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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

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 MONO.世界樹の魔女 
 
 
「というわけで、大和ちゃんも反省してるんだよ。これからは、真面目にマジックスライムの研究して、みんなに貢献するんだって言ってたもん」
 金色のつぶらな瞳をうるうるさせて、ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)が、図書館にいた天城紗理華大神御嶽に訴えた。
「反省しているのはよく分かったわよ。だからといって、また今度あんな危険生物を手に入れて何かしようとしたら容赦しないわよ」
 嫌なことを思い出したのか、紗理華が半信半疑のまなざしでラキシス・ファナティックに言った。それを見て微かな笑みを浮かべかけた御嶽の脚を、机の下で思いっきり蹴っ飛ばす。
「そんなことは、ボクがさせないから大丈夫だもん。ちゃんと、スライムを捕まえて魔法繊維の研究に使うって言ってたんだから」
「いや、スライムはどうやっても繊維には変化しませんから、無駄な努力だと思いますが。そう言えば、多くの生徒が魔糸の材料集めのボランティアに参加してくれているようで、ありがたいことですね。譲葉 大和(ゆずりは・やまと)君にも、スライムよりはそちら方面で努力してくださいと伝えてくれますか」
「はーい」
 御嶽に言われて、ラキシス・ファナティックはプラチナブロンドのおかっぱをさらさらとゆらしてお辞儀すると、小走りに図書館から出ていった。
「それにしても、やぶ蛇になって、またスライムを刺激しなければいいのだけれど。のたれすっぽんぽん対策で、風紀委員にパトロールでもさせようかしら」
「それがいいでしょうねえ。どうも、今年はちょっとおかしいような気がしますから。そう言えば、魔糸の高騰も、繊維組合に入っていないブローカーが魔糸の原料を買い集めているからという噂もありますしねえ」
 人ごとのように、御嶽が紗理華に言う。
「それは、事実みたいよ。ザンスカールの街角に、何人もバイヤーが立って買い集めているらしいから。もっとも、魔糸は専売じゃないから、売り買い自体は違法じゃないけどね。闇カルテルの証拠でもあれば、ザンスカール家の騎士団あたりが摘発するんでしょうけれど」
「それって本当でしょうか」
 二人の会話を小耳にはさんだふうを装って、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が声をかけてきた。彼女のすぐ横には、ドラゴニュートのガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)もいる。
「街角にそれらしい格好の男が、通りかかった人に声をかけて買いつけをしているそうよ」
 紗理華が、あらためて答えた。
「そんな悪い人たちを放ってはおけません」
「だとしても、迂闊に手を出すのは愚かですよ」
 意気込むジーナ・ユキノシタに、御嶽がさりげなく釘を刺した。
「なあに。こちらでも、それ相応の準備をしていけば後れをとることはあるまい。市場の理(ことわり)は正すべきであろう」
「くれぐれも気をつけてくださいね」
 そう言うと、御嶽はガイアス・ミスファーンの背中をポンと叩いた。
「御忠告いたみいる。ささ、ジーナ、さけの所へ参ろう」
「ええ。それでは」
 ガイアス・ミスファーンにうながされて、ジーナ・ユキノシタは御嶽たちに一礼して図書館を出ていった。入れ替わるようにして、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)がつかつかとした足取りで入ってきた。
「そこの君、君も一つボランティアに協力してはくれないか」
 紗理華を見て、アルツール・ライヘンベルガーは言った。
「ボランティア?」
 怪訝そうに紗理華が聞き返す。
「ああ。今、魔糸の原料とするために、髪の毛の寄付を募っているのだ」
「髪の毛ですって!」
 ちょっと驚いて、紗理華が自分の髪の毛を後ろ手に押さえた。腰近くまである金茶色の髪は、軽くウェーブのかかった豪奢な物だ。紗理華の御自慢でもある。髪の毛を狙っているアルツール・ライヘンベルガーに目をつけられても不思議ではなかった。
「冗談じゃないわ。何を考えてるのよ」
「冗談ではない。魔力を持った者の髪の毛だ、魔糸には最適ではないか」
 怒る紗理華に、アルツール・ライヘンベルガーは真顔で答えた。
「後で、校長にも寄付を申し出るつもりだ。さあ、みんな協力してくれたまえ」
「うーん、確かに、目のつけどころは悪くはないですね。魔女や妖精の髪に強力な魔力があるというのは事実ですから。しかし、人間の髪で縫製された服って、なんだか気持ち悪くありませんか」
 いかにもいい考えだろうと力説するアルツール・ライヘンベルガーに、御嶽が言った。
「そうよ、冗談じゃないわよ」
 髪の毛をガードしたまま紗理華が言う。
「だから、冗談ではないと……」
「ええ、冗談の通じない方がおられますから。あまり迂闊なことは、学校内で口にしない方がいいかと」
 考えを変えないアルツール・ライヘンベルガーに、御嶽がさりげなく忠告した。
「何を言うか。みんな、この俺に賛同するはずであろうが。校長など、真っ先にあの艶やかなターコイズ・ブルーの御髪(みぐし)を提供してくれるはずであろう」
 アルツール・ライヘンベルガーの言葉に、御嶽があちゃーっという感じに顔を手で覆った。次の瞬間、アルツール・ライヘンベルガーの立っていた床のあたりが突然もりあがり、細い枝の束となって彼を絡めとって締めあげた。
『髪は、魔女の命ですぅ〜』
 どこからともなくエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長の声が図書館に響き渡る。
 突然の騒ぎに、静かに調べ物をしていた生徒たちの視線が集まった。
「し、しかし、校長。魔糸の原料として、魔女の髪の毛は……」
『髪は、魔女の命なのですぅ〜!』
 さらに大きな声でエリザベートの声が響き、枝がぎりぎりとアルツール・ライヘンベルガーの身体を締めあげた。
「わ、分かりました。髪は命で……」
 最後まで言えずにアルツール・ライヘンベルガーが気を失う。それを確認してか、枝はするすると小さくなって元の床に戻った。
「やれやれ。だから言ったのに。キネコ、保健室に連れていってあげてください」
「ラジャーですら」
 御嶽に言われて、キネコがひょいとアルツール・ライヘンベルガーを担いで運び出していった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「ふむ、綿花がいいと思うが、あのような植物だとちょっとやっかいだな」
 広げた植物図鑑に目を戻しながらフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が言った。ただの綿花採りが、殺人植物とのバトルとなったのではたまったものではない。
「一応、この図鑑には、あんな凶暴な植物とは書いてない。まあ、用心は必要だけど」
 同じ図鑑を反対側からのぞき込みながら和原 樹(なぎはら・いつき)は言った。図鑑の他のページには吸血植物なども載ってはいるので、綿花のそばに生えていないとは限らない。
「どれどれ、ボクにも見せてよ」
 同じ綿花狙いの峰谷 恵(みねたに・けい)が、胸で和原樹を押しのけるようにして割り込んできた。
「北の方に群生地があるのですね」
 高瀬 詩織(たかせ・しおり)も、机に半分のっかるように身を乗り出してたった一つの植物辞典をのぞき込んだ。黄金色のツインテールが、はらりと高瀬詩織の手にかかる。彼女の目的も、比較的安全そうな綿花だ。
 突然乱入してきた二人の巨乳……もとい、美少女に追いやられて、和原樹は困ったようにパートナーの顔を見た。けれども、フォルクス・カーネリアは苦笑して肩をすくめるだけだ。
「あらあら、そんなことであんたたちは、ちゃんとした護衛になるのかしら」
 口許にあてた小指で、艶笑を弄びながら御影 小夜子(みかげ・さよこ)が言った。
「護衛?」
「ええ。だって、あたしたちの目的は同じなのでしょう。だったら、少しは男らしいところを見せてもらわないと」
 きょとんとする和原樹に、御影小夜子が続けた。
「それはもちろん」
 空気を読めとばかりに、フォルクス・カーネリアは和原樹を軽く肘でつついた。
 
「北ね。ようし、先回りしなくちゃ。綿花は全部あたしの物にするんだから」
「ええ。もちろんですわ、メニエス様」
 すぐそばの机で和原樹たちの会話を盗み聞きしたメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)をうながすと、そそくさと出発していった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うん、これで充分ですね」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は、パンと大きい音をたてて勢いよく昆虫図鑑を閉じた。
「もう分かっちゃったのかい」
「もちろんです。イルミンスールの虫取り王の名前は伊達じゃありません」
 自信満々に、ナナ・ノルデンはパートナーのズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)に答えた。
「よーし、だったらすぐに出発しよー」
 走りだすズィーベン・ズューデンを追いかけて、ナナ・ノルデンは図鑑を机の上に放り出したまま図書館を飛び出していった。
「こんな所にありましたわ。まったく、読んだ本はちゃんと棚に戻してくださらないと、みんなの迷惑ですのに」
 リリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)は、ナナ・ノルデンの残していった本を手に取ると、椅子に座ってじっくりとページをめくっていった。
「ヤー、本を見つけたのかーい。ワタシの見つけた本は、どれもナウワンよ」
 床の上をすべるようにして近づいてきた機晶姫のリヴァーヌ・ペプトミナ(りう゛ぁーぬ・ぺぷとみな)が、褐色の四本の腕にかかえた本の山をバラバラとリリサイズ・エプシマティオの前に積みあげた。
「それはもう必要ないですわ。ここに、養蚕農家の位置も、蚕の生息地もちゃんと載っておりましたから」
「ヤー、リリサイズ様なかなか賢いじゃねぇかでございます」
 二重の腕組みをしながら、リヴァーヌ・ペプトミナは満足そうに何度もうなずいた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「アルパカー」
 動物図鑑にアルパカのページを見つけた立川 るる(たちかわ・るる)が叫ぶ。
「ええ、アルパカですね」
 織機 誠(おりはた・まこと)がよかったというふうにうなずいた。
 パラミタにアルパカなんていないのではと思ったのだが、運のいいことに南西の渓谷のあたりにわずかながら生息しているらしい。どうも地球から持ち込まれたアルパカが、牧場から逃げだして野生化したようだ。
「うん、かわいいよね。もふもふしてて」
 一〇年近く前に流行ったらしいアルパカのVRDを見てから、立川るるはアルパカがお気に入りらしい。それならば、魔糸の原料は高級なアルパカの毛糸にしようと織機誠が提案したのだった。
「それじゃ行きましょうか。バリカンはバッチリ用意してあります。もふもふを刈りまくっちゃいましょう!」
 ちょっとはにかみながらも、織機誠はそう言って立川るるに微笑んで見せた。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「うーん、いろいろとやっかいなスライムだね」
 前回のスライム事件のレポートがまとめられた資料を読みながら、シルエット・ミンコフスキー(しるえっと・みんこふすきー)は、銀色の細い眉の間に軽く皺を寄せた。譲葉大和のレポートのページには、魔力を帯びた装備は外していけだの、水には近づくなだの、フラグはたてるなだのといろいろ書かれているが、どうもいまいちピンとこない。他にも、突然増殖したらしいとか、色違いがいるとか、よく分からないことがいろいろ書いてある。
「スライムのこと、ワカリソウカ?」
 すぐ横から、ワニ頭をちょこんと机の上に載せたドラゴニュートのエルゴ・ペンローズ(えるご・ぺんろーず)が訊ねた。小柄な彼女は、椅子の上に立って頭だけをのぞかせている。
「フラグとか、わけの分からない単語だか呪文がならんでるけれど、なんとかなると思うよ。たぶんね」
 ほおづえをついて横目でレポートを読みつつ、シルエット・ミンコフスキーは、耳のあたりにかかったその美しいシルバーブロンドを軽く手で払いながら答えた。
 その近くでは、ミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)が新聞の縮小版を一生懸命読んでいた。横においた地図に、スライムが見かけられた場所をマーキングしていく。
「のぞみが帰ってきたら、これを見せて褒めてもらおう」
「ふーん。そこにスライムが現れるのか」
 地図に顔を近づけて印をつけていたミツバ・グリーンヒルに、額を突き合わせん具合にのぞき込んできた新田 実(にった・みのる)が言った。
「ううっ。そ、そうですけれど」
 思わずたじたじになって、ミツバ・グリーンヒルが身を引いた。それをいいことに、新田実がひょいと地図を取りあげる。
「あうう。返してくださいー」
 ミツバ・グリーンヒルが、小さな手をのばして叫んだ。
「スライムを探しに行っている、のぞみのために調べるんですからあ」
「なんだ、お前も契約者のために調べ物か? こういうときは燻ってないで、行動あるのみだぜ! よし、ミーがその情報を『絵に』まとめてやるから一緒に来い!」
 そう言うと、新田実はミツバ・グリーンヒルの手を引っぱった。
 パートナーにおいていかれたのは、これで何度目だろう。タマがそういうつもりなら、ミーにも考えがあると新田実は心の中でつぶやいた。こうなったら、自分が先にスライムを捕まえて見返してやるつもりだった。そうすれば……。
 新田実はミツバ・グリーンヒルの手を引いたまま、北の森をめざした。