リアクション
【3】氷壁遺跡の戦い 2
結界から八雲や乱世たちが飛び出したのを機に。
グランツ教徒たちの半数ほどはそちらを追い、残りは結界に隠れる契約者たちを倒そうとした。
結界にも限界はある。やがて魔法の波状攻撃に光の剣の全てが失われたとき――契約者たちは一斉に飛び出した。
「あいつらに大陸一つなんて落とさせちゃいけない……! 行くよ、ミリィ!」
「う、うんっ、ガンバルよ!」
セルマ・アリス(せるま・ありす)はパートナーのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)と共に、グランツ教徒たちへ立ちむかった。
「いでよ、龍の魂っ!」
振り上げた右手に集まるのは、輝かしい閃光だった。
『レギオン・オブ・ドラゴン』――。古から現代にいたるまでの、数々の龍の魂を力として集める技だ。その右手に虹色の光が集約すると、グランツ教徒たちは思わずどよめいた。
「な、なんだあれは……!」
「くらえ! まずは――この一発っ!」
叩きつけられた虹色の光が爆発し、グランツ教徒たちをふき飛ばす。
「ぐおおおおぉぉぉっ――!!」
続けざまにミリィが――
「えーい、シャープシューターだ!」
ライフルを構え、相手の足下を正確に狙った。
どうっ、どうっ――と、足を撃ち抜かれて数名のグランツ教徒が動けなくなる。
が、それでも諦めないのはしぶとい執念か。光条兵器の白刃を生み出したグランツ教徒が、セルマへ襲いかかってきた。
「くっ……!」
セルマは背後に飛び退き、それを避ける。
だが敵は休まず、さらにその懐へ飛びこんできた。
そこに――
「そうは問屋が卸さないってね」
「皐月……っ!?」
がいんっと、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の槍が相手の光条兵器を受けとめた。
ぐぐっと押し込み合いをする二人。すると雨宮 七日(あめみや・なのか)が――
「皐月、どいてください。――死にますよ?」
「んなことさらっと言うなあああぁぁ!」
霊鍵『プラネタリア』と呼ばれる杖を構えた七日が、光の波動砲を撃ち込んだ。
ごうんっというけたたましい音を立ててグランツ教徒をふき飛ばす光の魔法レーザー。
「ぐああああぁっ!」
そのまま光条兵器を手にしたグランツ教徒たちが、一斉にぶっ飛んだ。
「やれやれ……七日ちゃんも無茶するね……」
しゅうしゅうと煙をあげて倒れているグランツ教徒たちを見て、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)を憐れむように言った。
七日は首をかしげている。
メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が微笑した。
「まあ、彼らもこれでかなりの数を減らしただろうし、幸いと言えるんじゃないか」
見れば、残りの数少ないグランツ教徒たちが、恐れを抱いて踏みとどまっている。
先ほどの七日の技を見て、不用意に飛びこんではまずいと感じたようだった。
「好都合というやつだな」
巽が言って、一歩踏み出した。それから――
「おいお前たち! どうしてこんなことをする必要がある!?」
グランツ教徒たちに問いかけた。
「大陸一つが滅ぶってことは、そこにどれだけの数の涙が流れる? 子供が泣くのを喜ぶ輩が何処にいる? 子供の夢と希望と笑顔。それに未来ってのは……何が何でも護らなきゃいけないもんだろ!」
「…………」
しかしグランツ教徒たちは、巽の言葉に黙りこくっている。
そしてやがて出た言葉は、質問の全てを拒否するものだった。
「――全てはアルティメットクイーン様のご意思のままに。世界を救うのは、彼の者の意思なのだ」
「…………ちっ……」
皐月が吐きすてるように舌打ちした。
「自分たちの目的の為に、誰かを犠牲にしようというのか!」
巽が叫ぶ。グランツ教徒たちは淡々と答えた。
「世界を救うためならば、それすらもやむを得まい」
もはやグランツ教徒たちに、交渉の余地はなかった。
少なくともアルティメットクイーンに心酔し、こうして氷壁遺跡で契約者たちの足止めをしている者たちは。
「選択か……」
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)はつぶやいた。
仮にそれだけしかソウルアベレイターを倒す方法がないのだとしたら、その手段を取ろうという判断もわかる。だが、それは本当に望まれた方法なのか? クリストファーにはまるで、アルティメットクイーンがパラミタやニルヴァーナを都合のいいように動かしているようにしか思えなかった。
(たとえ犠牲が大きくなるとしても……俺たちには俺たちの選択がある……)
都合のいい優しさも、愛もいらない。
やるだけやって、そして精一杯の道を選びたいのだ。
「……悪いけど俺たちは、それを見過ごすわけにはいかないみたいだぜ」
クリストファーはグランツ教徒たちに向かって言った。
上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)も静かにうなずいた。
彼の心にあったのは、平和を祈り続けた吸血鬼の娘のことだった。彼女は懸命に運命に挑み続けた。そこには決して、誰かを切り捨てるような冷たい優しさはなかった。
「…………唯識……」
戒 緋布斗(かい・ひふと)は、自らの契約者の唯識が、思い詰めた表情で剣を握っていることに気づいた。
「――落ち着いてください」
「っ……緋布斗……」
唯識は、自分の肩にそっと手を置いたパートナーにふり返った。
「身体が固いです。それでは、いつものように動けませんよ」
緋布斗は優しく言いふくめる。
そうすることでようやく唯識も、自分が緊張と怒りで力みすぎていたことに気づき、身体から十分な力を抜くことが出来た。
(無理もないね……)
二人を見ていたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、心の中でそう思った。
クリストファーはまだ冷静さを持ちあわせているが、グランツ教徒やアルティメットクイーンにふつふつと湧き上がる怒りを感じている契約者は少なくない。それだけ、クリスティーも同じようにだが、嫌悪を感じているのだ。
巽がぐっと拳を握った。
「我らはお前たちを倒して先へ行く。邪魔するなら――容赦はしないぞ」
告げたその先で、グランツ教徒たちがざっと身構えた。
(もはや交渉は不可能か……)
落胆と悲哀が混じりあう。だがそれも、グランツ教徒たちが選んだ道だ。
「うおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
契約者たちは氷壁遺跡の奥へ進むべく、グランツ教徒たちを蹴散らしに向かった。
●
「へへっ……来た来た。ついてきたぜ」
逃げ出した
狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)と
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)たちを追って、グランツ教徒たちが追いかけてきていた。
後ろをちらちらとふり返る乱世は、にやにやと笑みを浮かべている。
敵の中には
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)や
ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)といったアルティメットクイーン側に与した契約者もいて、弥十郎はどちらかと言えばそちらに驚きを隠せなかった。
「刹那ちゃんは仕事なんだろうからわかるけど……ゲブー君はなんで……?」
暗殺者として生計を立てている刹那は、仕事を請け負えばそれがパラミタにとって敵だろうが味方だろうが関係なく動く。だから、それは分かる。しかしゲブーは、一体何のために戦っているのだろう?
不思議に思う弥十郎に答えたのは、乱世だった。
「どうせまたおっぱいにでも目がくらんだんだろ? ほら、見てみろよ」
ふり返ると、ゲブーがなにか口走っていた。
「うおおおぉぉぉっ! アルティメットおっぱいのため! いけぇぇ! 逃がすなぁぁ!」
「…………な?」
「…………」
いろいろと残念なモヒカン野郎に、弥十郎は呆れる。
だがこうなったら容赦はいらない。ゲブーもろとも、グランツ教徒を足止めする決意だった。
「――よし、着いたっ!」
乱世が開けた空間に出たところで、きゅっとターンした。
すっかり追いかけることに夢中になっているグランツ教徒たち(ゲブー筆頭)は、乱世や弥十郎たちが不自然な空間にいることに気づいていない。
「おりゃいけえぇぇ! 一網打尽にしろおおぉぉ!」
ゲブーが叫んで、一気に乱世たちへと襲いかかろうとした。
「さすがだぜ兄貴! モヒカンも輝いてるよ!」
子分にしてパートナーの
バーバーモヒカン シャンバラ大荒野店(ばーばーもひかん・しゃんばらだいこうやてん)が、ドンドンパフパフッと太鼓を叩いたりして、それを盛り上げる。
「……!? 待って! その先は――」
一足早く、刹那が気づいた。
もちろん、罠に、である。だが、すでにそのときにはゲブーたちは乱世たちの目の前にいて――
「今だぜ、グレアム!」
「――了解」
密かに氷の岩陰に潜んでいた
グレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)が、コンピュータらしきもののスイッチを押した。
すると、ぼがあぁぁぁんっと地面が爆発して大穴が開く。
「ぎょえええええぇぇぇぇぇぇ!!」
「兄貴いいいぃぃ!」
ゲブーとバーバーモヒカン、それにグランツ教徒たちが、一斉に大穴の中に落ちていった。
「…………じゃから言ったのにのぉ……」
かろうじて穴に落ちなかった刹那が、落下していったゲブーたちを見下ろしながらつぶやいた。
「言っても無駄というものです」
ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)が冷たく言い放つ。
刹那もそれもそうかと思って、やれやれといったように肩をすくめた。
そのとき、すでにグレアムは乱世たちの横についていた。
「ご苦労だったな、グレアム」
「いいさ……これが僕の役目だからね」
グレアムは微笑して言う。乱世もそれに対しにやりと笑った。
「さて――」
八雲が残りのグランツ教徒と刹那たちに目をやった。
「そちらはどうする?」
「…………」
刹那は黙りこくったまま、じっとしている。グランツ教徒たちは今にも戦い続けようという姿勢で、剣や槍を抜き放ち、光条兵器の白刃を手からぶおんっと生み出した。
「――わらわはここで一時撤退する。あとは任せた」
「待ってください、刹那。私も……」
刹那とファンドラはそう言い残して、ひゅんっとまるで影のように消えてしまった。
さすがは暗殺者。素早さは並のそれではないということだ。
八雲は困ったように頭を掻いた。
「うーん…………また、戦うことになりそうな予感だな……」
「はっ! そのときはまた、ぶっ倒してやるぜ!」
乱世は気合い十分とばかりに拳を叩く。
八雲としてはあまり刹那と戦いたくない気持ちもあるのだが、その時は仕方ない。また葛藤もあるだろう。だがとにかく今は――残りのグランツ教徒も始末しないといけなかった。
「行くぞ!」
「おおっ!」
八雲の合図に、乱世たちが飛び出す。
そして一方――
「おぉぉぉぉいっ! 助けてくれええぇぇ! おっぱいカムバァァァァック!」
「すげーよ兄貴! 穴に落ちてもめげないなんて!」
穴に落ちたゲブーは、哀しい嘆きをあげていた。