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竜喰らう者の棲家

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竜喰らう者の棲家

リアクション


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 痛い。……痛い、よ。

「……っ」
 どこか、遠くのほうで建物が崩れ落ちるような、爆発音にも似た揺れが地響きを鳴らしたのを、背中の壁越しに感じる。
 けっして、近くはない。遠くに感じたというその認識はきっと、間違いじゃあないと思う。
 なのに、痛い。そのほんの些細な振動が、破った着衣の裾で縛った右足の傷口に響く。
「く、う、っ」
 ともすれば、叫んでのたうちまわりそうなほどの激痛。ダメだ、声を出してはいけない。大声で奴ら──この遺跡に巣食うドラゴンイーターたちに、気付かれてしまっては、ならない。
 頭で、そのことを理解している。だから理性で、苦痛を押し流そうとする本能を水橋 エリス(みずばし・えりす)は押さえつける。
 歯を食いしばり。猿轡でもするかのように口許へと持っていった震える右手の、人差し指に噛み付いて。
 耐えること。身を潜め、地の底を蠢く竜喰らいたちをやり過ごすこと。ひたすらにそして、救援を待つこと。重傷を負った彼女にできるのは、それらたった三つだけ。
 まったく、予期しない襲撃だった。
 散り散りになった調査隊の仲間たちは、今頃どうしているだろう?
「パニック映画みたい……。映画なら、きっと」
 きっと一番に死んでしまうのは、私のようなタイプなんでしょうね。こんな、怪我をして。
 自嘲の呟きも、掠れて最後のほうは声にならなかった。
 ドラゴンイーターから逃げる中での、痛恨の足への直撃、負傷。
 どうにか止血だけはすることができたけれど、とてもこんな足ではドラゴンイーターの跋扈する中を歩いて出口まで向かうなんてできっこない。
「これ、は。ダメ、かも、です……ね」
 意識が、朦朧とする。弱気な心に、エリスは天を仰いだ。
「──?」

 瞬間、がたんと暗闇の中に音を聴いた。

 びくり、背筋を硬直させる。近い。いや、というより、間違いない、この部屋だ。そして遅れ感じるのは、何者かの足音と、気配と。
 足音?
 ──足音があるなら、それはドラゴンイーターではない。そしてこの遺跡、廃棄施設内にいる人間など、ごく限られている。
 そうだ。調査隊の仲間たちか、救助隊が来てくれたのだ。
「なるほど」
 エリスの心に、穏やかな安堵がじわりと広がっていく。輪郭だけで顔立ちさえもまったくわからない、男か女かも知れないその相手の呟きに、震える喉で精一杯、呼びかけようとする。
 だが直後、部屋中に響き渡った甲高い歓喜の高笑いに、彼女のその行動は結実を見ることなく、終わってしまう。
「コレだ! コレですよ! いや……素晴らしい!」
 壁に貼られていた図面を、その人影はオーバーリアクションに剥がし、剥がし。幾枚もその脇に抱え、喜色に満ちた声を上げ続ける。
 発狂でもしたのかと疑いたくなるほど、殺風景な部屋の中を、笑うその人物、麻木 優(あさぎ・ゆう)は歩き回り、そのたびに正常なものとは思えぬ言葉を吐き散らしていく。
「完成だ……この遺伝子技術さえあれば! 私の研究は完成する!」
 その手元に拾われた書類。人影の灯した僅かな灯りに、そこに印刷された紋章が浮かび上がる。
 それは鏖殺寺院の紋章だ。あの人は、鏖殺寺院の技術を利用しようとしている?
「退屈な遺跡調査隊などに参加した甲斐がありましたよ。ええ、実に」
「!」
 嬉々として、その人影はエリスに気付くことなく、自身の荒らしたこの部屋を立ち去っていく。
 とてもじゃなく、助けなど求められるものではなかった。
 寒気すら、感じた。
「だれ、か」
 再び沈黙が部屋を支配する。
 先ほどの狂科学者の与えた怖気のためでなく、エリスは自身の身体を抱きしめるように、痛む足を、、膝を抱え涙の浮かんだその顔を、俯かせる。
 一体、どうすればいいんだろう。
「だれか、助けて」

 助けて。お願い──……。