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鋼鉄の船と君の歌

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鋼鉄の船と君の歌

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 晴天の空が広がる海の上を、宴を載せた艦は風を切り開くように進んでいく。
 輝く太陽に照らされた甲板上で、新造戦艦の就航記念パーティーは賑やかに開催されていた。
 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)は、手にしたワインを煽りながら水平線の向こうをぼんやりと眺めていた。
「おやおや笹奈ちゃん、未成年がお酒を飲んじゃダメなんだよ?」
 ふと背後から声をかけられ振り向くと、給仕姿の騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が悪戯っぽく笑っていた。
「お生憎様。騎沙良さんと違って、ボクはもうお酒を飲んでもいい歳なんだよ」
「ガーン! ひ、ひどいよ! 笹奈ちゃんは仲間だと思っていたのに!」
 大げさな仕草で泣き真似をする騎沙良に、笹奈は困った風に苦笑した。
「まぁなんにせよ、何事も無く船が出港できて、まずはなによりだね」
「そうだねー。教導団の人たちは、少しピリピリしてるけど」 
「あの噂、本当なのかな……?」
 そんな話をする二人に、清泉 北都(いずみ・ほくと)が声をかけた。
「噂が本当だとしても、教導団が守ってくれるなら安心だよねぇ。あ、騎沙良さん。僕とソーマにも、なにか頂けるかな?」
「はーい! 清泉ちゃんはジュースで、ソーマちゃんは、えぇっと……」
「ワインをくれ」
 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)はぶっきら棒に言い放ち。
 騎沙良はソーマの顔をじぃっと数秒見つめたのち、心得たように二度頷いてから、飲み物を用意しに場を離れた。
「どうなんだ、清泉?」
「今のところ、甲板上に怪しい気配は感じないねぇ。流石に、艦の中の様子までは解らないけどねぇ」
「なんでもいいさ。瑛菜のライブに支障が無いのならば、見えない所で何が起ころうと一向に構わん」
「さすがにそれは、どうかと思うけど。船が沈んじゃったりしないとも限らないし」
 ソーマの物言いに、笹奈は苦笑する。
 今日のソーマにとって、瑛菜のライブを鑑賞することこそが最大の目的なのだ。
「教導団も無能ではあるまい。だから俺は、ライブに集中させてもらう」
「やれやれ……。ところで清泉さん、例のテロリストの他に、こんな噂があるの知ってます?」
 笹奈が清泉の耳元にコソコソと囁きかけていると、シルバーソーサーに飲み物を載せて騎沙良が舞い戻ってきた。
「おまたせしましたー! はい、清泉ちゃん。こっちは、ソーマちゃんの分!」
「ありがとう、騎沙良さん」
 グラスを受け取る二人に、騎沙良はにこやかに恭しくお辞儀をして見せた。
 ソーマは赤紫色の液体が入ったグラスを一口煽ると、途端に眉をひそめた。
「……おい騎沙良。なんだ、コレは」
「ブドウジュースだけどー」
「……ワインと言ったはずだが?」
「ギリギリアウトかと思って!」
 騎沙良はてへっ! と可愛らしく舌を出して見せた。
 ソーマは重い重い溜息を吐き出したあと、グラスの中身を一気にぐいっと飲み干した。
「皆様ご心配なく! 会場の警備は万全完璧無問題! 仮にテロリストなんざ現れた所で、モノの五秒で鎮圧完了です!」
 騎沙良は無い胸をえへんと誇らしげに張って見せた。
 確かに、会場には正規の教導団兵士の他に、見知った契約者達の顔がちらほら見受けられる。
 これならば確かに、テロリストとやらもよほどの阿呆でなければ、下手な行動は起こせないであろう。
「となると、残る懸念材料は……」
「あ! 瑛菜部長のライブ、始まるみたいですよ!」
 乾いた破裂音が鳴り響き、続いてエレキギターの重厚なサウンドがスピーカーを伝って大気を揺るがす。

「みんなぁ! あたしの歌を聴けぇ!」

 熾月 瑛菜(しづき・えいな)の叫びが、轟く音色が、会場を一瞬で熱狂に包み込んだ。
「きゃー! ぶちょー! すてきー!」
 騎沙良はどこから取り出したのやら「瑛菜部長 お慕い致しております」と、
 やたら達筆に書かれた『番宣うちわ』と思わしきうちわを取り出し、黄色い声を上げていた。
 半ば職務放棄である。
 しかも配布されているらしく、そこかしこに同じうちわを持った参観者の姿が見受けられた。
 笹奈とソーマも、熱にあてられたようにライブへと心奪われていった。
 
 そんな中で、清泉はグラスに注がれたリンゴジュースを煽りながら、頭上に見える司令ブリッジを眺めていた。
「ローレライ・システム、か……」

 宴はまだ、始まったばかりである。