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二日目 part7 襲い来る嵐


 嵐が孤島に接近してきていた。
 まだ本格的な降りにはなっていないが、不穏な風が吹き巡り、雨が斜めに殴りつける。木々はざわざわと揺れ動く。生徒たちはそれぞれの掘っ立て小屋に引っ込み、嵐の過ぎ去るのを待っている。
 多比良 幽那(たひら・ゆうな)は小屋内部の端、床板の張られていないところに、森で採取したカブと玉ねぎの一部を植えて育てていた。カブを愛おしげに撫で、雨水が流れてくるのを見る。
「今日も可愛い私の植物達♪ 水をたーんと召し上がれ」
「滞在期間は三日ですよ? そんなに早く成長しないと思いますが」
 泪が床に正座して眺めた。
「そこはほら、根性でなんとかなるわよ」
「野菜の根性ですか? それとも幽那さんの根性ですか?」
「私の根性と愛と、私に応える野菜の努力ね。心を込めて接すれば、植物は報いてくれるのよ」
 幽那は実習が本物のサバイバルになってしまう可能性を危惧していた。迎えのフェリーが遅れることだってあり得る。この野菜は保険だ。
「それより先生、なんだか調子が悪そうね? どうしたの?」
「え、そ、そうですかぁ? そんなことありませんよぉ」
 泪は否定するが、顔は赤らみ、言葉にも覇気がなかった。
 同じ小屋の中で、スコルティス・マルダー(すこるてぃす・まるだー)が愚痴っている。
「じめじめして嫌な天気ねえ。だいたい、なんでか弱きオカマのワタシがこんな孤島で世捨て人やらきゃいけないの? このままじゃワタシ、勢い余って悟りを開いちゃいそうよ」
「悟りなんてスコルティスからは一番遠い感じがするけど。どんな悟りよ?」
 契約者の鮭延 美苗(さけのべ・みなえ)が尋ねた。
「『やわらかいベッドと豪勢な食事に勝るものなし』」
「まったく悟れてないわ!」
「ハンサムでスタイル抜群の男の人も追加ね」
「色欲も捨てれてないわよ!」
「……ちょっと失礼。お花を摘んでくるわ」
 スコルティスは美苗に断って小屋を出た。雨の中を走り、近くに設営された共同トイレの屋根の下に入る。
「あ、あら、先客がいたのね……」
 しかも、話の通じる相手には見えない。真っ黒な毛皮のヒョウだった。嵐を避けて避難してきたのだろう。
「落ち着いて! ワタシは決してあなたの敵じゃないの! 種族の壁を越えた連れションだってあると思わ……ないわよねええええ!」
 ヒョウがうなり声を上げて飛びかかり、スコルティスは無我夢中で逃げ出す。パートナーのいる小屋に駆け込む。
「ちょっ、あんたなに連れてきてんのよーっ!?」
 美苗は目を疑った。
 小屋の中は大騒ぎになる。生徒たちの奮闘もあってなんとか一時間後にはヒョウを追い払えたが、戦闘の巻き添えで壁や屋根の木材は穴だらけだった。

 正午を過ぎ、嵐が激しくなった。
 弾丸のような雨が叩きつけ、暴風が荒れ狂う。稲妻が閃いて即座に雷鳴が轟く。どこかの小屋から叫び声が上がる。
 樹木は枝葉をもぎ取られ、幹が横倒しにされるものまである。地面には大河が形成され、泥だけでなく岩すら押し流していた。
 なにかが風で飛んできて、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がいる小屋の外壁に激突した。外壁の一面が歪み、隙間から雨が降り込む。
 詩穂はいてもたってもいられず小屋を飛び出す。
「詩穂、みんなのおうちを守ってくる!」
「わたくしも参ります!」
 契約者のセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も彼女に続いた。
 外は想像以上の惨状だった。小屋の外壁が崩れたり屋根が吹き飛ばされたりなどは序の口。雷が落ちて寝床の草が燃え上がったり、飛来物で頭を打って出血している者もいる。
 セルフィーナは対電フィールドを張り、雷への防御を固めた。雨に濡れてしまった人たちのため、アイスプロテクトで低温への耐性を高める。
 大きな木の枝がセルフィーナに向かって飛んでくる。致命傷を免れないであろう、恐ろしい速度。
「くっ……!」
 セルフィーナは避けようとするが間に合わない。
「えぇーいっ!」
 詩穂がとっさにサイコキネシスで受け止めた。二度と脅威にならないよう、なるべく遠くへ放り捨てる。
「あ、ありがとうございます!」
「んーん。でも危ないから、セルフィーナはおうちの中で術をかけてくれててもいいよ?」
「詩穂様だけ危険に晒すわけにはいきません。どこまでもお供しますわっ!」
 セルフィーナは雄々しく言い切った。