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第2部 混乱


 ガチャガチャ。ガチャ。
「おかしい……」
 用務員室の表のドアが開かない。中から鍵がかけられているようだ。
 これは、ガラスケースの2つある鍵をピッキングしている沙幸とにゃん丸の仕業だ。
 イデスエルエが欲しい沙幸と、ドピースが欲しいにゃん丸。2人は鍵の解錠のため、意気投合したらしい。
 まず、沙幸の担当している鍵が開いた。
 静かににゃん丸の作業を見守る沙幸だが……
「……あっ……えっっ……なに……」
 退屈した美海の手が伸びていた。
「やん……ちょ……なにして……どこさわってんの……だめえ〜」
 つーー。だらーー。ピッキング中に鼻血と涎を同時に垂らしているローグも珍しい。
 にゃん丸は長く伸びた前髪の隙間から、沙幸の紅く染まった頬を、疼いている身体を、のぞいていた。
「(にゃん丸! 早くしろ!)」
 ――天井から、仲間の荘太が小声で呼びかける。
「あ! ご、ごめん。今!」
 ガチャン。
 ようやく鍵が開き、まだ沙幸が美海に弄ばれているその隙に、ドピースの瓶を持つ。2つある瓶の上には、それぞれの名前が書かれた紙が乗っているから間違いない。
 サッと天井に飛んだそのとき――瓶の下に置いてあった小さなメモの切れ端が2枚、ヒラリと落ちた。1枚はにゃん丸の服にひっかかり、もう1枚はちゃぶ台の下に落ちた。沙幸と美海はそれどころじゃなく、リュースもトメさんの昼飯の残りを食べるのに忙しく、誰も気がつかなかった。
「あれ? にゃん丸は?」
 沙幸がハッとして顔を上げると、にゃん丸はもう消えていた。


 裏口では、トメさんと乙女トメさん(偽)が対峙していた。
 踊り疲れてヘロヘロになっていた乙女トメさん(偽)は、事態を認識できていない。
「なんでござるか? 拙者がトメさんでござるよ?」
 トメさんは、恐ろしい目つきで乙女トメさん(偽)を睨んでいる。
 なんとかイリスがフォローしようと間に入る。
「えっと、これには、ちょっとワケがありまして」
 にゃん丸が屋根から降りてくるのを待っていたリリィも、慌ててフォローに回る。
「トメさんに憧れてるんですよね、薫さん!」
 しかし、この女装姿はトメさんをバカにしているようにしか見えない。
 トメさんは拳を握りしめる。額の血管は浮き出てピクピク震え、一部は切れて噴き出している。
 小屋の屋根からは、荘太とにゃん丸が見ていて、
「ヤバい、薫がピンチだ!」
 にゃん丸は素速くドピースを小分けにして、念のため持っていた小さなボトルに入れると、
「リリィ! 受け取れ!」
「オーケー。(パシッ)トメさん、ちょっと失礼!」
 と素速くトメさんの目にかけた!
「おっ! なにするんだ!」
 ドピースを食らって思わず目を閉じたトメさんの前には、依然として乙女トメさん(偽)が立っている。
「あわわ! こ、これはマズいでござるよ」
 ドピースは最初に見た人に惚れる薬だ。
 ようやく事態に気がついた乙女トメさん(偽)はあたふたするが、踊り疲れて足が言うことをきかない。よろよろ。よろよろ……
 ドン。
 ミーナとぶつかり、転んだ。
 ミーナは転ばずに済んだが、
「え?」
 自分がトメさんの目の前に立っていることに気がついて、青ざめた。
 トメさんは、今にも目を開けようとしている。
 ミーナは走馬燈のように、思い描いていた葉月との未来を頭に描いた。――ドピースを手に入れて葉月に使うつもりだった、今はもう実現しないであろう破れし夢を。
 と、そのとき!
 トメさんの背後から、その肩をグイッと掴んで振り向かせる者がいた。
「ちょっと! イケメンじゃないからって、あんな言い方することないでしょう。だいたい、あんたばっかり目立っちゃってさあ! ……ん?」
 トメさんがつぶらな瞳でじいっと見つめているのは、美羽だ。
「何よ。わかればいいのよ? わかれば……」

「……だいすきっ!!!」

 美羽はトメさんの凄まじい腕力に抱きしめられながら、
「も、もしかして……?」
 乙女トメさん(偽)は、静かに頷いた。
「ドピースでござるよ」
 トメさんを引きずりながら逃げまどう美羽は、すっかりみんなの注目の的となった。
「こんな目立ち方、いやあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 ドピースの独占を狙っていた荘太とにゃん丸は、この隙に用務員室を離れていた。
 木々が生い茂るエリア、生徒たちがこっそり愛し合うという通称“エロンの園”を走っている。
 にゃん丸の服についたように見えたメモの切れ端は、いつの間にかなくなっていた。どこかで落ちたようだ……。
 と、突然。
 荘太はジャンプして木に捕まった。
 にゃん丸は荘太が何故そんな行動を取るのかわからず、走り続ける。
「なにやってんだ〜? うまくいったもんだから、浮かれてんのかぁ〜? まったく。……うぐあっ!!! な、なんだこれは〜!!!」
 にゃん丸は動けない。トリモチの罠に引っかかったのだ。
 なんとかして上を見ると、荘太は悠々と木に捕まっていて、難を逃れていた。
「荘太。どういうことだ〜。まさか、この罠はお前が……?」
「悪いな、にゃん丸。おまえらには何の恨みもねーけどよ、オレも生活がかかってるんでね」
「これを1人で売りさばくつもりだったのか〜! うおお。ちくしょう。しかし……もがけばもがくほど、体が……荘太〜!」
「ドピースはもらっていくぜっ」
 荘太は木から吊ったロープでじわりと近づき、体が自由にならないにゃん丸からドピースの瓶を奪う、そのとき――
 ピチャチャッ!
 荘太の目にドピースが入った!
 にゃん丸がもがき苦しむせいで、瓶の蓋が開いてしまったのだ。
「バカ! にゃん丸! おまえ…………!」
「そ……荘太? ちょっと待て。……見るな。……オレを見るなよ!」
「……にゃんまるう」
「バカ。来るなよ。2人でトリモチがついたら、本当に逃れられないじゃねえか〜!」
「だって……おれ……にゃんまるだーいすきっ!!!」
 荘太は木から吊っていたロープを離した。荘太の体は“トリモチ・ベッド”のにゃん丸に重なるように落ちていった。
「にゃんまる〜」
「うお〜。や、やめろ〜」
 荘太はにゃん丸の唇を目指して、
「んっん〜!」
 にゃん丸は、なんとか唇だけは守りつつ必死に考えた。何か策はないのか。あ! ……アレか。アレをやるか。しかし、くっそう。アレは最後の手段……
 にゃん丸が決断できずにいるうちに、荘太はにゃん丸のホッペに、チュッチュッチュッチュッチュウウウウウウウウウウウウ〜〜〜〜〜〜〜。
「遊んでるならドピースくださいネー」
 シルエットのパートナー、ドラゴニュートのエルゴがピョコピョコとやってきた。
「ああ! こんなもん、早く持ってってくれ! でも、その前に……チクショー! やってやる。この苦しみから逃れるには、これしかないんだー! 考えついたオレのバカヤロウ〜〜〜!」
 にゃん丸は、自分の目にドピースを……ピチャッ!
「……そうた〜。だいすきっ!!!!!」
「うれしいッ! オレもだいすきっ!!!!!」
 この後“トリモチ・ベッド”でどんなことが起きたのか、2人は後々まで口を閉ざすことだろう。


 その頃、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)が用務員室に向けて走っていた。
「クレア。急ごう。なんだか嫌な予感がする」
「すっかり手間取ってしまいましたね」
 2人は遠鳴 真希(とおなり・まき)と用務員室で会う予定だったが、しょうゆ入れを1種類しか用意できなかったと聞いて、2種類のしょうゆ入れを用意していたら時間に遅れてしまったのだ。
 2人が猛スピードで校舎の角を曲がると、その前にはドピースの瓶を抱えたエルゴがピョッコンピョッコン走っていた。
「シルエットちゃーん。ドピース独占ヨ〜」
 和樹は聞き逃さなかった。
「なんだって? ちょっと! そこのあなた! 今なんと言いました?」
 エルゴは振り向いて……
「ミーを呼んだ? ドピース独占……ネ……」
 和樹はエルゴに追いついて、面と向かってビシッと言ってやる。
「独占して何か悪いことに使うつもりなんでしょう。そういうの、よくありませんよ。みんなが迷惑す……どうしました?」
「……」
 真っ先にシルエットに会うつもりだったエルゴは、もっともっとシルエットを好きになりたくて自分にドピースをかけたところだった。和樹に呼び止められるまで、誰も目に入らなかったのだが……
「ユー……アイラブユーッ!!!」
「ええっ!」
 エルゴが惚れたのは、和樹だった。
 クレアは2人を引き離そうとするが、エルゴはそんなクレアに激しく嫉妬した。
「ユー! ミーの二文キックを喰らうネ!」
 バッシーーーーン!
「きゃあああ!」
 ぶっ倒れるクレアに、和樹が最後の願いを託す。
「クレア。先に行ってください。他にも薬を使った悪巧みをを謀ってる連中がいるかもしれません!」
「わかりました! ……でも」
 エルゴはドピースをじゃんじゃん自分の目にかけている。
「もっともっとユーを好きになりたいネ!」
「十分でしょ! もおっ!」
 クレアは、エルゴからドピースを奪って用務員室に急いだ。
 エルゴは邪魔者のクレアがいなくなって、少しは落ち着いただろうか。じっと和樹を見つめるだけになった。
「な、……なんですか。あんまりこっち見ないでください」
「和樹チャン……ヤッパリ、素敵ネー!」
 エルゴはガパッ! と大口を開ける。
 これは、なんという歪んだ愛情表現なのだろうか……
「食べちゃいたいわ〜。食べていい〜?」
「じょ、冗談ですよね? 冗談ですよねええええ! う、う、うおおおおおおおおおおお!」
 冗談ではなかった。
 和樹はエルゴの牙で血だらけになりながら、なんとか口を完全に閉じさせないように抵抗するのがやっとだった。生き残れればいいが……。


 その頃、用務員室。
 沙幸は頭を抱えていた。
「えっと、これ、どうやってみんなに配ればいいのかな」
 と、そこに遠鳴真希がドカドカと駆け込んでくる。
「これ、どうぞー!!!」
 弁当用のしょうゆ入れを大量に持ってやってきた。
「これに入れてみんなに配れば、ラリラリ探しやすいと思うから!」
「ありがとうー!」
 沙幸と真希は、さっそく作業に取りかかる。
 真希のパートナーユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)が顔を出し、
「真希様……。楽しそうですね」
「のんびり見てないで、手伝ってよ!」
「わたくしは、見るだけです。真希様の笑顔をお守りすることが、わたくしの使命ですから」
 ユズは、そう言いながらも、さりげなくイデスエルエを1つ手に隠し持った。
 沙幸と真希の2人は仲良く、テキパキと進めていく。
 真希は心配して、沙幸に聞いてみる。
「しょうゆ入れ、この1種類しかなかったんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫。大丈夫。ドピースは悪い人たちが持ってっちゃったから」
「なんだ。よかったー」
 ホッと胸をなで下ろす真希だったが、“悪い人”というのは後から後から湧いて出るものだ……。


 用務員室の裏にようやく辿り着いたクレアを待っていたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)とパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だった。
 円はヘトヘトのクレアにやさしく声をかける。
「それ、ドピースでしょう。間違えないように預かるよ」
「あ、でも、遠鳴さんに――」
「ああ、これが2種類のしょうゆ入れね。大丈夫。ちゃんと渡しとくから。とりあえずここで休みなよ。中は空気が悪いからさー」
「ありがとうございます。遠鳴さんに、くれぐれもよろしく……」
 エルゴの攻撃がダメージとして残っていたクレアは、ここで力尽きた。
 踊り疲れてSP消滅寸前の『桃色☆乙女隊』と並んで、横になった。
 ドピースが戻ってきたことに気がついた乙女トメさん(偽)は、踊り疲れた体に鞭を打って、立ち上がる。
「そ、それは……ドピースでござる……な……」
「トメさん……! いたんですか!」
 円はオリヴィアの背中を押しながら小声で指示を出す。
「オレはこれをイデスエルエと混ぜてくる。その間、トメさんをなんとかしてくれ。気前よくくれるらしいけど、さすがに混ぜるのはダメだろうからな」
「え〜。まあいいか〜」
 オリヴィアは乙女トメさん(偽)の前に立ち塞がって、
「トメさんですか〜?」
 くねくねして困り顔を見せる。
「ちょっと相談に乗ってくれないかしら〜。実は好きになった人が転校しちゃうの〜。トメさんなら相談に乗ってくれるはずってお友達が言ってたんだ〜」
「相談でござるか……それはちょっと」
「トメさんですよね〜?!」
「あ。まずい。いや、うん。もちろんトメさんでござる。よし。なんでも聞いてあげるでござるよ」
 腰を落として、じっくりと話を聞き始めた。
 円はそのまま裏口から入ろうとドアを開けるが……
 バタン! ――5センチ開いたところで閉められた。
「キミ、中には入れないぜ」
「え?」
 ドアの前には、セツナ・アーミティッジ(せつな・あーみてぃっじ)が立っていた。
「キミたちの話、聞かせてもらったぜ。イタズラとか、そういうの……良くないぜ。そこに座れよ……座れよッ!」
「あ、はい……」
 円はセツナの迫力に圧され、恋愛相談コーナーの隣に座らされる。
「キミが軽い気持ちでイタズラをして、一体どれだけの人が迷惑を被ると思ってんだよ。そういうことをだな……」
 セツナの説教タイムが始まった。
 円は反省してる様子を見せながらも、そーっとドピースの瓶の蓋を開けていた。が……
「待ってください!」
 セツナの隣で目を光らせていたリリー・アンバー(りりー・あんばー)が声を張り上げた。
「その手は何ですかっ!」
「え? これ?」
 と言いながら、円は指先につけたドピースをピピピッ!
「うわっ!」
 ドピースはセツナの目に入った。
「うう……」
「セツナに、な、なんてことを!」
 リリーはキレた。
 円を思い切り蹴って、蹴って、蹴って、鼻血がドッバドッバ飛び散ってもまだ蹴って、蹴って、蹴って、蹴り飛ばす。
 円は裏口の扉をぶち破って、
 ドギャバガドッガーーーーン!!!
 用務員室の中に消えた。
 リリーは急いでセツナの顔を掴み、グイッと自分に向け、
「まず、私を!」
「な、なんで……?」
「だって、わ、わ、わたしなら、その、へ、へ、変なことをしたりもしませんし、こんなイタズラ好きなおかしな人を見てしまうより、あ、あ、安心かなと思うんですよ?」
「わかった……」
 と目を開くと……セツナの目が次第にとろーんとなっていった。
「リリー……だいすきっ!」
 ドピースを使ってないはずのリリーの目も、とろーんとしていた。


 ドンガラガッッシャーーーーン!!!
 用務員室の中では、派手な音とともに飛んできた円に、みんな唖然としていた。
 真希は、思わず持っていたイデスエルエの瓶をちゃぶ台に置いた。
 円はドピースの瓶だけは死守していて、立ち上がりながらちゃぶ台に置いた。
「あれ? 瓶が2つあるよ」
 真希がすぐに気がついた。
 円はやっぱり立っていられず、再び倒れる。そして、気を失う直前、最後の嘘を残した。
「イデスエルエが……裏に……もう1つ……あった。悪い人が……隠してたんだ……(バタン。気絶)」
「ありがとー! これでみんなにも行き渡るよ。さあ! 作業再開だあ!」
 真希は景気づけにちゃぶ台をドン! と叩いて――
 ぴっちゃっ!
 衝撃で、蓋の開いていたドピースが、かすかだが飛び散って、
「わっ!」
「きゃあ!」
 ドピースは、芝居が終わってテレビの昼ドラを仲良く見ていたシルエットとつかさの目に入った。2人が最初に周を見れば、本当の泥沼が始まることになるが……
 ガラッ。表のドアが開いた。
「あーあ。クナイがトメさんの白馬の王子になれると思ったんだけど〜、美羽ちゃんだったなんてな〜。でもまあいいか。僕には愛なんてわからない……し?」
 入ってきたのは、北都だった。
 シルエットとつかさの異常に熱い視線を感じ、……そのまま黙って扉を閉める。
 表では、クナイが戸惑っている。
「どうしたんですか? 早く中に入ってください。作業を手伝うんですよね?」
「えっと……なんとなくだけど〜、入っちゃいけないような気が……」
 ガララッ!
 ドアが開いて、つかさが出てきて……
「だいすきっ!!!」
「うわあ〜」
「わたしのこと、おきらいですか?」
「え。いや……」
「わたしのこと、おきらいなんですか?」
「あ……いや……そういうわけではないけど……」
 ガラララッ!
 シルエットが出てきて、つかさの髪を引っ張ってぶん投げる。
「ひっこんでなさいよ。かまとと化け猫娘がっっっっっ!!!」
 そして北都に向き直り、
「いまの、ほんとうのボクじゃないんですよ。……ああ、かっこいい! もう。だめ。だいすき〜〜〜〜っ!!!!!」
 シルエットとつかさの昼ドラ劇場・第2部は、主演:清泉北都であった。
「ふ、2人とも落ち着いて……!」
 こうなると、もう黙っていられなくて……客演:クナイが、
「す・み・ま・せ・んっ! 私、北都とキスした程の仲なんですけど。だいたいパートナー契約だってしてますし」
 恋は盲目。シルエットは、クナイに罵声を浴びせる。
「黙れ! 忍者道具みたいな名前しやがって! あんたなんてねえ、あの鈴木とかいうナンパキ○ガイと付き合ってりゃいいのよ!」
 仲間の友情まで平気で壊してしまうドピースの力を、周は1人で味わっていた。
「ナ……ナンパキチ……○イ……俺のこと、そんな風に思ってたのかな……」


 真希と沙幸は、気を取り直してしょうゆ入れ作業に戻った。
 用務員室の表は、今やイデスエルエの配給を待つ生徒たちでごった返していて、時間がないのだ。
 とはいえ、しょうゆ入れに入れる作業は骨が折れる。ユズは見てるだけだし、美海は邪魔をするくらいで、なかなか進まない。そこへ……
「わらわが手伝おう」
 五明 漆(ごみょう・うるし)がパートナーリーベルニア・ルーデンバウム(りーべるにあ・るーでんばうむ)を引き連れて、やってきた。
 すぐ後ろには、“神風の双剣士”ことウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)も来ていた。
 ウィングは、今から始まるであろうラリラリとの戦いに思いを馳せ、武者震いしている。
「ふふっ。ラリラリの超音波攻撃は、ソニックブレードで真空を作りだせば効かないはず……」
 漆はさっそく作業をはじめ、ドアに寄っかかって戦闘のシミュレーションをしているウィングに声をかける。
「どうじゃ。おぬしにラリラリが斬れるかの?」
「当然です。我が剣は光を切り裂く……御影流閃蒼剣、光散鳳神撃」
「えっ? なんじゃって? 見限り浅草軒、降参放心劇? 大丈夫かのう?」
「私には、この学校の治安を守る使命があります」
「なるほど……」
 そのとき!
「んぱぱー」
 ラリラリの声だ。
「ラリラリだ!」
「ラリラリが現れたぞ!」
「イデスエルエを早くよこせ!」
 みんなが、慌て出す。
 真希はちゃぶ台のしょうゆ入れを配ろうとするが、慌てて1つも手に取れない。沙幸は美海が(略)。
 大混乱の用務員室とその周辺だが、この男だけは違う。
「ふっ。現れましたね……」
 ウィングが目をつむり、神経を集中させる。
 パートナーファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)も自分の出番を感じ、静かに立ち上がる。
「神魔剣! レーヴァテイン……!」
 光条兵器レーヴァテインを召還し、ウィングに手渡した。
 表に出てウィングの隣に並んでいた漆が、中のリーベルニアに催促する。
「リーベル、イデスエルエをくれ!」
「これを!」
 リーベルニアが漆にしょうゆ入れを手渡す。
「よし。試してみよう」
 ピピピッ!
 目を開けて周囲を見る。
「ふむ。なるほど。あちこちに霊がおる。お! あれがラリラリじゃな……怒っとるようじゃ」
「どこです! 早くっ!」
 漆がウィングに指示を出す。
「ラリラリは、あそこじゃ! おぬしの斜め前におるぞ!」
「よし。……神雷よ、我が剣に宿れ!」
 ファティがすかさずパワーブレスをかけ、ウィングが身構えた。が……
「……んぱ?」
 ラリラリの怒りの超音波は、既に音もなく響いていた。
 気がつけば、みんな脳みそがトコロテンになっていく。せっかくドピースを手にしたミーナも、やっと正常に戻りつつあったトコロテン・メガネも、トコロテンになっていく。
「ここが用務員室だよな」
 ちょうど、そのときやってきたばかりの比賀 一(ひが・はじめ)ハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)も、何もしてないうちに……
「みんな……どう……んぱんぱ」
 みーんな、脳みそがトコロテンになってしまった。
 みーんな、互いにぶつかったり、触りあったり、舐め合ったりしていた。

 トメさんを引きずりながら遠くまできていた美羽だけが難を逃れていた。
「あいつら、トコロテンか。しまった〜。いっそトコロテンになればよかった〜」
「美羽ちゃん。だいすきっ!!!」