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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

リアクション

 戦闘が開始されてから一時余り、戦況は冒険者側に有利に推移していた。……もっともそれは、魔物の攻勢が予想していたよりも緩いことによるものであることは、【センター】の後方で報告を受け取るカインも承知していることであった。
(彼女はどこで、ここの突破を図ろうとする……? 向こうとて魔物の数は無限ではないはず。イナテミスからの援軍という可能性もないわけではないが、それとて兆候は掴めるだろう。彼女も、このまま消耗戦に持ち込むつもりはないはずだが――)
 カインの思慮を吹き飛ばすように、観測を行っていた者から報告が入る。【レフト】と【センター】の中間地点前方に、多数の魔物の影あり、と。その後に続いた言葉は、まさにカインが望んでいた内容でもあった。

『魔物は、あのカヤノが率いている模様です!』

 報告を受け取ったカインは、【レフト】と【センター】を一旦後方に下がらせるよう指示する。そして、予め後方に待機させていた【Bレフト】と【Bライト】を、【スレッジハンマー】作戦を考案した集団で指揮させる作戦を実行に移すよう、各方面に通達する。

(さて、これで彼女はどう出るか……?)
 一通り為すべきことを為したカインの思慮を余所に、戦闘は次の局面へと移行する――。

「お姉さま、命令が来ました! ワタシたちの隊は【Bレフト】【Bライト】の二つの隊を指揮して、引き寄せられた魔物を側面及び背面から奇襲せよ、とのことです!」
 カインが出した指示を報告するセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)の言葉を聞いて、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の表情に笑みのようなものが浮かぶ。
「目標とする魔物はカヤノが率いている模様、ね。重い責任を負わせてくれたものだわ。……いいでしょう、このまま負けっぱなしでは終われないですから。ここでイルミンスールまで落とされるような真似は、決してさせません! セリエ、二つの隊に連絡を取りなさい。協力して魔物を殲滅、カヤノを捕らえます」
「了解しました、お姉さま!」
 思わず敬礼を返して、そして去っていくセリエと入れ替わるように、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)がやってくる。
「祥子、戦いが始まるのか?」
「はい、ランスロット卿。ですか卿は本来の力を取り戻せていないご様子、今回の戦いは私の後ろで――」
「いや、私も出よう。確かに身体が思うように動かないこともあるが、それでも多少は力になれるはずだ」
「……そうですか、分かりました。しかし……たとえここで背後を取ったところで、それは言い換えれば、イルミンスールを攻める魔物と、イナテミスから湧いてくるであろう魔物と挟まれることになります。一歩間違えれば挟撃殲滅の危機、賭けといっていいでしょう」
 祥子の分析に、ランスロットが言葉を重ねる。
「……その作戦が無理かつ無謀であっても、やるしかあるまい? イルミンスールは守るには不利に出来ている。ならば先に攻めるほかない」
「……そうですね。ありがとうございます、おかげさまで迷いが晴れました」
 感謝の言葉を述べる祥子へ、セリエが駆け寄ってくる。
「お姉さま、全ての準備が整いました! いつでも出撃可能です!」
 セリエの言葉に頷いて、祥子が腰に提げていたエペを抜き放ち、前方の魔物が、カヤノがいると思しき地点を指して高らかに声を張り上げる。
「目標、前方の敵集団! 私に続けぇ!」
 合わせるようにセリエが喇叭を吹き鳴らし、そして行動が開始される。横っ面を見せている魔物と遭遇したのは、それから間もないことであった。
(ここでカヤノの意識を引き付けられれば、防衛線のみんなも少しはラクになるかもしれない。そのためにも、今は全力を尽くす!)
 振るった得物が魔物を炎に包むのを見遣って、祥子が誓いを新たに、仲間たちと突き進んでいく。

 奇襲部隊による作戦の初動は、この上ない成功という形となった。虚を突かれた魔物は為すすべもなく冒険者たちの攻撃を受け、次々と地面に水分となって消えていく。
(ふむ、まずは上手くいったようだな。カヤノ、そちらにも理由があるのかも知れないが……だからといって、イルミンスールを魔物に襲わせるわけにはいかんぞ)
 冒険者が魔物と切り結び、炎と氷がぶつかり合う戦場を、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が強い意思を秘めた瞳で見つめる。
「イリーナ、ワタシは銃でみんなの援護をするであります!」
「わたくしは後方で回復役に徹しますわ。皆さん、がんばってくださいなー」
 トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)がそれぞれの役目を果たすべく散っていくのを見遣って、イリーナが先程から自らに殺気をぶつけてくる方向へ振り向く。そこにはいつの間にか、人間大ほどの身体を持った魔物が、冷たい息を吐き出しながらイリーナを見下ろしていた。
「向かってくるがいい。シャンバラの獅子の力、その身に味あわせてやろう」
 挑発するように呟いて、イリーナが光り輝く剣を構える。一瞬の沈黙の後、双方に動きが生じる。一歩を踏み込んだ魔物が、巨大な拳を振り上げ、地面の養分とするべく振り下ろす。地面がめり込み、土や草が舞い飛ぶが、そこにイリーナの姿はなかった。
「その巨体で、私を捕らえられると思うな。私を留め置けるのは、あのお方だけだ」
 まず声だけが響き、そして魔物が全てを理解したのは、自らの片腕が肩から切り落とされた後であった。魔物の懐から飛び上がるように腕を切断したイリーナが、魔物の後方に着地して再び剣を構える。
「一発で仕留めちゃいますよー!」
 一方でトゥルペは、木陰から空を飛ぶ魔物を狙い撃つ。彼女の正確な射撃は、ことごとく攻撃に移ろうとしていた魔物を撃ち抜き、空中と地上の連携を断つことに一役買っていた。
「大丈夫ですか? これで元気になってくださいね」
 エレーナの治癒により、再び戦う力を取り戻した冒険者が、前線へと戻っていく。イリーナの様子を心配したエレーナが視線を向けた先では、狂ったように腕を振り回す魔物の攻撃を、涼しい顔を保ったままのイリーナが避け、的確な攻撃を加えていく。
「……これで、終わりだ」
 踏み込んだイリーナの突き出した剣が、魔物の胴体を捉える。引き抜き、振り向いて背中を見せるイリーナに、もう魔物の攻撃が襲ってくることはなかった。

「まずは順調、といったところですか。これも【スレッジハンマー】作戦を発案したルカルカさんの功績、ですな」
「そんなことないよ、作戦を成功に導いたのは、ルカルカの作戦に協力してくれた皆さんのおかげだもの」
 冒険者が魔物の軍勢に飛び込み、瞬く間に圧倒していく様子を目の当たりにして、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)へ賞賛の言葉をかける。
「ははっ、謙遜する姿もまた立派です。他の隊も上手く応えてくれているようですし、このままいけば大戦果をあげられるでしょうか?」
 自らの功績よりも仲間たちのことを労うルカルカにさらに言葉をかけるザカコの横から、バイクにまたがった状態のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が声をかける。
「【Bレフト】【Bライト】の者たちも作戦に滞りはないようだ。俺たちも行こう、ルカルカ。敵に、戦術は戦法に勝ることを証明してやろう」
「そうだね。状況は有利とはいえ、もし絶対防衛戦を破られたら、世界樹は裸も同然だものね。準備はいい、カルキノス?」
 ダリルの言葉に頷いて、ルカルカが横のサイドカーに乗るカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に声をかける。
「いつでもいいぜ、ルカルカ。派手に混乱させてやるぜ!」
「うん! それじゃ、魔物の背後目指して、出撃ー!」
 ルカルカがバイクを発進させ、ダリルがそれに続く。しばらくバイクを走らせた先に、攻撃を加え続ける冒険者たちと、防戦一方の魔物たちという構図が映し出される。
「未だこの数とは……やはりここで削いでおかないと危険ですね」
 ザカコが言うように、魔物の数はそれまでの数倍あるように思われ、奇襲が成功したにもかかわらずその大半が健在であった。
「それじゃあ、まずは魔物の数が少ないところを集中的に狙って、分断しよう。ダリルは全体魔法の準備をお願いね。ルカルカとカルキノスは空中の敵を狙おう」
「承った。必ず期待に応えてみせよう」
「俺だってやってみせるぜ!」
 ダリルとカルキノスの言葉に頼もしさを感じながら、ルカルカがバイクを走らせ、敵を狙いやすい位置へと潜り込んでいく。ダリルはその後方に位置取り、ザカコが周囲を警戒する中、魔法の詠唱を始める。
「ゴメンね。でも、行かせるわけにはいかないから!」
 ルカルカが、片方の掌に火種を五発分用意し、そのうちの一発を魔物に向けて放つ。放たれた火弾は魔物の翼を焼き、飛行能力を失った魔物が地上に落下していく。
「こいつで燃えつきやがれー!」
 カルキノスが火術を、やはりドラゴンの血が入っているからか、大きく開けた口から放つ。矢継ぎ早に放たれた火弾は魔物と魔物の集団の隙間を縫うように着弾し、それぞれがお互いに分断された形になる。
「ダリルさんには指一本触れさせませんよ。代わりに大きな火花にでもなって散ってもらいましょう」
 標的に捉えた魔物が上空から突撃してくるのを、ザカコのかざしたワンドに凝縮された火弾が迎撃する。大きな火の玉となって飛んでいった魔物は、他の魔物の群れに突っ込んで盛大に爆発し、その命を無残に散らす。
「……よし、準備は整った。今から発動する、皆は下がっていてくれ」
 ダリルの指示で、前方に展開していたルカルカとカルキノスが後方へ退避する。それを確認して、ダリルが魔力を解放する。解放された魔力は天を貫き、ぽっかりと空いた空から今度は、邪悪なるモノをこの現世から解き放つ神聖なる力が降り注ぐ。魔物の群れを撫でるように、そして貫くように光が通り過ぎ、抵抗力を奪われた魔物はその意思に関係なく身体を融かされ、地面に吸収されることなく天に昇るように消えていった。

 奇襲部隊の活躍は、これに留まらない。
「目標を確認した。こちらはこれから動く。そちらもよろしく頼む」
 奇襲部隊【Bライト】にて、彼らを指揮する者たちと連絡を取り合った五条 武(ごじょう・たける)が、携帯を仕舞って振り向く。
「話し合いは済みましたか?」
「ああ、全て問題ない。行くぞ、これからが俺のヒーロータイムだ……変・身!」

 五条 武は改造手術を受けた改造人間である。
 変身ベルトが七色に光る時、彼は改造人間『パラミアント』に変身し、超人的な戦闘力を発揮するのだ!
 
 今日も彼は、バイクに姿を変えたイビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)にまたがり、肩にトト・ジェイバウォッカ(とと・じぇいばうぉっか)を乗せて悪を撃ち滅ぼすべく、戦場へと乗り込んでいくのであった――。

 
「……まあ、文章だけだと実際どんな風になっているかなんて、限られたことしか表現されないんですが」
「ならん! それは言ってはならんぞ!」
 イビーの皮肉の篭ったツッコミに、武が反論する。そうこうしている間にも、魔物の群れはすぐ傍にまで近付いていた。
「ほら、降りてください。私はこのまま突っ込みますから、フォローできる距離で戦闘をお願いします」
「そんなこと言われなくても分かっている! とうっ!」
「うわー武ー落ちる落ちるー止めて止めて怖いよ怖いよー!」
「やかましい、しっかり掴まっていろ!」
 危うく振り落とされそうになるトトを黙らせて、武がポーズを決めて着地する。前方では、魔物の一匹に体当たりをかましたイビーが、剣を抜き放ち他の魔物と切り結んでいた。
「よし、魔物の注意は俺には向いていない! ここから一気に奇襲をかける!」
 勇み、武が背中を向けている魔物の上空へ跳び上がる。
「アントキーック!」
 繰り出した蹴りを背中から受け、魔物が吹き飛ばされる。ようやく反撃の準備を整えかけた魔物を、ドラゴンの如き力で持ち上げ、投げ飛ばす。パンチは魔物の腕を砕き、キックは魔物の脚を吹き飛ばす。為すすべもなく後退していく魔物たち。
「トト、炎だ!」
「任せとけー! 見ってろー、ちっちゃいけど凄いんだぞー!」
 武の要請を受けて、トトが身体一杯に息を吸い、思い切り吐き出す。それは炎となって、魔物を焼き焦がすべく迫っていく。
「炎よ荒れ狂い、敵を焼き尽くせ! アントファイアーパーンチ!」
 武の繰り出したパンチによる風圧が、炎を爆発的に加速増大させ、瞬く間に魔物を炎へと変えていった。

 森に潜伏していた冒険者が、号令を受けて次々と飛び出していく。
「我輩も出るぞ。付いてくるのなら勝手にしろ」
 箒にまたがって待機していた朱宮 満夜(あけみや・まよ)を置いて、ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)が箒の上に立ち、腕を組んだ姿勢のまま空中に浮き上がる。
「はい。……それでは、参ります」
 満夜の身体がふわり、と浮き上がり、枝葉を越えて上空に舞い上がる。視界の先に、イルミンスールへ一直線に向かおうとしている魔物の群れが映し出される。
(【魔導砲の射手】作戦が展開されるのはいつでしょう……放たれるにしても、あの位置からですから……その軸から離れようとしている、あの一団を狙うべきでしょうか)
 満夜が目標に定めたのは、北の方角へ向かおうとしている一団。彼らに意思があるとすれば、奇襲部隊から逃げつつ【レフト】のさらに外側から奇襲を仕掛けようとしているとも取れる行動を取っていた。
 満夜の前方で、ミハエルが同様の可能性に至ったのか、満夜と同じ進路を取る。やがて近付いた魔物の背に向けて、両手に生み出した火種を赤々と燃え滾らせ、ある程度の大きさにまとめて放つ。
 推移を確認しないまま距離を取るミハエルが、一瞬だけ満夜に視線を向けた。それはまるで、「我輩に付いてくるなら、このくらいのことはやって見せろ」と言わんばかりの様子に見えた。
(できるかどうかは分かりませんが、味方だけは巻き込まないようにします)
 心に呟いて、満夜が箒を加速させ、魔物に近付いていく。炎を射掛けられて混乱している一団に、さらに満夜の放った炎が降り注ぎ、一団は大混乱に陥る。
 ふと一匹の魔物が、炎を払うべく翼を大きくはためかせる。それにより飛んできた火の粉が、満夜の乗る箒の先に引火した。
(あっ……! 早く、消化しないと――)
 満夜が氷の魔法を行使するよりも早く、遠方から一筋の氷の欠片が飛び、延焼しかけていた炎を一瞬にして消し止める。飛んできた先を振り向いた満夜の視界に、何食わぬ顔で攻撃を続けるミハエルの姿があった。
「……ありがとうございます」
 密やかに礼を言って、満夜も再び攻撃に参加する。

 奇襲を仕掛ける側と仕掛けられる側、いつまでも立場が同じであるとは限らない。仕掛ける側が仕掛けられる側になることもあり得る。
(……禁猟区に反応はないみたいだね。しばらくの間なら、こちらが奇襲を受けることはなさそうだ)
 奇襲部隊が標的としている魔物を有視界に捉えつつも、清泉 北都(いずみ・ほくと)は決して警戒を怠ることなく、周囲に別の魔物が潜んでいないかを探っていた。そして、少なくとも奇襲を仕掛ける間は逆に奇襲仕返しされる危険性のないことを確認して、背後の
ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)に振り向く。
「では、行きましょうか。僕が先行しますから、見失わない程度に付いてきてくださいね」
「おうよ! うっかり出すぎて逆にやられないようにしないとな! ……ところでよぉ、あのカヤノって少女はどこにいるんだろうなぁ。もし攫われたりしたらマズイから、こう、くっついているとかいい案だと思うんだぜ俺は」
 言ってソーマが、一歩二歩と、北都との距離を詰めていく。
「その時は上手いこと言って助けてあげますよ。今は、やれることをやりましょう」
 上手くかわしたのか単に気付いていないのか、北都がソーマを振り返らずに呟いて、飛び出していく。一瞬だけソーマが残念そうな表情を見せて、遅れないように後を付いていく。
(なるべく気付かれないように近付く必要がありますね)
 北都の手にしている武器は、近距離で使用してこそ威力を発揮する。そして北都が攻撃対象に選んだのは、他の冒険者と戦って気が逸れている、大きな壁のような魔物であった。
 冒険者を吹き飛ばし、追撃にかかろうとしている魔物の死角に潜り込み、抜き放った得物の引き金を引く。外しようがない距離から放たれた弾丸が魔物を撃ち抜き、大きな身体をぐらつかせる。
「よっしゃ、氷のバケモンには炎ってヤツだろ!」
 北都の攻撃に合わせるように、ソーマがワンドの先から火弾を浴びせ、巨体の足元を着弾した炎が融かしていく。

 奇襲部隊による奇襲を受けてなお、魔物の群れは防衛ラインを突破しようと進軍を続ける。
 しかし、空を飛んでいた魔物、そして地を駆けていた魔物が次々と、弾丸に身体を貫かれ動きを鈍らせていく。元々足の遅い魔物に至っては容易に急所を撃ち抜かれ、その場に蹲ってしまう。
「ここは突破させないヨ! 片っ端から撃ち抜くヨ!」
 樹上から、レベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)が狙撃銃を構え、動きの速い魔物から次々と撃ち抜いていく。その腕は今の状況を鑑みるなら、十分以上のものであった。
「レベッカ、敵は奇襲を受けつつ、西よりに進んでいるみたいね。まだ私たちには気付いていないみたいだから、そのまま攻撃を続けましょう」
 傍のやはり樹上で、明智 ミツ子(あけち・みつこ)がレベッカにアドバイスを行う。レベッカがこれほどの狙撃の腕を見せているのは、彼女がレベッカに『銃をどう撃てば当てることが出来るか』というのを、言葉で教えそして能力で与えていることに起因している。
「OH! 弾が切れたネ! アリシア、弾プリーズネ! ついでにアレもお願いネ!」
「はい、分かりましたわ、レベッカ様」
 レベッカの要請に、傍らに控えたアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)が予備の弾を渡すと共に、レベッカが『アレ』と表現した加護の力をレベッカに施す。
(レベッカ様、これで大いなるご活躍を……わたくしが一番レベッカ様のお役に立てますわ……そうよ、ミツ子さんには負けませんわよ。大体何ですの、新参者がちょっと優れた力を持っているからといって、簡単にレベッカ様の気を惹けるはずがありませんわ。わたくしなんてレベッカ様の――――で――――な――――だって知ってるんですから! それにあの時のレベッカ様は――――で――――で――――なのですわ!)
 段々と心に黒くどんよりとした感情を滾らせながら、アリシアが加護の力を行使し終える。
(な、何でしょう、この寒気のする感覚は。まさかとは思いますが……気のせいですよね)
 そんなアリシアの様子にミツ子は身震いしつつ、頭を振って意識を戦場に戻す。魔物たちは徐々にその数を減らしていくものの、肝心の魔物を率いているはずの少女、カヤノの姿が見当たらない。
(見つけることができれば、レベッカに伝えることが出来るのに……このまま監視を続ける他ないですわね)
「キマってきたネー! ヘッドショットでノックダウンネー!」
「はい、ばんばんやっちゃってください、レベッカ様!」
 何やらハイテンション状態のレベッカとアリシアを横目に、ミツ子が険しい表情を見せる。

 奇襲部隊【Bレフト】の者たちも、それぞれの思いを胸に、それぞれの行動を起こしていた。
「連絡が来るまで、ここで待機していればいいんだよね?」
 低い姿勢のまま、城定 英希(じょうじょう・えいき)ジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)に問いかける。
「そうだな。……なんだ、今回は遊ばないのか。まあ、私の眉間に皺が増えなくて済むのは良い事だがな」
「あはは……たまには本気を出しておかないと、酷い目見るかなって思って――、あ、電話だ」
 言って、英希が携帯を取り出し、応答する。
「うにゃ〜ん。Bレフトの城定です」
 その応答に、ジゼルが思わず地面に頭をぶつけそうになる。
「おいおまえ、うにゃ〜ん。とはなんだうにゃ〜んとは! 緊張感のない!」
「カヤノに声真似されたらマズイと思って。これだったらあの子も言わないでしょ?」
「それはそうかもしれんが――」
「……はい、はい、分かりました。ではこれから攻撃に移ります」
 何か言い返そうとするジゼルだが、英希の様子を見て口を噤む。そして英希が携帯を仕舞うタイミングを見計らって、口を開く。
「……行くのか?」
「他の部隊は既に奇襲を始めているんだって。俺たちも続こう!」
 立ち上がって行動を開始する英希とジゼル、他の者たちも各々準備を終え、魔物目指して進んでいく。
「私は後ろから援護する。くれぐれも前に出過ぎるな」
「分かってるよ、痛い目見るのはもうこりごりだからね……いた!」
 物音に耳を傾けていた英希は、視線の先に氷で出来た魔物の群れを発見する。数は少数、どうも奇襲による混乱により、本隊からはぐれてしまったようである。
(よし、チャンスだ! もう少し近付いてきたところを……行けっ!)
 頃合を見計らって放たれた火弾が、魔物の至近距離に着弾する。合わせるようにジゼルも攻撃を射掛ける。それが合図となるように、戦闘の口火が切られた。

(……何か、いつの間にかとんでもないことに巻き込まれてしまった。ハァ、何でいつもこうなるかなぁ……)
 得物を手に周囲の様子を伺いながら、アンドリュー・カー(あんどりゅー・かー)がため息をつく。
「アンドリューさん、ため息なんか吐かれてどうされましたか? もしかして不安なのですか? 大丈夫です、私が必ずアンドリューさんのお役に立ってみせますから!」
 その様子を見ていたフィオナ・クロスフィールド(ふぃおな・くろすふぃーるど)が、本人は元気付けるつもりで声をかける。
「ああ、うん……頑張り過ぎない程度に頑張ってね、フィオ」
 フィオナに微笑みつつも、その心中は『何か面倒なことはやらかしてくれるなよ』といったものであった。
 瞬間、右前方で音が生じ、冒険者が吹き飛ばされてくる。次いで現れた魔物が二匹三匹、森の奥へと抜けるべく飛び出そうとしていた。
「フィオ、怪我人の回復を頼みます! 僕は魔物の足を止めます!」
「あ、は、はい! アンドリューさん、気をつけてくださいね!」
 負傷者の治療をフィオナに任せ、アンドリューが飛び出し、魔物の足元を狙って弾丸を見舞う。
(各個に突破されてしまっては、追撃することも難しくなる。こうして足止めを行っておけば、魔物を狭い地点に留め置くことができるはずだ。そうすれば、撃破も容易になるはず!)
 頭の中で瞬時に考えをまとめたアンドリューが、導き出された行動を実行に移す。魔物を倒すことではなく行動の自由を奪うことで、結果的に魔物の攻撃を防ぎ、そして仲間の攻撃を容易にするための行動であった。
「大丈夫ですか? 今、治療しますわ!」
 負傷者のところに辿り着いたフィオナが、早速治療を開始する。その前方でアンドリューが、地点を変えながら弾丸を放ち、魔物を好き勝手に行動させることを防いでいた。

 魔物を確実に葬るため、奇襲部隊の果敢な攻撃が続けられていた。
(魔物の進撃が止まった今をおいて、滅する機会は他にあるまい……この機会、存分に生かさせてもらう!)
 様子を木々の影から伺っていたウェイド・ブラック(うぇいど・ぶらっく)が、森と同化するように潜み、行動を開始する。
「さあ、行くよ! 狙いは敵の指揮系統を麻痺させること!」
 一方では、戦場に巫女服という、場所的には合っていないが本人には似合っているリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が、パートナーと作戦の確認を行っていた。
「了解だぜ! かわいいオトメンちゃんのためなら俺頑張っちゃうよ!」
「そやなー、これまたええ感じに合っとるしなー、こりゃちょいと飛ばしていきましょかー」
 カレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)マーガレット・ヴァーンシュタット(まーがれっと・ばーんしゅたっと)が、妙にやる気を出してリアトリスに応える。それがリアトリスの格好に起因していることは、二人の視線を追えばすぐに判明することであった。
「……二人とも、無闇に突っ込んで怪我をしては、元も子もありませんよ」
 そんな二人を見遣って、パルマローザ・ローレンス(ぱるまろーざ・ろーれんす)がきっちりと釘を刺す。浮かれ気味のカレンデュラとマーガレットも、パルマローザの言葉にはちゃんと耳を貸すのだ。
「それじゃ、出撃っ!」
 飛び出したリアトリスを追って、他の三人も後に続く。魔物の群れは駆けた先に、かなり狭い範囲にまとめられているようであった。
(あの者たちの突撃を援護するのが、最も効率がよさそうだな。このタイミングでこの魔法なら……!)
 リアトリスたちの少し前に位置取りしていたウェイドが、予測から弾き出された結果を行動に移す。ロッドの先から火弾を、注意を自らに引きつけるような形になるように撃ち込む。
(あとはこれに、魔物が反応して私の方へ寄ってくれば……)
 ウェイドの目論見通り、火弾に最初は驚いて逃げようとする魔物が、次の攻撃のないのをいいことに一斉にウェイドの方向へ向かっていく。そこに、作り出された絶好のタイミングで、到着したリアトリスたちの攻撃が開始される。
「カレンデュラ、剣を!」
「はいはーい、行ってらっしゃいオトメンちゃん!」
 リアトリスの要請に答え、カレンデュラが身に付けていた髪留めを外せば、白銀に輝いた髪から巨大な両刃剣、命名『アワナズナ・スイートピー』が地面に落ちて突き刺さる。それを掴んで振り回せば、発生した衝撃波が魔物をたちまち畏怖させる。
「私はここから援護しましょう。マーガレット、私の護衛をお願いできますか?」
「ふっ、それがしに任せておけ。……おっしゃー、やったるでぇ!」
 多少カッコよく決めたつもりのマーガレットが魔物の注意を引きつけ、背後で詠唱を終えたパルマローザの生み出した炎が、一杯に引き絞られ放たれた矢のように鋭く魔物に突き刺さり、翼や四肢を貫いていく。
「期待通りの働きを見せてくれるな。ならば、もう少し引き立て役を続けてみようか」
 ウェイドが場所を細かく変えながら、威力を抑えた火弾を狙った位置に投下していく。それにより注意を向けられた魔物は、飛び込んだリアトリスの接近を容易に許すことになる。
「ええーいっ!」
 水平に薙いだ剣が、数匹の魔物を一度に切り裂き、吹き飛ばしていく。それでは倒れない魔物たちが、一撃を見舞わんと一斉に飛びかかる。
「今だオトメンちゃん、やっちゃえー!」
 カレンデュラの声に答えるように、リアトリスの構えた剣に炎が、根元から剣先へ昇っていくかのような模様として浮かび上がっていく。炎を纏いし龍となった剣を一回転させ、天を貫くように振り抜けば、生じた炎と衝撃波が襲いかかった魔物たちをまとめて吹き飛ばし、焼き尽くしていく。
 リアトリスが舞いを終えた頃には、他の冒険者たちの活躍もあって、辺りに魔物の姿はほぼ消え失せていた。
「ここの魔物は一掃したようだな。では、他の場所の援護に移るとしようか」
 言って、ウェイドが再び森に姿を消す。それぞれの役目を果たし、リアトリスとパルマローザ、カレンデュラとマーガレットは束の間の勝利を称え合っていた。