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第七章 哀れなキメラ


「ファイアストームっ!!」

 長原 淳二(ながはら・じゅんじ)が炎の嵐を巻き起こす。二匹の狼が、燃えさかる炎に行く手を阻まれ、その動きを止める。

 その狼達には、体が無かった。

 十分程前。

 救助班に助けられた子供の一人が、突然キメラと化した。
 そしてその背から二つの獣の頭が飛び出し、近くにいた者へ無差別に襲い掛かったのだ。
 悲鳴が上がり、それを聞いた者達が駆けつけ、今に至る。

「泣かないで下さいな。すぐに怪我を直してあげますから」
 ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)が怪我をした子供達の手当てをしている。

 先程のキメラの攻撃で、一部の子供が傷を負っていた。
 幸い命に関わるような怪我は無かったものの、子供達は痛みとショックでそこから動けなくなっていた。

「痛かったわね。でももう大丈夫よ」
 マリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)が手当てを終えた子供へと微笑む。

 そこに、狼の一匹が牙をむき襲い掛かる。
 
「させないよっ!!」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が盾を用いそれを防ぐ。
 狼が噛み付こうと何度も突進するが、詩穂はそれを全て防ぎきった。
 やがて諦めた狼は宿主の近くへ戻り、空中で静止する。

「いや……いや…………っ」
 キメラと化した少女は、頭を抱え悲痛な声を上げている。
 その背から蛇のようにしなる触手が二本突き出していた。
 そしてその先端には狼の頭が。

「可愛そうに……例えキメラと言えど、ロリコンの名に賭けて幼女だけは絶対に助け出します!」
「ロリコンってぶっちゃけていいのか……?」

 息巻くシアン・日ヶ澄(しあん・ひがずみ)瀬乃 和深(せの・かずみ)が突っ込む。
 シアンは、

「幼女に手を出すのは心苦しいですが、他の人に襲い掛かって傷つけられるよりはましです」
 と宣言すると、狼向けしびれ粉を放った。

 毒粉が狼達を覆う。
 しかし、狼達は動きを鈍らせること無く、シアンへと襲い掛かる。

「効いてないのか、くそっ!」
 和深が魔銃オルトロスを構え、引き金を引く。

 弾丸は狼達へ命中する。
 その時、キメラの少女が痛々しい声で叫んだ。

「ああああっ!!」

 自分の体を抱き、少女は膝を突く。
 
「まさか……痛覚を共有しているの!?」
 シアンが驚愕する。
「あれも体の一部ってわけか……それに、ちょっと厄介そうだな」
 和深が苦々しい声で呟く。

 銃弾を受けた狼の傷が、徐々に修復していた。

「幼女を苦しませるなんて、私にはできません!」
「幼女うんぬんはともかく、確かに下手に攻撃したらあの子を苦しませるだけだ……さて、どうすっかな」

「ならこれはどうかな!」
 詩穂がキメラへヒプノシスをかける。だが、少女も狼達も効果が無いようだった。
「やっぱり駄目かぁ……あの子には悪いけど、こうなったらスタンガンを使うしかないかな!」
 詩穂が機晶スタンガンを取り出す。

「それなら俺達が狼の気を引きます。ルル、ミーナ、手伝ってくれ」
「任せてください!」
「了解ですわ」
 淳二とミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)が杖を、ルル・フィーア(るる・ふぃーあ)が銃を構える。

「多少の傷なら私達で治せますわ。危なくなったらすぐにこちらへ来てくださいね」
 ジュンコがキメラと対峙する皆へ声を掛ける。

 そして淳二達が狼の注意を引くべく攻撃を仕掛けようとした時だった。

「! 危ない、後ろよ!」

 マリアが鋭く叫ぶ。淳二が振り向くと、後ろの通路から小さな虫の群れが彼らへと迫っていた。
 素早く杖を振り、炎を放つ。虫達は燃え盛る炎に焼き尽くされた。

「そこにいるのは誰?! 姿を見せなさい!」
 マリアが通路の先へ強烈な光を放つ。

 すると、物陰に隠れていた小さな少女が姿を現した。

「やれやれ、わらわを見つけるとは流石じゃのう」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は皆の前に出てくると、刀を構えた。
「悪く思うなよ、こちらも仕事じゃからでのぉ」
 そして刀を振り下ろし、刀身から強力な冷気を放った。

「うわっ!」
 淳二達が跳び退る。その隙に、刹那はキメラへ向かい素早く走りだす。

 和深とシアンも援護に向かおうとするが、襲ってきた狼達に足止めを喰らっていた。

「邪魔をしないで下さい!」
 ミーナが杖から雷を放つ。だが刹那は軽業の如き動きでそれを避けると、キメラの前へ立ちはだかった。

 ミーナがもう一度杖を構えるが、そこで静止する。
「っ……!」
 
 刹那の後ろには体を抱いて蹲るキメラの姿が。
 ここから魔法を放ったら、彼女に当たってしまう。

「ミーナ、光条兵器を!」
「は、はいっ!」
 ミーナが槍斧型の光条兵器を出現させ、淳二に手渡す。

「ルルは援護を頼む」
「分かりましたわ!」
 淳二が光条兵器を手に刹那へ肉薄する。ルルはその後ろで拳銃を構え、狙いを定める。
 
 刹那は彼らを迎え撃たんと暗器を握りしめた。




 淳二達が戦闘を行っている中。

 天禰 薫(あまね・かおる)はずっとキメラを見ていた。

 少し離れた場所では、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)が狼の相手を手伝っている。

 彼女は、先程天王 神楽(てんおう・かぐら)としたやり取りを思い出していた。


「子供達を助けると言ったな、薫。だが、もし救おうとした子供達が既にキメラになって、人に擬態していたらどうする?
 もし襲い掛かって来たらどうする? 俺だったら迷わず手をかける。それが慈悲だ」


 その言葉に、薫は平手打ちで返した。

「あなたは『神様』でもないのに、勝手を言わないで!
 それが慈悲? 違う……そんな訳ない。神楽さん、嫌いなのだ」

 そう言って神楽に背を向け、ここまで走って来た。

 だが、現に今、キメラと化した少女が、苦しみ叫びながら暴れている。

「慈悲……? 違う、そんなのは絶対に違うのだ!!」

 そう言ってキメラの少女へと走り出す薫。

 その後ろで、神楽は誰にも聞こえない声で呟く。


「薫、お前は俺の支配から逃れる気か。
 させない。いつかお前と無理やりにでも契約してやる」


 そう言って薄く笑みを浮かべる彼を見ているものは誰もいない。


「無茶をするな、薫!」
「天禰っ!」
 孝高と又兵衛が叫ぶ。だが薫は止まらない。

 気付いた狼達が薫へと攻撃の矛先を向ける。それを孝高達が抑え付ける。

 薫は一直線にキメラの元へ。
 そして苦しむ少女に抱きつくと、涙を流しながら話しかけた。


「辛いよね、苦しいよね……我も胸が痛い」
 抱きしめたまま、そっと少女の頭を撫でる。


「でももう大丈夫、大丈夫だから……だから、一緒に外へ出よう? もう、誰もあなたを傷つけたりはしないのだ……」


「……ぁ………………」

 キメラの瞳が、大きく見開かれる。
 その細い腕が、ゆっくりと、縋るように薫の背へ回され……。



 直後、少女が体を仰け反らせ、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「ああああああああああっ!!!!」

 少女の叫びと共に、その背から生えた触手が縦横無尽に暴れだす。

「うわっ!」
 自分の身も省みず大暴れし始めた狼達に、孝高と又兵衛が吹っ飛ばされる。

 狼達は誰彼構わず襲い掛かる。そのあまりの勢いに、狼自身も傷ついていた。

「おっと」
 喰らいつこうとした狼を、すんでの所でかわす刹那。

「隙だらけですわ!」
 
 そこにルルが碧血のカーマインを連射する。迫る弾丸を、しかし割り込んだ別の人物が弾いた。

「ファンドラか。どうじゃった?」

 割り込んだ男、ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)は、残念そうに首を横に振った。

「全然駄目ですね。データはどれも厳重にプロテクトが掛かっていて、私ではとても解除できそうにありません」
「ふむ、それは残念じゃのぅ」
「それに、一階から三階まで殆どが制圧されていて、研究員達に聞き出すのも無理な状況です」
「おやおや。ならばそろそろ引き時かのう。」

 刹那とファンドラがその場から逃げ出す。

「待てっ!」
 淳二が追いすがるが、ファンドラが空中から無数の武器を出現させ、淳二達へと飛ばした。
 飛来する武器を避け、一部は弾き落とす。

 しかし、そうしている間に刹那達の姿は見えなくなっていた。



 キメラの少女は、未だ暴れ続けている。
 薫が必死に声を掛けるが、少女の叫びも暴走も止まらない。
 突然、少女が薫を突き飛ばした。
 
 その時、二つの狼の頭が、本体の少女向け襲い掛かった。

 鋭い牙が、少女へと迫る。

 そして、

「はぁぁっ!」
 少女と狼の間に割り込んだ詩穂が、強化した盾でそれを弾き返した。

「ごめんねっ!」
 詩穂は少女を抱きしめるようにして首の後ろに手を回すと、手に持ったスタンガンを起動させる。

 少女は一度だけビクリ、と小さく体を跳ねると、その場に崩れ落ちる。
 詩穂がその小さな体を受け止めた。

 その瞬間、どさりと音を立て、狼達が地面へ落下した。
 繋がっている触手も地面に落ち、動く気配は無かった。

 ジュンコとマリアが気を失った少女へと駆け寄り、容態を見る。

「……大丈夫。呼吸も安定してるし、脈もしっかりある。ちゃんと無事よ」

「良かったぁ……」
 詩穂が大仰に溜息をつく。その隣では薫も笑みを浮かべていた。

 その時、地面が小刻みに揺れ始めた。
 揺れは十秒程で収まったが、遠くのほうから、何かが崩れるような音が聞こえてくる。

「研究所が崩れかけてるのか……? 急いで脱出しねえと」
「でもこの子はどうするのです? 分離の機会は地下三階にあるんですよ!」
「あーそうだった……」

 シアンの言葉に和深が舌打ちをする。
 もし研究所が崩壊して分離機が埋もれてしまうと、ここにいるキメラの少女は二度と元に戻れないかもしれないのだ。

「なら俺達がこの子を分離機へ連れて行くから、あんた達は先に避難しててくれ」
 そう言って少女を背負うが、歩こうとすると長い触手を引きずる形になり、動きづらい。

「しゃーねぇな、俺達も手伝うか。いいよな、薫?」
「もちろんなのだ」
 
 又兵衛と孝高が狼の頭を持ち上げて運ぶ。

「それなら詩穂も行くよ! またその子が目を覚ましちゃうといけないしね!」
 そう言って後に続く詩穂。

「ならば私達も行きましょう。何かあったとき怪我の治療ができる者がいないのは危険ですわ」
 ジュンコとマリアも共に歩き出す。

「俺達も行きましょう。もうキメラがいないとも限らないですしね」
 淳二が共に進み、ミーナとルルがその後ろに付き従う。

 すまん、と呟き、先頭を行く和深。
 シアンはその後ろで時折少女の様子を見ている。


 彼らは地下三階の分離機を目指し、走り続けた。