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■ ランダムチェンジ ■



「素晴らしい」
 クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)の呟きは、ひとつでも多くの功績を積み上げようと燃え上がっているレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)の耳には全く届いてなかった。
 どうして素晴らしいと呟いてしまったかというと。
「ぎゃぁ」
 背後から胸元にそっとゴボウを挿し入れられた被害者がまたひとり悲鳴を上げた。小さなことでも意味があると信じて挑戦し続けるレオーナが次なる獲物を求め、すり足の奇襲体勢を整えている。
 騒動を引き起こした黒幕が居ると犯人探しを宣言したレオーナはいつもならここから既に暴走モードなのだが、今日は違った。彼女は現在目先の目標に囚われて、暴走して突っ走るどころか、道行く人々になんだかんだゴボウを提供しようとして一メートルも進んだかどうかなのだ。
「素晴らしい」
 この際ゴボウの被害人数など数えず、言葉を重ねてしまうほどクレアは感激してしまう。
 女の子の事すら二の次にして、
 背後から気付かれないよう、ポケットやカバンにそっとゴボウを挿したり、
 背後から気付かれないよう、鼻の穴にそっとゴボウを挿したり、
 背後から気付かれないよう、尻にそっとゴボウを刺したり、
 レオーナは完全なるゴボウ挿し(刺し)――しかも、背後からの――の挑戦者になっていた。
 全ての被害に見て見ぬフリをするクレアは幼き神獣の子をレオーナから借りると一人空に舞い上がった。
 自然にあんな煩悩に塗れた人間が変わるわけがなく、これは誰かの手が加えられている。発端と思しき人物を探して空を滑った。
 挑戦者ではないクレアにも明確な目的が生まれた。犯人に是非とも一目会いたい。



 苛立ちは、抱えている違和感からくるものだった。
 怪しいサイコロを全力で遠くに投げてから、体中に蓄積される違和感が半端無くて、苛立ちに柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の眼差しは剣呑な光を帯びていた。
 ここまで理不尽に自分の中に腕を挿し入れ掻き回す感覚は魔道具の類かと目星をつけて、周囲の人間を捕まえては事情を聞いてく。
「早い所この状況を片づけねぇとマズイ事になるな」
 独り言が漏れる。
 情報収集をしても誰ひとり心あたりがないと言う。
 けれど、道行く人に訪ねる自分を止められない。
 こうするだけでも必ず意味があると信じて他の手段に中々移れない自分に気づいていたが、止められないのだ。
 そして、なによりパーソナリティを強制的に書き換えようとしている見えざる手に、不快感で目の下の皺が増えていく。
「誰だよ、てめぇ……」
 苛立ちに狂気が混ざりつつあった。
 勝手に人の中で何をしていやがる。と。




 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が展開しているディテクトエビルに反応が返ってきた。
「やはり悪意満載と言ったところか。愉快犯なのだろうねぇ」
「ビンゴ、って奴だね」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はメシエの手を更に強く握った。
 甘えたい気持で一杯のエースは原因が何なのか心当たりがあった。不可抗力でうっかりサイコロに触ってから随分と自分の様子がおかしいから、すぐにそれが魔法の類だろうと予想を立てて術者を探していたのだ。
「だから得体のしれないものに安易に触るなと、もう少し警戒心を持ち給え。それと、手を離しなさい」
 厳しい眼差しのメシエにエースは首を左右に振った。
「だってこうしないと落ち着かないんだもの」
 そう言われてしまえばメシエは腕を振り払うこともできない。手を繋いでる以外にエースにそれらしい変化が無いのなら、手を離すのは賢くないなと判断を下す。
「で、どっち?」
「あっちからだ」
 籠手型HCに情報を流し応援を頼む二人はやがて少女の姿を見つけた。
「あぁら、仲がいいのねぇ」
 ビルの屋上から、様子を間近で観察したく人でごった返すデパートの前のベンチに腰掛けているルシェード・サファイスは、見覚えがあったらしくにんまりと機嫌よく二人を出迎えた。
「君の仕業だったんだね」
 相も変わらず魔女然とした白いローブを着込む彼女は発見されたからといって慌てた様子を見せない。
「エース、連絡ありがとう。案外近くて助かったわ」
 連絡を受けて現場に一番早く駆けつけたのはゴッドスピードとバルキリの羽で空から急行してきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の二人だった。
 ルカルカは犯人ですと笑うルシェードに心の底から残念と言わんばかりにため息を吐いた。
「全く、苦労したのよ。サイコメトリーしたらサイコロは消えちゃうし、手がかりらしい手がかりは見つからないし、あなた本当に賢しいわよね」
「お褒めに預かり大光栄ぃぃ」
「褒めてないわよ。それにこんなことはいい加減にやめなさいって言ってるじゃない」
「証拠一つ残さず一瞬で変化をもたらす手腕は確かに褒めたいところだが、使い所を何故正さない?」
 性格の変化で、綿密で注意深い理想の捜査官になったパートナーをこの短い時間見ていたダリルは勿体ないと感じる反面、それをもたらしているのが外部からの強制的干渉と知って嫌悪を顕にしていた。
「そんな説教されても困るわぁ」
「あなたが犯人なのはわかったわ。術を解いて貰いたいんだけど」
 言うルカルカに少女はくすすと笑うばかりだ。
「そうか。お前が変わらない限り、こうするだけだ」
 態度を改めない少女にダリルの行動は早かった。攻撃するついでに拘束できればと振り上げた鞭は、しかし、ルシェードの足元を軽く叩いただけだった。
「何故ミイラを出さない」
 微動だにせずベンチに座るルシェードにダリルは眉を顰めた。
「やっぱり最初は威嚇よねぇ。場所が悪いものぉ」
「じゃぁ、大人しく捕まろう?」
 ひと目を気にしている少女にエースは街路樹にエバーグリーンを吹き込んだ。蔦状になった植物がルシェードに届く寸前、大規模なホワイトアウトがその場にいた全員の視界を奪う。
「まぁ、安心するといいわぁ。個人差はあれど、あと保って数分よぉ」
 声だけを残して、少女の姿は街中から消えたのだった。



「ってあらぁ。はなちゃんじゃないのねぇ」
 十分な安全圏まで連れて来られたルシェードは自分が運んだのが知っている悪魔ではなく佐野 和輝(さの・かずき)であったことに目を瞬いた。
 電子ゴーグルを手に持つ和輝に遠くから覗き見られていたことを悟った。
「ふぅん? なぁにぃ、見てたのぉ?」
 和輝以外にアニス・パラス(あにす・ぱらす)禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の姿もあることに機嫌を損ねるかと思われたルシェードはただ笑んだままだ。
「収穫は?」
「上々ぉよぉ」
 問う『ダンタリオンの書』にルシェードは頷いた。
「しかし、ランダム性が強くはないか? それは欠点にしか見えないが?」
「別にランダムでも構わないわぁ。重要なのは速度と侵食レベルよぉ。速度は合格、侵食レベルはムラがあったのが減点ポイントねぇ」
 問題性を指摘されても少女の表情は実に楽しそうである。
「で、和輝ちゃんははなちゃんにご報告ぅ?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「顔に書いてるわぁ。そうねぇ、親切に助けたりしてくれるからぁ、あたしから忠告してあげわぁ」
 煙幕のようなホワイトアウトはアニスが居れば容易いし、ポイントシフトでピンポイントにルシェードを掻っ攫ってさっさと逃げるのなんてそれこそ和輝が得意としているのを知っている魔女はにやにやしながら内緒話でもするように囁いた。
「はなちゃんはぁ、あんまり信用しないほうがいいわよぉ」
 と。