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夜空に咲け、想いの花

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夜空に咲け、想いの花
夜空に咲け、想いの花 夜空に咲け、想いの花

リアクション

1/ 『好き』のかたち

 眼下には、こちらを見上げてくる大勢の参加者たち。
 果たしてオレたちのことを見ているのか。それとも、もっと上。夜空を無数に彩る連発の花火の絢爛さに目を奪われているのか、果たしてどっちだろう。
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は櫓の上から花火大会の喧騒を見下ろしながらぼんやり、そんなことを思っていた。
 蒼空学園主催、花火大会。そのメインステージともいうべきこの大告白大会の櫓に夢悠が上がったのはけっして、自分のためではない。
『……わっ、ワタシ、ワタシはっ! ……ですねっ!』
 夢悠の手をぎゅっと握り締めて、じっとりと掌に汗をかいて。マイク片手にしどろもどろに詰まり声を上擦らせているパートナー、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)のために、である。
 声、裏返ってるよ。お姉ちゃん。聞きながら思わずそうつっこみをいれずにはいられないくらい、肝心の瑠兎子はあがって、緊張にごくりと唾を飲み込んでいる。
「ほら、がんばって。あと少し」
 耳元に顔を寄せて、囁くように声をかける。
 一瞬瑠兎子はびくりとして、夢悠のほうを流し見て、頷いて。
 吸って吐いての深呼吸を二度三度、繰り返した。そしてひと際大きなものをもうひとつ。吸う。吐く。
 伏せた目を、開く。
『ワタシは……好きですっ! 大好きです! そうだ……ワタシは! ワタシ、想詠瑠兎子はっ!! 雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)さんが! 大好きだあぁぁぁっ!!』
 真っ赤になって、身体ごとくの字に曲がりながらも渾身ですべてを絞り出すかのように、想いの丈を、声を吐き出していく。
 瞬間、拍手が沸きあがる。歓声が、あがる。
 
 そんな、来場者たちの中に。笹野 朔夜(ささの・さくや)はパートナー、アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)とともにいる。告白を吐き出した二人組を見上げ、熱狂にはしゃぐ相棒の様子へ、「好きですねぇ」なんて思いながら。
 まだまだ、夜は長い。断続的に打ち上がる無数の花火はそれだけでも絢爛豪華ではあるけれど、大トリの『情愛の八尺玉』は無事、夜空に花開いてくれるのだろうか。
 これだけ盛り上がっていれば。会場が熱気に満ち溢れていればきっと大丈夫だと思うけれども。
「ほーら。あんまりはしゃぎすぎると、転んじゃいますよ? 怪我なんて、しないでくださいね?」
「あ、先生」
 他の大勢の参加者同様に浴衣を着て、卜部 泪(うらべ・るい)がそこにいた。
「あー。泪先生だ、こんばんはー」
 教師の姿に気付いて、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と、ローザ・ベーコン(ろーざ・べーこん)もこちらにやってくる。
「ご無沙汰してますー」
「あ。いえいえ、こちらこそ」
 挨拶をしあう一行。そんな彼ら、彼女らの頭上で愛を、あるいは感謝を、想いを伝える告白大会は続いている。
「いやぁ……いいよね、愛ってさ」
 ミルディアが見上げて、ふとぽつりと言う。
「そうだな」
 ローザが、皆が頷く。
 うっとりと、花火の下で繰り広げられる告白の様子に幻想を抱くように、ミルディアは溜め息をつく。
「いいなぁ……愛。ラブ。こんな花火に囲まれながらさ、いつかあたしも」
「……そんなに、うらやましいのか? どうして?」
「そりゃあねえ」
 パートナーの様子に、ローザは心外だ、といった表情でそちらを見つめる。やがてその視線に気付いて、ミルディアもローザを見つめ返していく。
 なんだなんだ、どうした。
「愛だっていうなら──ボクだってきみのこと、好きだぞ? ミルディア」
「へ……ふえっ!?」
 周囲から、アンネリーゼの、朔夜の、泪の視線がふたりへと集中する。
 だってそりゃあそうだ、いきなり、この場で告白を耳にした。その現場に居合わせたのだから、見入りもする。
「え、あの! その。えっと、ローザ、あの!」
 ミルディアは突然の告白に、ひと目見てわかるほど動揺し、狼狽していた。
 あわあわと周囲をぐるり囲む一同の顔を見つめて、助けを求めるように交互に視線を移していく。当然その頬は真っ赤だった。
「あんた、いきなりなに言って!」
「いきなりもなにも、事実だぞ? ボクはお前のこと、大好きだもの」
 恥じらいも躊躇もなく、はっきりローザは言葉を続けていく。
「だって。パラミタに来て、右も左もわからないボクを助けてくれたこと、家も持たないボクに住むところをくれたこと。かつて狂人だとまで言われたボクにここまで良くしてくれた人はキミがはじめてだったんだから。いくら感謝してもしきれないくらいだし、だから恩人。ボクはお前のこと、大好きなんだぞ?」
「あ──あ、ああ。そういうこと」
 その、続けられた言葉に納得したように、ほっとミルディアは息を吐いた。
 好きって。つまり、そういう意味の「好き」ね。なるほど。
「……ちょっと期待して、損しちゃった」
「なんでだ? 恋愛とは違うけど、これだって立派な「好き」だろう?」
「ふふっ。そーね、ありがとっ」
 朗らに笑うミルディア。一同もまた、同じように笑いながら彼女とそのパートナーへと頷く。
 そんな面々の集まる脇を、竜人──両手いっぱいに出店の袋を提げたドラゴニュート、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が抜けていく。
 通信端末が着信を告げて。彼は通話ボタンを押し、応対する。
 ミルディアたちの、感知の外。連絡を彼へと入れてきた相手は、パートナーであり体調不良ゆえ参加かなわなかった、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)
「どうした? ……え、学校に?」
 ここにはいない相棒と二言三言、会話を重ねながら、彼はミルディアたちの一団より離れていく。
「……あれ?」
「ん?」
 と。不意に、なにかを見つけたのだろう、アンネリーゼがきょとんとした表情をつくり、それに釣られて朔夜たちも彼女の視線のむこうを見る。
 青地の浴衣を着た少女が、喧騒とはひとり独立しているかのごとくきょろきょろと落ち着きなく、周囲を見回しながらなにか探し、歩いていた。
 なにか、探されてます? 自分がこの学校の職員であることを告げつつ、泪が少女へと声をかける。
「あ、はい。ちょっと、連れと逸れてしまって」
 少女は、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)。彼女が迷子になったのか、それともパートナーの側が迷子になってしまったのか。
 彼女自身判断がつきかねるのか、曖昧に首を傾げながら、相棒を見なかったか、と特徴をいくつか挙げていく。
 パートナーの名は、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)
 身長はさゆみよりも高くて、おそろいの青い浴衣を着ている。
 緑の瞳に、白磁のように白い肌の吸血鬼。性格は引っ込み思案な、セミロングの黒髪の持ち主だという。
「大人びているけれど。どこか、儚い感じのする子なんです」
「なるほど──……それって。あれじゃないですか?」
「えっ?」
 彼女の告げた、その特徴に合致する人物。それに最初に気付いたのは、朔夜だった。
「ほら、あそこ」
 彼は指差す。花火大会、その祭りの中心として聳え立つ櫓の上を。
 そしてその上にはたしかに、さゆみの探し求めている人物が、いた。
「アディ……? なんで、あんなところに……?」
 あのように目立つ場所へと立つこと、それ自体不得手なはずなのに。
 さゆみの呟きのとおりたしかに、壇上に立つ少女は下から見ていてわかるほど、緊張に凝り固まっていた。
 マイクを抱くようにして手にした両肩は震え、その頬は血の気を失い白くなっていて。
 何度も、口を開く。開いては声を出せず、言葉にならない曖昧な呟きを夜風に乗せては俯く。その繰り返しだった。
 言いたいことは、そこにいるかぎりあるはずなのに。言えない。
「……アディ……?」
 何度それを繰り返したろう。想いを、願いを果たせない自分自身への歯痒さからか、遂には呻きにも似た涙声が、マイクに拾われる。
 さゆみは、彼女のもとに向かおうとした。
 彼女があそこにいる理由はわからない。けれど、涙するパートナーを放ってなど、おけるわけがない。
 さゆみの足が、駆け出す。──その寸前に、掠れ声が彼女の、その周囲の鼓膜へと風に舞い、届く。
『──……な、の』
「……え……?」
 第一声は、マイク越しですら聞き取れぬほど、小さくか細く。

『好き、なの。……さゆみ』

 そして今度は、たしかに聞こえた。
 ぽつぽつと搾り出し、それでも夜の空に霧散しそうな声であったけれど、聞き取ることができた。

『私は、好き。好きよ……さゆみ……。私は……私は……っ。あなたのことが……好きなの……愛してるの……っ」
 そこまで言うだけできっと、アデリーヌは精一杯だった。
 崩れ落ちるように膝を折り、見上げるこちらから視認できる範囲から彼女の姿が消える。
「アディ!!」
 一瞬の呆然。自失に拘束されていたさゆみの身体が、消えたパートナーの姿、その光景に我に返り、解き放たれる。
 今すぐ、彼女の傍に行ってやりたい。衝動に肉体が、従おうとする。
 ミルディアを、朔夜をかきわけて突き進みたい。すぐに、あそこに。
 だが。
「……私」
 行って、どう応じればいいのか。今度は理性がさゆみの足を掴んで放さない。
 突然の告白。予期していなかったアデリーヌの想い。
 いや。予期──していなかった? ほんとうに? わかっていたのではないのか?
 応えを自分は、持ち合わせているのか。半端な気持ちで行って半端に返しても、それは疲弊しきった心の彼女を傷つけるだけにはならないか。
「行きなさい」
「え……?」
 踏み出せない彼女の背を、ぽん、と誰かの手が押した。
 あっけないほどたやすく、一歩が前に出る。少しよろけながら、さゆみは自分を押した手の正体見極めんと、とっさ振り返る。
「振り向くより。悩むより、こういうときは、衝動に正直であるべきだと思うんです」
 後ろで束ねた、金の髪。柔和な顔立ちの青年が、微笑んでいた。
「好きだって言ってくれた人に自分がどうしてやりたいか。こういうときはそれだけ、自分の気持ちにまっすぐ進んで返事を用意してやる。それが一番ですよ」
 青年は──博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は言って、頷いた。
 自分の、気持ち。
 好きといってくれたアディへの、返したい気持ち。……それは。
「さ、ほら」
「……ありがと、おにーさんっ!」
 気持ちを返すこと。……そうだ、躊躇なんて、してる場合じゃない。
 泪たちが、道を開けてくれる。今度は迷わない。さゆみは、両足の筋力のもと、開かれたその道を走り出す。
 向かう先は、櫓。パートナーのもとへ。
 わき目も振らず、走る。精一杯の勇気で想いを伝えた彼女を、迎えるのだ。
 いつもと同じに、いつもと同じ笑顔で。いつもと同じく、彼女を愛するその想いとともに。
「そう。……それでいいんですよ」
 スタッフに付き添われ降りてきた少女が、息せき切って駆けつけた少女と向かい合う。
 二人がどんな言葉を交わしているのかはわからないけれど、見る者たちは彼女らが互いにどんな気持ちで対峙しているかは、すぐにわかった。
 見つめあった二人が、強く、強く。互い二度と放さないくらいきつく、けれどやさしく抱き合う光景がそこにあったから。
「ね。これでいいんですよ。……でしょ? リンネさん」
 互いを求め合う少女たちの抱擁は、美しかった。
 花火の開く夜空の下のその情景に目を細めて、 博季はここにはいない妻のことを想い、呟いた。
 この空の花火の数と、誰かへと向けられたそれぞれの愛の数。それは一帯、どっちが多いのだろう?