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■ ランダムチェンジ ■



 持っていたサイコロはもう跡形もなく消え去っていた。
 何も無い掌を見つめて、奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)は首を傾げる。
「消えてしまったわ。どうして消えたのかしら?」
「そ、そうだね。どうして消えたのかな?」
 返答する者の存在に気づき、ふぃと沙夢は雲入 弥狐(くもいり・みこ)に目を向けた。
 沙夢の瞳に好奇心という名の光の揺らめきが見えた気がして、弥狐は反射的に身構える。
「サイコロを振ったのはいいけれど、なんで振ったのかしら?」
「沙夢?」
 名前を呼ばれても沙夢は、両手を軽く広げ、そういえばこのくらいの大きさだったかとサイコロの形を思い出す。
「結構大きめだけど、なんのために作られたのかしら」
「え、えと……」
「それよりも、なんでこんなところにサイコロがあったのかしら?」
「何か突然に出た感じだったよね……って、なんかいつもと違う!」
 ようやく弥狐は現状を理解した。
 弥狐の知っている沙夢は聞くことよりも聞いてくれることの方が多い女性だ。しかもこちらが戸惑うような配慮のない質問の仕方はしない。
「いつもと違うって、どこがどう違うの?」
 随分と答えにくい質問を重ねてきた。弥狐はきゅっと下唇を噛む。
「違うよ。沙夢はこんな困らせるような質問しないんだよ」
「そうなの?」
 質問に答えると沙夢は少しだけ嬉しそうに表情を緩めた。弥狐は頷く。
「そうだよ。それにいつもはあたしが沙夢に聞くことが多いもん」
「じゃぁ、私が答えることが多いの? 私は何でも知ってるの?」
「何でもはわからないけど、色々教えてくれるんだよ! あたし教えてもらう度に沙夢は凄いなぁって思って……思って――よし!」
 弥狐は腹を括った。
「あたしで良ければ答えてあげるよ」
「本当?」
「うん。何が聞きたい?」
 質問に答えれば嬉しそうにするパートナーに、繰り出される質問に頭を抱えながらも弥狐は答えていく。立場がまるっと逆転してしまったが、これも悪くないかもしれない。
 しかし、どうしてこんな事になったのだろうか。と、本当なら弥狐が聞きたいくらいだった。



 震える手からサイコロが地面に落ちた。
 出目を確認する前に足元から這い上がってきた悲しみに水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の両眼は張り裂けんばかりに見開かれていた。
 非番を楽しもうと訪れたカフェ。普段ならきっと不審に思い警戒はすれど見向きもしなかったのに、お茶うけのひとつになればと降って湧いたサイコロを振ったパートナーの異変にマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はすぐに気づいた。
「カーリー? どうしたの? 具合でも悪いの?」
 俯き肩を震わせるパートナーにすわ何事かと持っていたカップをテーブルに置いた。
 ゆかりを包む悲しみは凪の海のように穏やかながらその水面下はえぐりこむような疼痛でもって、彼女を執拗に攻め立てている。
 ゆかりは純粋な悲しみを突きつけられて、堪えようとも耐え切れず粉々に砕け散った自分の脆さに、自身の安定を欠いた。
 終には両肩を抱き竦めるように心を閉ざし静かに泣きはじめたゆかりに、マリエッタも狼狽に慌てた。
「ちょっとカーリー! 何があったの?」
 泣きだした理由が見つからない。しかもこんなに悲壮そうに声を殺して泣くシチュエーションが数秒前にあっただろうか? むしろ、互いに笑いながら次の話題をと互いをせっついていたではないか。
「ねぇ、大丈夫?」
 ただひっそりと目を閉じても流れ出る涙に、何をそんなに耐えているのか見てる方が辛くなってきたマリエッタがそっとゆかりに身を寄せるとその頭を優しく一撫でした。
「大丈夫よ、カーリー。泣かないで」
 幼い子供にするように手を握って再びゆかりの頭を撫でる。やさしく、何度でも。
 そうしている内に少しは落ち着いてきたのが重ねる掌の感触で気づき、マリエッタはここいらで甘いものでも食べさせてあげようと店員の姿を探した。
 店員を呼び止める為僅かに動いた、挙げかけたマリエッタの手をゆかりは止めるように、掴んだ。
 まるで抱きつくように縋り付いてきたゆかりにマリエッタは出かけた言葉を飲み込んだ。
 涙に沈む目が救いを求めている様だ。
「マリー……お願い……私を……私を見捨てないで……」
 顔を伏せて懇願するゆかりにマリエッタは彼女の肩に自分の手を乗せた。
 懇願に応える答えをマリエッタは持っている。彼女の信頼に値する思いをマリエッタは持っている。声に出して言葉にする代わりにマリエッタはいつまでもゆかりの背を撫で続けた。



 地面に転がしたサイコロの目を確認して顔を上げたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は稲妻に打たれたかのように、ビビビっときて一瞬その動きを止めた。
 と、思ったら素早くその場に片膝立ちすると、相手のその手を掴み自分の方に軽く引き寄せた。
「どうしたと言うんだろうか、こんな所で会うなんて」
 強面すぎる外面をこれでもかと爽やかにさせて第一声を発したジェイコブの姿は、サイコロですの運試しなんて可愛らしい面もあるのですわねと微笑ましく見守っていたフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)の表情を一瞬にして凍らせた。
「否、いつでも見つけることができたのかもしれないが、すまない、オレの目が曇っていたようだ。今、やっと、やっと今、見つける事ができた」
 目を輝かせ、ジェイコブは引き寄せた女性の手を今度はがっしりと両手で握りこむ。
「そうだな。驚かせてしまうな。でも、おまえは怒っていい。世界は広いかもしれない。しかし、広いからといってそれを理由に今までおまえを見つけられなかったオレにおまえは怒っていい。むしろ叱ってくれ」
 道行く人がその足を止める。ドラマにしか思えぬ、普段ならまず聞くこともないジェイコブの台詞に野次馬が垣根を作り始めた。何人かはカメラやスタッフを探している。
 粗暴で無骨。見るからに軍人然の強面のアラサー男に低姿勢で熱く情熱的に迫られたら反射的に恐怖を覚え引け腰に誰もがなるだろうが、しかし、相手が良かったのか悪かったのか、熱を帯びる手でしっかりと想いを伝えるジェイコブにミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、熱意に潤む目で首を左右に振った。
 目が合った瞬間、愛のキューピットが放った恋の矢は心臓の奥底まで深々と突き刺さった。
 これを、この出会いの衝撃を運命と言わずして何と表現しよう。
 うっかりゾロ目を出したミルディアの方が若干サイコロがもたらす恋の魔力が強いかもしれない。
 ジェイコブのアタックに声に出して応える余裕が無かった。恥ずかしくて苦しくて、言葉以上に想いが溢れて、まさかの相思相愛に幸せすぎて今にも気絶しそうだった。
 怒らないと首を何度か横に振って、じっとジェイコブの目を見つめた。
 言葉なんて要らない、ミルディアの無言をそう受け取ったジェイコブは思いの丈を言葉にすることを止めた。
 ミルディアが動いたことで互いの距離がまた一歩分縮まる。
 また、見つめ合いの沈黙。
 上目遣いに子犬のような目で見つめられ、その愛らしさにジェイコブは堪らずミルディアを抱きしめた。
 ミルディアもまた、抱きしめ返す。
「あの……好き」
 恋する乙女の瞳を閉じてやっと告白するミルディア。ジェイコブの彼女を掻き抱く腕に力が入った。
「オレもだ。愛している。結婚してくれ!」
 ちゅっどーん。で、ある。フィリシアの限界が突破した。
 ウェディングベルをも吹っ飛ばす勢いで怒髪天をついたフィリシアの噴出した嫉妬がどす黒くとぐろを巻いて、午後の穏やかな空京の空に風雲を呼び寄せる様だった。
 垣根を作っていた野次馬たちが、蜘蛛の子を散らすように散開する。
 この後の描写はできれは控えたい。