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リアクション
【スレッジハンマー】作戦は、冒険者の活躍により成功し、魔物は防衛ラインを突破することができずに完全に進軍の足が止まっていた。
(これで、こちらに有利に傾いたはずだ。このままカヤノの位置を特定できれば、後はそこに戦力を集中するだけだが――)
報告を受けて思案に耽るカインのところへ、閃崎 静麻(せんざき・しずま)とレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)がやってくる。
「カイン先生、この機会に【センター】を前に進めてみるってのはどうだ? 確かに危険はつきものだが、カヤノを確実に捕らえるためには有効だと俺は思うぜ」
いつになく真剣な表情でカインへ意見を述べる静麻を、レイナが小突いて振り向かせる。
「な、何があったのですか静麻。そんなに真面目な様子、初めて見ました」
「おいおい、俺を何だと思ってたんだ? ……ま、否定はしないがな。なあに、ちょいとリベンジ、ってヤツさ」
レイナに答える静麻の前で、意見を受けたカインは思案した後、回答を出す。
「……分かった。意見を参考に、【センター】を突出させよう。無論、ただ突出させるだけではない。【レフト】及び奇襲に向かっていた部隊を追随させ、【センター】が孤立しないようにする。【ライト】は今の位置を維持する。上空から見ればちょうど三角形になるような布陣で、カヤノ捕縛へ移ろうか」
「話が分かる先生で助かったぜ。んじゃ、俺たちはこのまま先生の護衛と行くか。レイナ、一仕事しに行くぞ」
「あ、ああ、分かった」
きびきびと指示を出す静麻に戸惑うレイナが、それでも静麻の後を追うのと入れ替わるように、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)がカインを訪れる。
「先生、私も先生のお傍にいていいですか?」
「ああ、構わないよ。ちょうどパム君も他の皆も出払ってしまっていてね。ここがいきなり襲われることは流石にないと思うが、いてくれると安心だ」
カインの言葉に頷いて、ジーナがつかず離れずの距離を保って佇む。しばらく沈黙の時間が流れた後、カインが口を開く。
「……浮かない顔をしているようだね。まあ、君たちにはどうも色々と辛い目に合わせてばかりで、私にも責任があるのだがね」
「いえ、そんな……! 先生はアインストのリーダーで、立派に活躍されているじゃないですか。……多分、私に責任があるんだと思います。私は、もう少し色んなことについて考えてみるべきだと思うんです」
ジーナの言葉にカインが頷いて、言葉を続ける。
「若者は大いに悩めと先人は言う。それは時に真実ではあるが、人は独りきりで悩み続けるにはあまりに弱い生き物だ。君もそのことは覚えておいてくれたまえ」
「……はい。ありがとうございます」
「……私は、この冒険が終わったら、アインストのリーダーを譲ろうと考えているのだ。私が力不足だからというわけではないが、やはり新天地を開拓していく活気に溢れた力は、それを同じように使うことのできる若き者に託されるべきだと私は考えているのだ」
カインから衝撃の事実を聞いたジーナが、「では、先生は一体誰に、リーダーを譲ろうと考えているのですか?」と尋ねる。
「それは――」
答えようとしたカインに、報告が飛び込む。カヤノとそれを取り巻く魔物の集団の位置が特定した、と。
「リリ、先生から連絡が来ましたよ! カヤノさんと魔物さんの位置が分かったそうです!」
ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)にカインからの指示を伝える。リリを始めとするウィザードは、カヤノとそれを取り巻く魔物に大打撃を与えるべく【魔導砲の射手】作戦を実行に移すようにとの言葉であった。
「ようやく来たのか。すっかり待ちくたびれてしまったのだよ。……さあ集まれ、これから説明に入るのだよ」
リリの言葉に、この作戦に賛同(……したことになっているが、実際は半ばムリヤリ集められた)したウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)とシルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)にジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)、そして如月 玲奈(きさらぎ・れいな)とレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)が集まってくる。
「よく分かんねーけど、思いっきり魔法撃っていーんだろ? そーゆーのは得意だからな! 俺様に任しとき!」
「とにかくすごーいドンパチが始まるんですねー!? シルヴィットもやりますよー! Feuer!」
「ただ思い切り撃てばいいというものではないのだよ。お前たちはまずは落ち着くのだ」
既にやる気全開のウィルネストとシルヴィットを制して、リリが説明を始める。
「要は水鉄砲の原理なのだ。水鉄砲は穴が小さい方が勢いよく遠くまで飛ぶのだ。それと同じように、杖に魔力を溜めてギュッと押し込んでキュキュッと捻ってパッと放つのだよ」
「……ま、マスター、今の説明、自分には何が何やらサッパリなのでありますが?」
「安心しろ、わしもよう分かっとらん。まあ何とかなるじゃろ、魔法とは感覚でどうにかなるものじゃからな。……それよりもおのれあのガキめ、ふざけたことをぬかしおって……何がババアじゃ、どう見てもあやつの方が年上じゃろうに……」
「ま、マスター? ちょっと、怖いですからそんなヒソヒソと呟かなくても……」
ファタの私怨がふつふつと湧き上がっていくのを、横でジェーンが身震いしながらまさに肌で感じていた。
「うん分かった! じゃあ早速始めちゃいましょー!」
「レナ、本当に分かっているのですか?」
「言ってることはサッパリだけど、何となく! 詳しいことはよろしくね、レーヴェ!」
「……まあ、魔力の扱い方さえ間違えなければ、酷いことにはならないでしょう。では、準備に入りましょうか」
玲奈の言葉に呆れつつ、レーヴェが魔力増強の効果がある飲み物を皆に配っていく。
「ではお前たち、リリの魔法でカヤノを丸裸にしてやるだよ!」
「「「おーーー!!!」」」(今度こそ俺様のホンキ、見せてやるぜ! 精霊萌えの俺様でも、カヤノの行動は許せねーっつーの!)(なんとしてもあやつの軍勢引っぺがして、お灸を据えてやらねばならんようじゃなあ……)(凄い魔法が撃てたら、それだけで面白そうだよね! さらに魔物の突破まで防げるんだから、やるしかないよね!)
何やら各々勝手な思惑を並べ立てつつも、基本的には『カヤノと取り巻きの魔物を吹っ飛ばす』という理念の下に一致した者たちが、乾杯の言葉と共に飲み物を飲み干し、ちゃんと後片付けをした上で――景気付けに放り投げるとか、いっそ火術で燃やしたらいいんじゃないとか、これがガラスなら地面に叩きつけたのにとか意見があったらしいが、それはユリに却下された――、リリが先頭、後ろにウィルネストとシルヴィットのペア、玲奈とレーヴェのペア、殿をファタが務める、上空から見れば六芒星の頂点になっているような配置を形成する。
「いいですか、リリ。もう二度と味方を撃ってはダメなのですよ。ワタシが皆さんに連絡するまで撃つのは待つのです」
「……むぅ。魔物を吹き飛ばせるのなら、いいのではないのか」
「ダメったらダメです!」
「マスター、ジェーンは魔法発動までの間、周囲を警戒するであります!」
「…………(カヤノをひっ捕らえた暁にはどうしてくれようか。二度とあのような口を利けぬよう、徹底的に調教してくれようか)」
「ま、マスターがとても集中しているであります! ジェーン、この身を懸けてでもお守りするであります!」
なおも一悶着交わしつつも、それぞれが準備を完了し、足元に魔法陣を展開させる。
(後はこれらを接続し、発生した膨大な魔力を火種に注ぎ込めば……)
各々の準備が整ったことを確認して、リリが詠唱を開始する。リリの魔法陣から伸びた光線が、シルヴィットとレーヴェの展開した魔法陣へ伸びていく。
(うーん、何だかお腹が空いてきましたねー。これが終わったらお腹一杯食べますよー!)
(この魔力……魅力的ではありますが、危険でもありますね。もし私一人がこの魔力を手にしたとしたら、どうなってしまうのでしょう……)
光線はさらに伸び、ウィルネストと玲奈の展開した魔法陣へ繋がっていく。
(きたぜきたぜー! 今度こそ息切れなんて真似はしないっつーの)
(な、何だか凄い感覚……これが魔法を使うってことなの!?)
最後に二本の光線が、ファタの足元へと伸びて、六芒星――アルファベットの『Z』を二つ重ねたような、『一筆書きのできる六芒星』の方である――が完成する。
(この魔法で、わしをババア呼ばわりしたあやつに、目にもの見せてくれるわ!)
光を放つ六芒星が宙に浮き上がり、それは火種と融合してまるで溶鉱炉のような楕円形の形に噴き上がり、放たれる瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
(呪唱完了まであと10秒なのだ。魔物ども、動くでないぞ)
これだけ巨大な魔法の行使ともなれば、カヤノがそれに気付かないはずもない。何かの対策を講じてくるかと思われたが、敵勢にその様子はない。そのことを誰も不思議に思わないわけではなかったが、それよりも今はこれだけ強力な魔法を行使できることへの様々な感情が思考を邪魔していた。
「皆さん、退避をお願いします。……はい、こちらは後10秒で発射されます……7……6……5……4……、にーげーてーっ!」
カウントダウンを始めたユリが、徐々に膨らんでいく炎に恐れおののく。
そしてついに、【魔導砲の射手】が実行に移される時がやってきた。
「行くのだ!!」
リリの声に皆の声が続き、それが呼び水となって、楕円形に膨れ上がった炎の中心から、膨大な熱量を孕んだ光線が一直線に伸びていく。カヤノとそれを取り巻く魔物たちは、何の対策も講じないままその直撃を受け、直後、発生した爆風と爆熱に全て飲み込まれていった。
「…………やりましたか?」
ようやく静かになったところで、生じた爆風で乱れた髪とドレスを直したユリが、状況を確認する。無数にいたはずの魔物たちは、跡形もなく消え去っていた。
「……成功したようだの。お前たち、ご苦労であった。……ふぅ。しかし、もはや魔力がカラカラなのだ。海岸に打ち上げられたクラゲより乾いているのだよ」
魔法を行使し終えたリリ、そして他の者たちが、その場に崩れ落ちるようにへたり込む。
「お疲れさまでした、リリ。はい、どうぞ」
「うむ、いただこう。……ユリのお茶が、いつもより心地よく身体に染み渡るのだの」
リリの言葉に、ユリが微笑んでお代わりを注いだ。
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