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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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第一章 入国せし

 界下に見える景色が、木々の海から正真正銘の海へと変わっていった。ジャタの森の上空を航行していた古代戦艦ルミナスヴァルキリーは、西カナンの「最西の岬」に向かうべく進路を海にとったのだ。
 大空を航行しているのだから、何も陸続きにある国境を越える必要はない。ネルガルに領地を制圧されてしまったとはいえ、船内にはドン・マルドゥークが乗船しているのだ、海上からの入国とはいえ何ら問題にはなる事はない。目指す岬への最短ルートを選択しての進路変更である。
「この部屋も異常なし、と。おっと―――」
 ドアノブを握ったまま、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は引いていた扉の接近を止めて、頭上に目を向けた。
「扉上部にも異常なし。OKです、お待たせしました」
「細かいな」
 一足先に部屋を出たクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が感心して言った。
「すみません、時間ばかり取らせてしまって」
「いや、やるなら徹底的にやるべきだ、続けよう」
 徹底的に、という部分を強調してクレアは言った。
 彼女たちは以前、ポーラスターという飛空艇に乗りて出兵した際に機関部を破壊されて墜落させられたという経験がある。今回も、というほど短絡的ではないが、可能性がないとも言いきれないように思えていた。
 乗船時の手荷物検査こそ実施する事はできなかったが、乗船者の様子は確認していた。戦艦を墜とせるような量の爆薬を持ち込むような者は居なかったが、小型の爆弾程度なら隠されれば分からない。混乱を起こす程度の役目ならば容易に果たすことだろう。
 戦艦の内装は半年前とは幾つもに変わっていたが、大きな変化の一つが客室の増加だ。来客用だろうか、生徒たちが使うものとは別に、20程の部屋がビジネスホテル仕様になっている。
 無人ゆえに仕込みやすい。離陸してから現在まで、敢えて時間を置いてから見回りにきたのだが、今のところそれらしき形跡は見つかっていない。無論、発見されないことが最適であるのだが。
 古代戦艦ルミナルヴァルキリーの変化は内装だけではない。兵力、特に火力が大幅に向上していた。
「へぇ。この戦艦、ずいぶんいいものがついてるじゃないかにょろ…」
 ゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)が『対空機銃』のグリップに手を添えて握りしめた。戦艦の右腹部の砲室には大量の機銃が並んでいる。足元に幾つかの車輪が見えたのでゾリアは試しに砲身を押してみた。
「うっ……くっ、くぅっ」
 ちっとも動かなかった。車輪が悲鳴をあげるばかり、ゾリアの細い腕がピクピクするばかりだった。ゾリアは「フンッ」とだけ吐き捨てて、あっさりと諦めた。
「確かにモノは悪くない。が、」
 悪気は一切にないのだが、ロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)は軽々とその砲身を振り回すと、室内を一通り見渡した。
「いささか不自然だな」
「………………何が?」
「……なぜそこで不機嫌なんだ?」
「別に……」
 砲室には機銃の他にも連装機晶キャノン砲が並び装されている、にも関わらず銃弾も砲弾も弾薬庫らしきものすら見つからなかったのだ。
「知らないにょろ。もっとよく探してみれば良いにょろよ」
「お嬢……? どちらへ?」
 反対側だよとだけ応えてゾリアは部屋を出ていった。船内左腹部の砲室を確認することは打ち合わせ済みの事項であったし、彼女が確認に向かうという事も事前に話してある。
「わたくしも行きますわ」
 慌ててザミエリア・グリンウォーター(ざみえりあ・ぐりんうぉーたー)が後を追った。
 ゾリアにしてみれば苛立ちに任せて予定を早めただけの事だったのだが。
 この事が後に起こる混乱を加速させることになるのである。
 船内を横切る廊下をゆく中で、2人は恐らくは「男女のペア」とすれ違った。恐らくと言ったのは、一人が顔に包帯をぐるぐる巻っきにしているからであるが、それでも2m近い長身と筋肉質な体格が男性なのだろうと2人に思わせた。女性は小柄な身体で大型の木箱を押している。車輪がついているとはいえ、かなり重そうだ。
 会釈すらもしないままにすれ違う様は違和感を覚えたが、ゾリアは首を傾げただけで彼らから視線を外したのだった。



 船首に近い場所に位置するフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)の部屋にはドン・マルドゥークを含め、数名の生徒たちがテーブルを囲んでいた。
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)の「西カナンの地図ってないのかな?」の問いに、マルドゥークが地図を広げた所であった。
「ここが西カナン、我が領地『ウヌグ』だ」
 太い指が地図の中央左部を指し示した。
「目指す岬は、ここだ」
 『ウヌグ』の西南部。ほぼ直線の海岸線にあって、一カ所だけ飛び出した部分がある。そこが『最西の岬』であり、奪われた居城はその東部に位置しているという。
「岬から上陸するのは、そのまま居城へ向かうため、かな?」
「そうだ、我が居城を奪われたままではネルガル軍と対するはあまりにも困難だ。一刻も早く取り戻したい」
「訊いても良いかな?」
 諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)が地図に指を置いて言った。
「居城のすぐ南に国境があるようだが、南の領主に協力を求める事は叶わぬのか?」
「難しいだろうな、彼も人質を取られている。ネルガルに反旗を翻すにはリスクが高すぎる」
「それは主とて同じはず」
「オレは……」
 彼は一度だけ目を伏せてから、「妻も娘も助ける! これ以上、奴の好きにはさせぬ!」
 と、力強く顔を上げた。
「その人質、なのですが」
 聞き辛い事ではあるのですがと前置きをして、葛葉 翔(くずのは・しょう)は訊いた。
「捕らわれている場所は特定できているんですか? 他の領主たちの協力を得るためにも人質の救出の救出こそ急ぐ必要があると思うのですが」
「人質は全て『神聖都キシュ』の神殿に捕らえられている。キシュの場所は、ここだ」
 北カナンの東部、かつては豊穣と戦の女神イナンナが国を統治していた城である。
「居城からはだいぶ離れていますね。居城を攻めるのと同時に、とはいけませんか」
「あぁ、今の兵力を分散して戦えるほど甘くはないだろう」
 だからこそ居城を取り戻すことを優先させようというのだろうが、それはつまり彼の妻と娘の救出を後回しにする事を意味している。彼が拳を震えを悟られまいとしていた事も、また単身でシャンバラの各地を巡った事からも彼の覚悟は伝わっている、だからこそ暫くと誰も口を開けないでいた。
「あぁ、そうですわ」
 華やぐ声で言いながら藍玉 美海(あいだま・みうみ)は手を合わせた。「このルミナスヴァルキリーに乗り合わせる者はみなユニフォームを着なければならないんでしたわ。そうでしたわよね、フリューネさん」
「えっ、えぇでもあれは……」
「ちょっ、ちょっと美海ねーさま、今はそんな事を言ってる時じゃ―――」
「いいえ、こんな時だからこそ、身なりを整える必要があるのです。いえ、お腹周りを大胆にはだけさせる必要がありますわ」
「そ、そうね、何か足りないと思っていたけど…… そうね! 私の船に乗るんだから皆もっと肌を見せないとねっ!」
「フリューネも! のらなくて良いよっ! あ、いや、船に乗ると悪ノリに乗るが掛かっているとかそういうことじゃなくて―――」
「ユニフォームはこっちよ」
「手伝いますわ」
「えっ、ちょっ本当にっ?」
「見えましたよ」
「ユニフォームがっ? だいぶ近場にあったねっ」
「はうぅ、ユニフォームではなくて」
 ツッコまれる事に慣れていない土方 伊織(ひじかた・いおり)は完全に萎縮したままプルプルと窓の外を指さした。
「カナンが、見えてきたですぅ」
 海面ばかりが見えていた先方に陸地が見え始めていた。波打つ青い絨毯の先には黄茶色の砂地が広がっていて、船が近づくにつれてその色を濃くしていった。
「本当に、砂だらけですね」
 サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)は背筋をピンと伸ばしたままに、その瞳をマルドゥークの横顔へと向けた。
「この砂を、ネルガルが降らせたのですか」
 信じられないという意を強めて彼女は言った。上空から見下ろす大地のどこを見ても砂、砂、砂ばかりである。この砂の全てを個人が降らせるなんて。
「紛れもなく奴が降らせたものだ。田畑も道も、みな砂に潰されてしまった」
「何もかも砂に埋めてしまうなんて……やはり統治者ではなく、あくまで支配者なのですね」
「何とも胸糞の悪い事じゃて」
 サーの肩に手を添えてサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が頬を歪めた。
「この砂漠のような場所が元は緑豊かな地だったとはのう……見る影もない」
「建物も屋根は一つも見えませんね」
「まぁ、これだけの砂が降ってきたなら、そうじゃろうのう。………………ん? あれは?」
 遠くの空に小さな粒が舞っているのが見えた。初めは風で砂が舞い上がっている様にも見えた、しかしそれらは徐々にではあるがこちらに向かい来ているようで、その粒は次第にすぐに大きくなっていった。
 遂に捉えたその姿は、巨大な翼を羽ばたかせるドラゴンの一種、
「ワイバーンじゃっ!!」
 サティナの声に皆が窓枠へと飛びついた。羽ばたく度に上下する肢体が雫した水のように空に広がってゆく。20、いや、30を超える数の飛竜が飛び来ていた。