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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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天空の博物館~月の想いと龍の骸~

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 そのほんの小さな異変にはじめに気付いたのは、雪比良 せつな(ゆきひら・せつな)だった。
 開館準備が続けられる、博物館内。紙コップのコーヒーを片手に、遠山 陽菜都(とおやま・ひなつ)と休憩をしていて。
   
「?」
   
 困ったような顔で端末に視線を落とす、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)のことが目に留まった。
   
「どうしたの?」
「あ。その、ちょっとね」
 肩を竦めて、彼女は苦笑いをする。手元の画面をふたりが覗き込むと、表示される名前は『蒼の月』。
「展示の方法に変更があるらしくて、確認をしようと思ったの。でも、さっきから繋がらないんだよね」
「──繋がらない?」
 たしかにそれは、学芸員である彼女の立場としては色々な説明プランの調整もあるだろうから、困った事態である。
 だが、変だな。思って、ふたりも自身らの端末を取り出してみる。けれどそちらには特に問題はない。ということは、この博物館の場所が問題というわけでもなさそうだ。
 じゃあ……なぜ?
 発掘現場のほうになにか、問題でも起こったということだろうか?
「気になるわね」
「ええ」
 無事に──化石が届いてくれるといいのだけれど。
   

   
 状況が、わかっているのか? 発掘テントの幌を広げて、背後から放たれた言葉に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は振り向きもせず片手を軽く挙げて応じる。
「そっちは任せると言ったろう。ぎりぎりまで、俺は作業を続けたい」
「それは聞いたが……」
 夢中になるのはいいが、ここがやられる可能性もあるんだぞ。
   
 ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)の諫言が続くも、やはりグラキエスの手は止まらない。
 考古学者としての血がうずくのか──データを打ち込んでいくタイピングの指先が、かたかたと音を鳴らし続ける。
 まだ、このテントのことは襲撃者たちに気付かれてはいないようだが。
 それでも既に、相棒のアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が戦っている。
   
「無理はしない。それでいいだろう」
「……心得た」
   
 踵を返し、立ち去ろうとするゴルガイス。しかし入れ替わりにやってくる、魔導書とドラゴニュートのペア。
「よかった、ここはまだ無事みたいね」
 ルカと、カルキノスのふたりだ。同族ながら、ゴルガイスは思わずカルキノスのその姿に警戒をする。
 襲撃者は他ならぬドラゴニュートたち。まさか、こいつらも?
「心配するな、俺たちは骨を運び出すのを手伝いに来ただけだ」
 ちらと一瞥するグラキエス。一瞬だけ振り返り、そして、
「そこのケースの中身は調査が完了しているぶんだ。先にそれを持って行ってくれ」
「オーケー。任せといて」
   
 金属ケースを持ち上げはじめたルカとカルキノスをゴルガイスは見つめる。
 そんなに疑わしく思うのなら、一緒に来るか。カルキノスが彼のほうをそう言いたげな視線で、見返していた。
「……いや。襲撃者たちの迎撃に向かう。ここは頼む」
 小さく頭を振って、ゴルガイスはその場を離れた。
 同胞同士──疑いあっていては意味がない。だって、これから自分たちは、その同胞を説得し、止めねばならないのだから。
   

  
 こういうときは、そこそこ名が知れているというのは便利だな、と十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は思う。
 大した相手ではない敵も、そこそこにやるな、とわかる者も。うかつには斬りかかってこない。おかげで、守らなくてはいけないものがある状況にはむしろありがたい。
「もう一度言う! こんなことはやめろ! これは警告だ!」
 打って出て、そして説得をこちらからやっていける。
 こうやって時間を稼いでいるうちに、発掘が完了すればそれでこちらの任務は達成。蒼の月を、逃がすことが出来る。
「リイム! 蒼の月は!?」
「彩夜さんが連れていってくれてまふ! ご無事でふ!」
 相棒のリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)も、同じようにドラゴニュートたちを迎え撃つ。だが、それにしても──……、
「この砲撃! どうにかしないと厄介だな!」
 次々と着弾するロケットランチャー。今のところこれで重篤な被害を受けた者はいないが、避けながら、常に意識をしながらの戦いを強いられるのは面倒なことこの上ない。
 誰かがこれを、止めにいかなくては。
   
「大丈夫だ! 今、フレイが行ってくれている!」
   
 宵一と背中合わせに、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)
 彼のパートナーが、既に動いている。だからここは、自分たちで押さえなくてはならない。
 三方向からの同時挟撃。跳躍し、空中で直接それを迎撃する。
 ベルクは右、宵一が左。そしてもうひとりは、ぴたり同じタイミングで現れた竜人によって叩き落とされる。
   
「おせーぞ! ゴルガイス!」
「……すまんな。それも、これも」
   
 急ぎ駆けつけたゴルガイス。同胞を死なぬ程度に打ちのめし、彼はそこに仁王立つ。
   
「輸送の手はずは?」
「続けている。もう少し、ここを持ちこたえれば問題ない」
「了解だ!」
 三人が、三方向に散っていく。
 願わくば、手を下すのではなく言葉で彼らを止められることを願いながら。それでも、不可避の激突には負けぬために。
 死した者と、それを想うものの願いを叶えんと、その力を振るう。
   

   
「危ないっ!」
  
 もう何度目になるだろう。また、爆風を背後に地面を舐める。ふたり、大地に身を倒し、縮こまらせる。
   
「……大丈夫、ですか?」
「ああ。……すまぬ、世話ばかりかける」
 そうして、彩夜は蒼の月とともに目的の場所を目指す。
 退いているのでは、ない。それだけならばもっと簡単にできている。
「おのれ、最近は経営にばかりかまけすぎたか。もう少し、動けると思ったのだが」
 やつらの狙いが自分なら、こちらに連中を引きつける。一部とはいえ分散させられれば、そのぶん戦う皆が有利に戦闘を進められるはず。
 蒼の月は、そう言って自ら囮となった。そして同時に、皆の行動をやりにくくしている砲撃の雨を止めんと動いている。
 他の誰でもなく、彩夜を伴って。
   
「──待ってください」
「彩夜?」
   
 立ち上がりかけた蒼の月を制し、彩夜は先に立つ。
 周囲に感覚を研ぎ澄ませて、音に意識を集中する。
「!」
 一瞬でも遅れれば、やられていた。そのタイミングで、防御壁を展開する。
 弾かれた攻撃は──毒針。
「誰ですか! 出てきてください!」
 ゆらり、周囲の空気を揺らめかせ、切り裂いて。森の木々の間より飛んできたそれが大地に落ちる。
「想定していたよりも、優秀な方のようですね? 侮っていました、謝罪しましょう」
 その、飛んできた方向から発せられる声。やがて現れるは、蜂を模したような姿のギフト。女王・蜂(くいーん・びー)
   
「ですが、詰めが甘い」
「!?」
 背後からの殺気。身構えていた彩夜はとっさ、蒼の月を庇う。
 いつの間に放たれていたのか、蒼の月を狙った短剣が閃く。視界の隅でどうにかそれが見えた。同時、わき腹を抉る激痛。
「彩夜!」
「……っ、怪我は……ありま、せんか……?」
 蒼の月を守れたことに安堵しつつ、ダガーを受けたわき腹を押さえる。思ったよりも、傷は深い。でも。
 彩夜は立つ。蒼の月を、その背に。ギフトへと、向き直る。
「おやめなさい。その傷の深さは、止血を優先しないと死んでしまいますよ」
「それより──ここを押し通ります……っ!」
 立っただけで動けはしない。けれど、ここで終わるわけにはいかないのだ。蒼の月は、自分が守らなくてはならない。彼女のために、やってあげたいことがある。その気持ちが彩夜を奮い立たせる。
「気迫だけは買いますが……では、遠慮なく討たせていただきましょう」
 再び放たれるリターニングダガー。更に毒針も、発射をされる。
 それだけでは終わらない。紺碧の槍を構えての、三段構えの攻撃だ。
   
「長き眠りにつきし者を、展示などと言って見せびらかす。人とは本当に愚かな事をするものです」
   
 当然、彩夜に避ける力などあるわけがない。朦朧とした中、蒼の月を庇うのに立っているのがやっとだ。
 せめて、守らなくては。ほかの誰かが追いついて、合流してくれるまで。盾になるしかできなくてもいい。
 敵の突進。それを見据えながら、心を決める。
 自分は、蒼の月を守る。そのことだけを今は考えるのだと。
   
「彩夜!」
   
 迫る槍。ダガー。そして毒針。すべてをこの身に受けても、守る。防護壁は、蒼の月にだけ展開する。
 そう、意志は固まっていた。捨て身で、かまわなかった。
 だから──みっつの影が自分を守ってくれたことを、一瞬彩夜は理解できなかった。
 放たれた技、そのみっつすべてがどれも自身へと届かなかったということを、認識するのにひとときの時間を必要とした。
 そして聞いた。背中の向こう側から近付いてくる、エンジンとタイヤの唸りの音を。