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第5章 コンテスト開催・竜神部門(2)


「竜神役候補5番・レキ・フォートアウフさん!」
「はいっ!」
 レキは足をひっかけて転ばないよう、ドレスの裾をたくし上げて舞台に出て行った。
「うわーっ、きれいなドレスーっ。前開きで、流れるようにふんわり広がってて、キラキラしてて。リーレンもこういうの欲しいなぁ」
「ありがとう」
 実はこれ、ドレスに見えてドレスでない。ギリシャドレスのように1枚布のシルクをただ縛っただけの物なのだ。いろいろ寄せて、つまんで、ひだを入れる。裁縫が苦手なレキが、一生懸命考えて思いついた方法だった。
 しかもイチルのおかげで、レキでは手の届かない位置や見えない位置まできちんとギャザーをつけて、結び目も大きなリボンか花のように、かわいく見えるよう整えてくれている。
「大丈夫かな?」
「うん。とってもきれいだよ」
 イチルが太鼓判を押してくれたから、レキは安心して大勢の前に出て行くことができた。
 でもここから先は、レキの頑張り次第だ。
「そんなレキさんの自己アピールは……って、え? 新体操床競技?」
 リーレンが手元の紙とレキのドレスを見比べる。
「はい、床です」
 自信満々、レキが持ち上げた右手には、透明のガラス玉が乗っていた。
「竜神のイメージで、宝玉です」
「なるほど。じゃあその衣装も、白竜だったんですね!」
 納得と、リーレンが手を打ち合わせる。
「じゃあ、頑張って!」
 ファイト! と声をかけ、リーレンは離れていく。
 レキの視界の隅で、舞台袖で椅子に腰掛けたイチルの姿が見えた。
 彼女が体操をすると知った彼が、曲を担当してくれることになったのだ。
 打ち合わせ通りの位置につき、合図を送る。1、2、3! レキがパッと飛び出すと同時に、ギターの音楽が流れ始めた。
(ボクは歌は苦手だし、細かいこともできないけど、運動は得意なんだ。身体だって柔らかいし)
 足を垂直に上げ、玉を手に、胸を反らせる。エムジーと呼ばれる大技だ。前開きなのでドレスが邪魔をすることもなく、床につくスレスレでストッピングし、そのまま横に流れた。
 さすがに玉がガラスなので投げ上げる大技はできないが、ツーステップから大ジャンプ、ターンジャンプといった飛び技はどんどん取り入れた。アップからバックル、開脚へ。おろした長い髪と、その間で揺れる桜貝の髪飾りもまた、効果的に観客をあおった。
 ギターの曲がだんだんと早くなり、見る者にクライマックスを予感させる。ジャン! という音とともにポーズが決まり、レキは割れんばかりの喝采を受けたのだった。
(ああもう、ボク、死んでもいいくらいサイコーな気分!)
 やり切った思いで幕の内側からイチルを引き出し、2人でおじぎをする。拍手はいつまでも消えなかった。



「うーん、盛り上がってきましたねー。皆さん、本当にすばらしい個性の持ち主ばかりです――って、あれっ?」
 話の途中、何の前触れもなく自分の前を横切られて、リーレンは思わず頓狂な声を上げてしまった。
 リーレンの前を通り過ぎた人は、着流し姿に竜の仮面をつけている。
「えーとぉ…」
 手元の紙をペラペラと。
「竜神役候補6番・朝霧 垂(あさぎり・しづり)……さん? ですか?」
 しかし相手は答えない。
 竜の仮面に手を添えて無言で立つ姿は、ちょっと近寄りがたい雰囲気だった。なにしろリーレンはこの垂という人物とは初対面で、どんな相手か全く分からない。顔も見えないとなると、どんな反応をするか読めなくて、ちょっと気後れしてしまう。
(負っけーるもんかーっ!)
「あのーぉ、あなたは朝霧 垂さんですかぁ?」
 マイクを向けて、果敢に近寄る。
 しかしやはり、仮面の者は、応とも否とも答えなかった。
「うーん。じゃあ、あなたはどなたですかぁ?」
「人間としての名前でよいのか?」
 仮面にこもった声ながら、やっと反応が返ってきて、リーレンはホッと胸を撫で下ろした。
 このまま無視され通したら、怖くて泣いちゃったかもしれない。
「人間の名前? 垂さんじゃなくて?」
「我はそのような名ではない」
「――あー……なるほど…」
 ここにきて、リーレンもようやく分かってきた。
 もう垂の自己アピールは始まっていたのだ。
「えーと。じゃああなたのお名前は何ですか? 何とお呼びしたらいいでしょーか?」
「都久夫須麻速水朝霧主(つくぶすまはやみあさぎりぬし)」
「つ、つく……ぶ?」
 聞き取れなかったのでもういっぺん。
「……朝霧と呼ぶがよい」
「ああ、朝霧さんですね! よろしくですっ」
 リーレンのあいさつに、コクッと頷く朝霧。
(……で。えーと。このあとどうしたらいいのかしらん?)
 内心困るリーレンに助け舟を出したのは、シラギだった。
「それで朝霧さんや。水竜とお見受けするが、既に他の神社で奉られておる竜神が、何用にてこの地へ参ったのかの」
 ぼそぼそと朝霧が答えるが、舞台の奥にいて、しかも仮面をつけているためシラギの元まで届かない。
「見定めるためだそうでーす」
 リーレンが仲介した。
「この地の竜神とは向こうの地で縁があるみたいでーす」
「……ここの竜神は、天竜なんじゃがの。ま、竜神同士で縁があるのは確かじゃろ」
「レティシアちゃんや。椅子持ってってあげてー」
「はーい」
「天竜?」
 椅子を持ってきたレティシアに、ぼそっと朝霧が呟いた。
「ええ、そうみたいですねぇ。わちきも神社本殿の破風下見て、ちょっとビックリしました。有翼竜の彫刻が彫られてるんですから」
 海から来て海に帰る竜神だから、てっきり水の竜だと思ったんですがねぇ。
 首をふりふり戻っていくレティシア。
(ふーん。そりゃ面白そうだな。帰る前に一度見ておくか)
 頬杖をつきながら、仮面の下で垂は思った。



 なんだか分からないけど、ちょっと怖い。そんな雰囲気のある朝霧さまにぺこっと会釈して、リーレンは再び司会に戻った。
「えーと。それでは続きまして龍神役候補7番・蒼天の巫女 夜魅さん! 壇上へどうぞ!」
 ついに名を呼ばれて、舞台袖で夜魅は大きく深呼吸をした。
 闇龍の一部である、影龍(蒼天)のココロの夜魅。影龍のときは、世界中のすべてから忌むべき存在として見られていた。
 だけど、今は違う。今はみんなから愛されて、夜魅もまた、愛する想いがどんなものかを知っている。
 顔を上げ、夜魅は堂々と衆目の集まる舞台へと出て行った。
「あたしは蒼天の巫女 夜魅! 人身守護の竜神とはあたしのことよ!」
(見てて、ママ! これが今のあたしなの!)
 身体の中央で、ぱん、と両手を打ち合わせて鳴らす。それが、神道の「拍手(かしわで)」であることを知っているのかどうか。バッと両手を左右に大きく広げた夜魅の背中から、次の瞬間黒い闇が噴出した。
 それは闇の翼。夜魅の魔力。
 爆発的な力で増殖し、膨れ上がった翼は左右対の龍となり、天に昇った。
 互いに威嚇し、絡み合い、先を競っているかのような龍たち。
 まるで命ある生き物のように生き生きと天を駆けた龍たちは、互いに互いを絡ませ合い、溶け込ませ――次の瞬間、シャン! と数十の鈴が一時に鳴らされたような音を立てて、霧散した。
「おお、これは…!」
 ひらひらと舞い降りてくる黒い羽を手に受けて、シラギが感嘆の声を上げる。
 黒い羽は一面に降りそそぎ、そして人肌の熱で溶けるように大気へ消えていった。
 これはたしかに闇の力だけれど、それを人に見せることを恐れたりしない。
 これがあたしだから。そしてあたしは、愛されるに値する存在なんだから!
「……すっげ」
 夜魅が現れてから起きた怒涛の出来事に、すっかり度肝を抜かれていた観客たちが、ようやく我に返り始める。
「かっきー! すげーぞ、ちみっ子!」
「やるなぁ、ちみっ子のくせに!」
 わあっと観客が沸き上がる。みんな、笑顔で夜魅の見せたショーを口々に褒めちぎっていた。
「……ちみっ子言うなぁーっ!」
 そう返す、夜魅も笑っている。
 夜魅を中心に、笑いが広がっているのを見て、コトノハも泣き笑っていた。



「はー、すごかったですねぇ。リーレンもああいうの、ちょこっとでもできたら、年末かくし芸大会とかでも重宝してもらえるんでしょうか? 毎年歌ってるんだけど、不評なんですよねー……っと、それはさておき。
 それでは、龍神役候補8番・戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)さんです! どうぞ!」
 拍手で迎えられたのは、日本古来民族衣装・狩衣をまとった小次郎だった。
 かさねの色目は表淡萌黄と裏濃萌黄。夏の終わりのこの時期にピッタリの、蓬の狩衣である。
 立烏帽子をつけ、すっと鋼でも通ったような背筋で凛として立つ姿は、まさしく「みやび」だった。
「おーーっとぉ! すばらしい! オリエンタル! ジャパン・ビューティーです!!!」
 マホロバ人が身にまとう物とも少し違う、和絹を用いた異国の衣装に、観客がどよめき立つ。
「小次郎さん、これは?」
「日本の民族衣装で狩衣と呼ばれる物です。古くは平安の時代より用いられてきました」
 帰神祭は日本の土着信仰が色濃く伝わっていると聞いて、彼はこの衣装をまとって出ることを決めたのだった。軍人なので、美しい姿勢のとり方、立ち居振る舞いは身についている。
 だがここで、竜神を強くアピールするためとはいえ禁色に手を出すことにはためらわれたのが、ある意味小次郎らしさなのだろう。
 また、よけいなことを口にせず、黙して立つことによって存在感を強くアピールしようとする姿も、小次郎らしかった。
「おまえさん、いつぞやの」
「先日はお世話になりました」
 シラギの言葉に、すっと頭を下げる。
「お知り合いかい? シラギさんや」
「破れた網を直してくれたんじゃよ。ほら、あそこの。
 おまえさんのおかげでタコもサメも入れんなって、みんな安全に浜で泳げるようになったよ。来年も、さ来年も、あの網はもつじゃろう。ありがとうよ」
「ほい、あんたかい。そりゃ大層なことを」
「ワシの孫も先日うれしそうに泳いどった。おまえさんのおかげじゃな」
 審査員のうれしげな笑顔に、無言で頭を下げる小次郎。
 何も言葉はなかったが、何かをやり遂げた満足感がその面には浮かんでいた。
 じーっと精悍な横顔を見上げるリーレン。
「……出会っちゃった…」
「――は?」
「やだ。どーしよう? こんな所で出会っちゃうなんてっ! これこそまさに運命ってやつじゃない? あなたこそリーレンの運命のダーリン認定っ!」
「はああっ? ――ちょっ……まっ…」
 見知らぬ少女にわけの分からないことをまくし立てられた挙げ句がばっと胸に飛びつかれ、小次郎はあせった。もう泰然と構えるなどしていられない。あまりに予想外の出来事にとっさの対応もできず、リーレンごとそのまま舞台袖までゴロンゴロン転がり込んでしまった。
「い、いたたた…」
 段差でしこたま打った後頭部に手をあてて呻く。
「なぜだ? なぜこうなる…?」
「一緒にお祭り回りましょうね、ダーリンっ」
 小次郎の上に乗っかる格好になったリーレンが、ここぞとばかりに胸に頬を摺り寄せる。
 声はしっかり彼女のマイクが拾っていたため、幕の向こうでは大爆笑が起きていた。



「――くそッ、どいつもこいつも神事をなめやがって…!」
 笑いに包まれたコンテスト会場を前に、そう呟いたのは、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)だった。
 祭りとは神事であり、尊いもの。そして奉納の舞は、かくし芸などではないのだ。
 高次元の御霊、神に全身全霊をかけて捧げる神聖な踊りであるのに、それを貶めているとあいつらはなぜ気づかない?
 面白そうだから、とか、神輿に乗りたいから、とか、どうせそんな動機で深い考えもなく、申し込んだのだろう。
「許せない……そんないい加減な志の連中に、この俺が負けてたまるものか…」
「おい、マスターすごい真剣だぜ。僕、こんなマスターは初めて見た」
 めらめらと闘志の炎を燃やすルナティエールの後ろで、カイン・エル・セフィロート(かいんえる・せふぃろーと)が呟いた。
「うん。いよいよ舞台が来たってカンジかな? ルナ、ずっと舞台を探してたもんね。本当の力を出し切れる場所を」
 答える、夕月 綾夜(ゆづき・あや)はそんなルナティエールの姿を見ることができて、幸せそうだった。
「あの審査員のエロジジィたちめ。これでマスターを選ばなかったら、この俺が絶対に容赦しないからな!」
 いっちょ、この碧血のカーマインをお見舞いして……とでも言いたげに腰の銃に手を伸ばしかけるカインをたしなめたのは、セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)だった。
「それはルナの望むところではない。今日この地は聖域。そこで血を流し、穢すことは、ルナの怒りを買うだけだ。
 私たちに出来るのは応援すること、そして見守ることだけだ」
「……うん、兄上……分かってる。俺たちには、見守ることしか出来ないんだ。メチャクチャはがゆいけどな」
 ぽん、と頭にセディの手が乗る。
「ほら、あっちの方にセシルたちがいるから、一緒に応援して来い」
「兄上は?」
「ばっか。ルナと一緒に決まってるだろ」
 分かりきったことを、とばかりに綾夜が肘を入れる。
 セディは2人をその場に残し、ルナへと向かった。
(もうすぐ妻となるルナ……我が姫)
 出会ってからまだほんの数カ月とはいえ、これまで見てきた中で、今回が一番真剣な眼差しをしているのはセディにも分かった。腕を伸ばせば、触れることさえできるようなピリピリとした覚悟が彼女を包んでいる。
「……ルナ。大丈夫だ」
 衣装の上から着ていた上着を脱ごうとしているルナティエールの手をとり、優しく袖から抜き取る。
「これまで様々な場所で、様々な舞を身に着けてきたおまえだ。どの志望者よりも、舞の技量では長けている。そこにその強い志があれば、一体誰に負けることがあるだろう?」
 右手を持ち上げ、その指1つ1つに口づけた。
「セディ」
「舞台袖まで一緒に行こう。決して1人にはさせない。そこから先そばにいることはできないが、心はともにある。私も、カインも、綾夜もだ。さあ、全てを出し切ってこい」
 おまえの力を見せつけてやれ。
「……ああ! もちろん!」
 満面の笑顔でルナティエールはセディを見上げた。

 はたしてルナティエールの舞は、彼女の自負とパートナーたちの言葉通り、すばらしいものだった。
 流れる腕ひとつ、その指先までもが天を、地を、表わし、象る。
 揺れる薄絹。小さく、高く鳴る鈴たち。
 舞におけるジャンプは跳ぶのではない、翔ぶのだと、彼女の踊りを見た者は知っただろう。

「なっ? 言っただろう? オレのマスターは最高なんだ。マスター以上の踊り手なんて、この世には存在しないんだからな」
 舞台上のルナティエールに目を奪われたまま、カインが呟く。
「はいです。エリィも、ルナ姉様が一番だと信じてました」
 感動の涙できらきら輝く目をしたエリティエール・サラ・リリト(えりてぃえーる・さらりりと)に笑顔を向けられ、カインはカッと熱くなった頬を隠して顔を背けた。
「……うん。やっぱりルナはすごいよ。僕も幼い頃から舞を舞ってきたけど、彼女の実力は相当なものだと思う。
 さすが、弱冠16歳でロイヤル・バレエ団のプリンシパル(プリマ)になっただけはあるよね。パラミタに来てからもいろいろ身に着けてたし。踊りに対しての情熱だけは、彼女はだれにも負けない。だからこんなにも、彼女の踊りには見る者を感動させる力を持っているんだ」
 『雪の舞歌姫』の異名を持つ綾夜の手放しの賞賛に、全員が強く頷く。
 だれもが、ルナティエールの勝利を確信していた。それだけに、リーレンの発表は衝撃的だった。

「審議のけっかー、竜神役はティエン・シアさんにお願いすることになりましたー!」

「そんな……っ!」
 ルナティエールの前で、世界が大きくぐらりと揺れた。立っていられず膝をつく。
「ルナ」
「マスター」
「ルナ姉様…!」
「セディ、なぜだ…?」
「ルナ…」
 助け起こそうとするセディに、ルナティエールは今しも溺死しかけた人間のようにすがりついた。
「俺に、何が足りなかったっていうんだ! 俺はちゃんと踊れていた、踊っていただろう!?」
 舞うことは俺の全て、俺が俺として生きていくということなのに…!
「大丈夫だよ、ルナ。僕らがついてるからね。ね?」
「……くっそぉ! あんのジジィども!」
 ぶっ殺してやる!
 カインが、今にも走り出していきそうになったとき。
「ひょ? お嬢ちゃん、泣いとるのかね?」
 シラギの方からひょこひょこと、彼らの方へと歩いてきた。
 全員が、無意識にルナティエールがこれ以上傷つくことから守ろうと、背に庇った。
「これ以上、何の用があるってんだよ、てめェ」
 殺気立ったカインがケンカごしに言う。
「カイン」
 彼を止めたのは、ルナティエールの手だった。
「シラギさん、俺のどこがいけなかったんですか? 何か、欠けていたんですか?」
 そう問うのもつらかったが、知りたかった。知らないままではいられない。
「うーんー……そういうことじゃなかったんじゃがのぉ」
 まさかそう思われていたとは。
 シラギはちょっと困ったように頬を掻いた。
「違う?」
「いや、あのな。お嬢ちゃんは完璧じゃったよ。心・技・体すべてきれいじゃった。見ているだけで心が洗われるような踊りじゃったよ。あのようなものを見られるとは、ワシは幸せもんじゃと思った」
「ならば、なぜ、俺は選ばれなかったんですか…?」
「ひと言で言うなら、みんなの勘違いじゃ」
「……は?」
 その場にいた全員が、異口同音に発した。
「竜神は、たしかに人身を守護する神じゃ。しかしあの話の中で、何かしたかね? 火を焚いたのは妻じゃ。その火を目指して泳ぎきったのは漁師じゃ。竜神は、彼らを見守っていたにすぎん。
 本来、神とはそういうもんなんじゃよ」
 その意味では、あの朝霧という者が一番神の本質を掴んどったようじゃが。
「はぁ…」
 それが舞とどうつながるのか? とりあえず、あいづちを打つルナティエールに、シラギは続けた。
「じゃからの、竜神は舞わんのじゃよ。そもそもな」
「ええっ????」
「ふりつけはあるが、2つ3つの動きで、せいぜいがすり足で動く程度じゃ。あとは神輿に乗るだけ。
 そもそも、この祭りは竜神を見送る祭りで、竜神が踊るのもおかしな話じゃし。
 でも、お嬢ちゃんはそんなことがしたかったわけではないじゃろ? お嬢ちゃんは踊るために生まれてきたようなお人じゃ。あれだけの踊りの名手を、そんな役につけるにはあまりに惜しい」
 ぽんぽん、とルナティエールの手を叩いて、シラギは本題に移った。



「ふう。これで完成ですわぁ〜」
 額の汗をぬぐいながら、アスカは氷の像から離れた。
「お疲れさま。頑張ったな、アスカ」
 出迎えるルーツを振り返って、アスカは浜辺に人がほとんどいないことに気づく。
「あらぁ〜? コンテストはどうしたんですのぉ?」
「とっくに終わったよ」
 それにも気づいていなかったのか? と、鴉は少々あきれ顔だ。
「ええ?」
 驚くアスカの前を通り過ぎて、氷像に手をやった。
「たしかにすごい作品だが、もう少し手を抜いてもよかったんじゃねぇか? そうしたらコンテストに間に合って仕上がっただろうに」
「手を抜くなんて、できませんわぁ」
 アスカは、ちょっと泣きそうになっていた。振り返った鴉は彼女の目がうるんでいることに気づいて、ギョッとする。
「おっ、おい、おまえ、泣いてるのかよっ?」
「泣いてません〜」
 隠すように、ルーツにしがみついた。
「よく頑張ったよ、アスカは。……って、痛っ! 痛い! なんで悔しいからとボディーブローを我にするのだ? やめてくれ、地味に痛いぞ、これは」
 ルーツに引き剥がされたアスカは、今度は鴉にしがみつく。
「わーっ! なんで俺にまで抱きつくんだよ、そこの吸血鬼だけでじゅーぶんだろっ」
「……だってっ」
 それきり、体を震わせるアスカに、鴉はやれやれと息をつき、されるがままになっていた。
「もういいか? アスカ」
 やがて、ぽつりと鴉が言う。
「あれ見ろよ」
「……なんですの?」
 顔を上げ、促されるまま、氷像を見る。そこには、かがり火に照らされて輝く龍の像と一緒に写真を撮りたがる人だかりができていた。
「コンテストとか、そういうの、俺には価値はサッパリだけど、でもこれだけは分かる。あの龍の像はすごい。あの人間たちにもそれは分かってるんだ。
 おまえ、やっぱすげぇよ」
 普段は絶対にひとを褒めたりしない鴉から手放しの賞賛を受けて、アスカはちょっと赤くなる。
「本当に、これはすばらしい作品です。あなたがこれまで作り出してきた芸術の中でも1、2を争うほどに。とどめておけないのが惜しいですね」
「……ありがと、ルーツ」
「ばーか。こういうのはとどめておけないからこそいいんじゃねーか。何も分かってねーな、この吸血鬼野郎は」
 ぶつくさ文句を言う鴉とルーツの腕をとって、アスカは歩き出す。
「こうなったらやけ食いですわぁ。食べまくりますわよ、2人とも〜」
 そう宣言する声は、はればれと明るかった。