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【猫の日】ニャンルーの知られざる生態

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【猫の日】ニャンルーの知られざる生態

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■ 密林 ■



 喫茶店のよくある風景から一転して、そこは《誰か》の夢の中。
「っ!? (な、なんだこの幸せ空間は!)」
 頭を両手で抱えて衝撃を受けたのは目を醒ましたレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)だった。彼女は軽く二十は超えるニャンルー達に囲まれて事態の把握よりも先に、ニャンルー好きの心を射止められて、驚くよりときめくことで忙しかった。
 と、一匹が軽く頭を振ってレティシアに近づいた。
「えぇと……? なんだか猫さんになった気が致します」
「な、その声……まさか主はフレンディスか?」
 見れば毛色や瞳の色がパートナーであるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)と同じだ。
「レティシアさん? も、猫さん……いつからニャンルーになったんですか?」
 これは夢なのでしょうか? と、フレンディスはニャンルーになってしまった自分の体をぽややんとした目で見下ろした。手を握ったり開いたりしてみる。肉球がぷにぷにして面白い。
「ふ、ふむ、今一体何が起きたというのだ?」
 普段戦闘以外の興味が薄く視線も厳しいレティシアがまさかのニャンルー化に嬉しさと動揺を隠し切れないらしく、瞬きが忙しない。
 首を傾げるフレンディスとレティシアの側にニャンルーモミジが近づいてきた。
「にゃ!」
 自分自身ニャンルーになってしまったという状況を把握しつつあったはフレンディスはモミジの声に顔を上げた。
 向けた視線の先で、一匹のニャンルーが立っていた。
 誰かが組み立てたのかわからないキャンプの前で目覚めた契約者達に向かってニャンルーのマシュマロ・オイシイは深く深くお辞儀をしたのだった。



「さぁ、にゃんネル! 冒険しよーニャ!」
「にゃーッ!」
 巨大サトイモの葉を傘代わりにした黒乃 音子(くろの・ねこ)は傍らのニャンルーにゃんネルと共に意気込みを発した。
 マシュマロから一通りの説明を受けて出発し最初に出会った試練は密林の豪雨だった。
 シャワーの様な雨は毛が濡れて体に張り付き重たく不快感この上なかった。団体行動中の何匹かが既に音を上げている。
 ので、音子は大きなサトイモの葉の真ん中を切り抜くとそこに頭を突っ込み即席の雨合羽を作った。サトイモの葉の傘と合わせればこれ以上濡れない。ついでに適当な枝も調達だ。軽く素振りをして、フェイタルリーパーのスタンクラッシュが上手く発動できるかイメージトレーニングをしてみる。
 これは、ただの遠足ではない。密林には危険なもんすたーが居ると聞いた。武器も必要だろう。
 そう、此処には巨大トカゲに似た走るもんすたーが跋扈しているのだ。彼等は獲物を見つけるともの凄いスピードで近づいてくるのでその迫力に思わず、
「うわああぁっぁ――!」
そんな叫び声を上げてしまう。
 って、え、悲鳴?
「孫市さん! 隆政さん!」
 皆がそれぞれ雨対策やら安全対策やらやっている中、ちょっと面倒だなと遠くを眺めていた滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)は、その遠くにいた走るもんすたーとばっちり目が合ってしまったのだ。
 獲物だロックオンとばかりにまっしぐらと疾駆する走るもんすたーに堪らずパートナーの雑賀 孫市(さいか・まごいち)道田 隆政(みちだ・たかまさ)の二人の名前を叫ぶように呼んだ。
 にゃぁにゃぁと効果音が聞こえてきそうな洋介の慌て様に孫市と隆政は互いに目を合わせると左右にそれぞれ跳躍する。
「走るもんすたーか。牙と爪は武器に使えそうじゃのぅ」
「お任せあそばせ」
 隆政の呟きに即席ショットガンを構える薄茶色のニャンルー孫市は、にっこりと温和に微笑んで、トリガーを引き絞った。
 銃っぽく見える枝を中心に組み上がった手作り武器は想像以上に良い出来で、はじける木の実の勢いのまま、撃ち出されたクロスファイヤが走るもんすたーの顔めがけて炎を奔らせる。
 雨に濡れた体は確かに毛が水分を含んで重たいが、重い鎧を纏って戦場を駆け巡った隆政にとってそれは重いの部類には入らなかった。泥濘む地面を蹴って走るもんすたーに肉薄すると直前に拾った枝っ切れをその体にぶち当てた。轟雷閃の衝撃にもんすたーの体が横にずれる。傾いだその先には同じく枝を構えたニャンルー洋介が待ち構えていた。
 爆炎波の火柱が上がる。
 雨が降っているなんてなんのその、軍隊で訓練を積んだルカルカ・ルー(るかるか・るー)達に自然の脅威はある程度耐性がついているのだ。ニャンルーの身軽さでもって樹から樹へぴょんぴょんと愛らしく移動し、進路を選んでいたルカルカは上がった火の手にマシュマロ達が歩きやすいようにと道を作っていた妖精の領土を揉み消した。
 足場になっていた枝をドラゴンアーツとアイアンフィストを併用した拳で叩き折ると、枝と共に地面に着地した。へし折った枝を鈍器代わりに構えるルカルカへ青色のニャンルーもといダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が「敵だ」とばかりに頷く。その隣には先ほどまで、ダリルがニャンルーになってしまったことでますますいがみ合っていたニャンルーダリルも同じ眼差しで火だるまになっている走るもんすたーに視線を向けていた。
「さっそくお出ましってわけね」
 ニャンルーと走るもんすたーの体格差を考慮に入れて、ルカルカがジャイアントキリングを周囲に対して展開する。
「先程の轟雷閃が効いている。一気に叩きこむぞ」
 回復させる暇など与えないとダリルが熾天使化に小柄なその背中に光の翼を広げた。
「全裸だというのに、なんでこんなに健全な雰囲気……ああ、全裸だというのに、全裸だというのに」
 雨に濡れるのも厭わずというか、雨に濡れていることすら自分が受けている衝撃の前では全く気づけずにいるレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、ただ、もう、前を歩くニャンルーニャンルーに、ほぅと悩ましげなため息を吐いた。そして鼻血垂れ流しの彼女の鼻にクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)がティッシュを詰めていく。毛だらけで拭くのもやっとだろうに、レオーナのティッシュ箱である彼女のその手つきはとても事務的で手馴れていた。しかし、どんなフィルターがかかれば鼻血が垂れるという現象が起こるのだろうか。
「ってもんすたー!」
 滅技・龍気砲によって目の前に吹っ飛んできた走るもんすたーにレオーナは当初の目的を思い出した。
「そうよ、これはマシュマロくんの愛の試練。マシュマロくん!」
 先行くマシュマロにダッシュで肉薄するとガシっとその首根っこを掴み、
「いい? 試練を乗り越えてこそ、男になれるのよ!」
正論をぶちかまして、躊躇いなくスローイングした。華麗に投げた。
 そして、綺麗な弧を描いたマシュマロは、ボッコボッコにされて気が立っている走るもんすたーの顔面に見事的中したのだった。
 ぼてっと地面に落ちたマシュマロはお怒りなさって湯気っているもんすたーに腰を抜かした。その場に尻餅をついて、両耳を両手で塞ぎ、ぎゅっと目を閉じる。
 まな板の鯉よろしく現実逃避したマシュマロに向かって二足歩行なトカゲそっくりの走るもんすたーが爪も鋭いその前脚を振り上げた!
 凶爪が振り下ろされるまさのその瞬間、シュっと飛び出した影があった。あわや凶爪の餌食かと思われたマシュマロを、泥濘る地面に臆すること無く走りこんだ葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が滑り込みで掻っ攫った。回避率を上げるためと揺らめいた吹雪の分身の術に惑わされて爪が空を薙ぐ。
 ゲリラ戦を得意とする彼女はそのまま大きく跳躍し、もんすたーの頭に飛び乗ると空いている片手を体の横に大きく開いた。
「この肉球の力、見るがいい!」
 手刀でもってもんすたーの顔を大きく引っ掻き、間合いを取るように地面に着地した。マシュマロを地面に捨てると、腕を組んで華麗な直立を決め込み、顎を僅かに上げる。
 思わぬ目潰し攻撃にのけぞった走るもんすたーはそんな吹雪の仁王立ちに、ハタ、と気づいた。
 そして、後悔する。
 たかがニャンルーと侮っていた。
 温和な雰囲気なのに隙を感じさせないフレンディス、
 スタンクラッシュの発動をもって一撃必殺を狙っている音子、
 頼りなく目が合ったから最初の獲物と決めた洋介の先ほどとは違った気迫、
 大きめの枝を鈍器に見立てて握り込み体格差があるのに余裕と笑うルカルカ、
 遠くから応援しているが逃げるわけでもなく怖がらないレオーナ、
 誰かがピンチになるまで待ってたことを突っ込まれても聞こえないふりで押し切った吹雪の先ほどの身のこなし、
 囲まれて、走るもんすたーは戦慄した。
 こいつらただのニャンルーじゃない!
「さぁ、一狩り行こうぜ!」
 音子の台詞に、走るもんすたーを囲うニャンルーとなった契約者達はその輪を狭めた。