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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

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大試食会、その後

 中々戻らないを心配する声が上がる中、カルキノスはふらりと大試食会会場へと立ち寄った。珍しいお菓子から出来れば遠慮したいものまで多種多様なお菓子たちに、自分も試食出来ないものかと周りを見渡した。特に、なにやらグラウンドで大きなクッキーを作っていると聞き少し興味を抱いていたのだ。
 そこへ丁度、筐子が戦利品のように巨大クッキーと思しき物を掲げてやってきた。3色のそれは雑誌3冊分くらいの大きさで、オーブンに入りきらないような大きさから間違いないだろうと確信した。
「でっけーなー、こりゃ美味そうだ。ちょい頂くけどいいか?」
「もちろん! この1枚は3種類とも入っているから、好きなところを持って行ってね」
 2人の分は向こうで割ればいいか、と3色全てが入るように割るとなにやら食べ物以外の物が見える。しっかりとクッキーの間に挟まっているようで、それをとりだすように周りを削っていくと、まるでくじのような白い紙だった。
「なんだこりゃ、こんなにでけぇのにフォーチュンクッキーか?」
「ぶっぶー! 正解は幸福の黄色いリボン引換券です。おめでとう!」
 巨大闇クッキーなどといって、変わった材料を参加者から集めたにも関わらず、自分が用意したのはリボン。それも、普段自分が着けている物だ。
「……どう見ても、普通のリボンにしか見えないぞ」
「黄色は金運も上がる素敵な色! 幸せになれること間違いなしだよ!」
 目の前でほどかれたリボンをしげしげと眺めてみても、特に特殊効果があるようには見えないが、彼女にとっては思い入れのある色らしい。突き返す理由もないし、折角なのでカルキノスは受け取ることにした。
「まぁ、効果はあまり期待せず持っておくことにするか。ありがとな」
 ひとまず大きなお土産を置きに戻ろうと、満足げな表情で自分たちのスペースに戻る。まさか、そのクッキーが3色な理由が、プレーンとバナナそして新鮮な辛子明太子であることも知らずに――。
 そうして、他の参加者より大部と出遅れてメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がやってきた。セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の協力がなければ、きっといつまでたっても完成はしなかっただろう。
「助かりましたぁ、クッキーがこんなにも手強いとは思いませんでした……」
 普段、何気なく食べているお茶菓子。色んな種類で見た目も楽しませてくれる身近な物だし、説明を聞いても料理が苦手な自分でも作れそうだと思ってしまうくらいシンプルな物だった。
 けれども、お嬢様育ちのメイベルが厨房に立つ機会など早々なくて、まずは道具の扱い方を説明するのが大変だった。セシリアは得意としているので説明も噛み砕いてしやすいが、フィリッパはあまり得意としていないので、行き詰まったときにアドバイスしようと件名に頑張るメイベルを見守ってきたのだ。
「この短時間でここまで出来ちゃうんだから凄いよね! メイベルもやれば出来るんだよ」
 思えば色々あった。お約束のように砂糖と塩を間違えたり、ドラマや家の厨房で見たからと料理に不慣れな彼女が片手で卵を割ろうとして、そのまますっぽ抜けて作業台の上を滑り出して慌てて追いかけたり。
「余熱しないで焼いたクッキーが生焼けだったのに気がつかなかったのはダメージ大きいよね。帰ったらお薬いるかも」
 やだねーと笑いながら、セシリアは笑う。手際の良い彼女なら体験出来なかったことを出来た楽しさというよりも、いつも厨房を敬遠していたメイベル自身から「作りたい」と言ってくれたのが嬉しかったのだろう。
 1人で厨房に立たせることはまだまだ不安だけれど、こうして一緒に作れるようになっていけばいいなと緊張した面持ちで抱えているお皿に乗るクッキーを見て苦笑する。
(本当はもっと、手伝ってあげたかったんだけどね)
 変な形に膨れてしまって、折角の型が台無しになっている型抜きクッキー。サクサクというよりほんの少しだけザックリとしてまるでビスケットみたいだけれど、苦手なメイベルにしては上出来な仕上がりだ。
「円様、いらっしゃると聞いていましたけれど……お姿が見えませんわね」
 体育祭で同じ騎馬戦のチームになった円に試食のお願いをしていたのだが、試食をやっていたという場所には姿を見つけることは出来ない。代わりに座っていたのは、彼女のパートナーであるミネルバだけだった。
「んー? 美味しい物持ってきたのか? ミネルバちゃんが食べちゃうぞー!」
 元気よく立ち上がって出迎えてくれるも、そこまで自信作ということでもないのでメイベルは戸惑ってしまう。
「あのぉ、円さんはどちらにいらっしゃいますかぁ?」
「むー。円の顔が赤くて、ぐでんぐでんだからお外連れてくってオリヴィアが言ってたよ」
 自分にはくれないのだろうかと、じーっと眺めるミネルバにお礼がわりに1つどうぞというと喜んで頬張った。
「うまーい! けど足りーんっ! さっきのより美味しいけど、甘さが足りないぞー!」
「……本当に、美味しいですかぁ? 甘さはジャムを添えればいいでしょうか……」
 半信半疑のメイベルは語尾も弱めになってしまうが、安心しろと言わんばかりにミネルバはVサインを作った。
「料理は心だっ! それがあるとないじゃ違うもんね!」
 うんうんと後ろで頷くセシリアとフィリッパも、だんだん顔を綻ばすメイベルに嬉しくなる。
「では、近くを見て参りましょうか。お見舞いも兼ねて、円様を探しましょう」
 その様子を見ていたのか、烏山 夏樹(からすやま・なつき)が急いでメイベルたちのもとへやってきた。成形の時間をあまり取られない絞り出しクッキーを作っていたようだが、様々な紅茶の種類を用意していたため手間取ってしまったらしい。
「ボクも桐生さんとお約束があって……ご一緒してもよろしいですか?」
 外に出たという情報しかなきのだから、探すのならば人手が必要だ。メイベルたちは快く引き受けて、保健室や中庭など休めそうなところを手分けして探すことにした。けれども、後ろをついてくるエカテリーナ・ゲイルズバーグ(えかてりーな・げいるずばーぐ)はやや不機嫌だ。
「ナツキー、本当にするの?」
 むぅ、とふくれっ面になるのも無理はない。自分のお気に入りで、さらに自分の好みになるようにと可愛らしいメイドへ調……もとい教育しているというのに、何が悲しくてその夏樹の血を差し出さねばならないのか。
「ボクのクッキーが美味しくなかったらのお約束ですから……逆に、美味しければ血を頂けるんですよ?」
 ふふ、と楽しみにしているように笑みを浮かべるが、それも面白いとは思えない。
「ナツキー、私は? 私へのお持て成し−」
 誰かを持て成す心を勉強する会。夏樹の誰かには今回円が当てはまってしまったらしく、相手をして貰えないエカテリーナはつまらない。ただでさえ、紅茶の淹れ方をマスターしようと奮闘していると、横から対人間用の講座だから血を混ぜちゃだめだとか吸血鬼のお持て成しをわかってない注意を受け、虐められたと思っている節もあるようだ。
「……だって、エカテリーナさんは夜のお持て成しのほうが好きでしょう?」
 何を言うかと思えば、育てたかいがあったとほくそ笑んでしまうような嬉しい言葉。その言葉でエカテリーナは機嫌が良くなり、我慢を強いられた分夜はたっぷりとご奉仕してもらおうと企むのだった。
 そうして、中庭の1番大きな木陰の下で休んでいる円とオリヴィアを見つけた。2人も落ち着いたのか、もう怒っている様子も脱ぎ散らかす様子もなく、ただ静かに冷たい空気に身を委ねているようだった。
「お加減はいかがですか? あまりにお身体を冷やされますと毒ですよ」
「烏山くんか……大丈夫だ、そろそろ戻るところだったから」
 まだ少しだけ火照っているようにも見えるが、そんなにも顔色は悪くないし口調もはっきりしている。その様子に安心して、夏樹はクッキーを差し出した。
「3種類の紅茶とチョコチップで、絞り出しクッキーをご用意しました。お好みの物をどうぞ、お嬢様」
 さすが鍛えられたメイドだけあり、美味しそうな見た目をしている。この姿を裏切らない味だといいんだが……1口サイズのそれを口に運ぶ。
「…………」
「お、お口に合いませんでしたか?」
 オロオロと心配する夏樹を余所に、円は1歩前に出て自分の白い首筋を差し出した。
「約束、だったからね……仕方ない」
 ご褒美が差し出され、歓喜に震えながら夏樹はそっとその首筋に噛みつく。ぷつりと皮膚を刺す感触、喉ではなく身体を潤すような濃厚の味――。
「っ痛、ふぁああ……んん、それ以上、は……っ!」
 まさか本当に貰えるとは思わなかったご褒美に興奮してか、夏樹は思わず力が入ってしまったようで名残惜しみながらも身体を離した。
 力が抜けている円にふと悪戯を思いついたのか、黒い笑みを浮かべてまだ血の滲む首筋に指を這わした。
「どうですかお嬢様、ご自身の血の味は?」
「くふっ、はぅ……むっ」
 何かを訴えるような目で見ているが、味で円に認めて貰えたことが嬉しかったのかその手を止める様子もなく、見かねたエカテリーナが後ろから無理矢理引きはがした。
「ナツキー? ご褒美以上に何やってるの〜?」
「そ、そうだ! ボクはこんなことを認めた覚えはないぞ!」
「お仕置き決定……かしらぁ?」
 クスリと妖しく微笑んだ3人の前に夏樹は桃色ヴォイスを発するのだが、とても試食をお願い出来る様子でないことを察したメイベルはミネルバのアドバイス通りジャムを添えて、そして置き手紙を置いて戻ることにした。
 4人がそれに気付いて味見をしたところ、とても気に入ったのとメイベルには悪いことをしてしまったという謝罪をこめて、メイベルを持て成すお茶会が執り行われたのだった。