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リアクション
chapter2.甲板での攻防
「あっちは楽しそうなことをやっておるのう」
シルヴィオが雲海の藻屑になりかけているころ、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)はルミナスヴァルキリーの上空にいた。パートナーのヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)を後ろに乗せ、魔法の箒にまたがっている。
「さて、麗しの女空賊殿もおることだし、わしも手助けするかの。ディテクトエビルは……必要ないようじゃな」
ルミナスヴァルキリーの掲げる2つの旗の周りには、既に数多くのキメラが飛び回っていた。ファタは超感覚で発言させた黒猫の耳と尻尾をぴんとのばし、サンダーブラストで眼下のキメラたちを一網打尽にしようとする。そのとき、ヒルデガルドが突然箒から飛び降りた。
「ヒルダ!?」
「グダグダ考える必要ねぇぜ! キメラだろーがなんだろーが、獣なら眉間殴りゃー堕ちるだろーがァッ!」
ヒルデガルドは落下の勢いにバーストダッシュを乗せ、キメラの群れに突進していく。彼女は次々とキメラにぶつかりながら、ルミナスヴァルキリーの甲板にぐんぐん迫っていった。
「あの馬鹿者がっ!」
ファタは、自分もバーストダッシュを使い、急いでヒルデガルドの後を追った。
「さあ、私たちも行くわよ」
甲板では、エネクに乗ったフリューネが、正に出撃せんとしているところだった。その目の前、甲板に激突する直前で、ファタはヒルデガルドを受け止めた。キメラとの衝突でヒルデガルドが減速した分、間に合ったようだ。
「わっ」
フリューネは、驚いて身を仰け反らせる。
「やあ、すまぬすまぬ」
頭を掻きながらひきつった笑みを浮かべるファタに、九条 風天(くじょう・ふうてん)が話しかけた。
「おや、ファタさんではありませんか。一体何があったのです?」
「ん? ああ、おぬしか。これはじゃな……」
ファタは必死で言い訳を考える。興奮したヒルデガルドは、ファタの腕の中で空気を読まずに声を発した。
「ハッハァー!! ゾクゾクして濡れちゃいそう……!! ねえ親分、今のもういっか――」
ファタは無理矢理ヒルデガルドの口を塞ぐと、ヴァルキリーである彼女の翼を示して風天に説明した。
「そう、さっきキメラを捕まえたのじゃ! ほら、翼が生えておるじゃろう」
「そ、そうですか……それはやりましたね」
風天は仕方なく頷く。その隣で、フリューネが甲板の上を指さした。
「私は、この人も気になるんだけど」
それは、全身パワードスーツに身を包んだ琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。とても目立っている。尤も、ひなに言われるがままフリューネコスチュームを着ている生徒と比べれば、どっちもどっちなのだが。
「えっ!? わ、ワタシハタダノ教導団の人デスヨ?」
ファタとヒルデガルドの登場に腰を抜かした鳳明は、座ったまま挙動不審になって答えた。
「……鳳明、何をそわそわしているのですか? せっかく久々にフリューネと共に戦えるのですから、もっとピシっとしないと」
セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は鳳明に言う。それを聞いて、フリューネは表情を明るくした。
「ほうめい? キミ、琳 鳳明?」
「覚えていてくれたの?」
「勿論よ。私のことが好きだって、私のために戦うって、言ってくれたじゃない。エネフの世話もしてもらったしね」
「フリューネさん……」
鳳明はパワードヘルムの下で顔をほころばせる。
「でも、なんだってそんな格好で来たの?」
「ザクロさんの騒動のとき、任務で助けに行けなかったから。今更会わせる顔がなくて……」
「ワタシはてっきり、パワードスーツを着こんでやる気十分なのだと思っていました」
鳳明の思いには、セラフィーナも気付いていなかったようだ。
「そんなの気にしなくていいのに。こうしてまた来てくれて、嬉しいわ」
フリューネが、鳳明の手を引いて彼女を立ち上がらせる。
「それじゃあ、甲板はお願いね」
フリューネは鳳明に笑いかけると、正面に向き直った。
「今度こそ出撃よ。ロスヴァイセ家の名にかけて!」
美しい翼をはためかせて、エネフが天を駆けた。
「エネフ……オレは飛べないが、心はいつでも君の側にある」
尋人はエネフを見送る。本当ならアルデバランと一緒に見送りたかったが、尋人はアルデバランをペガサスドックに預けていた。馬は繊細な動物。百戦錬磨のエネフと違い、戦場に連れ出したらパニックに陥ってしまうだろう。
「ん?」
エネフがある程度の行動に達したとき、尋人は超感覚で何かの音に気がついた。それはフリューネに段々と近づいていく。
「エネフ、何か来るよ!」
尋人の声にフリューネが振り返ると、そこには小さな鳥型キメラの姿があった。
「ロスヴァイセケノナニカケテ! ロスヴァイセケノナニカケテ!」
「何よこいつ」
「ナニヨコイツ」
キメラはフリューネの言葉を逐一真似する。どうやら、九官鳥の遺伝子が組み込まれているようだ。フリューネはいらついてハルバードを振り回すが、すばしこいキメラには当たらなかった。
キメラはやかましく鳴きながらフリューネの周りを飛び、エネフをつっついてからかい始める。しかし、不意にキメラの動きが鈍くなった。
「エネフに手出しをするんじゃない! 地を奔る者の意地を見せてやる!」
尋人が、キメラに奈落の鉄鎖をかけたのだ。
「やるじゃない。見直したわ」
フリューネは尋人を見下ろして言い、そっとキメラに近づいた。そしてハルバードを下ろし、翼の先をぎゅっと握って――
「コツはね、躊躇しないことよ」
あらぬ方向に思い切り反らした。
「コツハネ、チュウチョシナイコ――イダダダダテバサキモゲル!」
翼を粉砕されたキメラは、わめき散らしながら雷號の足下に落下した。
「……こういうやつを見ると、獣人としては気分が悪いな」
雷號は騒ぐキメラを鬼眼で黙らせると、ブラインドナイブスでとどめをさした。
「さて、またこんなやつが甲板にこないようにしないとな」
雷號はリターニングダガーを取り出し、空を見上げた。
「私は固定砲台になって、パワードレーザーで敵をなぎ払うね!」
フリューネから嬉しい言葉をもらった鳳明が、張り切って言った。
「ワタシは、恐れの歌で鳳明のサポートをしようと思います。ただ、ワタシは接近戦が不得手ですし、鳳明は固定砲台。敵に近づかれた場合には誰か助けてもらえませんか?」
セラフィーナは甲板の仲間を見渡した。これに答えたのは、志方 綾乃(しかた・あやの)だった。
「志方ないですね、お手伝いしましょう。と言っても、私もキメラの頭部や翼を銃撃しようという作戦なんですけどね。まあ、相手に近づかれなければいいのです」
綾乃は、匍匐前進をして鳳明たちに寄ってくる。実は、彼女は高所恐怖症なのだが、状況が状況なので泣き言を言っても方ない。
ちなみに、綾乃は冥府の瘴気で禍々しい気をまとい、キメラが近寄りにくいようにしている。しかし、鳳明のようにフルセットとまではいかなくとも、パワードスーツを身にまとって甲板を這いつくばる様は、それだけで十分近寄りがたかった。
「いざというときには、わらわがこのリベットガンにライトニングウェポンを使い、援護射撃しよう」
綾乃のパートナー、袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)が付け加える。
「生きた盾としては、この人が便利だよォ」
彼女たちの会話を聞いて、サラテリ・シナシ(さらてり・しなし)がベシュテル・プセンディア(べしゅてる・ぷせんでぃあ)を推薦した。
「俺が守ろう。接近してきたキメラへの対応及び、みかんによるおまえたちの回復を行う」
ベシュテルは鳳明たちの前に出て、周りのメンバーにパワーブレスをかけた。
「仲間に蜂の巣にはされたくないし、自分はこっちにいるねェ。まあ、とりこぼしたキメラがいたら、陰から魔法くらいは撃つよ」
サラテリは鳳明たちの後ろに回った。
「よし、準備完了。本初、サポートは任せましたよ」
綾乃が寝転がったまま甲板に機関銃を設置すると、弾薬の補充や銃のメンテナンスに備えて、本初が彼女の側に控えた。
「何というか、物凄く雑用臭いのう……。されど、わらわは四代三公の袁本初。どんな仕事にも手抜かりはせぬぞ!!」
鳳明たちが派手にぶっ放している反対側で、パッフェルもまた空に向かって波動弾を放っていた。
「パッフェルちゃん、ここまできたら、ティセラちゃんの優しかった笑顔を取り戻そうね!」
詩穂は頬にアリスキッスをし、パッフェルを回復させる。
「……!」
パッフェルはわずかに頬を赤らめ、詩穂から顔を背けた。
「ふふ、パッフェルちゃんたらかわいい。ティセラちゃんもそんな顔をするのかな? 温泉で背中を流しっこしたり、浴衣を着せあったりした仲だし、詩穂もティセラちゃんのこともっと知りたいな」
「詩穂様、温泉の件はパッフェル様は知らないと思います……あら、パッフェル様のスイッチが入ったようですわね」
セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が言う。パッフェルは目を見開き、より一層激しくキメラを射撃し始めていた。
「敵同士であったとはいえ、今はパッフェルのティセラに対する想いを信じて、共に戦うしかありませんね。しかし、パッフェルはあの調子で大丈夫でしょうか?」
我を忘れ気味のパッフェルに、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は心配そうな顔をした。
「それだけパッフェルの想いが強いってことでしょ。ちょっと特殊な想いみたいだけどね。何にせよ、ボクはパッフェルに借りを返すだけだよ」
ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は、上空のキメラたちから目をそらさずに答えた。
「ねえズィーベン、みんなキメラに夢中になっています。ティセラ側の人間が潜んだりしていなか、チェックしてみましょう」
「オッケー」
ナナは殺気看破を使用する。ズィーベンもディテクトエビルを発動させた。
「……当然ですが、殺気だらけですね」
「そりゃこんだけキメラがいればねえ。ま、すぐ近くに危険な存在はいないみたいだ。む、この反応は?」
ズィーベンが、多くの敵意を感じて振り返る。すると、毒蛇キメラの群れが甲板に近づいてきていた。
「みんな、こっちこっち! ええい、おぶつは焼毒だー!」
炎系のスキルをもっていないので文字通り毒蛇を焼き尽くすことはできないが、ズィーベンはギャザリングヘクスで魔力を上げ、アシッドミストをお見舞いした。
「ナナ・ノルデン、参ります!」
キメラが怯んだところに、ナナは渾身の則天去私を叩き込んだ。キメラたちは次々と撃ち落とされていく。
「あっぱれですわ」
セルフィーナはナナとズィーベンの戦いぶりに感心していたが、やがて、甲板に落ちた一匹の毒蛇キメラがもぞもぞと動いていることに気がついた。キメラは起き上がると、一人で離れたところにいる円に向かい、地を這い始めた。
「詩穂様、あそこ!」
円はキメラの存在を察知していない。
「円ちゃん!」
詩穂は一脇目もふらずに飛び出した。
「添い寝いたしますね。こんなサブミッションはいかがですか? ご主人様☆」
色々な意味で寝技が得意な詩穂は、ついいつもの癖でキメラに関節技をかけてしまった。ちなみに今日はテキサスクローバーホールドの気分だった。しかし、蛇に関節技が決まろうはずもない。キメラはするりと詩穂の腕をすり抜けた。
円は、まだ心のもやもやを振り払えずにいた。憂さ晴らしに、両手の銃でキメラを撃ちまくる。パートナーのミネルバは、勝手にキメラと遊んでいた。
狙撃し続けて少々疲れた。円はSPタブレットを口にしようとして、右腕に生暖かいものを感じた。
かぷっ
「かぷっ?」
円は右腕を見る。翼の生えた蛇が噛みついていた。
「うわわっ」
円は慌てて腕をぶんぶん振る。
「動くと危ないよォ」
いち早く駆けつけたのは、超感覚を使用したサラテリだった。サラテリは円を大人しくさせると、ベシュテルを盾にするのを忘れず、陰からキメラに雷術を撃ち込む。キメラは力尽きたが、円の傷口からは不気味な色の液体がしたたり落ちていた。
「え、何これ? 毒?」
円は傷口をじっと見つめる。しかし、聞き覚えのある声が聞こえてきて、顔を上げた。
「……円!」
「パッフェルくん……?」
「……どうすれば……そうだ、青龍鱗は?」
パッフェルの声は震えていた。ベシュテルはパッフェルを制して円の前に出る。
「落ち着け。これで十分であろう」
彼は円にキュアポイゾンをかけた後、ヒールを施した。
「どうだ?」
「うん、なんともない」
円の無事を確認すると、パッフェルは円にそっと抱きついた。
「よかった……」
「ど、どうしたんだい」
パッフェルの腕の中で、円は考えた。
自分もパッフェルの近くにいていいのだろうか? 彼女の居場所になれるのだろうか?
ボクは……もうキミが居場所になってしまったよ。
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