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四章  真実に至る深淵


1


 パワードスーツを纏った白竜達が、亀裂を潜り抜けた頃。地上に残った者たちも、その調査を進めていた。
 その中心となって柱の解析を行っていたブルーズは、むう、と唸る。
「柱の作られたのは、随分と昔のようだ」
 考古学に明るいブルーズが、倒れた柱や他の柱の装飾や、文様の時代を検証して言った。どうやら、少なくとも町が出来た頃と同時期か、それ以前のものであることは判るが、正確な年代は流石にわからないようだ。
「文様は読めるかい?」
「部分的に、幾つかの単語しかわからないのだが……」
 天音の問いに、倒れた柱に刻まれた文様をなぞりながら、ブルーズは記憶と照合していく。
「地の底、点と点……繋がり、正す、八つの意思……」
「それから、阻害……んで、断絶、か?」
 その隣で文様を覗き込んでいたアキュートが追加する。だが、それらの単語は象徴的過ぎて、意味が繋がらないものばかりだ。博識をもっても、それ以上は解読できなかったのに、アキュートは頭をがりがりとかいた。
「何が言いたいのかさっぱり判らないな」
「そもそも、文法にはなっていないようだからな。恐らく、力のある言葉を具象化して刻んだのだろう」
「正確に意味を解読するのは難しそうだね」
 まるでタロットカードだ、と天音が興味深そうに言う。
「逆に言えば、配置さえ正しければ発動する類の術なのだろう」
「配置か……そういえば、このストーンサークルの位置って、この町の大通りに添う形で等間隔に建てられてるみたいだしね」
 再びパンフレットの地図を眺めた天音が、とん、と記された柱の位置をなぞり、ブルーズが訳した単語を、地図に書き込んでいきながら、ぶつぶつと何事か呟き始めた。
「八つの意思、は八本の柱のことだろうね。点と点……柱と柱を点に見立てて、繋げていくことで正す、ってことなのかな」
 推論に没頭し始めた天音の横顔に、ブルーズはため息を吐き出した。
 こうなったら、納得がいくまでてこでも動かないだろう。ブルーズは早々に諦めて、せめてもすぐに解決できるよう、より手がかりを集めるべく、他の柱を調べて回ることにした。


 そうして、ストーンサークルの構造や、柱自体を調べる者とは別に、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は、情報収集のため、フライシェイドにマーカーを点けて亀裂の中での動きを観測しようとしていた、が。
「ダメだな、穴に入ろうとしない」
 アルフが諦めたように息を吐いた。弱いモンスターなので捕まえるのは簡単だったが、一度攻撃してきたフライシェイドは、マーカーを点けて放しても、逃げようとはせずに再度攻撃をしてくるため、穴の方へ向かおうとしないのだ。
「だが、少し判ったことがある」
 パソコンを叩きながら、エールヴァントが言った。
「熱源を感知できる距離はあまり広くないようだ。にもかかわらず、全てのフライシェイドがこの町のみをターゲットにしている背景には、彼らの種族本能のようなものが理由だろうと推測できる」
 普段群れない生物が大規模に押し寄せる状況といえば、大きな気候変動を察知して大規模移動の必要が出てきた場合、あるいは繁殖が思い当たるところだ。
「今回のケースがどれにあたるかまではまだ、判らないが」
「繁殖、というのは無いように思います」
 口を挟んだのは鈴だ。
「散らばってる死骸見る限りでは、どうも生殖器らしきもんが見つりません。どうも、一代限りのようです」
「一代限りの生命が、これほどの量になるものですかね?」
 疑問を挟んだのはルースだったが、鈴は苦笑した。自分にわかるわけがないだろう、と言いたげな表情に、ルースの方も苦笑を浮かべた。フライシェイドは、元々の生息場所のおかげで、情報量が余り無いモンスターだ。だからこれほど手間取っているのである。何もかもが手探りの推論であるのは、皆同じなのだ。
「とは言え、環境のせいで移動するのだというのも、どうなんでしょうねえ。こんな狭い場所に逃げ込まなきゃいけないような、何かがあるのか、それとも元々こっちが本来の居場所なのか……」
 言いながら、不意に正面へ向けて顔を上げたルースは、その視界に妙な動きを捉えた。
 機械的なほど、サークルに向かって真っ直ぐ向かってくるはずのフライシェイドが、不自然に右往左往して塊を作っているのだ。しかもそれは、段々と近づいてきているようである。
「何か来ますね」
 言っている内に、それはあっという間に距離が縮まる。他のメンバーにもそれが見て取れるようになったところで「あれは……」と、制服を見分けたらしいクレアが呟くように言った。
「やはり皆さん、ここでお揃いでしたね!」
 言いながら、フライシェイドにたかられたまま、バイクで疾走してくるのはルークである。ストーンサークルに辿り着く前にバイクから飛び降りると、数匹のフライシェイドがまだ追いかけてきていたが、それはクレアがすれ違いざまに叩き落とした。
「どうしたんだ、息せき切って……」
「お知らせ、したいことが、ありまして……はあ、この、ストーンサークルの伝承に、ついて」
 息を切らせながらそのままストーンサークルに近づいたルークの言葉に、皆が視線を集めた。それを受けて、一度息を整えると、ルークは町の老人たちから聞いた事を語り始めた。

 まだこの町が、町の形をしていなかった頃のことだ。
 ある日突然、どこからか、不気味な唸り声のようなものが響いたかと思うと、丁度今の亀裂がある場所に、空間に突然大きな穴が空いたらしい。(らしいと言うのは、実際穴が開いたところを見た者がなく、通りがかった旅人が発見したのだそうだ)
 それは亀裂などというものではなく、四人ほども人が通れそうな大きな穴で、そこから大量のフライシェイドが現れたのだと言う。
 最初の頃は、フライシェイド達も大量とは言え、百や二百程度のもので、穴を飛び出していったあとは高高度に上昇していって、定期的に巣に帰ってくる以外ではほとんど降りてくることもなかったので、無害なモンスターとして放置されていたのだが、フライシェイド達の増加は爆発的なもので、それに伴って、次第にその高度を下げ始めてきたらしい。
「恐らく、食料の枯渇でしょうね。急激に増えすぎたために、高高度に存在する食料だけでは、維持できなくなったのでしょう」
 エールヴァントが、ルークの話を聞きながらパソコンで検索した情報を補足した。
「丁度その時期に、大規模な火山の噴火が確認されたようだ。吹き上がった火山灰で、フライシェイドが食料にしていた何かが、確保できなくなったんだろうな」
「恐らく。そして問題だったのは、彼らはモンスターとしては弱いですが、生命としては決して弱くはなかったんです」
 高高度と地上の、その環境差に耐えれるほどには、生命力の強い生物だったのが災いし、徐々にその活動高度を下げていったフライシェイドは、直接地上の生命を襲うことはなかったが、空を染め、他の微小な生命体を食い尽くし始めたのだという。そうやって生態系が崩れ始め、はじめは昆虫や小動物。そしてそれを主食としていた動物。最終的に人間にまで被害が出始めるに至り、時の賢者たちが、ストーンサークルを作り、穴を封鎖して地上への道を閉ざしたという。
「その賢者が、ストーンサークルを守るためにこの地に住んでいたのが、人々が集まって町となったのだそうです」
「なるほどな。だから町の屋根が「あんな」なのか」
 奇しくも勇刃たちの推測は正鵠を射ていたようだ。
「それで、結局どうすればいいんだ?」
 アキュートの問いに、ルークは「再度、封印する必要があります」と答えた。
「ただ、町の外部から封印する手段はなく、完全に封印し直すことのできる術者は高齢で、ここまで来る事は難しいでしょう」
 かといって、フライシェイドの影響で通信の調子が悪い今、町の中までならいざ知らず、町から離れるように避難している術士と通信することは不可能だ。更には、余りに古い術式のため、その複雑さから又聞きで説明するのもほぼ不可能と言っていいだろう。
「じゃあどうしろって言うんだ」
 悪い情報ばかりが並ぶのに、思わず声を荒げたアキュートに、ルークはきっぱりとした口調で答えた。
「ここにいる我々で、封印を戻すしかありません」



 天音たちが議論を交わす中で、誰よりも不安の真っ只中にいたのは、そもそもの元凶であるところの、少年たちだった。
 交わされている言葉は難しくて、細かい意味は殆どわからなかったが、自分たちのせいで、何かとんでもないことになっていることぐらいは理解できる。その上、その緊張を孕んだ表情を見れば、簡単に何とかなるようなものではないのが明白だ。
「どうしよう……」
 特に、自分の手で柱を倒してしまった少年は、手が震えるほど真っ青になっている。
 既に今の段階でも、町の人たちに大きな迷惑がかかっているのだ。責任、と言う言葉をまだ理解し得ない年頃の少年にとってさえ、これ以上被害が大きくなるなどとは、想像もしたくないだろう。そんな少年の肩を、ぽん、と叩く者があった。朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
「心配するな。大丈夫だ」
 励ますように言ったが、少年はぶんぶんと首を振る。
「でも僕……大変なこと、しちゃった。もう取り返しがつかないよ……!」
 今にも泣きそうな声で叫んだが、垂は首を振ると、ぽんぽん、と今度は頭を優しく叩いた。その手にきょとんと瞬く少年に視線を合わせるようにしてしゃがみこむ。
「確かに、おまえのやったことは、大変なことだ。それは間違いない」
 きっぱりと言い切って、反論を封じると「けどな」と、垂はにっと笑った。
「取り返しのつかないことなんて、無いんだぞ」
 力強く言い、再び立ち上がると、見ろ、と議論を交わす皆を示した。
「皆、何とかしようと頑張ってる。もちろん俺もな。だから、必ずなんとかなる、いや、してみせる」
 守りたいのはこの町であり――少年たちの、心だ。
 この先で、少年たちの心が後悔と罪悪感で潰されてしまわないように。
「だからおまえも、自分の出来ることをすればいいんだ」
 決意を秘めた目は、真っ直ぐに目標を見定めている。
 その横顔と、与えられえた言葉に、少年は我知らずぎゅう、と拳を握り締めていた。