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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

リアクション

 2
 
「これは変装――えぇ、変装で御座います」
 勿体ぶった調子でクナイ・アヤシ(くない・あやし)が言う。
「潜入に必要な……?」
「はい」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が不審そうな顔で尋ねるのに、クナイが簡潔に答える。
 部屋を見回す。更衣室だ。ラックには鮮やかで優美なドレスがいくつも並んでいる。
 そのフリルの数を数えてみようと思って、すぐ止めた。それから北都に似合うのはどのドレスだろうと悩んでみたが、どれでも似合ってしまいそうな気がして、それも止めてしまった。
「仕事です。このじょそ……変装も、仕事のうちです」
「え?」
「失礼、噛みました」
 北都は渋々と言った調子で頷くと、鏡に映った自分を眺めた。桃色のドレスインナーは可愛らしいけど窮屈だった。
 まさか下着から着替える羽目になるなんて――苦笑したつもりなのに、鏡に映った表情は固い。
 けれど。 
 メイクするだけでこれほど変わるのだな、と。強張った目元を眺めて思った。
「大丈夫――」
 北都が声に振り向く。
 結衣奈・フェアリエル(ゆうな・ふぇありえる)が、化粧ポーチを抱えて笑っていた。
「ちゃんと可愛いくなってますから、怖がらないで欲しいのですよ」 
「うぅん」
 首を捻ってはみたが――そうなのだ。
 自分の事は置いておいても、少なくとも隣にいるクナイがいつの間にか『美人』になっている。
「……魔法みたいだなぁ」
 ありきたりな気はしたが、そう言わずにはいられなかった。
「ええ、魔法だもの。可愛いくなる魔法」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)がドレスラックを引っ張って来て、北都とクナイの前に表われた。
「うんうん。さ、仕上げはドレスよ。服装だけでも、もーっと変われるんだから」
 ネージュが結衣奈の手を借りて、北都にインナーと揃いの桃色のドレスを着せる。
 ふわふわとした――そんな形容がぴったりのドレス。肩にストラップが食い込む。
 ふんわりとした見た目に似合わず意外にタイトで、想像以上に重みがあった。
 シフォンパニエがスカートを膨らませる。なんとなく――ウエストが細くなった気がした。
「やっぱり可愛い系でぴったりよね。バッチリ。髪の毛も綺麗だし、ウィッグなんて全然必要ないし」
 言いながら、ネージュが背伸びしてヘッドコサージュを北都の頭に付けた。
 北都自身、なんだか悪くない気がしてきた。
「どうかなぁ、クナイ」
 尋ねながら、スカートの裾を翻すように回ってみる。
 クナイは少し目を丸くしてから、
「可愛いです。他に言葉が思い浮かばないくらいに」
 そう答えた。
 シルエットが細く、背中も大きく空いた『綺麗』な雰囲気のドレスを着こなしたクナイが、北都の手を取る。
「すっごい! 百合園の舞踏会に相応しいって感じね」
「嫉妬してしまいそうなのです」
 自画自賛するようにネージュと結衣奈が声を上げる。
「それじゃ、楽しんできてね――」
 そうやってネージュに見送られて、北都とクナイはダンスホールへ向かった。
「あ、そうだ」
 ふと呟いてから、北都が超感覚で犬耳としっぽを生やす。
「獣人族の子をおびき出すのが目的だもんね」
「……ふむふむ」
 はにかみながら言う北都の顔を、クナイが覗き込む。
「真面目に仕事しなくちゃ――って、クナイ? え? 顔、近くない――?」
 そっと触れてから、すぐに離れると、クナイは何事も無かったかのように歩きだしてしまった。
「さて、舞踏会を存分に楽しみましょうか。北都様」

「やっぱり、同じ考えの子も多いみたいね」
 早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)が、姫宮 みこと(ひめみや・みこと)の腕を引きながら言う。
 学院の舞踏会と言っても、格式張った決まりごとがあるわけではない。
 彼女たちにとっては一つの学園行事でありお祭りでしかなくて、だからダンスホールには早くも思い思いにパートナーの手を取る生徒たちの姿があった。
「そうですねぇ、犬耳とか、兎耳とか……」
「それに狐耳」
 言って、蘭丸が自身の頭に付けた耳を動かした。
「え? どうやって動かしてるの?」
「それはね、魔法なのよ。そして、そう! 十二時になったら魔法は解けてしまうの――困ったわ、どうしよう!」
「あの、蘭丸? そもそも魔法にかかったりなんて」
 してないじゃないですか――言いながら、みことは頭のリス耳に手を伸ばした。
「なんてったってあたしのは九尾仕様だからね」
 大きく開いたドレスの背中から飛び出した九本の尻尾がステップに合わせて揺れる。
 テンポの早い三拍子に合わせて、すっと顔を近づけると、蘭丸が口を開いた。
「っていうか、ダメよみこと! 『なりきり』が肝心なんだから。獣人族の子たちも出てきてくれないわよ?」
「……なりきり、ですか」
「そう。だから再開の誓いを、誓いのキスを――」
「キスって、演技にかこつけていつものトラップじゃないですかぐぬぬ。しかもまだ十二時じゃないですよ! 全然先ですから!」
「いやねえ、ほらだから、演技だってば演技。演技って分かってればむしろキスくらい」
 踊りながら、そんなやりとりをする。
 溜息を吐いてはみたものの、みこともダンスを楽しんでいた。
 付け耳と尻尾は恥ずかしいけれど、こうしていれば、獣人族の子が紛れ込んでいてもおかしくない気もする。
 なんだかんだと、もう結構な時間を蘭丸と一緒に踊っていたのだ。一休みしたって悪くないだろう――
 曲が終わると、みことは擦りよってくる蘭丸を振りほどきながら、ホールの外周から人の群れを眺めてみた。
 自分たちと同じように耳を付けた生徒達が多くいる。
 こうして距離が離れてしまえば、どれが『偽物』の耳なのか『本物』の耳なのかも良く分からない。
「ちぇーっ、みことったら。いいじゃない、お祭りなんだし」
「文句言っててもしょうがないですよ、お祭りなんだし」
 みことは言い返すと、立食パーティの一角を見やって、
「それでは、これからは自由行動ということで」
 するりと人並みの中に消えて行ってしまった。
「むぅ……まぁ、それもそうね」
 蘭丸も呟いてから、再び曲が始まったダンスホールを見渡した。