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空飛ぶ箒レースバトル!

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空飛ぶ箒レースバトル!

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 第一章 空飛ぶ箒レースバトル! 開会

 パラミタ内海の沿岸。空飛ぶ箒レースバトルのために設置された特設会場は、お祭りのような活気に包まれていた。
「あー、ここかね。空飛ぶ箒レースバトルの会場ってのは」
 空飛ぶ箒レースバトル! と大きく書かれた入り口のアーチの下でそう呟くのは美しい女性。
 森林都市ザンスカールの一角で箒屋を営むその女店主は、先日店に届いた招待状と広場の時計を交互に見る。
「開会式の時間は、っと……おや、ぎりぎり間に合ったってとこかね。いやぁ、良かった良かった」
 招待状をポケットに入れ、女店主は足を進める。
 見渡せば、会場は各校の生徒で溢れていた。
「……懐かしいねぇ。全く、あの頃と一緒じゃないか」
 見覚えのあるその景色に、女店主は目を細め口元を綻ばせた。
 ――不意に、聞き覚えのある声が会場全体に響きわたった。
『開会の宣言? んなめんどくせぇことは抜きだ。いいか、お前ら!』
 声のした方向を、女店主が振り向く。
 広場の中心。設置された簡易ステージの上で、マイクを片手に意気揚々とアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)が言葉を続ける。
『年に一度の空飛ぶ箒の祭典、全力で楽しみやがれぇぇっ!』
「応ぉぉおおオオォォッ!」
 広場に集まった数十人もの生徒たちが、手に持つ空飛ぶ箒を掲げ上げる。
 どうやら、レースに出場する選手たちらしい。
「……ははっ、頼もしいねぇ。こりゃあ、期待出来そうだ」
 女店主は近くのベンチに腰かけ、笑みを浮かべる。
 と、同時に広場の時計の針がカチッ、と十二時を指した。

 簡易ステージの脇、設営された集会用テントの下。
 据え置き型のマイクが置かれた机、悪人面の青年がマイクを通して丁寧な言葉遣いで挨拶をしていた。
『今回の実況兼プログラム進行を務めることになりましたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)です。みなさん、よろしくお願いします」
 エヴァルトは手元にあるスケジュールをプリントした紙束を一枚めくる。
『そろそろ、基本部門のレースが始まるようです。すまませんが、参加する選手は今すぐAゲートに集まって下さい。繰り返します――』
 淡々と進行をこなすエヴァルトの横で、ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)がスタッフに支給されたバックパックの内容を確認していた。
「海に落ちた奴用に箒にくくりつけて引っ張れるロープと浮き輪と、あとタオルと毛布。怪我人のための医薬品と道具……うん、このぐらいあれば十分だろ。念のため自前のものも詰めておくかー」
 ヴァイスは自分のバックから道具を取り出し、バックパックに詰めていく。
 その様子を見ていたアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は申し訳なさそうに口を開いた。
「……すまないね、これぐらいしか主催者側は用意が出来なくて。キミは、自分で足りないものを用意しているというのに……」
「ん? そんなことはねぇよ。こんだけ揃えてたら問題ないって。まあ、オレは――」
 道具を詰める手を止め、ヴァイスはアゾートに顔を向ける。
 そして、オッドアイの目を細めて、笑いながら答えた。
「正式な医者ってワケじゃないからな。このぐらいは用意しとかないと」
 また作業を再開するヴァイスを見て、アゾートは微笑んだ。
「……キミはすごいね。その姿勢はボクも見習わなくちゃ」
「え!? や、やめろよ。恥ずかしいって。ふ、ふはははは!」
 アゾートの率直な褒め言葉にヴァイスは頬を赤く染め、感づかれないために少しだけ豪快に笑う。
 そして、慌てて話題を変えようとアゾートに声をかけた。
「そ、そういやよ。自分の箒は持ってっちゃダメなのか?」
「……ああ、大丈夫だよ。スタッフのみ空飛ぶ箒の持ち込みはアリだからね」

 隠れながら二人を見ていた刺青が特徴的な少女、エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)は唇を噛み締めていた。
「……露骨にいい雰囲気ですね」
 そして、決意を固めるかのように忌々しげに、けれどどこか力強く呟く。
「アゾートさんはダレニモワタサナイ……ッ!」
 思わずテントの骨組みを握る手に力が籠もる。
 空飛ぶ箒レースバトルとはまた別の戦いが、少女の中で始まろうとしていた。

 ところ変わって、Aゲート。
 イルミンスールの森が一望出来るこのゲートに、基本部門の選手がぞくぞくと集結していた。
「さて……出場するからには全力で挑ませていただきますわ!」
 赤毛の魔女の称号を持つエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、きっぱりとした口調でそう言った。
 その佇まいからは魔女の風格、緑色の大きな瞳からは意気込みが感じられる。
「箒レースか〜、箒乗り魂が燃えて来るんだよ〜。空飛ぶ箒愛好会『スター・オブ・ブルーム』会長として、負けられないんだよ〜」
 エリシアとはうって変わり、のんびりとした口調でそう言うのは廿日 千結(はつか・ちゆ)
 貸し出された箒より小さな体をぱたぱたと動かす姿は、なんとも可愛らしい。
「おっ! いいねぇ、そういうの。オレも負けねぇぜっ!」
 二人に対抗するかのように金髪碧眼の少年、アレイ・エルンスト(あれい・えるんすと)も乗っかる。
 ニカッ、と肌と大差ない真っ白な歯を見せながら笑う姿は、端正な顔立ちとは裏腹にどこか子供っぽい。
「ふふ、私も負けませんよ」
 三人のやり取りを見ていたレイカ・スオウ(れいか・すおう)は、お淑やかに微笑んだ。
 艶やかな長い髪に、爛々と輝く赤い瞳。気品を感じられるその容姿は、まるでお姫様のように美しい。
「…………」
 一方、レイカの隣で黙々と貸し出された箒の調子を確かめるのはグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)
 相変わらず仏頂面だが、そわそわしているあたりどうも落ち着かないらしい。
「……当たり前か。乗りなれた箒とは違うんだから」
 思わず、グラルダは一人ごちる。
 言葉と共に吐いた息は、すぐさま白く凍りつき、やがて風に流されていった。
 
「――おっと、みんな悪い。俺様が最後みたいだな」
 Aゲートに一番遅れて来たのはアッシュ。
「全くだぜ、お前は準備するのに時間がかかりすぎなんだよ。……すまねぇな、みなさん」
 アッシュの付き添いでやって来た少し派手な真紅のモヒカン男、今回の企画立案者の一人でもあるヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)は、集まった選手に向けて頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。お気遣いなく。……って!?」
 二人を見ようと振り返ったレイカは、絶句した。
「ん、どうかしたか?」
 レイカの反応に、アッシュは首を傾げる。
「……ったく、試合前にうるさいわよ、あんたたち。少しは集中しなさいよ。って、なっ――!?」
 二人を諫めようとアッシュを見たグラルダも、絶句した。
「……ぷ、ははははっ! アッシュ、良かったじゃねぇか。大反響だぜ」
 ヴェルデは赤くなる二人の反応を見て、肩を震わせ笑っている。
「おぅ。何だかよく分かんねぇが、作戦成功かっ!」
 アッシュは屈託なく笑い、ヴェルデに向けて腕を伸ばし親指を上げる。
 その服装は海パンだけ。一応、ロングコートを羽織っているが、肢体を隠しきれてない。
 それは、あらゆる意味で刺激的すぎた。
「あー、腹痛ぇ。笑った笑った。……じゃあ、俺会場に戻るわ。アッシュ、約束忘れんなよ?」
「ぶっちぎりの一位じゃなけりゃ罰ゲームだったっけ。まぁ、見てろよ」
 アッシュの言葉にヴェルデはニヤリと笑ったあと、踵を返して会場に帰っていった。
「……なぁ、おまえ。寒くねぇの? そんな格好で大丈夫か?」
 アレイがアッシュに近寄り、心配そうな声で耳打ちをした。
「ん? 案外暖かいんだぜ、これ。着てみるか?」
「……いや、せっかくだけど遠慮しておくぜ」
「んだよ、遠慮すんなって! ほらほら」
「ちょ……待てって!」
 ロングコートを脱ぎだそうとしたアッシュを慌てて止めながら、アレイは白く染まったため息をついた。

「うむ……どうやらこれで全員のようじゃな。そなたたち、準備はよろしいかのう?」
 合間を見計らって、和服に身を包むルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)が老人口調で問いかける。
 片手にはスターターピストル。それを、少し曇ってきた空に向けて振り上げた。
「……さっきは取り乱してしまったけれど、落ち着け。ワタシ」
 グラルダは小さく呟いた。それは、自分に言い聞かせるために。
 革の手袋を嵌め、貸し出された箒に跨る。
 箒の重心を探り、何度か座る位置を調節した後に姿勢を整えた。
 腕を伸ばして柄を握り、顎を柄に近づける。
 箒に身体を沿わせる体勢は、水泳の飛び込みにも似ていた。
「――ええ、大丈夫ですわ」
 エリシアが代表して、ルファンの問いに答える。
 どうやら、他の選手たちも準備万端のようだ。
「大丈夫みたいだね。それじゃあ、そろそろ――」
 ルファンの横に居座る小柄な少女、イリア・ヘラー(いりあ・へらー)の言葉が途切れる。
 イリアは何かに気づき、空を見上げた。
「雪、じゃのう」
 イリアにつられて、ルファンも空を見上げる。
 上空はいつしか薄い雲に覆われていて、たんぽぽの綿毛に似た小さな雪がぽつりぽつりと降っていた。
「舞台は整ったってことかな〜」
 千結が相変わらずのんびりとした口調で言う。
 その言葉に基本部門の選手たちが一様に嬉しそうに頷く。
「うむ……では、いくかの。よーい――」
 ルファンがスターターピストルの引き金を引く。
 打ち出されたかんしゃく玉の音と同時に、イリアの大きな声が寒空の下、響きわたった。
「どんっ!」
 選手たちが一斉に飛び出す。
 空飛ぶ箒レースバトル、基本部門が幕を開けた。