…ねぇ、そろそろ会場着いてもいいと思うんだけど。もしかして迷子?」
 横を歩いているはずの尋人にヨルが話しかける。しかし、その姿はない。
「ん、なんでぇ?」
 急に提灯の火が消えた。

 その頃、尋人は暗闇に隠れて、3人から離れてボサボサ頭のカツラとキバとちゃんちゃんこの格好に扮装していた。
「鬼太郎?」
 急に声を掛けられ、びくっとなる。
 声の主は、サヤトだ。
「さっきは一つ目小僧をみたんだよ」
 尋人は少し話して、声の主が人間で、しかも同じ学校の生徒と知って安心した。
「これから友人がくるんだ、手伝ってくれないか」
 サヤトは、言われるまま、釣り竿に冷たいこんにゃくを結びつけ、尋人の背後の立つ。
「扮装は完璧だからバレないはず…よし来た!」
 少しおびえた顔のヨル、その後ろに天音とブルーズが続く。
「行くよ」
 尋人の合図で、サヤトはこんにゃくのついた釣りばりを投げた。こんにゃくは勢いよくブルースの顔に命中する。
「うわっ、なんだ」
 そのままのけぞる。
「キャーーーーーーーーーーーーー?」
 ヨルが悲鳴をあげたあと、少しして、ニヤッとわらった。
「尋人でしょ?」
「あれ、分かった?」
 急に、サヤトが走り出した。
「後ろに何かいるよぉ」
 サヤトの後ろで空気がうごめいている。
「僕は、見える人じゃない筈なんだけどね……」
 影は少しずつ形となり、異形をあらわす。獣のようだ。皆が身構えたとき、
 急に全てが消え、明かりが戻った。
 みなの前に、真田佐保が立っている。
「すこし紛れているようでござる。ご注意を」
 ニンジャ姿の少女は言い残すとさっと消えた。
「天守閣を目指そう」
 ブルースの言葉で一同が歩き出したとき、背後でパンと音がした。
 ブルースが尻餅をつく。
 振り返ると、ヨルが大きな紙袋を持って立っている。空気を入れて両手でつぶした音だ。
「せっかく持ってきたんだから」
 ヨルの言葉で再び一行のムードが明るくなる。
「どうかなぁ、みんなで学校探索を続けるのは」
 一同に加わったサヤトが、少し小さな声で呟いた。
「そうね、妖怪と戦う尋人が見たいかも」
 ヨルは、葦原明倫館の物の怪がおきに召したようだ。