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リアクション
それは2020年8月のことだった。
当時行われていた一大イベント「ろくりんピック」において、『タシガン貴族将棋』が開催されたのである。
この時のシャンバラは東西に分裂しており、東陣営からはタシガン屈指の指し手であるラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)が棋士として出た。
ラドゥは当然のように、西陣営からは最強の棋士が出るものと考え、「シャンバラ最高の知性」と評されるアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が対戦相手だと信じ込んでいた。
しかし実際のところアクリトはこの一件にまったく関与せず、西陣営から出た棋士は渡部真奈美(わたなべ・まなみ)であった。
ラドゥはこの勘違いをおおよそ一年ものあいだ続けていたのである……
■■■ Doomtown
タシガン博物館の一室に、それは展示されていた。
タロットと思われるそのカードが、現在のさまざまなカードの原型となったらしい。
渡部真奈美(わたなべ・まなみ)はそのカードを眺めながら、来る『タシガン式血闘(デュエル)』のことを考えていた。
いや、考えをそらそうとしていたのかもしれない。
数時間前のこと。
空京大学の姫神 司(ひめがみ・つかさ)が、真奈美に妙な話をしてきたのだ。
「この勝負、強い邪気を感じる。
どうやらラドゥは3枚の『闇のカード』を手に入れたようだ。」
「強い……邪気!? 『闇のカード』!?」
「『タシガン式血闘(デュエル)』はシャンバラ五千年の歴史を再現するもの。
そのなかには口にするのもはばかられるような出来事もある。
そうした出来事を封じたのが『闇のカード』だ。
特別強いわけでもなく、使い勝手が良いとは言えぬかも知れぬが……そなたのデッキ構築の助けになるといいのだが」
そう言って三枚のカードを差し出す。
真奈美は「おう、わかったぜ! ありがとな!」などと気軽な調子でカードを受け取ったが、実のところ心霊現象のたぐいは苦手なもので、内心では
(なんでだよ! カードゲームなのに闇のカードとか聞いてないよ!!)
とビビリまくっているわけだが、今更引き返すわけにも行かない。
一方、薔薇の学舎にほど近いカフェにて。
ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)は薔薇の学舎の生徒たちに囲まれていた。
「ラドゥ様に僕のカードを使ってほしいな」
清泉 北都(いずみ・ほくと)の差し出すカードを、ラドゥはさも当然のように受け取る。
「ラドゥ様頑張ってね、応援してるから。
あ、これ僕とエメのカード。
良かったら使ってね
……やさしくしてね? なんてね」
そう言ってカードを渡すのはリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)。
「雪辱を果たしてください」
早川 呼雪(はやかわ・こゆき)も自前のカードを差し出す。
「これでバッチリだよ!」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はそう言ってにっこりと微笑んだ。
ラドゥを囲んでいたのは薔薇学生だけではない。
「これが俺の持っている最高のレアカードだ!
タシガン貴族将棋で一緒に戦ったよしみだ。応援してるからな!」
そういってカードを渡しているのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)とそのパートナー、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)。
もっとフランクなのもいる。
「おーっほっほっほっほ
ろくりんピックのタシガン貴族将棋では、よくも無様な試合を見せてくださいましたわねぇ〜。
このキャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)ちゃんを手駒にしておいて、あそこであんな風に敗れるなんて信じられませんわ〜」
といってラドゥを指さそうとするのを、聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)が押しとどめる。
非礼を詫びると、名刺入れからカードを取り出す。
「お役に立つかは分かりませんが、宜しければ闇の帝王の手札に一枚加えて頂いても宜しいでしょうか?」
「いいだろう。それからそこのゆる族!
前回のような失態は見せぬ!
今度こそアクリトを……」
「あのぅ、元学長は関係ないんですけど……」
師王 アスカ(しおう・あすか)の言葉に、ラドゥの動きが凍りつく。
「前回の将棋のときも、真奈美ちゃんが試合に出てたんですよね〜。
元学長は『対戦相手の思考時間がもったいない』って言って、こういうゲームはやらないみたいなんです〜」
真実を知ったラドゥの怒り、悲しみ、惑いは尋常ならざるものがあった。
なまじラドゥを見慣れている薔薇の学舎の生徒ほど、ここでどうすれば闇の帝王の激情が鎮まるかわからない。
「この日のためにチアリーダーの衣装を着てきたよー♪
フレー♪ フレー♪ ラドゥさまー♪」
ラドゥのファンであるリン・リーファ(りん・りーふぁ)は、チアリーダーの衣装で応援に。その隣には、同じくチアリーダー姿の関谷 未憂(せきや・みゆう)と五月葉 終夏(さつきば・おりが)。
リンによって強引に着せられたのだ。
まったく想定していなかったのであろう、このありさまにラドゥは呆然となった。
「あっ、あのラドゥさん、この前はお世話になりました。
このカード、使ってください」
未憂のカードを受け取るラドゥ。
「勘違いするな、別にお前の世話などしてはいないのだからな」
「それじゃ私のカードもラドゥさんに使ってもらおうっと」
終夏もカードを一枚。
カードを手にして、ラドゥの感情はいくぶん鎮まった。
それと同時に沸々と、自分を一敗地にまみれさせた『真奈美ちゃん』とやらに対する怒りのようなものも湧いてくる。
このラドゥの様子を見て、不審に思う人物があった。
(……いいのか?
構築型カードゲームにおいてはカード資産を選別することが肝要なはず。
しかしラドゥは受け取ったカードすべてをデッキに投入しているようだが……)
そうこうしているうちに試合の日がやってきた。
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