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第4部 挑戦


 中庭から、リズミカルな音楽が大音量で聞こえてくる。
「ワンツ、ワンツ、さあ、元気よく! 足をあげて! もっともっと! もーーっといけるぞ!」
 真ん中に朝礼台を置き、その上でカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)がエクササイズをしている。
 猫耳を無理矢理つけた目出し帽をかぶってコートを纏い、懸命に足を上げている。コートの下はセクシーな水着姿のようで、体を動かすたびにチラチラとその艶めかしい姿態が見え隠れしている。
「カレン。狙い通りだ。みんな集まってきた」
「やっぱりね。ボクって天才かも!」
「天才だ。うん。天才だ……」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はカレンの頑張りに感動して涙を流していた。
 中庭は、四方を校舎に囲まれたテニスコート大のスペースで、中央の芝生エリアを囲むように、花壇や、春になったら美しかろう桜の木がたくさん植えてあった。
 そしてここには、カレンの姿態が目当てなのか、単に物珍しさに釣られたのか、生徒が集まってきていた。
「なんだ、ありゃ〜。面白そうだな〜。へへっ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損ってねえ! カレンちゃん。ちょっと失礼」
 東條 カガチ(とうじょう・かがち)は朝礼台に飛び乗ってカレンと一緒に踊り始める。とはいっても、エクササイズと阿波踊りをミックスしたおかしなダンスで、楽しそうなのは自分だけだ。
「キミのダンス、いいねえ! ナイス!」
 カレンも嬉しくなって、コートを投げ捨ててしまった。
 どどーん! と惜しげもなく披露された水着姿に、カガチは踊りながらドギマギして、
「カカカカレンちゃん。なに考えてんの〜」
「言っとくけどね、ボクは決して怪しい人じゃないよ。これは、ラリラリの機嫌を取るためにやってるだけだからね。ラリラリが男の子だったら、こうしてれば怒らないから」
「あ〜、なるほどね〜」
 トタトタトタトタ……。
「カガチー! 何やってんですかー! ラリラリちゃん探すんですよ! もーっ!!!」
 柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)はトタトタ走ってきて、カガチの裾をグイグイ引っ張った。
「わかったわかった。これだろ〜。えいやっ」
 ぴちょちょ!
 カガチは、踊りながらイデスエルエを目に差した。
 すると……
「へっへへへ。へへへ。うひょおおおおおお。なにこれ〜。なぎさーん。すごいねえ。空が虹色になっちゃったねええええええ」
「なってないよお! ばかあ!」
「またまたそんなこと言っちゃってええええ。ほおら。虹の海だ。プールだ。ららららら。およげるぞお〜〜〜〜」
「カガチ泳げないでしょー! 目え覚ませ〜!」
 カガチはそのままふらふらと朝礼台を降りて歩き回る。
「ひゃはあああ。およぐのってたのしいいいい。あはははは。おやおや弥次さん。あれはなんだいい」
「なぎさんは弥次さんじゃないよ! カガチのお嫁さんですよ!」
「弥次さん。あれはまぐろさんだよおおお。待ってえええ。あ。つかまえたあああ〜」
「わたくし、まぐろではありません。さけですわ!」
 カガチがまぐろだと思って捕まえたのは、荒巻 さけ(あらまき・さけ)だった。
「その手を離してくださらない?」
「あれええええええ」
「まったく……用法用量を守って正しく使わないとあんなことになってしまいますのね」
「なるほど。よくわかりました」
 さけのパートナー日野 晶(ひの・あきら)は、道すがら拾ったメモの切れ端を読んでいた。にゃん丸の服について用務員室の外に出た紙で、リルハと遊雲が読んだ部分の後半が書いてあった。

『イデスエルエは、音楽と踊りとの共用を避けるべし。非常に危険。※最重要注意……ドピースと混ぜるな! 危険!!!』

 さけと晶は、決して踊ったりしないように気をつけながら、イデスエルエを、ピチョン……。
「あら。おかしいわ……わたくし、踊ってなかったわよね? 正しく使いましたよね?」
 さけは動揺し、嫌な汗がたらり。
「どうしました? 何かおかしなものが見えますか?」
「まぐろですわ。まぐろが目の前を泳いでますわ……!」
「あら、本当!」
 それもそのはず。さけに憑いている霊は、体長3メートル以上はある立派な三崎まぐろなのだ。
「さけちゃーん。げんき〜? おれ、美咲まぐろってんだ〜。よろしくな〜」
「ま……毎日毎日、見守っていただきありがとうございます」
「さけちゃーん。気にすんなよ〜。鮭と鮪の仲じゃねえかよ〜。仲良くしようぜ〜♪」
「そ、そうですわね。では、まぐろさん。お願いがあるんですけど、ラリラリさんがどこにいるか教えてくださらない?」
「ん。らりらりなら、なんとかの森にたくさんいるし、あっ! そこにもいるじゃ〜ん」
「ええっ! どこ?」
「こ、ここです……」
 晶が顔をこわばらせながら口を開いた。
 仔ラリラリが、晶のそばをふわふわと飛んでいる。
「んぱっ」
 晶の守護霊が、仔ラリラリだったのだ!
 晶はさっそく仔ラリラリとコミュニケーションを取ろうとする。
「まさか、あなたがみんなをトコロテンにしてるの……?」
「違うよ。LE CRISTAL QUI brille comme le soleil」
「あら。昔の名前を覚えていてくれてたなんて、感激だわ。あなた、名前は?」
「ラリポだよ。つーか、子供だからってバカにしないでよー。名前くらい覚えてるよー」
「あら。ごめんなさい」
「まあいいけどさっ。実際、ボクはまだ子供だから超音波出せないし」
 さけは、用意していた花を差し出した。
「ラリポ君。このお花、どうぞ」
「わー。なんでボクが向日葵好きってわかったのー! でも食べれないよ。ボク霊だから」
「いけない! ごめんなさい。ところで、あの怒ってるラリラリもやっぱり霊なんですか?」
「そうだけど? こうやって超音波出す奴でしょ? んぱぱぱーーーーーっ」
「きゃああ!」
 さけと晶は思わず瞬きしてしまった。
「ああ!」
「しまったーーーー!」
 ラリポも、喋り相手がいなくなって後悔していた。
「冗談だったのにー」
 しかし、噂通り、ラリラリが霊であることがはっきりした。そうなれば、退治の仕方もおのずと決まってくるというものだ。
 晶は落ち込むさけを励ます。
「収穫はありましたよ」
「ええ。このことは、みんなに報告しておきましょう」
 イデスエルエはもうあまり出回ってなく、さけと晶は中庭を後にした。


「あはははは。なぎさーん。どこいったのおおおお。ピエロがいるよおおおおお」
 なぎこは、助けを求めるために中庭を去っていた。
 カガチが出くわしたピエロは、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)である。
 ナガンはカガチのキマリっぷりを見て、ますますイデスエルエが楽しみだ。
「これでたっぷり朝まで楽しむぜ〜。しかし! ナガンはバカじゃあねえぜ。これがドピースの可能性もあるということを忘れちゃいねえぜっ! おりゃあああ!」
 ピチョチョ……。
 ドピースを警戒するナガンがまず最初に見たのは、用意した手鏡だった。鏡に映るピエロの姿をじーっと見つめるナガンは、徐々に顔がふやけていき……
「……なんて、なんて美しい人なんだっ!」
 ナルシストが1人誕生した。
「ああっ……なんて素敵なんだ。君の美しさを表わす言葉が見つからない……!」
 手鏡を見ながら、ふらふらと歩いている。
「ああ。君を一日中眺めていたい! 君が男でも女でも関係ないよ! 一日中髪を梳かし合っていたい……ああっ……ただ美しい……ああっ。どうして声が聞こえないんだ! そうか! ナガンを試しているんだな! バカだなあ。ナガンのハートは君が喋ろうが喋るまいが、変わるわけないだろう! いや、待てよ。そうか! 愛に言葉は要らない! それが言いたいんだね。つまり……よし。まずは口づけだね! むっちゅううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 あれ?」
 手のひらサイズの手鏡に顔を近づけると、キスする手前あたりで鏡面は本人の視界から消える。つまり、こういうことだ……
「き! 消えた! どこだ! ナガンの愛する人! どこなんだ!」
 あまりのショックに手鏡なんてもんはとっくに放り投げているから、窓も近くにない中庭の中央で、ナガンは完全に惚れた相手を見失ってしまった。
「そうか! またナガンを試しているんだな! よーし。見つけるよ! きっと見つけ出してみせる!」
 中庭を徘徊する者が、また1人増えた。
 ナガンが放りなげたドピース入りのしょうゆ入れは、ある男が拾っていた。
「これは、確実にドピース……」
 男は、肩を震わせて笑い、中庭から出て行った。
「あとは、イデスエルエだ……」
 誰なのかは影で見えなかった。髪は銀色だったろうか。青だったろうか……。


 カレンは疲れて、へたり込んでいた。
 それを見たジュレは1人で立ち上がる。
「我がどうにかしなくては……実は用意してあるのだ。どりゃっ……悪霊退散棒!」
 明らかに自分でテキトーに書いたと思われるミミズ文字の護符と、何故か大量の夏みかんの皮をぶらさげた棒を振り回した。
「ラリラリは霊に違いない。これで退治してくれるー!」
「待て!」
「え?」
 ジュレを呼び止めたのは、雪ノ下 悪食丸(ゆきのした・あくじきまる)だ。
「1人でやっても無駄だ。協力して退治しようぜ」
「お、おう」
 悪食丸は携帯でジョージ・ダークペイン(じょーじ・だーくぺいん)を呼び出す。
「ジョージ、ジャスティスブラッドの出動だぜ!」
「すぐ行く!」
「途中、遊雲クリスタがいたら、イデスエルエをもらってきてくれ!」
「ラジャッ!」
 正義の味方、ジャスティスブラッドの悪食丸は朝礼台の上で、妙にかっこよくポーズをつけてジョージを待っていた。
 なかなか精悍な顔立ちで、しかも正義を愛する男――
 それを見ていた遠野 歌菜(とおの・かな)は、悪食丸を最初のターゲットに選んだ。白馬の王子……って感じじゃないけど、正義感が強いのはいいもんね! ドピース食らってもらうよー!
 歌菜は駆けていって、
「イデスエルエ、私持ってるよー!」
「助かるぜ。俺は、ジャスティスブラッドの悪食丸」
 かなり自分の世界に入り込んでいて、歌菜はちょっと躊躇ったが、今さら後には退けない。しょうゆ入れの薬がイデスエルエかドピースか、私は、天に従うーーーっ!
 悪食丸が目に差そうとすると、ジュレが悪霊退散棒を振り回しながら進言する。
「いい作戦があるから授けよう」
「なんだ?」
「効果は瞬きするまで……と聞いた。つまり、目をつむっていれば、瞬きは必要ない。長持ちするだろう」
「よし、目をつむってればいいんだな。じゃ、行くぜっ!」
 ピチョン。
 そして目をつむっている……。
「どうだ、雪ノ下悪食丸。見えるか?」
「……何も見えない」
 それはそうだ。目をつむっているのだから……。
「失礼した……」
 作戦失敗したジュレは、すごすごと引っ込んだ。
 歌菜は、かなり後悔していた。この人、私の王子様じゃないぃぃぃ! お願い! こっち向かないでえええ!
 が、悪食丸は目を開けると真っ先に歌菜を見て、
「うぉ……!」
 ストン……悪食丸は、腰が抜けた。
「あ……ああ……歌菜ちゃん……」
「もしかして、ドピースだったあ?」
「こ、これ、は、間違いなく……イデスエルエだ……」
 悪食丸の声は震えている。
 歌菜は何があったのか全然わからず、
「どうしたの? 大丈夫?」
 と近づいた。
「うおおおおおお……」
 悪食丸はブルブル震えながら後退りするだけで、埒があかない。
「もう。なんなのかな」
 そこに、ジョージが颯爽とやってきた。
「どうした悪食丸! 何座り込んでんだ! 行くぞ。悪霊退散グッズを用意してきたぜ!」
「ああ……う……た……たすぅぅぅ……」
「おい! 脳みそをトコロテンにされたのか! おいいいい!」
 歌菜が慌てて説明する。
「そうじゃないの。なんかイデスエルエ使ったら変になっちゃって」
「なに〜。ラリラリだな。ラリラリの仕業だな!」
 悪食丸は震える手で何もない空を指差している。
「よし。それじゃあ俺が!」
 ピチョチョ……。
 イデスエルエを差したジョージが、歌菜の方を見て……
「はうああああ!!!!!!」
 動転し、慌てて塩をかけまくり、
「たすけてくれ。……まさか、こんな可愛い子に……こ、こんな……!! ぎゃあああああ!!!」
 逃げていってしまった。
 悪食丸は、未だに腰が抜けたまま動けない。
「ま、まって〜……ジョージ〜……ジャスティス……ブラッ……ドォ〜〜〜〜」
「変なの。……まいっか。今度こそちゃんとイケメン見つけて試そうっと!」
 笑顔で去っていく歌菜の後ろを、血まみれの3つ首ドラゴン“ズメイ”の霊が人間の霊をむっしゃむしゃ喰いながら、のそのそとついていった……。


 高月 芳樹(たかつき・よしき)は、中庭の外で蚊取り線香を置いていた。
「これでよし、と」
 アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)はまだ芳樹の作戦を理解してないようで首を傾げている。
「どうして中庭には置かないの?」
「中庭は四方を校舎に囲まれてて、袋小路になってるだろう。だからラリラリを退治するには最適な場所なんだ」
「ああそうか! だから、中庭につづく道には蚊取り線香を置いてないんだね」
「そういうこと。それに、ラリラリ退治は強力な助っ人に頼んであるんだ」
 そう言いながら、2人は中庭に入っていく。と、
「待って」
 クリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)が物陰で待機していた。
「芳樹。中庭への誘導は済みましたか」
「ああ。完璧だぜ」
「それなら、芳樹はここまで。後は私たちに任せて」
「私……たち?」
 クリスの後ろから、青い瞳のかわいい少女が現れる。
「私じゃ……セシリア・ファフレータじゃ」
 セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は芳樹に挨拶し、
「おぬし。中庭に誘導とは、よく考えたのう……ご苦労じゃった」
 アメリアは、一見子供にしか見えないセシリアに任せるのが心配だ。
「君。ラリラリは強そうだけど、大丈夫?」
「ふふん。ラリラリごとき、未来の大魔女であるこの私にお任せなのじゃ!」
「はあ」
 芳樹は「わかった」と頷いて、鞄からヘッドフォンを取り出す。
「君たちに任せるよ。これは、ノイズキャンセリング仕様のヘッドフォンだ。超音波に効くかどうかわからないけど、試してみてくれ」
「気が利くのう……」
 4人はそれぞれに握手を交わし、
「健闘を祈るぜ」
 と、そのとき! 中庭から声が聞こえてきた。
「いたぞ! ラリラリだ!!!」
 クリスとセシリアは急いでイデスエルエをピピピッ!
 セシリアがヘッドフォンをして瞬時に駆け出す。
 クリスは狙撃するため、後方支援。阿吽の呼吸で、ラリラリを追っていく。
 ラリラリは、中庭の上をふわふわと浮いている。
「とりあえず、一発撃ち込んで様子を見てみるかのお」
 セシリアは、用意してきたグレネード弾を放り投げる。
 クリスが慎重に回り込みながら、ラリラリの様子を見ている。
「蚊取り線香の粉末がどこまで効くかしら……」
 ドッカァァァーーーン!
 グレネード弾が爆発し、中庭中に蚊取り線香の匂いが充満する。
「んっぱーーーー!」
 ラリラリは爆発を避けるように木々の上に移動しながら、怒っている。今にも超音波を発しそうだ。
「まずいのう」
「セシリア! 火だ!」
 クリスがラリラリの下の木をめがけて、蚊取り線香弾を発射!
 さらに、それにセシリアが火を点けて、爆発を最大化する。
「どうじゃ!」

 ドバガオドロドッッドオオオオオオオーーーーーーーンン!

 中庭は静まりかえった。
 みんな、真っ黒に焦げて立ち尽くしていた。
 はたして、ラリラリ退治は成功したのだろうか。
 芳樹とアメリアが中に入ってきて、ヘッドフォンをつけていたセシリアを見る。
「セ……セシリ……んぱーんぱー」
 ヘッドフォンをつけていたセシリアも、
「クリ……ス……んぱぱぱー」
 ラリラリ退治は失敗に終わった。
 みんな、脳みそがトコロテンになってしまった。

 爆発のショックで飛んだクリスたちのイデスエルエは、ぴゅ〜〜〜〜〜ころころころころ。外との通路に転がった。
 それを拾ったのは、ドピーズを集めていた銀の髪の男――
「これはクリスの持っていたしょうゆ入れ。つまり……イデスエルエだな。やったぜ」
 大量の両薬を手にしたウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)は、笑いが止まらなかった。
「……きゃははははっ」