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『四人目、現る』


 ラスボス登場の場面で現れた匿名を、メンバーはジト目で出迎えた。
「……ルカは悲しいよ。まさか、匿名が犯人だったなんて」
「違うんだ。話をきいてくれ!」
 汗を拭いながら、必死に弁解しようとする彼へ。
 トマスが冷ややかに告げる。
「三人目を倒した途端、君は出現した――」
「このタイミングで俺が出れば、そりゃ疑われるよな。覚悟はしてたよ!」
 肩で息をしつつ、ふたたび説得を試みた匿名。
 呼吸を荒げる彼に、観月季が追い打ちをかける。
「そんな変質者みたいに喘いで……。怪しいですわ」
「200階も登ってきたんだ。疲れてるんだよ!」
「では、これを被ってみてくださいな」
 観月季が差し出したのは、三人目が落とした能面である。
 匿名は素直に仮面を被った。
 能面姿の彼を見ながら、観月季は言う。
「そっくりですわ。あの時の犯人に」
「そりゃ誰だって似てるよ! お面かぶればみんな同じだよ!」



 無実を訴える匿名の声が、微かに聞こえる最上階。
 別行動で向かっていたメンバーの前に、新しい能面が現れた。
 彼こそ本物のラスボス――。
 能面Dだった。


「何故、このゲームを乗っ取ったんだ。何か訳があるんだろう?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)がハッカーをなだめるように言った。ラスボスを前にしても彼は動じない。
 優の目には、相手を責めるというより、本当が理由が知りたいという思いが込められていた。
「お前たちは、ゲームで死ねば現実でも死ぬと言った。それはお前たちも同じなのか? なら、俺はお前たちを殺さない」
 あくまでも対話で解決を図る優。
 だが。
 能面Dは、優の誠意を嘲笑った。
「殺サナイ? 自惚レルナヨ……」
 両腕を広げて上体を反らす。ハッカーは挑発するように見下した。
「貴様ハ、俺ヲ……『殺セナイ』ンダ」

「喰らいやがれ! 【アナイアレーション】!」
 彼らを遮り、剣を振り乱したのは猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)だった。
「せっかく探険しようと思ってたのに……。お前らの所為で全部お釈迦になったじゃないか!!」
 勇平は、観光できなくなった恨みをハッカーにぶつけていたのだ。
「……ピクニックが中止になった小学生か、そなたは」
 呆れ口調で言う魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)
「複だってそう思うだろ?」
「そなたと一緒にするな。まったく、フォローするわらわの身も考えよ」
 などと言いながら、彼女はこの事態を都合よく思っていた。
 ゲームの世界なら思う存分魔法が撃てる。
「どのみち、話し合いで解決できる相手じゃないであろう。ここは戦うしかあるまい」

【凍てつく炎】。【神の目】。SPが保つ限りのスキルを使い尽くす複韻魔書。
 足止めをくらうハッカーに、勇平の剣技が乱れ飛ぶ。
 獰猛な動きで参戦したのは神代 聖夜(かみしろ・せいや)だ。
 上半身を獣に変えた彼が、【ブラインドナイブス】を放った。しなやかな動きで敵を捉える。
 ただでさえ狭い能面の視界では、聖夜の姿を目視できない。左右から飛び交う高速のナイフに、ハッカーの体は切り刻まれた。
 聖夜の背後からは、優が軽やかに舞う。トリッキーな連携攻撃に敵は翻弄された。
「調子ニ乗ルナヨ!」
 能面Dが殴りかかるも、優はひらりとかわす。攻撃を受け流しながら肩に手を置き飛び越える。
 後ろに回り込んだ彼は、手際よくハッカーを拘束した。

「凍てつく炎!」
 またしても解き放たれた、アンビバレンツな魔法攻撃。
 今度は陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)によるものだった。
 魔道書の知識を駆使した刹那の術により、物理の法則がねじ曲げられる。
 極寒と灼熱がハッカーを襲った。        
「回復は任せてください!」
 神崎 零(かんざき・れい)が後方からサポートする。仲間たちの疲労は【ヒール】によって癒された。
 加速した優たちの動きを見て、零はすかさず【天のいかづち】を落とす。攻撃のタイミングはばっちりだ。
 まさに阿吽の呼吸。
 信頼によって繋がれた絆は、指揮のいらない、完璧な連携を生み出した。

 しかし。
 能面Dは余裕を保ったままだった。あれほどの攻撃を受けてなお、平然と立っている。
「言ッタダロウ。俺ヲ、殺セナイト」
 無機質な口調のまま能面Dはつづける。
「俺ノ能力ヲ、教エテヤル。ソレハ、コノ戦イニ――『必ズ勝利スル』」


「敵のいうとおりです。こちらが勝てる確率は、0%!」
 連絡を受けて駆けつけた小暮が、窓から侵入しながら言う。
「ここは一旦引け!」
 後を追うダリルもすぐに指示を出した。彼の合図により、メンバーはひとまず退く。
『絶対勝利』という、バランスブレイカーな能力を持つラスボス。
 為す術もなく皆が手をこまねいていると――。

 外部から、なななの連絡が入った。
「なんだか知らないけど、ハッキングがうまくいってるみたい!」
 元気いっぱいの声で彼女はつづける。
「いま敵のチート能力を解除するからね!」
 なななが言い終わるのと同時に。
 目。鼻。口。
 ハッカーの能面から、顔のパーツがすべて消えた。



 チート能力が解除された。
 のっぺらぼうになったハッカーは、宮殿が揺れるほどの唸り声を上げる。
「コレデ終ワリト思ウナ!」
 みるみるうちに、ハッカーの体が筋肉に覆われていく。
 マッチョ化する敵に身構えるメンバーたち。
 そこへ、再びなななの通信が入った。

「ついでに、宮殿のセキュリティも解除しちゃった!」
 彼女の台詞にかぶさって、天井が激しくぶち破られる音がした。
 上から現れたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。彼は【不可視の糸】を張りめぐらして部屋中を包囲する。
「まったく。人の楽しみを台無しにしやがって! ゲーマーを怒らせたらどーなるか……教えてくれる!」
 飛び降りながら【ポイントシフト】で急接近。ハッカーの前で【アブソリュート・ゼロ】を発動し、氷塊で押しつぶす。
「ハードにお仕置きタイムだ」
 最後の仕上げとばかりのフルパワーで【超理の波動】をぶっ放した。
 俊敏な動きとはうらはらに、ものぐさそうな口調で唯斗は呟く。
「しっかし、大変だったぜぇ。宮殿のセキュリティを破って、最上階に行くのはよぉ」

 セキュリティが解除したおかげで、侵入に成功したのは唯斗だけではない。
 小型飛空艇【エンシェント】に乗った高柳陣と木曽義仲が、最上階へ突っ込んできた。
「【迅雷斬】を叩き込んでくれる。覚悟せよ!」
 義仲が勢いよく飛びかかる。
 電撃を帯びた剣が、ハッカーをぶった斬った。

「むう。加勢したいが、わらわのSPは残っとらんぞ」
「なら俺に任せろ!」
 複韻魔書の嘆きを受け、勇平が飛びだす。残りの力を振りしぼって斬りかかった。
「サンダーブラスト!」
「天のいかづち!」
 後衛から繰り出されたのは、零と刹那による電雷魔法の合わせ技だ。

 人間避雷針となったハッカー。残りHPは限りなく0。
 痺れる体を震わせて、能面Dはどさりと崩れ落ちた。