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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

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エンジェル誘惑計画(第2回/全2回)

リアクション


第5章 ヘル・ラージャ


「ンンッ……あッ……あッ!」
 薔薇の学舎生徒の【黒薔薇の勇士】サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、ヘルの足にまたがり、あえいでいた。
 周囲は、霧におおわれた草地だ。空は霧で見通せないにしても暗い。
 ヘルは草の間にある岩に腰かけ、サトゥルヌスを攻めたてていた。
 これよりしばらく前サトゥルヌスは、ヘルにいつもの弱々しい調子で電話をかけ、彼を誘惑した。すると、すぐにテレポートでこの場所に連れてこられたのである。

 行為が済むと、ヘルはそのまま岩の上に横になって寝てしまう。
 サトゥルヌスは服を着ると、そっと足音を忍ばせて近くの岩に近づく。その岩の上に、無造作に赤い宝石が乗っていた。
 宝石を手にしたサトゥルヌスは、心の中で歓声をあげる。
(やったー! これで観世院先生やイエニチェリの方々に誉めてもらえるかな?)
 そしてヘルの方を見て、冷たい笑顔を浮かべる。
(はっきり言って僕は君が傷つこうか関係ないからね、というか僕は赤い花が好きだから傷ついて欲しいかな)
 そう思い、サトゥルヌスが歩きだした時、手の中で宝石がドロリと溶けた。
「えッ?!」
「なーにしてんのかな、君はぁ?」
 いきなり後ろからヘルに両肩をつかまれる。
「ひぃッ!」
 思わずサトゥルヌスは声をあげる。驚きのあまり、ヘルが岩の上から彼の後ろにテレポートしたのだろう、という事が思いつかない。
 とにかくゴマかそうと、サトゥルヌスは普段の臆病な調子で言う。
「き、綺麗だったから見てみたいと思っただけだよ」
「君、そろそろオナカ痛くない?」
 思わぬ事を言われ、サトゥルヌスはぽかんとする。そのとたん彼の腹の奥で、何かが弾けた。腸の中で何か無数の物体が蠢き、暴れだした。あまりの不気味な感覚ににサトゥルヌスは座りこみ、腹を抑えて泣き叫んだ。
「ひゃあああッ! ……や、やめてよ。ひどい事しないでっ」
 涙を流して哀願する彼を、ヘルは笑い飛ばす。
「変な顔〜。さっき指を入れた時に、ヒルみたいな触手生物の卵を入れちゃったんだよねー。僕の魔力を浴びせたから、成長促進されて君のお尻の中で孵っちゃった」
「ヒルッ?! ……ひっ……ひぎゃあああああ!!」
 虫嫌いなサトゥルヌスは一際大きな悲鳴をあげて、地面をころげまわった。ヘルはその様子に腹を抱えて大笑いする。
「あー、面白い! 卑怯なサディストには、お似合いのオシオキだよね。知ってた? 僕、禁猟区より遥かに高性能に敵意のある奴やダマす気満々の奴が常時、分かっちゃうんだよねー。ついでに術を使えば、人の心も読めちゃうんだ。って、知るわけないか、言ってないんだしー。……あれ?」
 ヘルは靴の先でサトゥルヌスを突ついて、声をかける。
「おーい、ここは悔しがるところだよ? ねえ? もしもーし?」
 しかし返事はない。サトゥルヌスはショックで意識を飛ばしていた。ヘルは困惑したように一人ごちる。
「えー?! こんな程度で? 契約者って言っても、経験の無い奴ってもろすぎるよー。僕が恥ずかしいから、なかったとゆーコトでっ!」
 ヘルはサトゥルヌスを片手で軽々と持ち上げ、そのまま草むらの深そうな部分に放り投げた。続く雷術で、サトゥルヌスの体からヌメり出てきていた触手生物の一部を始末する。
「さて、他に誰かから連絡入ってるかなー? 次のエモノは誰ですか〜」
 携帯電話の着信記録を見たヘルが、見覚えのない番号に不思議そうな顔をする。
「……誰だろ、これ? ちょっと、かけてみよ」
 
「ヘルから、かかってきました!」
 蒼空学園の島村幸(しまむら・さち)が自分の携帯電話を手に、少々緊張した様子で言う。  その声は、姿同様に男のようだ。だが実際は女性で、普段は男に間違われると、その相手に報復するほどである。しかし、この時は違った。
「この見た目、この声、こういう時に活用しなくて、いつすると言うのですか!」
 胸にさらしを巻き、体臭を消すため香水を振りかけ、今の幸はいつも以上に男らしく見えていた。
 男に化けてヘルを誘惑しようというのだ。
 幸は先程ヘルに電話したのだが、その時、彼は他の生徒と取り込み中であったためか出なかった。
 そこで、しばらく時間を空けようと待っていたところに、ヘルから電話がかかってきたのである。
 幸のパートナー、剣の花嫁ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)はすでに互いのベルトにロープを通して、離れ離れにならないようにしている。
(幸への愛は我が信仰! 決して冒させたりはいたしませんぞ!!)
 ガートナは、万が一にも幸がヘルの毒牙にかかっては大変、と意気ごんでいた。
 幸はガートナとうなずきあうと電話に出た。ヘルの声が電話口で言う。
「もしもし? こちら、ヘル・ラージャだけど、君は誰?」
 幸は適当に自己紹介すると、ヘルに告げる。
「私はあなたの信奉者です。同じく、あなたの信奉者であるパートナーと共にお側でおつかえさせて下さい」
「信奉者?」
 ヘルが質問なのか独り言なのか、つぶやく。
 今度は、ガートナが幸の肩越しに電話に向けてたたみかける。
「偉大なるヘル様、お側で唯一神である貴方に祈りを捧げさせてください」
 突然、幸とガートナはめまいのような感覚に襲われる。ハッと気づいた時には、霧におおわれた草地に二人は立っていた。
 目の前にいる褐色の肌の美青年が、おそらくヘルだろう。彼以外に誰かいる気配は無い。
 ガートナは歓喜の表情を作る。ヘルの周囲には信奉者たちがいるかもしれない、と思っていたのは外れたが、むしろ好都合だ。
「おお! ヘル様! お会いできて感激です」
 ガートナはさらに、ヘルに美辞麗句を並べる。
 幸はその間にロープを外し、ヘルの視界外へと移動していく。そして隠れ身で、茂った草むらの中にサッと隠れる。
「貴方様に捧げる賛美歌を聞いて頂けませんか」
 ガートナはおもむろに歌い始める。
 エンジェル・ブラッドを奪うために、歳は取っていても精悍な美形の外見を生かそうと懸命だ。
 しかしヘルはつまらなそうに言った。
「僕、おっさんに興味ないしー」
 言いながらガートナをはたく。だが、その一撃はグシャリとガートナを肉塊に変える。腕や足がメチャクチャな方角に曲がったソレを、ヘルはゴミでも投げ捨てるように、軽々と数十m向こうへと放った。
「いきなり『信奉者』とか『唯一神』とかキモー。おまえ、誰だよって感じ。あと、もう一匹は……。はい?」
 あきれ顔になったヘルは、ついでニヤリと笑って言う。
「香水つけて身隠れとか……バレバレやないか〜い★」
 ゴッ!!!
 草むらに隠れた幸の横に、ヘルがテレポートで現れる。同時にふざけた調子ではたきつけ、幸の体がぐしゃりとひしゃげる。そして高速でつっこんできたトラックに跳ね飛ばされたごとく飛ぶ。地面に激突した幸の体が、血をまき散らしながら転がった。
 幸にヒールがふたつ飛ぶ。
(幸……)
 草むらに転がるガートナは、最愛のパートナーを思いながら、かすかに残っていた意識を途切らせた。幸はヒールを受けても瀕死の状態に変わりはない。それでもガートナの方へわずかでも近づこうと泥の中であがいた。

 一方、ヘルは二人の事などもはや眼中になく、携帯電話でまた他の誰かと話し始めていた。
 何事か話した後、その場に吸血鬼にして【黒薔薇の勇士】ミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)が現れる。ヘルがテレポートさせたのだ。
 ミヒャエルは確かめるように、辺りを見回す。そこは草地だが一方向、霧が濃い方角がある。そこが沼地のようだ。
「沼地なんて趣味が悪いね」
 ミヒャエルが言うと、ヘルが小馬鹿にしたように笑う。
「だったら、君の魔力でお花畑にでも変えてみたら?」
 ミヒャエルは負けじと言う。
「じゃあ吸血鬼としての立場から言わせてもらうと、人間を殺すよりは『人間牧場』を造った方が良いと思うけど?」
 ヘルは変な物を見るような目で、ミヒャエルを見る。
「えー。人間なんか何十億もいるんだから、じゃんじゃん殺しまくったって、いなくならないよ。むしろ四、五十億人ぐらい殺しといた方が、地球とパラミタのためでエコじゃない? それに、人間が減ったからって血も手に入れられない落ちこぼれ吸血鬼なら滅んだ方がいいよ。まあ、君が趣味で人間牧場を作りたいってなら別に止めないし、応援の言葉だけは贈ってあげる」
「……言葉だけなのかい? 僕は君に協力すると言ってるのに」
 ヘルは何か考える表情で、周囲を見回す。辺りは、少し離れて沼がある以外は草地が広がっている。沼も霧も霧におおわれて、空は見えない。
「う〜ん。そう言ってもねえ。今のこの時点だと……砕音をからかうとか、何かヒマつぶしを提案してくれるとかー」
 ミヒャエルはふっと笑みを浮かべ、ヘルに身を寄せた。
「なんだ、おもちゃが欲しいんだ? さんざん僕のおもちゃで楽しんだクセに、欲張りだね」
 ヘルはミヒャエルの細い肩を抱き寄せ、その黒髪に口づけて言う。
「僕は欲張りだもん。イイ思いは、いくらでもしたいからね」
 そう言って、空いている手でミヒャエルの体をなでまわす。
 だが、ヘルの携帯が鳴った。彼は、仕方ないという調子で電話を見る。
「……なんか意外な人から電話が。ちょっと話してみたいから、待ってて」
 ヘルはミヒャエルにそう言って、携帯電話に出てしまう。
 電話をかけてきたのは、薔薇の学舎生徒の瑞江響(みずえ・ひびき)だった。響は下手な嘘はつけない自覚があるので、まっすぐにヘルの真意を問い、話がしたい旨を伝えた。
「俺は君の目的が知りたい。君が望むものは何なのだ? 同じ薔薇の学舎の者として、君の真意を知りたいんだ。君と話をする機会を、俺にくれないか?」
 言葉が終わると、響はもう霧の草地に立っていた。ミヒャエルがいることに、響は少々驚く。ヘルは響の肩を軽く叩きながら言う。
「ようこそー。いまだに僕を学友と見てくれて嬉しいよ。それで、話したいことって何かな?」
「ああ、ここに来たなら、もう電話はいいな」
 響は電話を閉じて、しまう。その動作で、密かにワンプッシュでパートナーの吸血鬼アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)に電話をつないだ。
 改めて響はヘルに言う。
「アントゥルース先生を奴隷としたいのは、なぜなんだ? その理由によっては協力できるかもしれない」
 生真面目な調子で言う響に、ヘルは吹きだす。
「君、この場合の奴隷って意味、ちゃんと分かって言ってるぅ? こーゆー意味なんだけど」
 ヘルはそう言いながら、片腕で響を抱き寄せ、もう片方の手を彼の太ももから内側へはわせる。
「?!」
 響は思わず体をピクリと震わせるが、武士の一分として必死に精神を集中させて動揺を鎮めようとした。ヘルはその様子を楽しそうに、ながめる。
 遠くを見て気を鎮めようとした響は、そこにミヒャエルの姿を見て、彼の存在を思い出す。
 ヘルが、響の視線に気づいてミヒャエルを見た。そして、にまにま笑いながら響に言う。
「なに? 彼にも参加して攻めてもらいたいのかなー?」
 ミヒャエルは呆れた様子で言う。
「僕には、そういう趣味はないな。散策でもしてくるから、二人ともごゆっくり」
 ミヒャエルはその場を去って、歩きだす。実は、興味は引かれないでもなかったが、これに乗じて周囲の様子を探り、あわよくばエンジェル・ブラッドを探し出すつもりだ。
「あらら、行っちゃった」
 遠ざかっていくミヒャエルを見て言うヘル。その間に、響はさりげなくヘルから体を離して、再び聞く。
「奴隷がそういう意味だとすると、先生一人にそこまでこだわる理由が分からないな。ラージャは、その、そういう相手には事欠かないようだから」
「分かんないのは、君が真面目だからさ。まっ、砕音も真面目っ子だけど、それだけにいざ調教に入れば素直で勉強熱心だからね」
 その言葉に疑問が生じ、響は眉を寄せてヘルに聞きただす。
「それは、熱心そうだという予測なのか? 今の言葉では、そういう経験があったように聞こえるんだが」
「ふふーん。ご想像にお任せします」
 ヘルはにんまり笑う。埒があかないので、響はまた別の事を聞いた。
「俺はこの学舎を守りたい。どうすれば、魔獣を復活させて民を虐殺するのを止めてくれる?」
「そうだねえ。魔獣ナグルファル復活は譲れないけど、それで薔薇の学舎をどうこうするつもりは無いよ。ナグルファルは基本的に弱い奴しか食べないけど、学舎の生徒はみんな契約者で一般人よりは強いからね。僕のプランとしては、魔獣が復活したら、まずはタシガンの一般市民を食べさせるけど、ある程度おなかが一杯になったらジェイダス校長が戻ってくる前にとっとと街を離れるつもりだよ。その後は、ロクな守りもない町や村を襲って食べさせて力を増させようかなーって考えてる。だから学舎は、最初にちょっと上を通るだけだから安心して」
 ヘルはまったく安心できない事を笑顔で言う。響がその内容に額を抑えていると、ヘルが言う。
「話はそんなところかな? じゃあ、ジェイダス校長にはよろしく言っておいて」
 響が言葉を返そうとした時には、彼はふたたび、先程のテレポート前にいた校舎の一角にテレポートされていた。
 その場で、携帯電話を通して様子を聞いていたパートナーのアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が驚く。
「響?! 貴様、どうやって戻ってきた?!」
「……どうやらラージャにテレポートで送り返されたようだな。残念だが……とりあえず先生に今、聞いた事を話しに行こう」
「うむ。まあ、響が無事に帰ってきたのは良い事だぜ」
 アイザックは響を励まし、二人は砕音を探して歩きだした。

 その頃、周囲を歩きまわったミヒャエルは、瀕死で倒れている三人以外は何も見つけられずにいた。エンジェル・ブラッドはおろか、建物や装置のような物もない。ただの不気味な霧におおわれた草原だ。
 そこでパートナーの神無月勇(かんなづき・いさみ)に電話をかける。
「君の方の作戦は進んでいるんだろうね? なんだって?!」
 勇の話を聞いて、ミヒャエルの声音が鋭くなる。しばらく話した後、ミヒャエルは電話を切る。
(勇のバカめ! 全てが終わったら校長よりも酷いお仕置きをしてやる!)
 ミヒャエルは先程の場所へ戻ると、ヘルに学舎へとテレポートで返してもらう。ヘルは残念そうだったが、ミヒャエルが何やら怒っている様子なので「勇によろしくねー」などと言って送りだした。

 【黒薔薇の勇士】神無月勇(かんなづき・いさみ)は、ヘルのパートナー黒田 智彦(くろだ ともひこ)を連れて、魔法実験室に魔法学の教師を尋ねていた。教師はメガネを指で押しあげ、勇に聞く。
「つまり、どうしたいと言うのだね、君は?」
「こちらのゴーレムである黒田を、我が校の工学教師や医学者の協力を得て味方に改造したいのです。そして黒田を使ってヘルに接触。ヘルは彼をただのゴーレムと思って油断しているでしょうから、黒田にエンジェル・ブラッドを奪わせるのです」
 勇は悲壮な表情で教師に言う。
 だが教師はいらついた様子で答える。
「そんな事、現在の魔法水準で出来るわけなかろう?! そもそもゴーレムの研究をしている者など、あの貴重石がどうこう言ってるネーミングセンスの悪いオリヴィエ博士以外におらん。だいたい、こんな人間そっくりのゴーレムなど聞いた事がない。新発見の魔法生命体の改造なぞ、研究者のチームが集まって数年ごしでも可能かどうか未知数だというのに、君はそれを数時間や数十分でやれと?! 学舎がこんな事になってショックなのは分かるが、おとなしく屋上に避難しておきなさい」