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悪魔の喉越し・天使の笑顔 〜こちら闇鍋救護班 その2〜


 闇鍋が始まった当初はガラガラだった仮設救護所は気付けば足の踏み場もなくなっていた。
 
 暖をとるために置かれた石油ストーブの上で小鍋がことことと音を立てている。。
 中で煮えているのはあっさりめの雑炊だ。、
 口直しと胃の中身を全部吐き出してしまい、薬の飲めない患者用にと加夜が手ずから用意したものだ。
「さぁ、しっかりお水を飲んで。食べれるようなら、ゆっくり、そう落ち着いて」
 何かを食べられるようになった青年にスプーンを手渡すと加夜は、隣に寝ている患者に具合を尋ねた。
 そこには光に膝枕されたラデルの姿がある。
「具合はいかがですか?」
「問題ないぜ。パートナーの面倒は俺様に任せてくれよ」
「そうですか? 何かあれば遠慮なく声をかけてくださいね」
 うーんうーんと唸るラデルを笑顔で見つめながら光が答える。
 その表情に疑問を抱かないわけではなかったがそれ以上の追求もできず加夜はその場を後にした。

 入り口付近で雑魚寝している患者たちを代わる代わる見舞うのはミルディアと真奈だ。
 寝ている多く人たちは食当たりというよりは食べ過ぎだったり、嫌いなものを吐き出せずに飲み込んでしまった参加者たちで、
スキルや専門的な処置が必要な者は皆無だった。
 そのため、介護の基本は愛情のミルディアは献身的に世話を焼いている。
「もう、あんまり無茶やっちゃダメだよ?」
 真奈はと言えば、真摯な表情で患者一人一人に食べ合わせの危険性を説いて回っていた。
「食材には食べ合わせというものがあります。気をつけてくださいね」
 この処置が思わぬ評判を呼んだ。
 何しろ可愛らしいミルディアと大人びた雰囲気の真奈に代わる代わる声をかけけてくれるのだ。
 患者の鼻の下も伸びて伸びて伸びまくるというものだ。
実は後半からは可愛いメイドさんと大人びた守護天使の二人組の献身的看護目当て――俗に言う仮病が半数以上を占めていることは秘密である。
 
 仮設救護所の奥座敷。
 運び込まれた患者の前でラルクはひらひらと手を振った。
「大丈夫か。しっかりしろー」
 どこか焦点の合わない目が、それでも自分の指を追うの見て、意識があることを確認する。
「…だ、大丈夫じゃ、ねぇ…」
 簡易ベットの上で呻き声をあげて苦悶の表情を浮かべるのは正木 直人(まさき・ただひと)だ。
 その脇ではパートナーのローゼリット・リッツア(ろーぜりっと・りっつあ)が鎮痛な面持ちを浮かべている。
「直人! 先生に向ってなんということを!」
「あー。先生はやめてくれや。まだ見習いだ。ラルクでいいぜ」
 触診をしながら、ラルクはローゼリットに笑いかける。が、すぐに真剣な表情でつばめにカルテの用意を頼んだ。
「ラルク殿、それで直人は」
「おそらくはなんかにあったんだと思うぜ。つばめ、何食べたか――確認してくれ」
「わかりました。えぇと――」
つばめは頷くとローゼットに尋ねた。
「ローゼリットです」
「では、ローゼリット。苦しみだす前に食べた物をわかる範囲で」
「確か何か魚介類を食べてから、様子がおかしくなったと記憶しています」
 その言葉にラルクとつばめは顔を見合わせた。
「「――蛎!!」」
 蛎は地球では海のミルクと呼ばれる冬が旬の魚介類だ。
 通常、は鍋や揚げ物として食べるが、鮮度の良いものは生のまま食すことも好まれる。
 だが、この蛎。あたると大変に恐ろしいのだ。
「参ったね。こりゃ、直ぐには回復は難しいぜ。一度腹ン中のもん外に出さねぇと」
「そんな! 直人。あなたという人はなんと不甲斐ない! たたが闇鍋ごときでっ」
「……まて、こら……」
「そっちかい」
 憤る方向がかなり間違っているローゼロットに荒い息の下で直人が突っ込み、ラルクが苦笑する。
「ミルディアの手前、救急車は呼びたくはねぇが――」
 顎をさすりながらどうしたものかと思案しているとことに、外の待ち患者を捌き終えたミスティが戻ってきた。
「お帰りさない。表はどうですか?」
 つばめの問いかけにミスティはメモを取り出す。
「食べ過ぎが3割、残りは――仮病じゃないかしら」
「うちの救護班は美人と可愛い子揃いだからなぁ。しかたねぇか」
 隣の座敷で救護に当たっている三人の顔を思い出してラルクは豪快に笑う。
「ところで、彼は?」
 しばらく放置されていた直人を指差した。
 つばめが慌てて、カルテを手渡す。
 ミスティはそれを読み終えると直人の体に手の平をかざした。
「頼めるか?」
「ええ。上手く毒素が抜ければ――」
 淡い光がミスティの手から放たれる――【清浄化】だ。光が収まると同時、直人の顔から苦悶の表情が消え、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 意識を失うまいと気を張っていたのだろう。
「これで救急車は呼ばなくてもいいわよ」
「と、言うわけだ――良かったな。ローゼリット」
「ありがとうございます」
 ――ぎゅるるるるるる
 お礼の言葉にローゼリットの腹の虫が重なり、奥座敷は笑いに包まれた。
「そういや、加夜が雑炊作ってたな。あまってたらみんなで食おうぜ」

 その頃、表の座敷では。
「ミルディアさんも真奈さんもお疲れ様でした」
「あ。ありがと、加夜さん」
「平気ですか? ミルディ。わたくしはあなたが倒れないかどうかの方は心配ですわ」
「んー。平気。真奈もお疲れ様。でも、男の子ってほんと、ああいうの好きなんだね」
 闇鍋も終わり、座敷の患者を帰して、ミルディアと真奈は加夜のいれてくれたお茶を飲みながら一息ついているところだ。
 と、表が急に騒がしくなった。
「あら? まだ具合の悪い人が……」
 加夜が立ち上がると入り口からミントが飛び込んできた。
 その後ろにはレティシア。そして、莫邪と朱曉を連れた子幸の姿もある。
「加夜お姉ちゃん!」
「ミント。一人で来たの?」
 胸に飛び込んでくる小さな体を受け止めれば、ううんと首を振られ、ミントの代わりにレティシアが応じる。
「会場で一緒になったんだよぉ。あちきもここに――あ。ミスティ」
 奥から出てきて加夜の隣に立つパートナーの名を呼んで笑顔を見せた。
「ありがとうございます。レティシアさん」
「いやいや」
「ご機嫌ね。レティ」
「うん。運試しはばっちりだよ!!」
「僕もね。いっぱーい食べたよ」
 闇鍋の様子を語り出すパートナーの姿に加夜とミスティは安堵の息を吐いた。
 その隣では顔を出したラルクとローゼットリットに子幸が労いの言葉をかけていた。
「ここで、救護活動をしておられると聞いたであります! ご飯と鍋の残りはいかがでありましょうか」 
「あ。私は、具合を悪くした者の付き添いで……」
 勘違いを正そうとした、ローゼリットだが再び空腹を主張するお腹の虫に頬を染めて俯いてしまう。
「なんでもいい。闇鍋なんざにうつつを抜かすバカは放っておいて、飯喰え」
 莫邪が白米を差し出す。
「そうだな。あの兄ちゃんが回復するにはも少しかかる。食べてきなよ」
「――はい。では、いただだきます」
 うんうんと頷くラルクの前で一升瓶が振られた。
「酒もあるけぇ。付き合わんか?」
「――そりゃ、いいな」
 ラルクがほくほくと応じれば、そのまま宴会がはじまる。 
 思った以上の患者を迎えた闇鍋救護班の一日はこうして暮れていくのだった。