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リアクション
3
「近遠ちゃん、今頃どうしているのかしら?」
ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)がケーキを頬張りながら呟いた。
「あの三柱も同伴しているし、大丈夫であろう……とは思うのであるが」
「何事もなければよろしいのですけれどね」
イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)と、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が続けて言う。
帰省中であるパートナー、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)のことを時折話題にしながら、三人は立食パーティに参加していた。
そして遠巻きにダンスホールを眺めては口々に感想を述べ合う。
三人ということもあって、ダンスに参加するつもりはあまりなかった。
「そこのお三方――」
ふと、その三人に声がかけられた。
「お茶はいかが?」
「こっちのカエルパイミニサイズも食べていいわよ」
橘 舞(たちばな・まい)とブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が三人のテーブルの元に来て言った。
「あら、良い香りですわね」
ユーリカがくるりと舞に向き直る。
「と、その前に」
私はユーリカ・アスゲージ――ユーリカが言うと、皆が続いて自己紹介をする。
「ローズティは香りが良いだけじゃなくて、リラックス効果もあるし美容にもいいのよ」
「至れり尽くせりなんでございますね」
アルティアは感心したように言う。
「それで……このカエルパイというのは、まさかあのカエルの味でもするのか……?」
「流石にカエルの味はしないわ。カエル肉粉末入りなだけよ」
「見た目も普通だし、味は美味しいんですよ」
ブリジットをフォローするように、舞が言う。
イグナは恐る恐るといった様子でパイに口をつけたが――すぐに「……ほう」と声を漏らした。
「美味しいのだな、名前に反して」
「美味しければいいのよ」
それにしても――とブリジットが口を開く。
「ドリルも偶には面白いものを見つけてくるのね」
ドリルとはラズィーヤの髪型を差しているのだろう。
ブリジットがホールを、そして会場のあちこちで見かけられる兎耳の少女達を眺めながら言った。
中には他の生徒たちと一緒に、おめかしをして踊っている子もいる。
立食パーティのブースにも獣人族の少女がいるのを見かけて、舞が少女を手招きした。
少女はちょっとずつこちらに近づいてはくるのだが、なかなか警戒を解いてくれない。
「ねぇ、このパイ食べたいと思わない?」
ブリジットがパイを差し出しながら言う。
なかなか構ってくれない猫か何かみたいだ――そんな事を思った。
そんなシャイな様子を見て、ブリジット肩を竦めて笑みを浮かべた。
「そういえば」
真偽は定かじゃないんだけれど、と。
そう前置きをした後に、ブリジットが口を開いた。
「この子たち、『絵画の中』に住んでいたらしいわよ」
「絵画の中――?」
ユーリカが尋ねる。
「ええ。そんな話を耳にしたわ」
ブリジットが答えると、ブリジットも含めた皆が首を傾げるのだった。
情熱的なタンゴのリズムに乗って、リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)とレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の二人が広いフロアを目一杯に回って行く。
リアトリスは背中の大きく空いた肩出しドレスを纏い、超感覚によって犬耳と尻尾を生やしていた。
その長い尻尾が力強い拍打ちに合わせて揺れるのが、より一層周囲の視線を集めている。
レティシアもリアトリスに吸い寄せられるように振る舞い、息の乱れが一切無かった。
「んふふ」
「どうしたの? レティ」
「いやぁ、視線を集めてますねぇ」
「あぁ――」
リアトリスがちらりと周囲を窺うと、レティの言葉通り、知らずのうちに注目されていた事が分かる。
「夢中だから気がつかなかった」
「あちきもですよ。楽しい事の最中は、周りが見えなくなっちゃいますからねぇ」
「うん。どれくらい踊ったかな?」
もう随分と経った気はするけれど、まだ踊り足りない。
「だけど、注目されるのは気分が良いのと同時に、ちょっとだけ複雑な気持ちになりますねぇ」
「え――どうして?」
レティはわざとっぽく口先を尖らせると、
「旦那様のドレス姿はダンスホールに映えますからねぇ。きっと憧れちゃう人もいるんじゃないですか」
そんなことを言った。
「ははっ……でも僕は、パートナーを変えたりするつもりはないけどね」
「ふふ、それじゃ、踊り疲れるまでこうしてましょ」
言って、右手でリアトリスの左手をぎゅっと握りしめた。
「エース」
リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が携帯のカメラを構えてパートナーに呼びかける。
「なんだ?」
と、振り返ったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の姿を写真に収める。
「おいおい、写真を撮るなら、言ってくれればちゃんとポーズをとったのに」
「自然体の方がいいじゃない」
言って、思った以上に様になっているエースの姿を眺める。
言動まで女性的に変えられてしまうと調子が狂うからと、口調はいつも通りであるようにとお願いしてしまうほどだ。
リリアは感心しながら、僅かに悔しく思っていた。
先程までリアトリス達と同様にフロアで踊っていた二人は、暫くしてから見物に回っていた。
そのリアトリス達が踊り止めるのを見とめて、
「お見事」
エースがリアトリスとレティの傍に歩み寄って声をかけた。
「魅せるダンスだったじゃないか」
「ははは、ありがとうございますねぇ」
レティが照れ笑いで答える。
「俺達も負けてられないな」
皆に見とれて欲しい――エースが気障っぽく言う。
ふと、エースは傍らに獣耳の少女が佇んでいるのに気が付いた。
エースがすっと、手品のようにデイジーの花を一輪取り出す。
「どうぞ、可愛いお嬢さん」
ウインクしながら差し出したデイジーの花を、獣人族の少女が目を丸くして受け取った。
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は会場を巡回していた。
服装は動きやすい男装で、きっちりと流した前髪が僅かに額にかかっている。
本人は警備として、というつもりだったのだが、その佇まいがさながら男役といった風に決まっていた。
一時は獣人族の子供たちの乱入やら騒ぎがあったが、今や何事もなかったかのように、乱入してきたその子供達も舞踏会に参加している。
空気も温まってきたようで、そろそろ自分も喧騒に混ざりたい――ロザリンドがふと、顔を上げるとそこには彼女と同様に会場を巡回していたのだろうか、静香がいた。
そうだ、と思い立つ。
こうして男装しているのだから、桜井校長に一曲お手合わせをお願いしよう――
ロザリンドが静香の傍まで歩いて行く。
「ごきげんよう、桜井校長。舞踏会は大成功のようですね」
「誰かと思えば――ロザリンドさん」
静香がびっくりしたような顔をする。
「ホッとしてます。特に事件も起きなくて」
それにしても――と静香が続ける。
「似合ってますね」
「ふふ、ありがとうございます」
「カッコいいです。憧れちゃいそう」
「また、御冗談が上手ですね」
ロザリンドもくすくすと笑って答えた。
「ところで校長は、今はお一人ですか? もしよろしければ一曲お願いできませんか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」
ぱっと答えてから、静香が首を傾げた。
「えっと……リードして下さるんですか?」
「ええ、そのつもりですから」
ロザリンドが答えて、恭しく静香の手を取った。
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