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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第五章 死霊 2

 マリー・エンデュエル(まりー・えんでゅえる)の操縦する小型飛空艇で死霊の上を旋回しながら、月谷 要(つきたに・かなめ)は反撃に転じる機会を伺っていた。
「魔法攻撃なら多少はダメージを当てられるようだけどさぁ、これだけの数の死霊が集まってちゃ、一体一体倒していくのはキリがないよねぇ……。
 せめて、翼を傷つければ飛行できなくなる、っていうんなら狙ってみるんだけどねぇ」
「下で何か対策をしてくれてるみたい。それまで、どうにかこっちに注意を引いておきましょっ!」
「おう!」
 グッとスピードを上げると空気を切る音と一緒に、後ろに雲を引いていく。戯れるように死霊が突撃をかけ、遠くからなら一見空中ショーにすら見える。
 キィイィィィイィイ……
 響く鳴き声は、まるでたくさんの悲鳴にも似ていた。
 その時、茂みの中から一本の矢のようなものが放たれた。
 それまで気配を感じさせずに潜んでいた「ソレ」は死霊に攻撃が効かないことをわかっているにもかかわらず、一直線に飛んでいく。
「?! 黒い……ヴァルキリー……?」
 それは、地獄の天使で影の翼を展開し、まっすぐに槍を構えた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)その人だった。その姿は、今は亡き「血塗られた女神」と呼ばれた少女を模していた。
「ちょっと、そんなに突っ込んだら危ないよ!」
 マリーの心配は届いているのか。優梨子はクスクスと笑っていた。おかしくておかしくて、笑いが止まらなかった。というのも、死霊から生えている意味をなさない翼が、一瞬、もう声をかけることも叶わない失った友達のものに見えてしまって。
「随分と感傷的な気持ちになってしまったものですわ。貴女がこんなところでグズグズしている筈ないのに」
 そのまままっすぐに槍を突き立てる。切り裂く感触もないまま、何度も空を切る。
 ――誰かの手にかかって彼女が届かないところへ行ってしまうくらいなら、いっそ自分のこの手で殺してしまえばよかった。
 それは、戦いの中で友達と呼んだ血に魅入られたヴァルキリーの少女。自らのためだけに大量の血を欲し、多くの人を巻き込んだ挙句、野望の途中で命を落としてしまった愚かなひと。
「私にまで何も言わずにいなくなってしまうなんて、ひどい友達もいたものです」
 死霊の形がぐらりと歪み、体から何本もの触手が突き出した。先が槍のように尖ったそれらが、優梨子めがけてまっすぐに襲い掛かる。
「よけろ!!」
 小型飛空艇から手をのばす要をすり抜けて、優梨子は正面からその矛先へと飛び込んだ。
「なっ……?!」
 ……まるで槍に貫かれたみたい。
 避けようと思えばよけられた。けれど、これが優梨子の思う彼女への精霊流しだったから。
 体からいくつもの触手を生やして血まみれになりながら、優梨子は心底笑っていた。ボタボタと、幾筋も血が零れ落ちていく。
「クスクス……私の血、あげますね…………サラさんは、供物なんていらないでしょ……から……
 ……お友達からの、嫌がらせです」
 ズブッ
 触手を引き抜かれて、力の抜けた体が真っ逆さまに落下していく。
 逆さまになった視界の隅で、要とマリーが触手の攻撃を避けながら必死に自分を助けようとしているらしいのを見とめながら、優梨子は奇妙なものを見た。
「(血が、上ってく……?)」
 それは奇妙な光景だった。地面に落ちていく優梨子とは逆向きに、噴き出した血が空へと球をつくってキラキラと上っていた。
 遠いところで、優しげな歌が聞こえる。
 ああ、そうか。
「何です、これは……?」
 志方 綾乃(しかた・あやの)は呆然とつぶやいた。地面に置いていた精霊船がゆっくりと岸を離れて、何もない空へとその船を漕ぎ出していた。
「船が、浮いてる……?!」
 その傍らでは、五月葉 終夏(さつきば・おりが)藍澤 黎(あいざわ・れい)がヴァイオリンを奏で、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が声を張り上げて歌を歌っていた。


 不気味に笑うチェシャネの横で、コは小さく歌っていた。その行動に腹を立てて、美由子が食って掛かろうとする。
「今は歌っている場合じゃ……!!」
「――あのときも、歌っていた?」
 アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)がさえぎるようにして、ふいに声を張り上げた。きょとんとする美由子と橋姫をしり目に紫音が言葉を引き継ぐ。
「ツァンダーソーク1が単体の死霊に蹴りを命中させたときも、君は歌っていたな?」
「ビンゴ」
 チェシャネはケタケタと笑った。
「鎮魂歌を流している間はあいつの力が弱まるから、攻撃することができる」
 コはこくりとうなずいてから、ぐるりとみなを見上げて小さく訴えた。
「でも、あの子は大きすぎて私だけじゃ声を届けられない。……力を貸して」
「「精霊船を、出航する」」