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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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15:00 その頃、男湯では……

 こちらは男湯。
 その上空を漂う影があった。
「どうやら、女湯側から覗きに入る者がいるとは思わなかったようですね……」
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は拍子抜けしたように呟く。
 警戒されて当然、と思っていたのだが、男湯はあまりにも無警戒すぎた。
「いっそ堂々と現れて見せようかしら? でもそれは、のぞき部の流儀に反するのです」
 のぞきにはのぞきの美学がある、とはいえ複雑な心境だった。
「こうなったらせめて……のぞき甲斐のある対象を見つけないといけませんわ」
 果たしてどれだけの価値がこの男湯にあるのか……
 とりあえず、今入ってきた三人組に目をつけることにした。
「なにをモタモタしている樹、温泉だぞ」
 先頭にいるのはフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)だ。
「急ごしらえと聞いていたが、なかなか悪くない、お前達もそう思うだろう?」
 どうやらこの温泉を気に入ったようだ、早く来いと二人を急かす。
「あまり慌てるなよフォルクス、温泉に入る前にやることがあるんだ」
 いきなり湯船に入るのはマナー違反だ、温泉の作法を説こうとする和原 樹(なぎはら・いつき)だったが……
「ふん、それくらいは我も知っているぞ、互いの背中を流し合うのだろう?」
 得意げに胸を張るフォルクス、だが……
「なんか微妙に違うぞ……まぁ、だいたい合っているからいいけど……」
 憮然とするフォルクス。
「違うのに合っている? 時折おかしなことを言うな、樹は……まぁいい座れ、流してやろう」
「いや、俺はセーフェルに流してもらうから、お前を流してやるよ」
 背後に回り込もうとするフォルクスの動きを読んだ樹が、そのさらに後ろに回りこむ。
「相変わらず照れ屋だな、せっかく俺が洗ってやろうというのに……では頼む」
「いや、その向きじゃ背中流せないだろ……」
 樹の正面を向いて座るフォルクスだった。
「ふふっ、フォルクス、あまりマスターを困らせないであげてください」
 樹の背中を流しながらセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)がフォルクスを嗜める。
「何を言っている、俺がいつ樹を困らせた? そんなことは未来永劫ありえんと言うのに」
 不思議そうに首をかしげるフォルクス、自覚はないようだ。
「なら、さっさと向こうを向いてくれないか……」
 いつまで経っても流せないので、樹が無理やり向きを変える。
「だからそんなに照れる必要は……おい、セーフェル?」
 樹の背中を流し終えたセーフェルはこれで自分の役目は終わった、とばかりにその場から立ち去ろうとしていた。
「あ、私は先に上がりま……」
 セーフェルはそれ以上言えなかった。
 樹とフォルクスが二人がかりで取り押さえたからだ。
「セーフェル、上がっていいと言った覚えはないぞ?」
「せっかくの温泉だ、しっかり温まった方がいいぞ?」
 二人が左右からささやく。
「ふ、二人とも何故そんな笑顔なんですか? は、離してくださいっ!」
 二人の意図――水恐怖症の克服――を察して抵抗するセーフェルだが、どう足掻いても振りほどけなかった。
「温泉なんて言っても温かいだけの池じゃないですか! 無理です、無理ですから!」
 チャプ……セーフェルの足が湯に触れた。
「ひぃぃぃぃ!」
 なんともなさけない悲鳴が浴場に響き渡るのであった。

「おーい、酒はまだかー」
 空になった徳利を片手に久途 侘助(くず・わびすけ)が次の酒を催促する。
 こちらでは宴会が行われているようだ。
「久途君、お酒は切らさないようにペース配分して飲まないと……」
 と言うエメ・シェンノートの元には徳利が二つ、飲む気まんまんである。
「エメ、それ、分けてくれないか?」
 次の酒を待ちきれない侘助がエメの徳利に手を伸ばす。
「そいつはダメだ、エメの飲む酒がなくなる」
 侘助の手を払う瀬島 壮太(せじま・そうた)
「なんだよ、別にいいじゃないか……」
 次の酒にありつけず、侘助は不満そうだ。
「良かったら俺の分を……」
 見かねた四条 輪廻(しじょう・りんね)が自分の酒を差し出そうとするが、こちらも壮太が止める。
「久途は飛ばし過ぎだ、少しは自重した方がいい」
 温泉で体が温まる分、酒の周りが早い……少し抑えるくらいが丁度いいのだ。
 そんな壮太の気遣いを知ってか、侘助は素直に待つことにした。
「わかったよ、でも酒が来たら遠慮しないからな」
「だめだこいつ、早く何とかした方がいい」
 末期病患者を見るような目で侘助を見つめる壮太、もうお手上げだぜ、と身振り付きで大げさに呆れてみせる。
 自然と周囲に笑いが溢れる。
「自分は酒に弱いので侘助さんが羨ましいですよ」
 と語る神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)の杯の中身は、まだ波々と注がれている。
「まぁ、飲めない人間は飲めないなりに楽しめば良いだろ」
 などと言いつつも自身はザルのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)、用意したつまみを紫翠に勧めている。
「でも、こうして集まれてよかった……」
 輪廻がしみじみと呟く。
 なんだかんだ言っても各自、忙しい日々を送っている。
 今後も全員揃う事が出来るかどうかは難しい所だ。
「あー、すいません、兄じゃなくて……」
 自分がここにいるのは双子の兄の代わりにすぎないと気にしてか、紫翠が謝る。
「気にすんな、お前も今からダチなんだからな」
 壮太がポンと紫翠の頭を叩く。
「そのうち、兄弟揃って付き合ってもらうさ」
 侘助の言葉に頷く一同……
「はいはい、お客さん、失礼するで」
 そこへ穂波 妙子が割り込んでくる、どうやら酒の到着らしい。
「お、待ってました!」
 待ちわびた酒の到着に侘助が喝采を送る。
「ほら、切はん、お客さんがお待ちやで」
 妙子が手招く方向から七刀切がのろのろとやってくる。
 切は大量の酒を抱えていた、これでは遅くなるのも無理はない。
「か、堪忍やで……ハァハァ……」
 息も切れ切れになりながら、なんとか酒を配って廻る。
「ご苦労さん、あんたも飲むかい?」
 労をねぎらうつもりなのか、侘助が切に酒を勧める。
「え? お客さん、それはさすがに……」
 従業員としてここは遠慮しようとする切だったが……
「ええやん、せっかくのご好意や、無下にしたらあかん」
 そう言って妙子が酒を注いでよこす。
「うーん、ホンマにええんかいな?」
 しかし妙子の言うことにも一理ある、結局酒の誘惑には抗えなった、ごくり。
「お、美人の嬢ちゃんの酌か、四条、お前も注いでもらったらどうだ?」
 女性に免疫のない輪廻を茶化す壮太、案の定、輪廻は真っ赤になった。
「ふふっ、なんやかわええな、お客さん、私のお酒、飲んでくれます?」
 そのたわわな胸をわざと強調しながら酒を注いで寄越す。
「ははははい、いただきます!」
 すっかり緊張してしまっている輪廻、震えながら杯を受け取ると一気に飲み干す。
「どや? お客さん、美味しい?」
 妙子が輪廻の顔を覗きこむように問いかける。
「は、はい! とてもおいしかったです!」
「ならもう一杯、ええかな?」
「なな、なん何杯でもどうぞ!」
 輪廻には、もはや味などまったくわからなかった。

「こんな薄っぺらい衝立の向こうに女湯が、乙女の園があるというのに……」
 男女の湯を分かつ衝立を見上げる占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)は不満でいっぱいだった。
「なんで誰一人覗こうとしないんだ?! おかしいだろ! 漢として!」
 周囲でくつろぐ男達へ向かって問いかける。
「いや、覗く方が間違ってると思うぞ、人として……」
 ぼそっと小さく呟いた桜葉 忍(さくらば・しのぶ)だったが、しっかり聞こえていたらしい。
「お前はアレか? 草食系男子か? 流行ってるからっていい気になりやがって! どうせ彼女と二人でここに来たクチだろ?」
 まくし立てる占卜大全、すごい剣幕だ、そして彼女と〜のくだりでつい反応する忍。
「いや、あいつとはそんなんじゃなく……その……」
 しどろもどろになる。
 しかし、占卜大全にとってはそれだけで充分だったようだ。
「くぅ〜、このリア充が! もういい! お前なんざ最初から戦力外だ! ではお前は? お前はどうだ?」
「いや、俺もミーナが入ってる所を覗くなんてまっぴらごめんだ」
 と答えたのは長原淳二、言外に『ミーナを覗いたら殺す』的な含みがあった。
「お、お前もか……くそぅ、この世界にはもう、勇者は一人もいないのか!」
 占卜大全、魂の叫びだった。
 だが、そんな叫びに応える者がいた……それは……
「話は聞かせてもらっられっ! ゆーしゃよー!」
 なんかろれつが回ってない……すっかり酔っ払った輪廻だった。
「わいもやったるでー、同士よー」
 そこに切も加わる、やはりどう見てもシラフには見えない。
 侘助が飲ませて廻ったらしく、周囲には酔っ払い達が大量発生していた。
「お、お前ら……よく立ち上がってくれた! 心の友よ!」
 酔っ払い軍団を抱え、感涙に咽ぶ占卜大全。

「……」
 エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は予想通り、という顔でそんな様子を見つめていた。
「……やらせない……」
 その目に剣呑な光が宿った。
「なぁあんた、力を貸してくれないか?」
 先程のやり取りから自分と同じ匂いを感じとったのか、忍が淳二に話しかける。
「俺もお前も、あいつらを放っとくわけにはいかない理由がある、そうだろ?」
 そう言って忍が差し出した手に淳二の手が重なる。
「あんな奴ら、俺一人でも充分なんだけどな」
「なら、俺はこのまま温泉に……ってわけにはいかないんでね、よろしく頼む」
 互いの拳をがっちりと打ち合わす、戦闘開始だ。

「よし、お前ら、俺に続けー!」
 衝立目掛けて進む占卜大全に。
「させるかよ!」
 忍と淳二が一撃を放つ。
「……!」
 そこへエメリヤンの攻撃が重なる。
「ここを越えれば、私の勝利です!」
 女湯側からエッツェルが駆け込んでくる。
「逃がしはしません!」
 ガートルードの攻撃魔法が発動する。
 くしくもそれらはほぼ同じタイミングだった。
「あぁ、衝立が……まさか、しーちゃん?」
 東方院 香奈の予感は当たっていた。
 攻撃のエネルギーが集中した衝立は跡形もなく消滅。
「あ〜れ〜」
 そのすぐ近くにいたエッツェルと占卜大全はお星様となって飛んで行った。
 忍と淳二、エメリヤン、そして酔っ払い達はというと……
 ……ぷかぷか……
 衝立のなくなった温泉の中心で、男達が浮いていた……
「え、エメリヤン! ……どうしてこんなことにー……」
 エメリヤンに駆け寄る高峰 結和(たかみね・ゆうわ)、この騒ぎの原因が彼女の裸を覗く為だったなど、知る由もない。
「……結……和…………」
 そこでエメリヤンは意識を失った、心なしか満足げな表情を浮かべているように見えた。