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二章  幼い手の因果


 


 騎沙良達が住民たちの命のために戦っている傍ら、住宅街の連なる南西側では、別の角度から町を救おうとするものたちも動いていた。
 その内の一人が、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。
 原因を究明しようと、町の様子を伺っているうちに、フライシェイド達の指向性がおぼろげながら見えたことで、彼らが向かっているらしい町の中心――パンフレットによれば、ストーンサークルへ向かっていた。
 呼び出したテツオの焔と龍鱗によって自身へのダメージを避けながら、ふと視線を上げると、先程よりもその密度を上げたフライシェイド達が目に入った。空を覆い、一点を目指して降下してくる虫の群れは、どことなく竜巻の発生する時の様子に似ている。
「羽蟻やカゲロウなんかの大発生を思い出すな」
 それを見やりながら、アキュートが独り言のように言う。問題は、それが無害なものではなく、モンスターであるということだろう。あれが全て町に下りてくるようなら、被害は一体どれほどのものか。
「こりゃあ、急いだ方が良さそうだ……ん?」
 視線を戻し、先を急ごうとしたアキュートは、その先でフライシェイドが妙に固まっているのに気がついた。ここに来るまでにも何度も見た光景だ。何か――或いは誰かが襲われている。それも今さっきというのではなさそうな量に、ち、と舌打ちした。
「逃げ遅れじゃねえといいが…… テツオ!」
 駆け寄るより先に、テツオのファイヤーブレスを浴びせると、何匹かは焼けて落ち、残るフライシェイドもばっと散っていった。その中に立っていたのは、人だ。だが、結構な量にたかられていたにしては、案外しっかりと立っている。
「助かった……」
 とため息と共に人影から安堵する声が漏れた。ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)だ。
「大丈夫か?」
「なんとかね」
 苦笑し、ぽんぽんと体をはたく姿から確かに、酷いダメージは無いようだ。
「カモフラージュしてりゃ、大丈夫かとおもったんですがねぇ」
「視覚の無い奴等に、カモフラージュしても無駄だぜ」
 見た目を誤魔化しても、熱で感知してるみたいだしな、とアキュートが言うと、ルースは決まりが悪そうにぽり、と頬をかいた。
「なんにせよ、助かりましたよ。それで……ええと、あなたはどうするんですか?」
「どうするって……」
 突然の問いに首を傾げるアキュートに、ルースは「いえね」と続けた。
「この異常なモンスターの集合は何か理由があると思うんですよ」
 それを何とかしなければ、あの膨大な量だ。この町ひとつ、簡単に飲み込んでしまうかもしれない。だからこそ、まずは急いで原因を究明するべきだ、と続けるルースに、アキュートは頷き、ストーンサークルの方向に目をやった。
 こうしている間にも、危険は確実にその量を増やしつつある。近づこうとしたフライシェイド達に、ごう、っとヴォルティックファイアをお見舞いして、突破口を開くと、弾幕援護で更にその道を広げたルースと共に、大通りを駆け出した。
「ともかく、あいつらの向かう先に行くぜ。此処にいても埒があかねえよ」


 時を同じくして、軍用バイクでアーケードを縫うようにして捜索しながら中心を目指していたのは、沙 鈴(しゃ・りん)だ。
「ここも酷いですね……」
 フライシェイドが通過した後。熱を感知している、という言葉を証明するように、人以外のもの――例えば、アーケードを照らすために設置されていた照明や、繋がれたままだった動物などが、フライシェイド達の強襲を受けてしまっている。それを痛ましげに見やりつつも、すぐに首を振って意識を切り替える。今はまず、取り残された人々がいないかどうかの捜索と共に、フライシェイド達が向かう先に辿り着くことだ。報告されている動きから、彼らが町の中心――ストーンサークルを目指しているのは間違いない。
「しかし……一体何があったと言うのでしょうか」
 大量発生と聞いてはいたが、それにしても尋常ではない数だ。まだ殆どが上空にある状態ではあるが、あれが全て降りてこようとしているとは、ぞっとしない話である。
「……ん?」
 先を急ぐ鈴の視線の先に、ふと人影が横切った。
「逃げ遅れの方でしょうか……」
 だとしたら、無防備に走り回るのは危険すぎる。鈴はアクセルを踏み込んで人影に向かってバイクを走らせた。が。
「あら……あなたは」
 追いついてみれば見知った顔に、鈴がぱちりと瞬いた。ルースのほうも、バイクで近寄ってきたのが誰かと思えば見知った顔なので、一瞬意外そうにしたものの、すぐに思い至って「ああ」と呟いた。
「もしかして、ストーンサークルへ向かってるんです?」
「ええ」
 頷く鈴に「あんたもか」と声をかけたのはアキュートだ。
「どうやらフライシェイド達は、町の中心を目指してるみたいだからな。そこに何かがあるのは間違いない」
「私もそう思います」
 同じ推論に至った者同士が頷きあったが、そうやって足を止めている場合ではない。
「私は先に行って、道を開いておきます」
「頼みます」
「俺たちは出来るだけ後続を潰していくぜ」
 短い言葉のやり取りだが、お互いにするべきことは判っている。頷いて、鈴は後ろを任せて再びアクセルを踏み込み、今度は一直線にストーンサークルを目指して走り始めた。



 そして、同じ捜索でも目的の異なる者たちも、勿論いた。
「ったく、あいつらどこへ行ったんだ?」
佐野 和輝(さの・かずき)とそのパートナーであるアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)が探していたのは、町の人間には間違いないが、もっと具体的な「誰か」だ。
「タイミングから言って、あいつらに間違いない」
 そう、観光のためにこの町を訪れていた和輝たちは、偶然にも、少年たちがストーンサークルの柱を倒そうとしていたのを目撃していたのだ。
 その時は、たちの悪い悪戯をしてるな、と思いつつも、観光中であったことから見過ごしていたのだが、この異変が起こり始めたタイミングから、原因は「それ」に違いないと判断したのだ。だが、ただ柱を倒したことが原因なのか、もっと他に原因があったのかまでは判らない。確かめるには、子供たちに聞くのが手っ取り早いだろう、ということで、子供たちを捜しているのだが、この混乱の最中で、顔も覚えていない子供を探し出すのは至難の業だ。
「もしかしたらもう避難し終わっちゃってるかもしれないわね……」
 スノーがやや不安げに言ったが、いや、と和輝は首を振る。
「ガキってのは自分がしでかしたことへの罰に敏感だからな。罪悪感もあるだろうし、どうしよう、ってそこらをうろついてる……はずだ」
「本当?」
「はずだ、って言ってるだろ……ほら、ちゃっちゃとやるぞ」
 アニスが無邪気に尊敬の眼差しを送るのに、むすりとぶっきらぼうに答えると、誤魔化すようにタービュランスを発動させて、近寄ろうとしていたフライシェイドを纏めて吹き飛ばした。
「はぁい! はやく何とかして、遊びなおそうね〜」
 状況にそぐわないほどの楽しそうな声で言うと、和輝が吹き飛ばしたフライシェイドめがけて、アニスのアシッドミストが襲い掛かった。高濃度の局地的な酸の霧に、フライシェイドたちはあっけなく焼かれて地面へ堕ちて行く。
「次々いくよ〜!」
「あんまり無茶しちゃダメよ、下がって」
 その無邪気な様子をハラハラしながら見守りつつ、スノーは連れていた賢狼の頭をひと撫でした。
「こっちであってるのかしら……」
 賢狼はその言葉に、複雑なひと鳴きをして首を振った。流石にただ通りすがっただけの子供の匂いを辿るのは難しいようだ。だがそれでも何とか残り香を拾おうとしているらしく、のろのろと足を進めていく。
「無闇に捜し歩いても、無駄に体力を消耗するしな。ここは賢狼に任せるか」
 そう言い、和輝達はフライシェイド達を蹴散らしながら賢狼の後をついて行った。